五条悟とプライミッツ・マーダーの戦いは、未だ膠着状態が続いていた。
「蒼」と「赫」の応酬。
不可侵の領域と、絶対殺害の権能。
互いに決定打を与えられないまま、時間だけが過ぎていく。
城の半壊したその一角は、もはや二体の神話の怪物が戯れる闘技場と化していた。
(……ちっ、埒が明かねぇな)
悟は内心、舌打ちをする。
このまま自分がこいつに足止めされている間に、士郎や志貴に何かあったら。
あるいは、アルトルージュが何か仕出かしたら。
遊んでいる時間はない。
「――仕方ない。ちょっと本気、出すか」
悟はプライミッツ・マーダーから距離を取ると、その指で印を結んだ。
それは彼の奥の手。
神の領域へと踏み込む禁じ手。
帝釈天印。
「領域展開――」
悟のその言葉と共に、世界が塗り替えられていく。
黒い球体がプライミッツ・マーダーを包み込み、次の瞬間には二人は宇宙空間のような無限の情報世界に立っていた。
「――無量空処」
知覚と伝達を司る脳に、無限回の作業を強制する必中の領域。
生きとし生けるものは、この無限の情報に晒されれば脳を焼かれ、緩やかな死を待つしかない。
だが。
「――Grrrrrrr……!」
プライミッツ・マーダーは止まらなかった。
確かにその動きは一瞬鈍った。
無限の情報は、その獣の思考を僅かに混乱させた。
だが、その本能は止まらない。
人類を殺す。
その絶対的な衝動は、脳が焼かれても思考が停止しても、止まることはないのだ。
「……マジかよ」
悟は、その理不尽なまでの生命力に思わず呟く。
だが、この一瞬の隙を彼は見逃さない。
領域を展開したままプライミッツ・マーダーの懐へと飛び込む。
そして、そのゼロ距離で二つの無限を衝突させる。
「虚式――」
右手には収束する無限。
左手には発散する無限。
その二つを合わせ、放たれる想像上の質量。
「――『茈』」
轟音。
閃光。
ゼロ距離で叩き込まれた虚式「茈」は、プライミッツ・マーダーの半身を完全に消し飛ばした。
空間ごと抉り取る絶対的な破壊。
これで終わった。
誰もがそう思う一撃。
しかし。
「――Gaaaaaaaaaaaaaaahhh!!!」
プライミッツ・マーダーは倒れていなかった。
半身を失いながらも、その三つの瞳は未だ爛々と輝き、悟を睨みつけている。
そして、失われたはずの半身が黒い泥のようなものから瞬く間に再生していく。
「……嘘だろ……」
悟は初めて恐怖した。
自分の最強の技が通じない。
領域展開も、虚式「茈」も、この怪物には決定打となり得ない。
どうやって殺す?
いや、そもそもこいつは殺せるのか?
最強の男は、その日初めて自らの限界と世界の理不尽さを思い知らされた。
目の前にいるのは、自分が決して勝てないかもしれない、絶対的な「災害」だった。