Fate/Cross Dimensions   作:水成

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第六話:地獄の夢と黎明の剣

死徒が消滅した後、士郎は糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。

 

「シロウ!」

 

白野が駆け寄ると、彼の身体はまるで高熱に浮かされたように熱く、呼吸も荒い。新たな力は、彼の許容量を遥かに超える負荷を強いていたのだ。

 

白野は、船長や船員たちに事情を説明することなく(説明できるはずもなかったが)、ただ「ひどい熱病にかかった」とだけ告げ、士郎を彼の寝床だった船倉の薄暗い一室に運び込んだ。幸い、船員たちは夜中の騒ぎに誰も気づいていなかった。

 

「う……ぅ……」

 

士郎は苦しげに呻き、時折、意味をなさない言葉を呟いている。白野は、冷たい水に浸した布で彼の額を拭い、ただ寄り添うことしかできなかった。自分の無力さが、またしても胸を刺す。彼がこうなったのは、自分を守るためだ。それなのに、自分には何もできない。

 

(しっかりして、シロウ……)

 

祈るような気持ちで、彼女は汗ばんだ彼の手を握りしめた。その時、士郎の唇から、はっきりとした言葉が漏れた。

 

「やめろ……来るな……!」

 

彼は、悪夢に囚われていた。

 

それは、衛宮士郎という人間を構成する、原初の光景。

 

炎。炎。炎。

 

全てを焼き尽くす、冬木の大火災。人々の悲鳴。絶望の匂い。幼い士郎は、瓦礫の山の中で、ただ死を待っていた。助けを求める声も、もう出ない。

 

(ああ、ここで、死ぬのか)

 

諦念が心を支配した、その時。

 

空が、割れた。

 

天頂に、禍々しい孔が開き、そこから黒い泥が溢れ出す。それは、この世の全ての呪い。ありとあらゆる悪意の奔流。そして、その中心に輝くのは――黒い太陽だった。

 

闇を照らすのではなく、光を喰らい、希望を吸い尽くす、絶望の象徴。

 

地獄だ。

 

幼い士郎は、その光景にただ圧倒される。誰も助からない。世界が終わる。

 

だが、その地獄のまっただ中で、彼は一つの異物を見つけた。

 

 

燃え盛る瓦礫の山に、一本の刀が、まるで墓標のように突き立っていたのだ。

 

それは、見事なまでに反りの入った、一振りの日本刀だった。鞘はなく、剥き身の刀身が、黒い太陽の光を浴びて、鈍く、しかし確かな存在感を放っている。その刀は、周囲の炎にも、降り注ぐ呪いにも影響されず、ただ静かに、天を指していた。

 

美しい、と彼は思った。

 

この地獄の中で、唯一穢れず、その在り方を保っている。

 

折れず、曲がらず、ただひたすらに鋭く、研ぎ澄まされている。

 

(あれだ)

 

幼い士郎の魂が、叫んだ。

 

(あれに、なりたい)

 

正義の味方になりたい、という養父との約束よりも、もっと根源的な場所で。

 

あの刀こそが、自分の目指すべき到達点なのだと、彼は確信した。

 

誰かを守るためでも、世界を救うためでもない。

 

ただ、あの刀のように、あらゆる困難の中にあっても、己の在り方だけは決して曲げない、一本の「剣」として完成すること。

 

それが、衛宮士郎という存在の、本当の願い。

 

夢の中で、彼はその刀に向かって、手を伸ばす。

 

指先が、冷たい鋼に触れようとした、その瞬間――。

 

 

「シロウ!」

 

白野の呼び声で、士郎は悪夢から弾き出された。

全身は汗でぐっしょりと濡れ、心臓が激しく鼓動している。

 

「……キシナミ……?」

 

「よかった……すごくうなされていたから……」

 

安堵の表情を浮かべる白野の顔が、薄暗い船倉の中でぼんやりと見える。彼女の手に、自分の手が握られていることに気づき、士郎は慌てて手を引いた。

 

「……悪い、変な夢を見てた」

 

「地獄のような光景でしたか?」

 

白野の問いに、士郎は目を見開く。

 

「……なぜ、それを」

 

「あなたの魂が、そう叫んでいたから」白野は静かに答えた。

 

「あなたは、ずっと地獄の中にいる。でも、その中で、たった一つの星を見つけた……違う、星じゃない……もっと鋭い、剣のような光を……」

 

彼女は、月の女王としての資質で、士郎の魂の叫びを断片的に感じ取っていたのだ。

 

士郎は何も答えず、ただ自分の掌を見つめた。

 

あの夢。あの刀。そして、死徒と戦った時に握った、光の短剣。

 

バラバラだったピースが、繋がり始める。

 

俺が目指すのは、あの地獄に突き立つ一本の刀。

 

そして、俺が振るうべき力は、あの黒い太陽を焼き払う、本物の太陽の光。

 

「……そうか。そういうことか……」

 

士郎の口から、納得したような呟きが漏れた。

 

彼は、自分の進むべき道、鍛えるべき力の輪郭を、この悪夢と、隣にいる少女のおかげで、確かに掴んだのだ。

 

それは、ただの「剣」の投影ではない。

 

地獄の闇を切り裂く、黎明の光を宿した剣。

 

それこそが、衛宮士郎がこれから生涯をかけて鍛え上げていく、彼だけの宝具の原型だった。

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