遠野志貴と黒騎士リィゾ=バール・シュトラウトの戦いは、他の二つの戦場とは全く様相が異なっていた。
派手な打ち合いはない。
あるのはただ、肌を刺すような濃密な殺気と一瞬の交錯のみ。
ゴウッ、と。
黒騎士がその身の丈ほどもある魔剣「真性悪魔ニアダーク」を薙ぎ払う。
それは城の壁を、床を、空間そのものをまとめて消し飛ばすほどの理不尽な破壊の一撃。
だが、志貴は動じない。
その一撃が自分に届く、その刹那。
彼は腰に差した忍刀を抜き放ち、虚空に走る不可視の「線」をなぞるように斬り裂いた。
「――死ね」
瞬間、魔剣がもたらすはずだった全ての破壊と衝撃が、まるで最初から存在しなかったかのように霧散する。
志貴は攻撃の「死」を殺し、その威力を完全に無効化したのだ。
「……チッ」
黒騎士は忌々しげに舌打ちをする。
しかし、彼もまた志貴の反撃を許さない。
志貴が踏み込み忍刀の間合いに捉えようとする、その一歩手前で巧みに距離を取る。
互いに相手の能力を知り尽くしている。
互いに一撃でもクリーンヒットすれば、即死に至ることを理解している。
だからこその膠着状態。
それは一瞬たりとも気の抜けない、綱渡りのような死闘だった。
だが、その均衡は突如として破られる。
「――いつまで遊んでいるつもりだ、殺人貴!」
業を煮やした黒騎士が、咆哮と共に魔剣の真の力を解放した。
剣から黒い泥のような呪いが溢れ出し、周囲の空間そのものを侵食し始める。
床も壁も天井も、全てがじゅくじゅくと溶け落ちていく。
それは志貴の逃げ場を完全に奪うための、呪いの結界。
「!」
志貴は咄嗟に後方へ跳ぶ。
だが、足元の床が呪いに飲み込まれ崩れ落ちた。
このままでは呪いに全身を飲み込まれて死ぬ。
「……仕方、ねぇか」
志貴は覚悟を決め、呟いた。
彼は左手の薬指にはめられた銀の指輪――アルクェイドから託された祈りに意識を集中させる。
(――悪いな、アルクェイド。またお前の力を借りる)
瞬間、指輪が眩い白銀の光を放った。
志貴の身体に、真祖の膨大な魔力が奔流となって流れ込む。
彼の全身の血管がその莫大な力に耐えきれず浮かび上がり、その瞳は血のように赤く染まった。
制限時間は五分。
それを超えれば自分の身体がもたない。
そして、眠りについているアルクェイドにも多大な負担をかけることになる。
「――行くぞ、化け物」
志貴の姿が掻き消えた。
いや、違う。
真祖の力によって爆発的に向上した身体能力による、超高速移動。
彼は呪いの侵食をものともせず、黒騎士の懐へと一気に潜り込む。
「なっ……!?」
驚愕する黒騎士。
その反応速度を遥かに上回る速度で、志貴は忍刀を振るう。
それはもはや剣技ではない。
ただひたすらに、相手の「死」を切り刻むための解体作業。
「――御廚子」
無数の斬撃の嵐が、黒騎士の漆黒の鎧を切り裂き、その肉体を容赦なく刻んでいく。
超再生能力を持つ黒騎士の身体が、斬られては再生し、また斬られる。
おぞましい肉の削げる音と血飛沫が、呪いの空間に響き渡った。
(早く、決めねぇと……!)
志貴は焦っていた。
指輪の力は絶大だ。
だが、その代償もまた大きい。
五分以内にこの不死身の怪物の本当の「死」を見つけ出し、殺さなければ、先に尽きるのは自分の方だ。
王様でいられる残り時間は、刻一刻と迫っていた。