白騎士を打ち破り、士郎はただひたすらに階段を駆け上がっていた。志貴と悟のことは信じている。自分は自分のやるべきことをやるだけだ。白野を助け出す。その一心で。
そしてついに、彼は城の最上階と思われる広間へとたどり着いた。しかし、そこは玉座の間ではなかった。
まるで古いオペラハウスのような、巨大な劇場。幾重にも連なる観客席。そして広大なステージ。ステージの中央には、巨大なガラスの檻が鎮座していた。アルトルージュが白野を見世物にしていた、というあの檻だ。
だが、その中は空っぽだった。檻の扉は破壊され、中には誰もいない。
(……どこだ、白野……!)
士郎は焦燥に駆られながら、ステージの上へと駆け上がった。その次の瞬間。
ざわ……
今まで空っぽだったはずの観客席に、無数の人影が現れた。一人、また一人と。それはまるで幻のように湧いて出てくる。その全てが血に飢えた瞳で、ステージ上の士郎を見つめている。
死徒たち。
ここは彼らのための劇場。そして自分は、これから始まる演目の主役というわけか。士郎は「黎明」を握り直し、警戒を最大に引き上げる。
だが、その時。
こつ、こつ、と舞台袖からヒールの音が響いた。そしてゆっくりと、一人の女性が姿を現す。
「――白野!」
士郎はその名を叫んだ。
そこにいたのは、紛れもなく岸波白野だった。アルトルージュに着せられたのであろう、豪奢な黒いドレスを身に纏い、その表情は以前よりもどこか妖艶な雰囲気をまとっている。だが、それでも彼女は白野だった。自分が今まで戦い続けてきた理由。自分の愛する大切な人。
士郎は喜びのあまり、全ての警戒を解き、彼女の元へと駆け寄った。
「白野、無事だったんだな! よかった……本当に……!」
その腕を掴もうとした瞬間。
ザシュッ!
鋭い痛みが士郎の胸を走った。何が起きたのか、分からなかった。見下ろすと、自らの胸が深く切り裂かれ、鮮血が噴き出している。そして目の前には、血に濡れた自らの爪を見つめる白野の姿があった。
「……え……?」
力なく、その場に崩れ落ちる士郎。膝をつき、信じられないという表情で白野を見上げる。
なぜ。どうして。
そんな士郎の目の前に、白野はゆっくりとしゃがみ込んだ。そしてその美しい顔に、今まで見たこともないような嗜虐的な笑みを浮かべて、問いかけた。その声は甘く、しかし氷のように冷たかった。
「あら、愛しの旦那様。……なんで、こんな所に来ちゃったの?」
その瞳に、かつての彼女の面影はどこにもなかった。
衛宮士郎の本当の地獄は、今、この瞬間、幕を開けた。