「相変わらず脳筋ね、愚妹。その力、もう少し頭を使ったらどう?」
アルトルージュはアルクェイドの猛攻を、余裕の笑みを浮かべながら捌き続ける。
そして、彼女は誰よりも熟知している妹の弱点を的確に突き始めた。
「あなた、本当にそれでいいの?」
アルトルージュは瓦礫を避けながら囁く。
その声は甘い毒のように、アルクェイドの耳に染み込んでいく。
「あの人間(志貴)はあなたの力を借りて、今もボロボロになっているのよ? あなたが眠り続けていたせいで彼は一人で戦って、傷ついて……。そして今も、あなたのせいで彼はその命を削っているの」
その言葉に、アルクェイドの動きが僅かに鈍る。
事実だった。
指輪を通して、志貴が限界を超えた力を引き出しているのを感じる。
その代償が彼の命そのものであることも、痛いほど理解していた。
アルトルージュは、その心の揺らぎを見逃さない。
「それに、あの衛宮士郎という男。彼の『太陽の血』……とても美味しそうだったわねぇ」
「あの血があれば、あなたはもう吸血衝動に苦しまなくてもいいかもしれない。志貴の血を吸わなくても、彼の血を代わりに吸えば……あなたは自由になれるんじゃないかしら?」
その言葉は呪いだった。
志貴を苦しめたくない。
でも、血を吸いたい。
その矛盾に苦しみ続けてきたアルクェイドの心の、最も脆い部分を的確に抉る悪魔の囁き。
「うるさい……うるさい、うるさいッ!」
アルクェイドは叫び、その言葉を振り払うようにさらに力を込める。
だが、志貴が指輪の力を使ったことによる消耗と、アルトルージュの心理攻撃によって彼女の集中力は確実に削がれていた。
そして、アルトルージュはその決定的な「隙」を見逃さなかった。
「――ああ、可哀想に。そんなに欲しいのね?」
アルトルージュの瞳が妖しい紅色の光を放った。
それは彼女の権能の一つ。
対象の欲望を増幅させ、精神を汚染する血の呪い。
肉体的にも精神的にも消耗しきっていたアルクェイドは、その呪いに抗うことができなかった。
「あ……ぁ……」
アルクェイドの脳裏で、吸血衝動が爆発的に膨れ上がる。
血が欲しい。
誰でもいい。
いや、違う。
志貴の血が、欲しい。
彼を、自分のものにしたい。
他の誰にも渡したくない。
あの衛宮士郎とかいう男にも。
あの岸波白野とかいう女にも。
誰にも。
「そうよ……それでいいのよ、愚妹」
アルトルージュは恍惚とした表情で、妹の変貌を見つめる。
アルクェイドの理性を司っていた最後の糸が、ぷつりと切れた。
彼女の瞳から天真爛漫な光が消え、代わりにどす黒い独占欲と残忍な渇望の光が宿る。
その口元は三日月のように、歪に吊り上がっていた。
「志貴は……私の、もの……」
アルクェイドはうわ言のように呟いた。
その思考は、もはや一つしかなかった。
『志貴を、殺してでも、自分のものにしたい』
「ふふ……ふふふ、あはははははは!」
アルトルージュは高らかに笑った。
最強の切り札が最悪の怪物へと変貌した、この瞬間。
彼女は自らの勝利を確信していた。
「さあ、行きなさい、私の可愛い愚妹。あなたの愛しい男のところへ!」
その言葉を聞くや否や、アルクェイドは踵を返し、凄まじい速度で戦場を離脱した。
その向かう先はただ一つ。
黒騎士と死闘を繰り広げている、遠野志貴の元だった。