灰の祈りと蒼の名 作:見届人A
朝だった、はずだった。
王都の通りには光がある。
人の流れもあり、店も開いている。
それでもどこか薄い。
光に温度がなく、時間の流れが手に触れない。
「……なあ。今、朝だよな」
灰かぶりの声に、
ソラは少し空を見上げた。
「……たぶん」
と答えるが、
その言い方に確信はなかった。
人の流れは止まっていない。
だが、密度が足りない。
歩いているはずなのに、
通りのどこかに隙間がある。
見えているのに、埋まらない。
「……少なくないか」
「……え?」
「人」
言われてから、ソラも周りを見る。
確かにいる。
だが、数が合っていない気がする。
目に入る人数と、
空間の広がりが噛み合っていない。
「……こんなだっけ」
「……分かんねえ」
灰かぶりは目を細める。
横を男が通る。
肩が触れそうな距離まで来るのに、
触れない。わずかにズレる。
避けたわけでもないのに、
接触だけが抜け落ちる。
「……おい」
「……うん」
二人とも同じ違和感を見ていた。
ほんの少し、
半歩だけ、自分たちが外れている。
人の動きと噛み合わない。
音も、わずかに遅れて届く。
自分たちだけが、
別の流れに置かれているようだった。
「……気のせいじゃないよね」
「……ああ」
短く答えながら、
灰かぶりは視界の端を見る。
誰かが立っていたはずの場所に何もない。
振り向く。いない。
だが、さっき確かに“いた”。
説明できないまま、違和感だけが残る。
「……ねえ」
ソラの声が少し低くなる。
「さっきの人、覚えてる?」
灰かぶりは考える。
通りを歩いていた男。
だが、顔が浮かばない。
背丈も、服も、何も引っかからない。
「……いや」
即答だった。
覚えていないのではなく、“残っていない”。
「……おかしいよね」
ソラの声は静かだったが、
揺れていた。
「なんか……減ってる気がする」
曖昧な言葉だった。
だが、それ以上に合う言葉がなかった。
灰かぶりは、自分の手を見る。
指を動かす。
感覚はある。動く。確かに自分のものだ。
それでも一瞬、思う。
――これは本当に、自分のものか。
「……っ」
思考が引っかかる。
頭の奥がざらつく。
何かを掴みかけて、すり抜ける。
「……どうしたの」
「……いや」
言いかけて、やめる。
言葉にすると壊れそうだった。
形にできない違和感だけが、残る。
そのとき。
「ねえ」
すぐ近くで、声がした。
軽い声だった。
空気に重さを残さない、乾いた響き。
「数えてる?」
灰かぶりは顔を上げる。「……何をだ」
「残り」
短く、それだけ言う。
意味は分かる。分かってしまう。
だが、理解したくはない。
「ちゃんと見てないと、なくなるよ」
当たり前のことを言うみたいに。
「……どこにいる」
「すぐそば」
間を置かずに返る。
「ずっといるよ」
その瞬間、通りの音がわずかに遠のく。
人の流れが歪む。
ほんの一瞬、
何人かが視界から抜け落ちる。
消えた。
そう認識した瞬間には、もう戻っている。
誰も気づかない。
通りは何もなかったみたいに動き続ける。
「……今の」
「……ああ」
二人とも見ていた。
確かに消えた。
だが、証明するものは何も残っていない。
「見えてるでしょ」
声が笑う。
「いいね」
一拍置く。
「だんだん、こっちに来てる」
静かに、確定するように言う。
灰かぶりは何も言えない。
否定できない。ただ分かる。
自分たちは、もう元の場所にいない。
隣にソラがいる。それだけが、まだ現実だった。
それすら、いつまで保てるのかは分からない。