黄金色の世界で二つの影が激しく衝突を繰り返す。
それはもはや人間の動きではなかった。神速の踏み込みから放たれる太陽の如き斬撃。それを黒血の姫君が必死に、そしてかろうじて捌き続ける。
(……強い……!)
アルトルージュは内心戦慄していた。
目の前の男が振るう刃は絶大な「日」の概念を宿しており、少しでも気を抜けば自らの存在そのものが消滅させられてしまう。かといってこちらから攻撃を仕掛けても、あの男が身に纏う爆発的な熱量の炎によって、届く前に全てが蒸発してしまう。
完全に手詰まりだった。
だが防戦一方に追い込まれながらも、アルトルージュは気づいていた。目の前の男のその、あまりにも強大すぎる力の代償に。
(……だが、それも、長くは続くまい)
領域展開「天照開闢」の維持。そして残火の太刀の奥義である「旭日刃」と「残日獄衣」。この三つの大技の同時使用は文字通り彼の魂そのものを燃料として激しく燃やしている。
その証拠に彼の攻撃の威力は凄まじいままだが、その速度と精度は徐々に確実に落ちてきている。
このまま時間を稼ぎさえすれば勝手に自滅する。
その事実に気づいた瞬間、アルトルージュの心に再び絶対者としての余裕が戻ってきた。
一方その死闘のやや離れた場所で白野はただ立ち尽くしていた。
魂の根源まで死徒に変えられてしまった自分。もう人間に戻れるはずがない。
それなのにこの黄金色の世界は先程までとは打って変わって不思議と暖かく、そして居心地の良さすら感じてしまっていた。
それはこの領域が衛宮士郎という一人の男のその不器用で歪でしかしどこまでも優しい魂そのものからできた世界だからだということを彼女は本能で理解していた。
(……加勢しなければ……)
その想いが白野の中で渦を巻く。
あの人が自分のために命を燃やして戦っている。自分も戦わなければ。
だが身体が動かない。
祖(おや)であるアルトルージュへの根源的な恐怖がまるで呪いのように彼女の心と身体を縛り付けていた。
自分では到底敵うはずがない。行っても足手まといになるだけだ。
歯を食いしばり拳を強く握りしめる。
戦いたいのに戦えない。助けたいのに足がすくむ。
その、もどかしさと自己嫌悪に白野の心は引き裂かれそうになっていた。
戦いたいのに戦えない。助けたいのに足がすくむ。
その、もどかしさと自己嫌悪が頂点に達した、その時。
白野の意識はふっと別の場所へと引き寄せられていった。
気がつくと彼女は見覚えのある場所に立っていた。
空には無数の巨大な歯車。地面には数えきれないほどの剣が墓標のように突き立っている果てしない荒野。
衛宮士郎の心象世界。そしてかつて自分が共に戦ったあのサーヴァントの魂の在り処。
「――久しぶりだな、マスター」
その荒野を見下ろす一番高い丘の上。赤い外套を羽織ったあの男が背中を向けたまま静かに言った。
「……アーチャー……!」
白野は探し続けていたその名を呼んだ。
男――無銘はゆっくりとこちらを振り返る。その顔にはいつものような皮肉な笑みはなく、ただ穏やかな眼差しが白野に向けられていた。
「見ての通りだ。あいつはああいう、どうしようもない馬鹿なんだ」
無銘は心象世界の外で繰り広げられている士郎の無謀な戦いを見つめながら言う。
「平気で自分の命を捨てようとする。誰かを救うためなら自分が燃え尽きることすら厭わない。本当に救いようのない愚か者だ」
その言葉は厳しくしかしその奥には深い深い慈愛が込められていた。
「――だから頼む」
彼は白野に深々と頭を下げた。
「『私』を頼む。君が支えてやってくれ」
「……でも私には戦う力が……」
白野が力なく答える。
祖であるアルトルージュへの恐怖がまだ彼女の心を縛り付けていた。
そんな彼女に無銘は静かに告げた。
「――もう持っているじゃないか」
「死徒になってしまったことは悲しいことかもしれない。だが、それによって君は衛宮士郎の隣で戦う力を手に入れた」
「君のその血はもはやただの呪いではない。彼の太陽の力を受け止めるための器となったのだから」
その言葉を聞いた瞬間。白野の中で何かが弾けた。
そうだ。自分は彼の血を受け入れた。彼の太陽をその身に宿した。ならば自分のこの血も、また彼の力になれるはずだ。
その強い想いに呼応するように白野の魂が変質する。
彼女の血が沸騰し、その全身から黄金色の魔力が溢れ出した。
それは死徒が持つ異能。自らの血を操り世界に自らの法則を刻み込む究極の魔術。
原理血戒(イデアブラッド)――
「――ありがとう、無銘」
白野はもう迷っていなかった。その瞳には愛する人を守るための揺るぎない覚悟の光が宿っている。
「行ってくるね。――私たちの未来を掴むために」
その言葉を最後に彼女の意識は再び現実の戦場へと戻っていく。
心象世界で一人残された無銘はその頼もしい背中を見送りながら満足そうに呟いた。
「……ああ。頼んだぞ、俺の最高のマスター」