「黎明」を打ち上げてから数日、船はヨーロッパの港に到着した。士郎と白野は、喧騒に紛れて下船し、新たな生活の第一歩を踏み出す。士郎は日中、港湾労働者として働き、わずかな日銭を稼いだ。その金で安いアパートの一室を借り、二人のささやかな「家」ができた。
士郎は、労働以外の時間のすべてを、新たな剣術の鍛錬に費やした。場所は、街外れの廃工場。白野は、いつもその傍らで見守っていた。
「シロウ、それは……?」
白野が問いかけた。士郎の動きは、これまでの戦闘とは明らかに異なっていたからだ。
彼は「黎明」を手に、まるで舞を舞うように、流れるような動作を繰り返していた。円を描くような剣閃、天を突くような突き、身を翻しての斬り下ろし。一つ一つの動きは途切れることなく繋がり、一つの巨大な円環を成しているかのようだった。
「分からない。ただ、こうするのが一番しっくりくるんだ」
士郎は息を切らしながら答える。
「『黎明』を握り、『日』の力を巡らせると、身体が自然にこう動く。まるで、遠い昔から知っていたみたいに」
彼は、死徒との戦いで垣間見た「日」の力を、完全に制御しようと試みていた。だが、その力はあまりに強大で、ただ振るうだけではすぐに魔力が枯渇し、身体が焼き切れてしまう。
どうすれば、この太陽の力を、最も効率よく、持続的に、そして強力に扱えるのか。
その答えを探してたどり着いたのが、この**「舞」のような連続剣技**だった。
「呼吸を整え、動きを止めない。一つの型から次の型へ、円を描くように力を繋いでいく。そうすれば、力のロスが最小限になるんだ」
士郎は再び剣を構える。
「見ていてくれ、キシナミ」
彼は深く、長く息を吸い込んだ。全身の魔術回路が黄金色に輝き、活性化する。
「――はああああ!」
一声と共に、士郎の身体が躍動した。
「黎明」の刀身が、黄金の太陽の炎を纏う。その一閃は、廃工場の闇を切り裂き、まるで本物の太陽が昇ったかのような錯覚を白野に与えた。
続く二の太刀、三の太刀。
円舞、碧羅の天、烈日紅鏡、幻日虹、火車、灼骨炎陽、陽華突――。
士郎は、その技にまだ名をつけていない。ただ、魂が命じるままに、身体が覚えているままに、十二の型を連続で舞い続ける。その姿は、まさしく神に捧げる神聖な舞い「神楽」そのものだった。
白野は、その光景に完全に心を奪われていた。
士郎の舞う姿。それは、記憶の中の「赤い外套の騎士」とは全く違う。
あの人の戦い方が、効率と現実性を突き詰めた「鋼鉄」だとすれば、士郎の剣術は、理想と祈りを形にした「太陽」だった。
違う。けれど、根源は同じ。
絶望の闇を払い、誰かを守りたいという、ただ一つの願い。
十二の型を全て舞い終えた時、士郎は膝から崩れ落ちた。まだ身体が、この神楽の連続使用に耐えられないのだ。
「シロウ!」
駆け寄る白野に、士郎は汗まみれの顔で、しかし満足げに笑った。
「……見たか、キシナミ。これが、俺の新しい力だ。これさえあれば、どんな闇だって、きっと……」
その笑顔は、白野の心を強く打った。
彼女は、この純粋で、あまりにも危うい少年を、自分が支えなければならないと、改めて心に誓う。
そして、この神楽の名を知る者は、今はまだ、この世界には誰もいなかった。