デンジの幸せを見守る会副会長サムライソード   作:ハンマーしゃぶしゃぶ

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最終話 最悪?の平和

地獄に落ちた者達が見た、あまりに鮮烈なサムライソードの勇姿。

ただただ理解できず、恐怖するしかなかった〝闇〟を、サムライソードの刀の刃紋は美しく輝き照らし、闇を引き裂き、そして超越者に一太刀いれた。

それをあの時地獄にいた皆は見たのだ。

 

「俺…鈴木先輩に脳を焼かれちゃった…」

 

フレイムマンの俺が焼かれちまうとはな…とか何とか言いつつデスクに項垂れた、サムライソードファンクラブ会員番号2番の腕章を付けたバルエムが言うと、デンジはうんうんと頷いた。

 

「俺のにーちゃんだぜ!俺のな!俺のにーちゃんがすげぇのは当然なんだ」

 

「…前から思ってたけど、デンジ先輩って…別に鈴木先輩と血ィ繋がってないよね」

 

「血は繋がってねーけど、俺んこと10歳から面倒みてくれてんだぜ、にーちゃんはさ!」

 

弟だとも言ってくれるんだ、と付け加え、鼻息荒くふんぞり返る。

その腕には、サムライソードファンクラブ会員番号3番……をサインペンでバッテン印し、汚い字で1番と書き直して刻んだ腕章を付けていた。

 

「ふーん。…でもそれって別に血縁関係も戸籍関係も兄じゃなくて、ただの近所のお兄さん的な〝にーちゃん〟なんすよね?自分だけの兄みたいに言うの、やめません?」

 

「……なんで?」

 

「いや…なんかウザいっていうか」

 

「オメーさぁぁぁ、やっぱ俺のこと敬ってねーよなあ?!」

 

「敬ってるから〝先輩〟ってつけてるでしょ。バカなんですかデンジ先輩は」

 

「あああああああ!バカって言ったほうがバカだぜ、テメェーはよー!だからテメェがバカだ、このバカ!」

 

「うわ…バカにバカって言われちゃいましたよ」

 

「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ!」

 

「…く……こんなド直球でIQの低い罵倒なのに……こうも連呼されると結構頭にくる…!」

 

バルエムが冷静そうな表情を崩し始め、イライラを全開にした顔となり始めた時に外野から声が飛んできた。

 

「やめましょうよ!」

 

「そ、そうですよ!ファンクラブ会員同士がいがみ合うなんて!」

 

「まったく人間は醜い争いをするのお~」

 

荒井とコベニとパワーだ。

そして、会員番号5番と6番と9番でもある。

 

「そーだぞ諸君。我らはこの広報誌を今月中に仕上げないといけないんだぞ」

 

そう言ったのは姫野だ。会員番号4番だ。

 

「ときにコベニちゃん。ファンクラブの勧誘はすすんでる?」

 

「は、はい。もともとサムライソードの活躍は最近すごかったですから、ファンクラブ発足を知ると加入してくれる人、結構います」

 

「東京テロリスト撫で斬り事件は、超有名ですからね!僕ぁ…僕ぁ…!あの時のサムライソードのかっこよさが目に焼き付いて消えませぇん…!」

 

荒井が力説すると、バルエムもデンジもうんうんと頷いた。

 

「やっぱチェンソーより刀だよ。ねっ、先輩」

 

「やっぱ火ぃ吹くだけの大道芸よか刀だな。俺も思うぜぇ、バル男ぉ」

 

「…」

 

「…」

 

バルエムとデンジは殴り合いを始めた。

 

「ホント、もーいい加減にしなさい!デンジくん、やめないとお尻ペンペンだからね!あとバルエムは、それ以上デンジくん殴ったら殺す」

 

バンッ、と机を叩いてレゼが立ち上がる。ちなみ会員番号は8番だ。

デンジの勧誘で、デンジくんが言うなら、と快諾してくれた。

もっぱら、デンジとバルエムの喧嘩の仲裁役である。

ドタバタ騒ぎをしていると、ファンクラブ活動室 ――東京本部の応接室の一つを勝手に改造したもの―― の扉がガチャリと開く。

早川アキだった。

 

「おまえら…また勤務時間中に…。姫野先輩まで…」

 

「あー、やっほーアキくん。腕の調子はどう?」

 

姫野が呑気の腕を振ってアキの〝腕〟を見ると、アキも微笑んだ。

 

「ええ、もうしっかりくっついてます。本当にマキマさんには頭が上がらないですね」

 

「ホントね~。皆の腕、完璧にくっつけちゃったもんね。マキマさんの契約悪魔ってなんなんだろう。治療の悪魔とか、再生の悪魔とかかなあ?」

 

「マキマさんの契約悪魔の詮索はご法度ですよ」

 

「そうなんだけどね。でもさ……最近のマキマさん、すっかり丸くなったし、今ならワンチャン、聞けば教えてくれそうじゃない?」

 

「…確かに」

 

姫野理論にアキも思わず納得してしまう。

確かに、少々業腹だが最近のマキマは以前にあった冷たい雰囲気というものが鳴りを潜めている。

それもこれも、あの鈴木カタナが公安に入ってからだ。

今となってはもはや懐かしさすら感じるが、入庁したての新人が、公安デビルハンターの至高の女神といきなり同居を始めるという前代未聞の事を仕出かしたのも今では良い思い出だ。

あの時は大層ショックだったし、嫉妬もしたし、怒りもしたが、マキマを慕い尊敬するアキにも、鈴木カタナという男の凄さとか魅力はもう嫌と言うほど理解出来てしまっている。

 

(もともと、俺が嫉妬心を抱くのも烏滸がましい相手だったな…)

 

そうとすら思えた。

今では、もはや東京本部の公安全員が認める公認カップルだし、そもそも入庁前から付き合いがありそうな雰囲気だった。

きっと鈴木カタナは、早川アキや姫野達が知らないマキマの顔を幾つも知っているのだろう。

これが失恋というやつか…とほろ苦い感情を抱きつつも、それが既に過去の事として済ませられるぐらいには感情の整理がついている。アキ自身も(…俺って、そもそもなんでマキマさんが好きだったんだっけ)とか考えてしまったが、それももう些細なことだった。好き、なんていうのはいつの間にか自然となるものだしな…とも思えた。

と、そこまで考えてアキは思いつく。

 

「というか、鈴木に聞けばマキマさんの契約悪魔…知ってるんじゃないか?」

 

「おー、確かに」

 

「…でも、鈴木先輩はかなりの確率でマキマさんと一緒にいますよ?」

 

バルエムが言うと、アキも姫野も「あー…」という表情で納得してしまう。

そしてそこでアキは、ごほん、と咳払いをし同僚達を真面目な顔で見渡した。

 

「ま、冗談はここまでにしよう。内閣官房長官直属のマキマさんの契約悪魔は国家機密に相当するし、どんな悪魔と契約してようと、マキマさんは俺達の信頼できる上司であることに変わりはないんだ。」

 

それには皆、異論はないようで、かつてはマキマのことを嫌っていた姫野も、今では「最近のマキマさん可愛い~」とか言って昼飯時に女性同僚との雑談の種にするくらいである。

そんな時に、急にアキが「あっ」と呟く。何かを思い出したらしい。

「どったの?」と姫野が訊くと、アキは「マキマさんが4課全員を呼んでるんだった」とぼそっと言った。

 

「え?ちょっともっと早く言いなよ。だいぶ無駄話しちゃったじゃん!では我らが会長のもとへ急げー!」

 

姫野達は慌ててファンクラブ活動室を飛び出し、チェンソーマンファンクラブ会長を兼任するファンクラブ会員番号1番の元へ駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆集まったかな?」

 

マキマが執務室を見回す。

デンジ、パワー、レゼ、アキ、姫野、荒井、コベニ、伏、円、バルエム、蜘蛛の悪魔、天使の悪魔、暴力の悪魔、サメの魔人、その他二名。

そして、マキマの隣に立つサムライソードこと鈴木カタナ。

全員、マキマの治療や公安の治療センターでの療養ですっかり元通りの姿となっていた。

皆を一瞥してから、マキマはゆっくりと口を開いた。

 

「いよいよ銃の悪魔討伐遠征の日程が決まりました。公安対魔特異4課は、銃の悪魔討伐戦に参加します」

 

ごくり、とアキの喉がなった。

いよいよ悲願成就の日が近づいてきたのだ。

本来のアキの優しすぎる性分ならば、過日の闇の悪魔との戦いで、圧倒的な力で仲間たちを捻じ伏せられる光景に怖気付き、せめてデンジやパワーだけでも…と、親しい人が誰も傷つかぬように不参加を希望したかもしれない。

確かに今も、そういう思いは少しあった。

だが、早川アキもまた、地獄にてサムライソードの〝闇〟への挑戦を間近で見たものの一人だ。サムライソードファンクラブ会員番号7番だ。鈴木カタナがいれば、あの銃の悪魔にだって勝つのも夢物語ではなくなった、という実感が芽生えたのだ。

大切な者を失う恐怖より、大切な者達と一緒に仇敵を倒せる、という喜びと興奮が上回っていた。

しかし、マキマの口から語られたのは驚愕の真実。

なんと銃の悪魔は、実は既に討伐済みであり、現在は主要各国が銃の悪魔の肉片を分け合って保有し、抑止力としているということであった。

 

「それじゃあ……つ、つまり…今回の銃の悪魔討伐作戦というのは…」

 

姫野も些かショックを覚えたが、何よりもアキが震える声でマキマに尋ねる。

マキマは静かに頷いた。

 

「……そうだね。銃の悪魔の肉片を奪う…国家間の戦争のようなものになるね。…とはいっても、本当の戦争にはならない。もう()()()()()()()()()世の中だからね。今は」

 

マキマとしても今更大規模戦争は困る。カタナから聞き得た未来の運命では、どうやら戦争の悪魔が本格的に復活しつつあるそうで、となるとマキマの想定以上に戦争()は力を取り戻している。そうだとすると、今のマキマにはとても都合が悪いのだ。なぜなら戦争の悪魔は、あらゆる武器存在に対して強い掌握力を持つ。銃の悪魔、戦車の悪魔、そして…槍、斧、弓、剣、爆弾、火炎放射、そして何よりも刀。それらを万が一にも自分の支配下から奪われたら…刀を取られたら。それを想像するだけで、マキマの心は凍てついた吹雪が吹き荒れ憎悪の炎が燃え上がるのだ。

だからマキマは決して戦争を起こさない。そういう方針に転じていた。

しかしマキマがそういった少しばかり穏健な方向に舵をきったとしても、それでは銃の悪魔の恐怖は、世の中から、人間の世界から決して消えない。

銃の悪魔を、どんな形でも倒せるのは早川アキにとって嬉しい事だ。しかし、なんともやるせない気持ちも滾々と湧き上がっていた。

 

「早川くん。私はね…銃の悪魔の肉片を、国と国の外交ゲームに使わせるのを、もうじき終わらせようと考えているの」

 

そんな早川アキの、そして他にもいる銃の悪魔の被害者達(姫野や伏)の気持ちを知ってか、マキマは今後の〝展望〟を語り聞かせる。

 

「今回の、銃の悪魔討伐遠征で…日本は、肉片保有率の過半数を超える。これを大前提として作戦を行います」

 

「…え?」

 

「そ、それってつまり…」

 

「日本が…銃の悪魔を50%以上保有すれば…日本は、今後全ての外交で優位に立てる、と?」

 

荒井とコベニの声が震え、円が日本のお偉方が望む結果を当ててみせた。

マキマは頷く。

取り敢えずは、上っ面の答えとしては正解であるそれを肯定するのは、マキマとしてもやりやすい。

マキマの本心。

マキマの狙い。

日本が銃の悪魔の肉片を単独過半数で保有するということは、マキマが銃の悪魔を完全支配することと同義。

そうなれば、もはや武器人間も半分以上を保有するマキマに勝てる国家はいなくなる。

マキマ自身はサムライソードがいる時点で、もはやどんな大国と争っても勝てるし、銃の悪魔が100%の全盛期で蘇ったとしても勝利を確信している。しかし、大事なのは、もはや対抗手段など永遠に無い…という認識を世界に与えることだった。

 

(今はまだ、銃の悪魔を起動すれば…私に、サムライソードに勝てると思っている奴等がいる。甚だ見当違いの妄執に取り憑かれた愚かで哀れな、そういう人間達が…悪魔を利用したつもりで悪魔に利用され、そして世の秩序を乱す…)

 

そういう権力者達の心を折るのだ。

未だに世界の頂点の座を諦めぬ大国達の、その鼻っ柱を完全にへし折るのだ。

そうすることで世界は、マキマには敵わないと悟って、戦争を仕掛けようという気概すら失い、戦争を諦め、そして忘れていく。それ即ち戦争の悪魔から手足をもいだも同然である。

チェンソーマンも手中にある。

サムライソードも隣にいる。

銃の悪魔も支配する。

強力な戦力を掌中におさめているという実感がマキマの支配力を強め、そうなるともはや国家すらもマキマは直接支配できる。そして、マキマの求める平穏な支配が完成する。

簡単な理論であり、そして強力な理屈だった。

 

 

 

 

 

 

早川アキは項垂れていた。

負傷休暇を利用して、北海道に墓参りに行こうと思っていたのに、なんだか気分がひどくアンニュイになってしまった。

こんな気持ちで墓参りになぞいったら、そのまま首を吊りかねない。

マキマが、カタナから聞いた情報によってより迅速に遠征計画を組み立てたせいで、少しばかりの運命の変化が起きていた。

 

「はぁ……」

 

「なんだよ、溜息なんてついてよオ」

 

「いや……今年の墓参り、やめようかと思ってな」

 

デンジの頭上にはてなマークが浮かぶ。

 

「あー?なんで?」

 

「おまえ、聞いてただろ?銃の悪魔はなぁ…もうこの世にいなかった。だったら、俺の復讐はどうなるんだって、そう思ってな」

 

「…んん?銃の悪魔のパーツはあるんだろ?この世にいるじゃねーか」

 

「いるにはいるが、そういう意味じゃなくだな…。もう、銃の悪魔には意思なんてなくて、人間の操り人形になってたんだ。だから…黒幕は人間ってことだ」

 

「そうじゃそうじゃ!いつだって人間が一番ワルなんじゃ!悪魔は正直モンばっかじゃからの~!のう?ニャーコ、ポチタ~」

 

「にゃー」

 

「ワン!」

 

ソファーでデンジの膝を枕として寝転ぶパワーは、ニャーコと、そしてデンジの胸から生えたポチタを腹の上にのせてだらけきっていた。

 

「だったらよォ~~~、人間ぶっ飛ばせばいいじゃん」

 

「はァ?」

 

「いやだってさ、おまえの家族を襲った時の銃の悪魔も、ひょっとしたらどっかの国が操ってたかもしんねーってことだよな?」

 

「…」

 

言われて、アキはやや俯いて考え込んだ。

 

「…そう、なのか?そういう可能性も……あるのか?いや、でも…13年前にアメリカで大規模な銃のテロが起きて、それによって銃の悪魔は地上に出現してて…」

 

「そんなのわかんねーだろ。今回のだって、銃の悪魔がもうヤラれてたなんて誰も知らなかったんだ」

 

「そうじゃそうじゃ!人間は嘘ばっか言うからのう!13年のことだって嘘に決まっとる!」

 

「まぁ、可能性は…ある…のか?そもそもが、銃の悪魔出現が、どこかの国家の企みで、アメリカに出現したってのも、最強国家のアメリカに大ダメージを与えたかったってことなら確かに辻褄が合っちまうのか…」

 

「ヨぉし!決まりだぜえ!悪ぃ国がいるんだよ!俺達はそいつらをしばく!きっと悪いやつらはソ連だぜ……だって、レゼんことも、全部ソ連が悪いんだからよお~~~」

 

レゼの件で、デンジはすっかりソ連嫌いになっていた。

このデンジ、ソ連陰謀論大好きである。

そこまで会話して、そして「やるぞー!」「銃の悪魔はワシの痰壺持ちだったんじゃ。楽勝で勝てるわ」とか言っているデンジとパワーの二人を見て、アキは気付いた。

 

(…こいつらなりに、俺を元気づけようとしてくれた…?)

 

なんだか、この二人といるだけで、マキマへの失恋とか、銃の悪魔への復讐の空回りとか、そういうのを笑って吹き飛ばせそうな、そんな気がしてきた早川アキだった。

この後、アキの実家が北海道であることを知ったデンジとパワーは、俺達も北海道行きたい!! と言い出して、結局墓参りは行った。

何故か、姫野やレゼやビームや、気づいたら荒井とコベニまでが一緒に付いてくることになって、「江の島リベンジ墓参り御一行」という旗までアキは持たされ引率させられる羽目となる。

今年の墓参りは、全くこれっぽっちも陰鬱ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マキマとカタナは、ともに夕食をとっている。

ワンちゃん達と、そしてアキから頼まれて預かっているニャーコも夕飯をがっついていた。

そして食事中の雑談のように、二人は銃の悪魔討伐遠征について語りあう。

 

「本当はね…9月頃を遠征計画にあててたんだ」

 

マキマが手巻き寿司に手を伸ばしながら言った。

カタナは、マキマのてまき…てまきまき、とかくだらぬダジャレを小声で呟いていた。マキマは、本当にこの人はダジャレの才能がない、としんみり思った。

 

「でもカタナからの情報で、アメリカがそれより早く動くのは分かったから。…来月やる」

 

「…2月か。早くないか?まだ怪我のリハビリ期間にあてたほうがいい気もするがな…。ちょっと前まで手足とかがバラバラだったんだぞ、みんな」

 

「実を言うと、皆の戦力はあてにしていないの。私と、カタナだけで殆どやる」

 

「……そのほうが、被害が少ないから、か?」

 

言われて、マキマはたっぷりと間を置いてから答えた。

 

「………今の環境を構築している人員は、チェンソーマンが素直になってくれている現状に貢献している。あんまり、あの子達を私以外に壊されたくないの」

 

言葉を選んで、もっともらしい理由を述べているが、とどのつまりは〝お気に入りの部下達を失いたくない〟という、彼女に芽生えた仲間意識、あるいは走狗達への愛着が確かにそこにあった。

カタナに抱かれ、カタナと日々を過ごし、カタナを闇の悪魔戦でズタボロにされて彼を失うかもしれないという恐怖を味わい、マキマは愛情というものをようやく理解した。

冷徹な支配者が愛と哀しみを知ることで、マキマの支配はより盤石となる。引き締め、抑圧するだけではなく、時には優しく抱きしめてやる。それがより良い支配には欠かせない。マキマの支配は、支配という本質が変わらずとも実質的には至極真っ当な統治へと形をかえつつあるのだ。

 

「人間、変われば変わるなあ」

 

「悪魔だけど?」

 

強力で失っても心が傷まない手駒(サンタクロース)が手に入ったのも理由かな、ともマキマは言った。

 

「アメリカが起動させる銃の悪魔は…洋上で私とカタナが迎撃する。そして、ソ連が持つ肉片はサンタクロースが、中国の肉片には岸辺さんが指揮する公安チームと武器人間達で仕掛ける。クァンシも、今回は岸辺さんの狗」

 

「ソ連…踏んだり蹴ったりだなあ。レゼも失ったし、今度は闇の悪魔の肉片を食ったサンタクロースが相手か」

 

「自業自得だよ」

 

マキマは微笑み、そしてカタナのグラスにワインをついだ。

二人は乾杯し、そして夜はふけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下、各国の最重要機密作戦観測班による〝魔女狩り作戦(セイラム)〟の遂行記録、及び銃の悪魔の挙動記録の統合データログ。

 

 

1997年、2月11日。午後13時02分。

アメリカ国民全員の寿命10年を対価に、銃の悪魔、起動。アメリカ大統領は、支配の悪魔の力の増大とサムライソードの脅威を目の当たりにし、当初予定されていた〝寿命1年〟という対価の10倍を支払う事を決定。

 

午後13時03分。

銃の悪魔、莫大な対価支払いによってアメリカが保有する肉片20%に、各地に散らばる小規模な肉片を強制的に招集し融合開始。

ソ連、中国が保有する大規模肉塊の自立移動現象を確認。ソ連、中国、ともに肉塊封じ込め作戦開始。

 

午後13時05分。

銃の悪魔、肉片占有率49.7%を突破。自由の女神を素体ベースとして、巨人形態へ移行。

 

午後13時05分49秒。

銃の悪魔、進撃開始。

 

午後13時06分03秒。

支配の悪魔、サムライソード、銃の悪魔の進撃ルート上に出現を観測。

洋上迎撃開始。

 

午後13時06分04秒。

銃の悪魔、能力発動。

レーザーサイト単体照射確認。支配の悪魔へ集中砲火開始。

レーザー誘導による、音速の666倍で飛翔する自動追跡弾丸を66バレルから秒間16,000発発射。21秒間斉射確認。

サムライソード、全ての弾丸の斬り払いを確認。

支配の悪魔、サムライソード、両名に損傷みられず。

 

午後13時06分26秒。

銃の悪魔、能力発動。

ターゲット2体の周囲500mに、9億1,184万6,093丁の銃器を球状に生成。支配の悪魔、サムライソード、両名に斉射開始。34秒間の射撃確認。

サムライソード、全ての弾丸の斬り払いを確認。

支配の悪魔、サムライソード、両名に損傷みられず。

 

午後13時06分27秒。

支配の悪魔の能力発動準備。

 

午後13時07分00秒。

支配の悪魔、13の悪魔の能力の発動。

 

午後13時07分01秒。

銃の悪魔、死亡。

アメリカ大統領、死亡。

アメリカ国防長官、死亡。

アメリカ統合参謀本部議長、死亡。

ソ連総書記長、死亡。

ソ連軍事人民委員長、死亡。

フランス大統領、死亡。

中国国家主席、死亡。

中国中央軍事委員会副主席、死亡。

日本国幹事長、死亡。

イギリス首相、死亡。

ドイツ連邦首相、死亡。

インド首相、死亡。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン。

ピンポーン、ピンポーンピンポーンピンポーン。

ピンポンピンポンピンポンピンポン。

 

「あ…………アイツやっと帰ってきたよ~~」

 

「うるさいのお」

 

連打されるチャイムに叩き起こされたパワーが、ニャーコを抱きしめながら不機嫌そうに言うと、デンジもポチタを抱えつつボサボサ頭を掻きながら玄関を開けた。

そこには長旅で疲れた様子の早川アキの姿があった。

 

「ただいま」

 

「おかえりー。うるせーんだよお。あんな連打すんな」

 

「鳴ってたのか?やっぱ直さないとダメだな。押しても外からだと何も聞こえなかった」

 

デンジがアキから大きなリュックを預かってやると、アキはようやく下りた肩の荷にホッとした様子で、肩をぐるぐる回して疲れをほぐす。

 

「そっちどうだった?」

 

「ああ、国のトップが突然死んで中国は混乱状態だったからな。俺が受け持った地区も、どうってことなかった。拍子抜けだったぜ」

 

姫野先輩にからかわれ続ける道中のほうに疲れちまった…とアキはげんなりと言った。

 

「俺のほうのペキンもおんなじ。仕事なんて秒で終わったかんなぁ。せっかく本場の中華料理食いながらレゼとデートできると思ってたのに、すぐに日本に帰されたしよお」

 

「おうおうおう!デンジ、大切なことを言い忘れておるぞ!ワシの活躍を存分に伝えよ!」

 

「あー?あぁ、そうな。そうそう…パワ子すっげーがんばってたよ(棒読み)」

 

「ガハハハ!そうじゃ!余すこと無く真実を伝えるんじゃあ~~!」

 

アキは、いつもの様子を見てくすりと微笑んだ。

我が家に帰ってきた、という実感が強烈に湧き上がる。

デンジとポチタが座布団に座っていて、パワーとニャーコがソファーで弛れている。

これこそが我が家だと、アキは猛烈にそう思った。

 

「…ただいま」

 

「ん…?……おかえり?……いや、さっき言ったろ」

 

「言いたくなったんだよ」

 

あっそう。

デンジは首を傾げた。だが、アキが嬉しそうだからそれでいいか、と思った。

 

「あ、そうだ。にーちゃんから電話あってさ。今夜、オメーのお帰りパーティーを4課全員でしようぜってさ!アキが4課の出張組のラストだったかんなア…これで4課全員再集合!んで、全部マキマさんがおごってくれるそうだぜええ!!」

 

「おごりじゃ!おごりじゃおごりじゃ!マキマの財布を空っぽにしてやるぞ!」

 

「皆で食いいこーぜ!でさぁ――――」

 

はしゃぎながら騒ぐ二人の家族を見て、アキは嬉しそうにデンジの言葉をずっと聞き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しの時が過ぎた。

マキマの支配体制が確立された。

アメリカ、ソ連、中国、その他主要各国は、正式にマキマ(日本)に頭を垂れた。

とはいっても別にマキマは総理大臣でもなんでもない。

相変わらず、公安デビルハンターの4課課長で、そして内閣官房副長官直属デビルハンターという肩書のままだ。

しかしその実、日本の全ての政治家、官僚の支配までも完了させている影のドンでありフィクサーであった。

幾つかの概念も、成長したデンジがチェンソーマンの力を使いこなして不都合なものを消し去った。

まだまだデンジの実力不足もあって、死とか飢餓とか、そういった大きな概念は消せていないが、マキマは悠長にデンジの成長を待つつもりだった。

焦ることはない。

自分には無数の生命のバックアップがあるし、そもそも、彼女を殺すことはもうできない。

彼女に忠実なお気に入りの駒達には、支配下にある生命達の命の再分配をし、寿命を伸ばす処置も施したから、〝マキマの支配体制〟はそう簡単には揺るがない。

何より、傍らにはいつも、彼女のバディにして伴侶たるサムライソードがいるからだ。

このサムライソード…最近では、「光の神刀と、闇の妖刀が両方そなわり最強にみえる」とか「退魔と悪霊の力で俺そのものが月牙に」などと意味不明な供述をしており、闇の悪魔に侵食された影響とおぼしき力を振るうなど、さらに成長している。

始末に負えない規格外っぷりを周囲に見せつけ、マキマに「やっぱり勝てる気がしない」と評され、強大な悪魔達すらドン引きさせているとのこと。

それはさておいて、最近のマキマは非常に忙しい。

日本だけでなく、世界を裏から操っていると言っても過言ではないのだから当然だった。

 

「…とはいえ、働き過ぎじゃないか?」

 

少し休んだほうがいいんじゃないか、と鈴木カタナがしきりに彼女へ休職をすすめていた。

最近、毎日のように、心配そうな顔で言うものだから、規格外の最強の刀のくせに何だか可笑しい…とマキマは少し笑ってしまう。

 

「過保護」

 

マキマは、ビシッと指さして言った。

だがカタナの心配もさもありなん。だって、マキマのお腹はもう普通のスーツの着用が不可能なくらい大きかったからだ。

妊娠6ヶ月であり、今ではマキマは特注のマタニティスーツで出勤していた。

 

「大丈夫。悪魔の体は人間より遥かに頑丈なんだよ?」

 

「でも、生まれてくる子も悪魔の血だろ?人間の赤ちゃんより絶対元気な陣痛起こすと思うんだけど…」

 

うーん、とマキマは細い顎に指をあてて考える素振り。

ぽんっ、と手を打っていい考えがあるとばかりに明るい声で言い出した。

 

「じゃあこの子を支配しちゃおう」

 

大きくなったお腹を嬉しそうにさすりながら、「そうすればお腹の中で暴れないし出産時期もコントロールできるね」とマキマは微笑む。

 

「名案でしょ」

 

マキマは冗談めかして言った。

 

「うわー」

 

冗談とは理解しつつ、カタナが引いていた。

 

「マキマも、俺に似て冗談が下手になっていくな」

 

「そうかなぁ?」

 

マキマが首を傾げた。

その仕草はどこまでも柔らかく、そして可愛らしいものだった。

今では、マキマの身内認定したものにはこのような穏やかな態度と口調で接することが多い。

とても数ヶ月前までの冷血女と同一人物とは思えない変わりようである。

 

「デンジんとこも、もう5ヶ月だっけ」

 

「レゼちゃんは私と殆ど同じ時期だよ。このまま問題なければ、この子とデンジくんの子は幼馴染だね」

 

「アキも、もうちょい早く仕込めば同学年確定だったのにな」

 

「早川くんは、デンジくんと違って女にがっつかないから。姫野ちゃん、苦労してたもんね」

 

「ま…そのアキ先輩もようやく陥落して、今では姫野先輩も〝姫野〟じゃなくなったし……俺は、こういう未来のためにずっとやってきた気がするんだ」

 

マキマのデスクに並ぶ幾つかの写真立てを見ながら、カタナはしみじみと言う。

そこには、花嫁姿をお姫様抱っこするデンジとレゼ。

神社で結婚式を上げたアキと姫野。

そして、4課全員で撮った集合写真などが並び、中でも一際立派な写真立てで飾られているのが、マキマとカタナの結婚式の写真である。

タキシードとウェディングドレスで着飾った二人の前に、デンジとレゼとパワーとポチタと、アキと姫野と、荒井だのコベニだのビームだのバルエムだの岸辺だの、その他諸々がそれぞれのベストな表情を浮かべながら、雪崩込むようにどどどっと混ざった、どんちゃん騒ぎの一幕を写した至極の一枚。

 

「…あ~~~、いつ見てもデンジとポチタ、いい笑顔で写ってるよなぁ~」

 

カタナもうっとり写真を眺める。

俺が撮ったよりもいい写真なのが気に食わない、と常々言いつつもカタナも気に入っている一枚だった。ちなみに、この写真を撮ったのはマキマの従僕の一人となったサンタクロースである。人形を使って、思考と視覚をリンクし絶好のシャッターチャンスを逃さぬ常時監視力と、多角的撮影力を持つ恐るべきカメラマンに、さしものサムライソードも形無しであったという。

写真を眺めつつカタナは思う。

結局のところ、デンジの幸せを願うなら、デンジの周りの者達も、守り、幸せにしないといけなかったわけだ。それが間違いなく達成できて、デンジは幸福になった…という実感が湧いてきたのはここ数日の事である。

 

「夢がかなったね?カタナ」

 

「デンジを幸福にしちまったなぁ~~~。だがまだまだし足りないぜ、俺は」

 

「もっと幸せにしたいの?」

 

うんうん、とカタナは力強く頷いた。

彼が言うにはこうだ。

だってデンジとレゼはようやく高校に通う普通の学生になれて、まだ高校生で、自分達が()()()()()()()な学生妊娠なんて実行したもんだから、学生結婚で学生子育てをするんだからとっても大変だ。

マキマが学校を支配して、学生達やら自治体の人々やらの認識をちょっといじってるから別に何も大事にはなっていないが、それでも若い二人が学業と子育てをしていたらイチャイチャタイムも減って辛かろう。

と、まぁこういうわけだった。

 

「だから家族の俺達が手伝わんと」

 

「…早川くんは、まぁ自分も子供ができちゃったから忙しいけど、でもパワーちゃんもビームもプリンシ達もいるから大丈夫だと思うよ?あの子達は、皆チェンソーマンの眷属だからね。デンジくんの子なら喜んでベビーシッターやるんじゃないかな」

 

マキマに言われ、カタナはほわほわほわん…と、デンジとレゼの子をあやすパワー、ビーム、プリンシ、ガルガリ、エンジェル、その他…バッタ仮面ライダーみたいな奴とかの姿を想像すると、それだけでシャッターチャンス到来の予感に身震いしてしまう。

絶対にカメラに収めたい一幕である。

 

「それはそれ。これはこれ」

 

「うーん……」

 

そこまで言って、マキマが少しむくれ始めた。

 

「いつもデンジ、デンジって。あなたもいい加減に、私とナユタの幸福を最優先しなくてはダメだと思うけど」

 

カタナは、あっやばい、と思った。ちょっとデンジに構いすぎると、最近はマキマはすぐこうなる。

それに、マキマの言うことは至極ご尤もであった。

 

「あなたの最愛の奥さんは誰?答えなさい」

 

「…マキマです」

 

「あなたの赤ちゃんを妊娠してあげたのは、誰?」

 

「マ、マキマです」

 

「あなたを、これからも支配するのは誰…?」

 

マキマはお腹が大きい事による機動力の低下など感じさせぬ軽やかさで、いつかのようにカタナのネクタイを引っ張って己の美貌へと寄せる。

そして耳元で囁く。

 

「ずっと前にした約束。初めてあった時にあなたに言ったことを、私は果たします。今夜こそ…駄犬を調教してあげる」

 

マキマの艶かしい舌が、ペロリ、と彼女の水気たっぷりの唇を舐め、唾液でテかる。

 

「いやぁ…そいつだけは返り討ちにさせてもらうぜ」

 

金色の瞳と銀色の瞳が、爛れた熱を湛えながら真っ直ぐに交わり、そして二人ともに笑む。

支配の悪魔の、支配したいという根源的欲求は、今はその全てをサムライソードが引き受けていた。俺が引き受ける先に行け…というやつだ。

 

 

 

 

世は、実に平和であった。

今のところは…だが。

この平和が永く続くのかどうかは、この男女の仲次第である。

 

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