Fate/Cross Dimensions   作:水成

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第五十五話:黒く染まる月

「相変わらず脳筋ね、愚妹。その力、もう少し頭を使ったらどう?」

 

アルトルージュはアルクェイドの猛攻を、余裕の笑みを浮かべながら捌き続ける。

そして、彼女は誰よりも熟知している妹の弱点を的確に突き始めた。

 

「あなた、本当にそれでいいの?」

 

アルトルージュは瓦礫を避けながら囁く。

その声は甘い毒のように、アルクェイドの耳に染み込んでいく。

 

「あの人間(志貴)はあなたの力を借りて、今もボロボロになっているのよ? あなたが眠り続けていたせいで彼は一人で戦って、傷ついて……。そして今も、あなたのせいで彼はその命を削っているの」

 

その言葉に、アルクェイドの動きが僅かに鈍る。

事実だった。

指輪を通して、志貴が限界を超えた力を引き出しているのを感じる。

その代償が彼の命そのものであることも、痛いほど理解していた。

アルトルージュは、その心の揺らぎを見逃さない。

 

「それに、あの衛宮士郎という男。彼の『太陽の血』……とても美味しそうだったわねぇ」

「あの血があれば、あなたはもう吸血衝動に苦しまなくてもいいかもしれない。志貴の血を吸わなくても、彼の血を代わりに吸えば……あなたは自由になれるんじゃないかしら?」

 

その言葉は呪いだった。

志貴を苦しめたくない。

でも、血を吸いたい。

その矛盾に苦しみ続けてきたアルクェイドの心の、最も脆い部分を的確に抉る悪魔の囁き。

 

「うるさい……うるさい、うるさいッ!」

 

アルクェイドは叫び、その言葉を振り払うようにさらに力を込める。

だが、志貴が指輪の力を使ったことによる消耗と、アルトルージュの心理攻撃によって彼女の集中力は確実に削がれていた。

そして、アルトルージュはその決定的な「隙」を見逃さなかった。

 

「――ああ、可哀想に。そんなに欲しいのね?」

 

アルトルージュの瞳が妖しい紅色の光を放った。

それは彼女の権能の一つ。

対象の欲望を増幅させ、精神を汚染する血の呪い。

肉体的にも精神的にも消耗しきっていたアルクェイドは、その呪いに抗うことができなかった。

 

「あ……ぁ……」

 

アルクェイドの脳裏で、吸血衝動が爆発的に膨れ上がる。

血が欲しい。

誰でもいい。

いや、違う。

志貴の血が、欲しい。

彼を、自分のものにしたい。

他の誰にも渡したくない。

あの衛宮士郎とかいう男にも。

あの岸波白野とかいう女にも。

誰にも。

 

「そうよ……それでいいのよ、愚妹」

 

アルトルージュは恍惚とした表情で、妹の変貌を見つめる。

アルクェイドの理性を司っていた最後の糸が、ぷつりと切れた。

彼女の瞳から天真爛漫な光が消え、代わりにどす黒い独占欲と残忍な渇望の光が宿る。

その口元は三日月のように、歪に吊り上がっていた。

 

「志貴は……私の、もの……」

 

アルクェイドはうわ言のように呟いた。

その思考は、もはや一つしかなかった。

『志貴を、殺してでも、自分のものにしたい』

 

「ふふ……ふふふ、あはははははは!」

 

アルトルージュは高らかに笑った。

最強の切り札が最悪の怪物へと変貌した、この瞬間。

彼女は自らの勝利を確信していた。

 

「さあ、行きなさい、私の可愛い愚妹。あなたの愛しい男のところへ!」

 

その言葉を聞くや否や、アルクェイドは踵を返し、凄まじい速度で戦場を離脱した。

その向かう先はただ一つ。

黒騎士と死闘を繰り広げている、遠野志貴の元だった。

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