灰の祈りと蒼の名   作:見届人A

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第十四話 ずれていく輪郭

 

 昼だった。

 

 そう思ったのは、空が明るかったからだ。

 

 だが、時間の感覚は曖昧だった。

 朝だった気もするし、

 もう夕方に近い気もする。

 影の長さが一定じゃない。

 建物の影が、

 さっきと違う角度に落ちている。

 

 灰かぶりは立ち止まる。

 

 足元を見る。

 

 自分の影がある。

 

 だが、それが“遅れている”。

 

 一歩踏み出す。

 

 影が、ほんの少し遅れてついてくる。

 

「……おい」

 

 声が低くなる。

 

「……なに」

 

 ソラが振り向く。

 

「……見えてるか」

 

 灰かぶりは足元を指す。

 

 ソラは覗き込む。

 

「……影?」

 

「……動き、ズレてないか」

 

 ソラは少しだけ目を細める。

 

 そして、首を傾げる。

 

「……言われてみれば」

 

 はっきりとは分からない。

 

 でも、違和感はある。

 

「……気持ち悪いね」

 

「……ああ」

 

 短く答える。

 

 それ以上の言葉は出てこない。

 

 灰かぶりは歩き出す。

 

 影も動く。

 

 だが、やはり遅れる。

 

 自分と完全に一致していない。

 

 まるで。

 

 “自分のコピー”が、

 少し遅れてついてきているみたいだった。

 

 通りに出る。

 

 人の流れは変わらない。

 

 だが、やはりどこか薄い。

 

 音が軽い。

 

 足音が、地面に乗っていない。

 

「……なあ」

 

「……うん」

 

「……俺、さっき何してた」

 

 ソラは一瞬、言葉を止める。

 

「……歩いてたよ」

 

「……その前は」

 

「……えっと」

 

 答えが出ない。

 

 ついさっきのことなのに、思い出せない。

 

「……分かんない」

 

 正直に言う。

 

 灰かぶりは小さく息を吐く。

 

「……だよな」

 

 自分でも思い出せなかった。

 

 連続しているはずの時間が、途切れている。

 

 繋がっていない。

 

 点と点が、うまく線にならない。

 

「……ねえ」

 

 ソラが言う。

 

「……さっきの場所、戻れる?」

 

 灰かぶりは振り返る。

 

 道はある。

 

 だが。

 

「……分かんねえ」

 

 見覚えがない。

 

 さっき通ったはずなのに、

 同じ形をしていない。

 

 景色が、記憶と一致しない。

 

 それだけじゃない。

 

 “自分がそこにいた感覚”が、薄い。

 

 まるで。

 

 最初から通っていないみたいに。

 

「……おかしいね」

 

 ソラが小さく言う。

 

「……ああ」

 

 短く返す。

 

 その時。

 

 違和感が強くなる。

 

 灰かぶりは、自分の手を見る。

 

 指がある。

 

 動く。

 

 だが。

 

 ほんの一瞬。

 

 “輪郭がぼやけた”。

 

「……っ」

 

 思わず手を握る。

 

 確かめるように。

 

 感触はある。

 

 だが、不安が消えない。

 

「……どうしたの」

 

「……今」

 

 言いかけて、止まる。

 

 説明できない。

 

 ただ。

 

「……なんか、ズレた」

 

 それだけ言う。

 

 ソラは何も言わない。

 

 ただ、少しだけ近づく。

 

 距離が、さっきより近い。

 

 だが。

 

 それでも、完全には重ならない。

 

 並んでいるはずなのに、

 位置が微妙に合わない。

 視界の中で、

 ソラの輪郭もわずかに揺れる。

 

「……なあ」

 

「……なに」

 

「……俺、ちゃんといるか?」

 

 その問いは、冗談じゃなかった。

 

 ソラは、すぐには答えない。

 

 じっと、灰かぶりを見る。

 

 その目は、少しだけ深い。

 

「……いるよ」

 

 静かに言う。

 

 でも。

 

 一瞬、間があった。

 

 灰かぶりは、それに気づく。

 

「……今の間、なんだ」

 

「……え」

 

「……迷っただろ」

 

 ソラは目を逸らす。

 

「……ごめん」

 

 小さく言う。

 

「……ちょっとだけ」

 

 その言葉で、十分だった。

 

 灰かぶりは何も言わない。

 

 言えない。

 

 ただ。

 

 理解してしまう。

 

 自分は、確実に“薄くなっている”。

 

「ねえ」

 

 声がする。

 

 すぐ近くで。

 

 軽い。

 

 いつも通りの声。

 

「いい感じだね」

 

 楽しそうに。

 

「……何がだ」

 

 灰かぶりが低く言う。

 

「ズレてる」

 

 即答だった。

 

「ちゃんとズレてるよ」

 

 評価するみたいに。

 

「……ふざけんな」

 

「ふざけてないよ」

 

 声が笑う。

 

「それ、進んでる証拠だから」

 

 一拍置く。

 

「ちゃんと削れてる」

 

 その言葉が、落ちる。

 

 重く。

 

 確実に。

 

「……っ」

 

 灰かぶりは歯を食いしばる。

 

 反論が出てこない。

 

 否定できない。

 

「ねえ」

 

 声が続ける。

 

「あとどれくらい残ってる?」

 

 軽く言う。

 

「数えてる?」

 

 その問いは、冗談じゃない。

 

 現実だった。

 

 灰かぶりは、答えない。

 

 答えられない。

 

 数え方が分からない。

 

 そもそも、何が減っているのかも曖昧だ。

 

「分かんないよね」

 

 声が言う。

 

「だからいいんだけど」

 

 楽しそうに。

 

「……お前」

 

 灰かぶりが言う。

 

「……どこまでやるつもりだ」

 

「最後まで」

 

 迷いなく。

 

「なくなるまで」

 

 それが当然みたいに。

 

 ソラが、わずかに震える。

 

 だが、何も言わない。

 

 言えない。

 

 その代わり。

 

 一歩だけ、灰かぶりに近づく。

 

 距離が、少しだけ縮まる。

 

 それだけで。

 

 少しだけ、現実が戻る気がした。

 

 灰かぶりは、ソラを見る。

 

 まだ、いる。

 

 まだ、ここにいる。

 

 それだけが、確かなものだった。

 

 それ以外は。

 

 すべてが、曖昧になり始めていた。

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