「――行くぞ。しっかり掴まってろよ」
五条悟の言葉を合図に、四人の周囲の空間がぐにゃりと飴のように歪む。
視界が一度、無数の色彩の奔流に飲まれ、そして次の瞬間――彼らは地獄の門の前に立っていた。
「ここが……アルトルージュの城……」
士郎は目の前の光景に思わず顔を顰めた。
千年城ブリュンスタッドがこの世のものとは思えないほど神秘的な場所だったとすれば、ここは、この世のものとは思えないほど醜悪な城だった。
城壁はまるで無数の人間の骨を無理やり塗り固めたかのような、歪な白。
窓という窓からは血のような黒ずんだ液体が絶えず滴り落ちている。
城全体から吐き気を催すほどの濃密な邪気が、渦を巻いて立ち上っていた。
「うわ……趣味、悪っ……」
アルクェイドでさえ顔をしかめて鼻をつまんでいる。
彼女の居城とは全く方向性の違う、ただただ悪意と苦痛と絶望だけで塗り固められたかのような悪趣味の塊。
「――見つけた。だが……」
悟が静かに呟いた。
彼の「六眼」は城の内部構造、そしてそこにいる存在の全てを正確に捉えることができる。
「白野は城の最上階、玉座の間みてぇな場所にいる。だが、城全体に空間転移を阻害するクソみてぇに強力な結界が張られてやがる。白野のすぐ近くまでは飛べないな」
その言葉に、士郎は黎明の柄を強く握りしめる。
正面から突破するしかない。
(……ん?)
その時、悟は六眼が捉えた白野の「気」に僅かな違和感を覚えた。
人間の時の清浄な気とも違う。
死徒にされ連れ去られた時の、血に飢えた禍々しい気とも違う。
まるで魂の核の部分が何か決定的に変質してしまったかのような、冷たく、そして深い淀んだ気。
(……なんだ、この感じは。何かマズいことが起きてるな)
悟は眉をひそめたが、今この場で士郎の士気を削ぐようなことを言うべきではないと判断し、その事実は胸の内にしまっておいた。
「さて、と」
悟は内心の懸念を押し殺し、全員に向き直ると不敵な笑みを浮かべる。
「派手に挨拶してやろうぜ」
彼は一歩前に出ると、両手の指を複雑な形に組み合わせた。
「“九綱(くこう)” “偏光(へんこう)” “烏と声明(からすとしょうみょう)”“表裏の狭間(ひょうりのはざま)”」
それは術式の性能を限界まで引き出すための完全詠唱。
彼の周囲の空間が、その膨大な呪力によって軋みを上げる。
「――白野がいない場所を狙って、城の半分、更地にしてやる」
悟は狙いを定めると、その術の名を静かに告げた。
「虚式・『茈』」
瞬間、世界から音が消えた。
悟の指先から放たれた暗紫色の絶対的な破壊の光が、アルトルージュの城のその側面へと吸い込まれるように着弾する。
轟音はない。
ただ静かに、城のおよそ三分の一が空間ごと抉り取られ、消滅した。
それはこれから始まる最終決戦の、あまりにも派手な開戦の狼煙だった。
城の内部から、無数の驚愕と怒りに満ちた絶叫が響き渡る。
「さあ、行くぞ!」
士郎の号令と共に、四人は抉られた城壁の穴から一斉に突入した。
衛宮士郎。
遠野志貴。
五条悟。
そして、アルクェイド・ブリュンスタッド。
それぞれの地獄を背負い、それぞれの希望を胸に、彼らはついに悪意の巣窟へとその足を踏み入れた。
その先にさらなる絶望が待ち受けていることなど、まだ誰も知らずに。