「――『天照開闢』」
衛宮士郎の最後の賭け。
その領域はステージ上の白野だけでなく、観客席にいたアルトルージュやその他大勢の死徒たちをも強制的に引きずり込んだ。
世界が黄金色の光で満たされる。
ここは衛宮士郎の心象風景。彼が理想とする「全ての人が幸福でいられる世界」の具現。そしてその根幹を成しているのは彼の魂の本質である「太陽」の概念だった。
それだけではない。この領域はただ明るく温かいだけの世界ではなかった。その本質は絶対的な「生」と「光」による支配。「死」と「闇」の属性をその根源から否定し、存在すること自体を許さない。
死徒にとってはあまりにも猛毒な世界。
「ぎゃあああああああっ!」
「身体が……溶ける……!」
観客席にいた下級、中級の死徒たちが次々と悲鳴を上げる。太陽の光に焼かれるように、その身体が内側から発火し、なす術もなく塵となって消えていく。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
だがその断末魔すら、この黄金の世界では聖なる浄化の歌声のように響いていた。
「……チッ……!この人間……!」
いつもは余裕の表情を浮かべているアルトルージュも流石にその顔に苦痛の色を浮かべていた。彼女ほどの大死徒であっても、この根源的な否定の力に抗い続けるのは容易ではない。その身に纏う魔力の鎧がじりじりと音を立てて削られていく。
そして白野は。
「あ……ああ……ああああああっ!」
彼女はその場で蹲り、身を捩らせ、もがき苦しんでいた。アルトルージュに植え付けられた死徒としての本能がこの世界を拒絶し、その魂を内側から引き裂こうとしている。
その苦悶の表情を見た士郎は胸が張り裂けそうになりながらも彼女の元へと歩み寄った。そしてその震える身体を優しく、しかし力強く抱きしめる。
「頼む……耐えてくれ、白野……!」
士郎は祈るように呟いた。自らの血を分け与え、彼女の死徒としての渇きを癒しながら。
この領域は彼女の死徒としての部分だけを焼き尽くし、人間の部分を残すはずだ。その僅かな可能性に彼は全てを賭けていた。
士郎の温かい血が、そして太陽の如き魔力が白野の身体に流れ込んでいく。その温もりに触れた瞬間。
白野の脳裏に無数の記憶がフラッシュバックした。
士郎と出会ってからの日々。血の契約。孤独な鍛錬。ぎこちない会話。そして初めて体を重ねたあの夜の切ないほどの温もり。
それだけではない。もっと昔の記憶。月の聖杯戦争。自分が何者でもなかったあの日々。絶望的な戦いの中でただ一人自分を信じ、共に戦ってくれた名もなき赤い守護者。
その背中。その言葉。その不器用な優しさ。
ずっと探していた。もう一度会いたいと願っていた。自分の探し人。
そして彼女は気づいた。
今、自分を抱きしめているこの男こそが。衛宮士郎こそが、あの守護者の過去の姿なのだと。
「……あ……」
白野の瞳から一筋の涙が溢れ落ちた。それはアルトルージュに植え付けられた偽りの感情ではない。彼女自身の魂からの涙。
「……やっと……会えた……」
その涙と共に。彼女の瞳に再び理性の光が戻ってきた。岸波白野という一人の人間としての心が、長い長い悪夢からついに目覚めたのだ。