転生した俺がツンデレショタおにいさまとイチャつきながら最強の魔法使いになるってほんとですか!?~Nothing changed~ 作:かに3
鳥の鳴き声が響く中、ボワボワと、色んな音が混じっていた。
身体が動かない。目を開けているか閉じているかも分からない。どうやって息をしていたかわからないけど、苦しくは無い。痛くないよ、動けないだけ。
なんだか懐かしいなと思ったけど、そうだ、産まれたばかりの頃ってこんな感じだった。ボワボワとした音で包まれていて、目もほとんど見えない。俺、また産まれてきたのかな?
どうしてだろう。
なにかしちゃったっけ。
お兄様とお祭りに行って、花火が見えなくて、そして……。
やだやだやだ!! 俺、失敗した! 魔法失敗しちゃった!
そうだ、俺燃えちゃったんだ! 全部赤かった! いやだ、あんなので死にたくない! お兄様が心配しちゃう! お兄様が泣いちゃう!
やだあ! 死にたくない!
鳥がピイピイとうるさく鳴く。ああ、これ、鳥じゃない。心電図の音だ。
ボワボワと聞こえていた音が激しくなる。何を言っているかわからないけど、ママの声音が混じっていた。
やだあ! 死にたくない、お兄様!
ドアの1枚向こうで、少年が両手を握り締めて身体を丸めていた。断頭台に首をかける受刑者のように頭を垂れて、銀の睫毛が縁取る瞳から瞬きの度に大粒の涙が落ちる。
呼吸はひきつけのような声と同時に短く繰り返され、その小さな身体を離さないように、誰にもとられないようにと父親が強く抱き締めていた。あたたかいはずの幼い身体がひどく冷えている。
鳥が大きく鳴いた。
ベッドの中の小さな塊が動かなくなった。
肩を落として時計を確認する医師と、泣き叫ぶ女性ーーー母親。
少年は賢かったので、悲鳴の理由を理解した。そこからの記憶は、無い。
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酷い倦怠感と共にゆっくりと眼をあけると身体が動かなかった。
暖房が効いているはずなのに、何故か酷く冷たく、暗い。身動ぎすると自分の両手が誰かに掴まれていることがわかった。
「お母様、お父様」
出した声は掠れていて聞き取りにくい。どうしてだろうか、分からないまま、自分の手を強く握りしめている2人を呼んだ。
「アンジェは?」
周りを見ても、可愛い弟の姿が見えない。お父様が「帰ったよ」と言って俯いた。1人で家にいるのだろうか。あの寂しがり屋の甘えっ子は泣いているかもしれない。いや、「俺はもう1人でお留守番できるよ!」と張り切って、私たちの帰りを今か今かと待っているだろう。
もうすぐエレメンタリースクールに入学するからと、なんでもかんでも1人でやりたがっていた。そんなに大急ぎで大人になろうとしなくたっていいのに。はやく家に帰ろう。
お母様、お父様、どうして泣いているのですか。
「アンジェはね、神様のところに、帰ったの」
瞬間、瞼の裏に炎が爆ぜた。
あの子の指先から出た火花が右腕を覆い尽くし、そこからマフラーに赤が走り、全身が、真っ赤で。
「あああぁあああぁぁあ!!!!」
叫びながら立ち上がろうとするも、両腕が拘束されていて動けない。早く行かないと、私が行かないと、早く、早く!! 間に合わなくなる、早くしないと!
「助けないと! はなして、はなせ!! 退け!! アンジェが燃える!! アンジェが!! 助けてって!!!
炎に飲まれながら、可愛い顔を炎に嬲られながら、あの子は必死に手を伸ばしていた。私に助けを求めていた。確かに言ったんだ、アンジェは、「助けてお兄様」と叫んでいた。
×××××××
この小さな身体のどこにこんな力があるのか分からない。
手の届く範囲は無意識の自傷で傷だらけで、目がさめる度に泣き叫び暴れるを繰り返す。
病室の窓から飛び降りて右足を骨折したことを、ロロは覚えていない。
あの子の葬儀の日、ロロも教会にいたことも、覚えていない。
「おやすみのキスをさせてください。アンジェはおやすみなさいのキスをしないと眠れないから、頬に口付けさせて」
「ロロ、アンジェの頬は、柔らかかったね。あったかくて、あまいにおいがして、可愛かったね。どうか、そのままで覚えてあげて。お父様のお願いだ。どうかこれだけは、聞いておくれ」
おやすみのキスも、愛してるの抱擁も、何も出来なかった。させてやる事が出来なかった。赤だけを省いた色とりどりの花の下で、小さな身体は包帯に塗れ、祈りの手を組むことすら出来なくて、宝物のメダルは胸の上に置かれていた。
包帯の下は固く、焦げた臭いしかしない。親がどれだけ見ても、アンジェだと分からなかった。どこかの邪悪な誰かが、我々の幸福を妬んで息子を攫ったんだろう。この包帯の下には、きっと焼けた丸太が入っているだけだ。そうだ。そうに決まっている。何回も、何百回も、何千回も、頭の中で繰り返した。「パパ助けて」と、どこかで泣いているんだ。助けに行かないと。
そして何回も、何百回も、何千回も、これが現実だと突きつけられた。
何かわからなくなってしまった身体に縋りついていた妻はさいごにあの子が「やだ」と呟いたと言っていた。声だけは、変わらなかったらしい。
「さよならをさせてあげなかったのがいけなかったのかもね」
ロロは退院してから、寝ると起きるを繰り返すだけになった。薬で意識をぼんやりとさせたまま、聡明さは失われ、ただ呆然とソファに座り込んで時折アンジェに語りかけるような独り言を呟く。
「あの子を思い出すものがあるのが、いけないのかもしれない」
この家の全てに、あの子の痕跡がある。
子供らしい柄を好んでいたから張り替えた、可愛い壁紙。
身長を示した柱への落書き。
これから買い換える予定だった小さなベッド。
階段の踊り場で遊ぶのが好きだった。
赤ちゃんの時に買ってあげた、積み木をずっと大事にしていた。一度、もう捨てようかと言ったら怒って隠していたっけ。目の前で隠すからなんの意味もなくて、ああ本当に、可愛かったなあ……。
妻と抱き合って、悲しみを分かち合う。涙で身体がひとつに溶けるようだ。そうなれば、どれだけ楽だろうか。どれだけ幸福だろうか。
だが我々はそれを選択しない。ただガレージに置いていた燃料のことを、考えていた。
×××××××
今日がいつなのか、自分が何をしているのかわからない。
大きな音が繰り返し聞こえ、窓の外を眺めた。お父様が何かを燃やしている。斧で小さく割り、炎の中に投げ入れる。
見覚えがあった、アンジェの机だ。入学に備えて、新しく買った、1度も使うことのなかった机。
水の中をたゆたうようだった意識が、急に色を付けていく。慌ててアンジェの部屋に駆け込んだ。
お気に入りのぬいぐるみ、小さなベッド、恐竜のシールが貼られたクローゼット、大切にしていた本、赤ちゃんの頃から付けたままだったベビーモビールに、おもちゃ箱にされていたベビーベッド。なにもかも、壁紙すら剥がされた空っぽの部屋。
喉からは勝手に悲鳴が出た。お父様を止めないと、叫びながら階段を駆け下りると、お母様が何かを切っていた。紫の生地に、月と星。去年のハロウィンで、アンジェが着た『魔法使い』の衣装だ。
「三角の帽子作って! ひらひらのマントも! お星様の布がいい、お兄様も同じのにして!」
「私もか?」
「お揃いにしようね、お兄様!」
突然、アンジェの声が鮮明に思い出された。同時に、布を裁断するチョキンという音で我に返る。
「やめて! やめてください!!」
母の手元に飛びついてハサミを奪い取った。刃が手のひらに食い込む。どうしてこんな酷いことをするんだ。アンジェは喜んでいたのに。「ママの手作り!」と笑って、抱きしめて、くるくる回って、あんなに大事にしてたのに!
「ロロ……」
お母様は酷くやつれていた。
いつからだろう。
いつから私は、両親の顔をみていなかったんだろうか。
「アンジェのことを愛しているの。でも、貴方のことも愛しているのよ」
いつのまに部屋に入ってきたのか、お父様が背後にいた。肩に乗せられた手は、記憶よりも細い気がする。
「父さんと母さんはひどいことをしているね。だけど、どうか許してくれ……息子を2人も失いたくないんだ……」
「私のせいだ」
私がアンジェに魔法の存在を教えた。
私がアンジェに魔法をゆるした。
私がアンジェの手をはなしてしまった。
ぼおぼお ごおごお 燻り続けていたあの日の炎が瞼の下で燃え広がる。
あの子の指先から奇跡のように散る、赤い光。
その危険性を知らなかった。私を喜ばせようとしてくれる弟が、可愛くて、愛おしくて、ただそれだけだった。あの子を導くのが、私の役目だったのに。
「ロロのせいじゃない!!!」
両親に強く抱き締められる。握りしめたハサミが、皮膚をぷつりと裂いた感触がした。
身体の中にある血と、あの炎の、どちらが赤いだろうか。どれだけ赤に染まれば、あの子と同じところにいけるだろうか。
『パパ、ママ、お兄様、みんなだいすき。
俺、この家に生まれてしあわせ!』
優しい父、聡明な母、可愛い弟。私もこの家に生まれて幸せだ。
抱きしめられた身体が、はじめて熱を感じた。
「お母様、お父様、ほんとうに、ほんとうに、私のせいじゃないのですか」
「当たり前だろう! ロロのせいなんかじゃない。絶対に違う! 絶対にだ!」
「アンジェの口癖を忘れてしまった? あの可愛いいたずらっ子が、いつも言っていたじゃない。『お兄様のせいじゃないよ』……って」
そうだ。アンジェならそういうだろう。では、誰のせいなんだ。
ぼおぼお ごおごおと 瞼の裏の炎が燃え続ける。
公園に駆け込んできた魔法士が「危ない」と叫んだ瞬間、アンジェは火花を炎に変えてそれに呑まれた。
あの男がアンジェを驚かさなかったら?
公園には人が多く居た。中には魔法士もいたはずだ。なぜ助けてくれなかったんだ?
「ただの炎じゃない! 魔法だ!」
「水魔法を使えるやつはいないか!」
焦げ付いた記憶が蘇る。大声、炎の色、あの子の焼ける臭い。
助けを求め手を伸ばすアンジェから無理やり引き剥がされる中、隙間から見えたアンジェは1人だった。誰もあの子の傍にいてはくれなかった。たった1人で、誰にも抱きしめられずに、ひとりぼっちで苦しんで、真っ黒になって、さいごは暗く冷たい病室で、死んだ。
アンジェがどうやって炎から開放されたのか、どうやって病院へ運ばれたのか、いつ両親が来て、私はどこで祈っていたのか、何も覚えていない。
私は祈っていた。
水魔法を使っていた魔法士の1人が言った「あれはもうダメだな」という言葉だけが脳に焼き付いて、離れなかった。私は純粋に、神へ祈り続けることが出来なかった。あの言葉を聞いた時、私はアンジェを諦めてしまった。私の罪はそこにある。アンジェはまだ生きていたのに、まだ頑張ろうとしていたのに、私が先に諦めた。あの男の言葉のせいで!!!!
「わたし、は、わるく、ない」
人を信頼しきった甘く柔らかい幼い声がする。「お兄様は悪くないよ!」と私の前に出てくる。愛おしくて可愛くてたまらなかった。
人は声から忘れるという。忘れるものか。一生、忘れるものか。
兄さんがお前の仇をとってあげるから、だからどうか、もう一度笑っておくれ。
アンジェの顔を思い出せない。
炎が、人の形をした炎が、うでをのばす。
愛らしい声が私を呼ぶ。
「たすけて おにいさま」と。