スキマ妖怪と支配の悪魔   作:時雨オオカミ

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からかい

 

 デンジとパワー両名のやらかしにより、現場に責任者として呼び出されたマキマは悩ましげな顔をして二人を見上げていた。

 血まみれとなったパワーの替えの服を渡し、スキマの利用によってマジックショーのように彼女の周囲を布で覆い、着替え中の安全を確保する。

 悪魔の血によってびしょ濡れになった制服はいったんマキマが預かり、傍にどけられていた。

 

「民間が手をつけた悪魔を公安が殺すのは業務妨害。普通だったら逮捕されちゃうよ」

 

 特異四課の面々であれば、まだ人間一年生としてカウントされるため情状酌量の余地がある。マキマ自身は悪魔の躾不足として他の部署の人間にどやされる可能性があったが、それに屈するような彼女ではない。当たり前のように二人を庇い、そして利用価値を説いて押し通すことぐらい造作もないことだ。

 だが、それはそれとしてきちんと叱ってやらなければならなかった。

 

 

 「パワーちゃんは、もうちょっと考えて行動しないといけないね。デンジくんは、彼女のペースに乱されないようにしようか。少し先輩なんだからね」

「すみませ〜ん」

 

 デンジは『先輩』と言われて少し得意げな顔をした。ただ、バディとしての監督責任はデンジにもあるため、マキマに叱られて次の瞬間にはしょんぼりしていた。勢いの良い彼女はデンジの知らないタイプの存在であるため、まだ接しかたや距離感、制御の仕方を考えあぐねているのだ。

 

「つか、こいつってどんな魔人なんですか? さっきなんかすごいことしてましたけど」

「パワーちゃんは、魔人になる前は『血の悪魔』だったから、血を使った戦いが得意なんだけど……すぐ興奮しちゃうし、デビルハンターには向いてなかったのかな?」

 

 マキマはわざとパワーに目を向けた。同心円状の金の瞳に貫かれて、彼女は言いようのない威圧と重圧を無言でかけられる。デンジには決して向けられないような、支配の悪魔としての畏怖を抱かせる……いわゆる脅しだった。

 

 パワーに対してはマキマの支配が効果のないことが分かっているため、マキマとユカリは彼女の攻略を脅すことで躾とし、成立させている。恐怖症としても力の強い『血』を屈服させるのは、それほど苦労のいることだった。パワー本人の性格もあって、都合よく改竄される記憶には『支配』もどうしようもない。

 

「きょっ、こいつが殺せって言ったんじゃ〜!」

「はあ〜!?」

 

 マキマは醜く争い出すデンジとパワーを眺めながら思案する。

 もう少しちゃんと躾けたほうが良かったかな? と。しかし、あまりマキマたちが干渉しすぎてもパワーの持ち味を殺す結果になってしまうため、これくらいがちょうどいいのだろう。

 マキマとしても猫を大切にする彼女は、魔人や悪魔の中では人間にかなり友好的になれる部類だと考えている。そんなパワーをうまく制御することができれば、他にも友好的な悪魔が出現した際に公安に引き込みやすくなる。

 そういった意味では、天使の悪魔は成功だった。そして、花子さんの悪魔も性格が非常に温厚であるため、成功が約束されている。

 パワーもそうなればいいと、マキマは思う。

 

「オレ言ってないです! 言ってねぇ! よくんな嘘が言えたモンだなぁ!?」

「嘘じゃないわい! 言った! この人間が悪魔を殺せと言ったんじゃア! 本当じゃあ!!」

コワッ!? はあ〜!? マキマさん、この悪魔嘘つきですぜえ!? 逮捕だ逮捕! 嘘なんとか名誉なんとか罪で逮捕だテメェ!」

「違う! こいつがヤレって言ったんじゃ! 悪魔は嘘をつけない! 嘘をつくのは人間だけじゃあ!」

「んな設定ねーーよ! テメェが証拠だバァ〜カ! 嘘糞野郎がよお!!」

「人間は汚い嘘をつく! ワシはヤレって言われたんじゃ!」

「ワシとかなんじゃとか、キャラ作りやがってよお! 気持ちワリィなあ!!」

 

 思ってはいるが、本当に大丈夫だろうか? と不安にはなってくるものだ。

 

「静かにできる?」

「でっ、できるっ」

 

 威圧をかけつつパワーを見つめていれば、彼女の背後の空間にスキマが開く。さきほど着替えに協力した神隠しの悪魔ではなく、ユカリのほうだ。

 スキマから手が伸びてきて、ひたりとパワーの首を後ろから握った。

 

「ひうっ!?」

 

 クスクスとくぐもった笑い声が響いて、硬直したパワーの頬から耳、ツノまでをゆっくりと撫で回してから腕が消えていく。

 こうしてお化けのようにパワーを驚かしては面白がるのが、ユカリのマイブームらしい。反応が非常におもしろいため、彼女は妖怪の格好の餌食となっているのだ。悪戯好きのユカリは鬼のようにツノが生えた彼女が、あまりにも弱々しくか細い悲鳴を喉からあげるのを見て、スキマの中でニヤニヤと意地悪く笑っている。

 

「私たちに活躍、見せられそうかな」

「みっ、みせっ、みせるっ……!」

 

 もはや疑問符すらつかなかった。

 そうしてパワー相手に思う存分詰問したマキマは、面白がっているユカリとともに現場を後にする。二人の後始末をしなければならないため、各方面への謝罪行脚が待っているのだ。そんなことを二人に悟らせるわけにはいかないため、放免されたデンジとパワーを盗聴と監視で追いかけることもしない。

 ユカリがどうせ追いかけてくれるから、と。

 

「ユカリ、出てきて謝罪に付き合ってよ」

「あら、ご自分でやるつもりだったのではなくって? 可愛らしい雛のお二人に格好いい上司としての背中を見せなくてよろしいのかしら」

「ユカリになら甘えられるから。ダメ?」

「………………」

 

 しばらくの沈黙。

 

「仕方ありませんわねえ」

 

 ぬるっとスキマから出てきたユカリは、日傘を差したいつものラフなドレスの格好で現れた。私服だ。

 マキマからの甘えのような言葉に彼女は殊更弱い。こうして高みの見物をしていた状態から、引き摺り出されてしまうくらいには。

 

「謝罪の後は始末書と、報告書と……」

「全て私に関わってほしいのですか? 書類仕事はそこまで得意じゃないのだけれど」

「そばにいてくれたらいいよ。私に元気を分けてくれればいいだけ。そのあとで、お酒でも一緒に飲もう」

「いいわね、美味しいお酒を用意しておくから……安心してお仕事してちょうだい」

「少しは手伝ってくれてもいいんだよ」

「私、自由が好きなの」

「……いいなあ」

「ふふ、いいのよ。あなたも自由で」

 

 正反対の概念だというのに、八雲紫はマキマに自由でいていいのだという。支配の悪魔に対して、自由でいいのだと。本来なら侮辱に捉えられてもおかしくない言葉だが、今までの積み重ねがある二人には、ただの言葉の戯れでしかない。それが自由気ままに生きる妖怪、ユカリとしての本音だとマキマは知っているから。

 

「夜までに終わればいいなあ」

「最後まで付き合うから、頑張りなさいな」

「うん」

 

 ……二人が揃って酒盛りタイムに入る頃には、すっかりと夜が降りてきていた。

 

 飲みの最中にカラスの視界を借り、マキマはデンジとパワーを探す。

 どうやら二人はまだ外にいるようだ。自動販売機の溜まり場で猫と戯れるパワーを発見して、猫の聴覚を借り受ける。

 ちょうどパワーが自身の事情をデンジに話している場面であった。

 

「決行は明日かな」

「明日と思っておきましょうか」

「ねえ、ユカリ」

「どうしたのかしら、マキマ」

 

 目を瞑り、話を聞いていたマキマがゆっくりと瞼を開けて眉を顰める。

 

「猫を助けたら、デンジくんはパワーちゃんの胸を揉むんだって」

「あら、嫉妬? お可愛らしいこと」

「私には直接言ってくれないのに」

「本当……お可愛らしいこと」

 

 ユカリは目の前にスキマを開き、腕を差し入れる。

 そして不満そうにしているマキマの背後から抱きしめた。真正面にいる状態で背後から抱きしめるという器用なことをやってのけた彼女はほくそ笑む。

 

「なにかな」

「私が揉んで差し上げましょうか?」

「別に揉んでほしいわけじゃないから……」

「うふふ、そうですか。それは残念ですね」

「あんまりからかわないでほしいな」

 

 困った顔をしたマキマを見て、スキマから手を戻したユカリは愉快そうに目を細めた。そして今日もお酒を美味しくいただく。

 

 目の前のマキマの表情を肴にしながら。

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