志貴は絶望的な戦いを続けていた。左手の指輪がタイムリミットの終わりが近いことを告げている。残り時間はもう半分もない。
「――御廚子!」
放たれた無数の斬撃は、しかしアルクェイドに届く前に霧散する。彼女の身体から溢れ出す、あまりにも強大な魔力が不可視の刃を全て防いでいるのだ。
そして何より絶望的なのは。
(……死の線が見えない……!)
暴走しかかっている直死の魔眼をもってしても、目の前のアルクェイドのその暴力的なまでの生命力のどこにも、「死」を見出すことができない。
殺せない。このままでは時間切れで自分が殺されるだけだ。
「はぁ……はぁ……!」
アルクェイドの猛攻を避けるだけで精一杯だった。一撃でもくらえば即死する。指輪の超再生能力すら意味をなさないだろう。
「なによ、逃げてばっかりで、面白くなーい!」
アルクェイドは唇を尖らせて挑発する。その仕草は、かつての彼女のままだ。だが、その瞳に宿る光は冷たく、残忍だった。
「私の力を奪ってるくせに、そんなゴキブリみたいな戦い方しかできないの?」
その言葉に志貴は確信した。アルクェイドは止めようと思えば、指輪への魔力供給を止められるはずだ。それでも止めない。
それは彼女の心の奥底で、かろうじて残っている本当の彼女が、「私を止めて」と叫んでいるからではないのか。
(……賭けるしかない)
志貴の脳裏に、五条悟から聞いた領域の極意が蘇る。自らの心象世界を具現化する究極の魔術。
俺の心象……。
それはいつだって死と隣り合わせだった。
志貴はアルクェイドから距離を取ると、その指で印を結んだ。それは彼が無意識のうちに掴み取っていた、彼の領域の掌印。
荼枳尼天印。
「領域展開――」
志貴のその言葉と共に、世界が塗り替えられていく。崩れかけた城の瓦礫は消え、代わりにどこまでも続く幻想的な光景が広がった。
空には無数の亀裂が走った巨大な月が青白い光を投げかけている。それは千年城で眠り続けていたアルクェイドの儚い生命力の象徴。
大地は見渡す限りの真紅の彼岸花の野原。この彼岸花は、志貴がこれまで殺してきた、あるいはこれから殺すであろう全ての「死」の概念が花開いたもの。
鮮やかな色彩を持つ世界。だが、その全てが「死」の気配に満ちており、美しければ美しいほど、見る者に根源的な恐怖を抱かせる。
「――『真贋相愛(しんがんそうあい)』」
ここは遠野志貴の心の中。愛と死が入り混じる矛盾の世界。
「……なに、これ……?」
アルクェイドは初めてその表情に困惑を浮かべた。そして気づく。この領域内では自分の魔力が思うように使えない。代わりにこの彼岸花たちが自分に敵意を向けている。
「――お前の我儘にも付き合ってやる」
志貴は静かに告げた。彼の領域は五条悟の「無量空処」のように相手を直接害するものではない。その本質は必中の刃。この領域内に存在する全ての「死」の概念が、彼の刃となる。
「御厨子」
彼岸花が一斉に刃と化し、アルクェイドへと襲いかかる。
朱い彼岸花の花言葉は「情熱」「独立」「再会」そして――
「――あきらめ」
志貴は愛する人を殺す覚悟を決めた。その悲しいまでの決意が、今、無数の刃となって彼女に襲いかかる。