貴女たちの世界が、どれほど煌めいているのか。
終末世界ハルウララのイラスト大好きなんですの。
此処は何処なのか。
私は誰なのか。
どうにかできなかったのか。
どうしてこうなったのか。
何一つ分からないまま、私は此処に居る。
「……嵐が来る」
嵐。
全てを奪ったもの。
“それ”を表現する言葉が“嵐”しか見当たらないからそう呼ばれているだけ。
風が吹き、雨が降り、雷が響き、雹が降り注ぎ、そして全てを浚っていく。
嵐が来た後は物資が残される。
物資をかき集め、ひび割れた住処を直し、そしてまた耐える。
繰り返す。繰り返す。一心不乱に繰り返す。
その永遠に繰り返される日々を、心地いいと感じている私がいる。
たった一人。気が付いたらそうなった。
――――その日は、一層風が強い日だった。
全ての窓に板を打ち付けて補強するには苦労した。この住処は広くて良いが、見回りをするだけで丸一日が終わってしまうのは困りものだった。
日が沈んでしばらくして、ようやく終わったと背伸びをして、さっさと寝なきゃと水を汲んで寝床へ持ち帰る。
――――その途中、私は出会った。
その子は、私と同じカタチをしていた。
頭頂部の耳。腰の尾。でも全身びしょ濡れで、風に吹かれて体が冷えていた。
これはいけない。身体が冷えると頭も冷える。そうして最後には動けなくなる。動けるうちに体を温めなければいけないのだが、この子はそうする暇もなく冷えてしまったらしい。
急いでその子を担いで寝床へ連れて行った。
濡れた服はとても冷たい。服は乾いていると暖かいが、濡れたまま着ていると冷えた体はいつまでも温まらないからすぐに脱がせないといけない。
濡れた服は乾かさないといけない。濡れたままにすると酷い匂いになる。
寝床の隅にかき集めて乾かしておいた小枝を幾つか持って来て、その中でも裂けやすくてしなる枝を細かく裂いて
ケバケバが拳一握りくらい作れたら、表面がざらざらした金属の板を持ってくる。靴裏に釘で打ちつけた蹄鉄を板に当て、そのまま削るように擦り付けた。
思わず耳が後ろを向くような嫌な音を何度も立てて火花を散らす。四度、五度とやるうちにケバケバへ火花が飛んで
ゆっくり空気を吹き込んでチリチリが火になるまで育てたら、小枝を火の上に積んでいく。昔寝床が
それなりに火が大きくなってきたので太い枝を何本か放り込んだ。これでしばらくは燃えたままになるはずだ。
あの子が来ていた服を火の傍に並べておいて、本人も少し遠めに並べて寝かせておく。火の傍は意外と熱い。火傷をしてしまったら本末転倒だ。
窓を叩く風の音はどんどん大きくなっている。雨と雹も降ってきたようで、すごい音が打ち付けた木の板越しに聞こえてくる。
針の動かない目覚まし時計を抱えて、布団に包んだあの子を抱き締めるようにして眠る。
「あったかい」
〇
轟轟、ごうごう、囂囂。
耳を壊しそうな酷い音で目が覚めた。嵐が一番ひどい時間に起きてしまったらしい。
ふと、なんだかとても寒いことに気づいた。
あの子がいない。
「いけない」
地面にぴったり耳を付けて音を聞く。足音は聞こえない、この階と上下の階にはいない。
靴を脱いで裸足になって走る。階段を下りて2つ下へ、そしてまた床に耳を付ける。
走る、走る、走る。急げ、急げ、急げ。
「みつけた」
玄関の前、扉に手を掛ける直前だった。打ち付けた板の向こうから覗く
視線、視線、視線、視線視線視線視線視線視線視線視線視線。間一髪だった、これで戸を開けてしまっていたらこの子はもうダメだった。
口に手を当てて思いっきり後ろへ引き倒して、耳元でギリギリまで絞った声で喋る。
「動いちゃダメ。喋っちゃダメ。目を閉じて。全身に力を入れて。耳も伏せて。アレはまだキミが見えてない。見たくてたまらないから喚いてる。絶対応えちゃダメ」
言葉通りにぎゅっと目を瞑ったのが見えた。後ろから覆い被さる形だったのを体勢を変えて、あの子の頭を胸元に抱え込む。体が大きいから全身を抱えてあげるのはちょっと無理だ。
「聞いていいのは私の言葉だけ。他は絶対聞いちゃダメ。あれは
ごうごう、囂囂、轟轟。戸を打ち付ける風と雨は凄い音だ。今にも壊れそうなくらいに叩いてる。
でも駄目だ。今動いたら
深く、深く息を吸って、吐き出す。見えてくる世界を、世界に
少ししたら、嵐の音は鎮まっていた。興味を失って一旦去ったらしい。でもまだだ、此処で気を緩めちゃダメ。
「私がいいよって言って抱き締めるまで絶対目を開けちゃダメ。私が立ち止まっても絶対目を開けないで。口を開かないで。全部後回し。何が聞こえても絶対反応しないで。
しっかり言い聞かせて、そのまま両手を握る。
目を開けていないか、耳が私以外を向かないか見張りながら、一歩一歩寝床へ連れていく。
一歩一歩、視線が刺さる。
一歩一歩、ウソつきの悲鳴が聞こえた。
一歩一歩、あの子が泣きだした。
一歩、一歩、一歩。ずっと続けて、やっと寝床へ着いた。
あの子が部屋に入った瞬間ぴしゃりと戸を閉めて、開かないように棒をつっかえさせる。
そして、そのままもう一度あの子の頭を抱えて抱き締めて、声を掛けた。
「もう良いよ。ゆっくり座って……まだ喋っちゃダメ。怖いのは分かるから、泣いても良いから。でも声だけはダメ。まだキミを諦めたわけじゃない」
余程怖かったんだろう。そっと座らせて、横にして布団を頭まで掛けてあげたらそのまま私に抱き付いて泣き始めた。
「怖かったね。よく頑張ったね。良い子、良い子。言いつけ守れてえらい。声我慢できてえらい。良い子、良い子」
泣き疲れて眠ってしまうまで、私はあの子を抱き締めていた。
私の眠りはとても深くてとても短い。毎日だと流石にちょっと疲れるけど、一日二日程度なら1時間も寝ていれば耐えられる。だから、あの子が怯えないように、この日だけは徹夜をした。
翌朝。夜明けを迎えるころには嵐は止んでいた。カーテンを開けて窓の隙間から外を覗いてみれば、昨日の暴風が嘘みたいにすっきりと晴れていた。
「キミ、起きて。朝だよ。」
目元に着いた赤い涙の痕。それを踏まえても、とてもきれいな顔をした子だ。
撫でつけられたような髪と尾は手触りもよくて、私と同じものとは思えないくらい。
でも駄目だ。
ちゃんと帰さなきゃ。大丈夫、
「ほら起きて。せっかくの朝だよ」
触れるような力で頬を叩き、無理矢理に目を覚まさせる。眠そうだったが、私を見るや否や飛び退くように体を起こした。やはり前夜の恐怖がまだ残っていたらしい。
「落ち着いて、アレはもうしばらく来ない。ほら、身体を洗っておいで。あっちに綺麗な水場があるから」
指した先に在るのは、壊れた像の噴水。ずっときれいな水が流れ続けていて、お陰で水には困らない。私は私でやることがあるからと立ち上がったのだが、服の裾を引かれた。一緒に来て欲しいらしい。
「ダメ。一人で行くの。私だって暇じゃない」
ぴしゃりと言うが、彼女は譲らない。むしろ引っ張る力は強くなって、今にも泣きそうになる。あの時の“視線”が相当心にキたらしい。体格は私よりずっと大きいのに、小さな子供みたいだった。
「しょうがないなぁ……」
やることはいっぱいあるけど、こんな状態で独りにしておけるほど私も図太くない。むしろ私がそうだったから、放っておけなくなってしまった。
手を引いて、壊れた噴水へ。
服を脱がせて、そのまま抱えて放り込んだ。冷たさに悲鳴を上げていた。
持って来ていたタオルを濡らして、ごしごしと体を擦っていく。昨日の一件で冷や汗まみれでちょっと匂っていたので容赦は出来ない。痛がっているが知らんぷり。私に付いてきて欲しいなんて言ったキミを呪うがいい。
……と。そこまできて、ようやく一つの疑問に突き当たった。
「キミ、名前は?」
「……」
答えない。もしかして、私まであの“視線”の仲間と思われているのだろうか。だとしたら心外だ。あんなものと私を一緒にしないで欲しい。
「……まぁ、応えたくないならそれでいいよ。どうせキミと私しか極東には居ない」
驚いた顔をしてどういうことだと問うてくる。一瞬
「嵐だよ。みんなあの“視線”に連れてかれた。皆気が触れて、どこかに消えた。残されたのは私だけ。今から……10年くらい前になるのかな。私も本当に小さいころだったから、当時のことはあんまり覚えてないんだ」
体を洗い終わって、石鹸を尻尾と頭に擦り付けていく。最初から何で使わないのかと言われたけど仕方が無いだろう。石鹸は貴重なのだ。体の方は我慢してもらいたい。
「皆がどうにか嵐から逃げられる場所を探したんだ。その結果として、世界各地のトレセン学園が選ばれた。単純にレーンとかがある分とても広くて大きいからね。避難所としては最適だった」
各国のトレセン学園同士を繋ぐホットラインの敷設も簡単だった。最初から連絡先を持っている人同士が居たから。
でも、結局ダメだった。争ったわけじゃない。むしろみんなが協力して乗り切ろうとして……団結力が仇になった。
「一人が消えて、それを助けようとしてまた一人。絶望してもう一人……そんな感じで、芋づる式にみんな消えていったんだ。結局最後に残ったのは私と私の友達。あとは、その友達のお兄ちゃん」
その人は、よく「世界が滅んだあとは人の争いが起こると相場が決まっているんだ」なんて言っていたけれど。現実は真逆で、皆が皆を想うが故に破滅してしまった。
「友達が病気になってね。そのまま拗らせて……その子のお兄ちゃんも、
それから何年が経ったのだろう。春夏秋冬で数えれば5年くらい?
嵐を避けて物資をかき集めて、この誰もいなくなった学園に住んできた。
そんな感じのことを話しながら石鹸を洗い流していると、びしょ濡れのままその子は私に抱き付いてきた。辛かったね、頑張ったね、なんて言われた。けれど、それはこっちの台詞だった。
「昨日のキミの方が頑張ったよ。訳も分からなくて、たくさん怖かっただろうに……今だって混乱してるだろうに、そうやって無理に気を張らなくていいよ」
私はもう慣れたから。静かで私以外いないこの世界の方が当たり前。だから正直辛かったかと言われると……あんまり。
なので、とりあえず引き剥がして彼女の体を拭く。最近は気温もどんどん下がってるからこのままでは風邪をひいてしまう。
「着替えたらさっきの教室へ行って待ってて。私も体洗ったら……って、そっか。まだ一人はしんどいんだった」
苦笑する。必死で意地を張ろうとしてたみたいだけど、耳はぺしゃんこだし尻尾も足の間に挟んでしまっていた。
「じゃあそこで待ってて。すぐ終わらせるから」
せかせかと服を脱いで片足の
これ以上この子に余計な心配を感じさせないように、とは思っていたんだけど……今日の私は凡ミスが多いな、やっぱり徹夜はダメみたいだね。
「……これ? 生まれつき。最近ようやく背丈の伸びが止まってね……調整のための鉄くず集めも、もうしばらくはしなくて良さそう。……あ、見た目よりずっと性能良いんだからね? 普通に走っても大丈夫だし」
私だってウマ娘の端くれ。走れないのは辛いし、義足も特注のいいもの――――今は見てくれを整えただけの鉄くずまみれだけど――――を使っているから、軽く趣味で飛ばす分にはわりとどうとでもなる。幼い頃に見たレースのような極端な真似をしなければ、だけど。
ざばざばと体を洗って、ついでに石鹸で服も洗っておく。じっと待っているあの子は髪色も相まってなんだか昔の私の家にいた大型犬みたいだ。ちょうどこんな感じのクリーム色の毛並みだった。
ふと、きゅるきゅると音が聞こえた。
「……ああ、そうだね。昨日から何も食べてないもんね」
私はともかく、この子は下手をしたら丸一日食べていない可能性がある。それは流石に辛かろう。
とりあえず義足を嵌めて、替えのジャージに手足を通す。快晴だからすぐに乾くことを期待して、蜘蛛の糸みたいに窓から窓へと渡したロープに衣類を掛けた。
「それじゃ、朝ごはんにしよっか。沢山あるから遠慮なく食べていいよ」
部屋の隅、拾ってきたプラスチックのコンテナに詰め込んでいた缶詰を山にして見せびらかす。私は朝はあんまり食べれないので栄養バーで十分だ。
ウマ娘というのは基本的には良く食べる。それはもうしこたま食べる。というか食べないと体がもたない。なのでこの子にもしっかり食べて元気でいて欲しいのだが……何だか食が進んでいなかった。
「……缶詰嫌いだった?」
尋ねてみれば、そうではないと。貴重だろうに申し訳ないと言う。
「大丈夫、また転がってると思うから」
嵐の後には必ず物資が残されている。どういう原理で、あるいはどうしてそんなことが起きるのかは分からないけれど……頑張って集めれば次の嵐が来るまでは余裕で乗り切れる。そのくらいの量の食べ物や色々なものが、あちこちに散らばるのだ。
「だから……うーん、そうだな。申し訳ないって思うなら、物資集め手伝ってよ。それでおあいこ」
にこりと笑い掛けると、それでようやく気分が楽になったのか彼女は笑ってくれた。
綺麗な子だと思ったけれど、笑うと可愛い。お兄さんが「女の子は笑っている方が良い」と言っていたのも、あながち間違いでもなかったらしい。
腹がくちくなってきた頃、彼女は思い出したように口を開く。名前を教えていなかったことを思い出したらしい。
けれど、それは制した。結局此処に私と彼女しか居ないのなら、お互いの名前など呼ぶ意味を無くすから。
それでもと食い下がるあの子。名前も知らないままというのは嫌だと力説して、此方がしょうがないなと瞑目した瞬間……
――――からん。
金属のスプーンが転がる音。
目を開ければ、彼女はいなくなっていた。
来訪者は、必ずふとした瞬間に帰らされる。嵐に呑まれて消えるのとは違い、笑顔のまま、幸せなまま突如としてこの地を去っている。
「トップロードちゃん、か」
帰り際の寸前に聞けたその名前を反芻する。また会えるかな、なんて思いながら。
また会えたら嬉しいな、なんて思った。
生温い空気を切り裂くように、冷たい風が吹いてくる。
嵐がまた、やってくるようだった。
理解不能が溢れた終末って、なんだか憧れますわよね(狂人の感性)