灰の祈りと蒼の名   作:見届人A

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第十五話 抜け落ちる連なり

 

 気づいたとき、立ち止まっていた。

 

 どこで止まったのか分からない。

 なぜ止まったのかも思い出せない。

 ただ、足が動いていないことだけが分かる。

 

 通りの真ん中だった。

 

 人はいる。横を通り過ぎていく。

 だが、ぶつからない。

 避けられているわけでもない。

 ただ、触れない。

 

 灰かぶりは、ゆっくりと顔を上げる。

 

 視界が、少し遅れてついてくる。

 

「……」

 

 何か言おうとして、やめる。

 

 言葉が出てこない。

 

 何を言うつもりだったのか、

 それすら分からない。

 

「……ねえ」

 

 声がする。

 

 すぐ隣で。

 

 ソラだ。

 

 それは分かる。

 

「……なに」

 

 答えた声が、少し遠い。

 

「……今、止まってたよ」

 

「……ああ」

 

 短く返す。

 

 それ以上は続かない。

 

 なぜ止まっていたのか。

 

 理由が、抜け落ちている。

 

「……どうしたの」

 

「……分かんねえ」

 

 正直に言う。

 

 ソラは少しだけ黙る。

 

「……さっきさ」

 

 一拍置く。

 

「……何してたか、覚えてる?」

 

 灰かぶりは考える。

 

 考えて。

 

 止まる。

 

 思い出そうとする。

 

 だが。

 

 何も出てこない。

 

「……いや」

 

 それしか言えない。

 

 ついさっきのはずなのに。

 

 何も残っていない。

 

「……だよね」

 

 ソラが小さく言う。

 

 その声に、少しだけ諦めが混じる。

 

 灰かぶりは、自分の手を見る。

 

 指がある。

 

 動く。

 

 でも。

 

 “つながり”がない。

 

 さっきまでの自分と、

 今の自分が、繋がっていない。

 

 連続していない。

 

 ただ、ここにあるだけだ。

 

「……おかしいな」

 

 口からこぼれる。

 

 その言葉も、どこか他人のものみたいだった。

 

「……うん」

 

 ソラが答える。

 

 短く。

 

 それ以上言わない。

 

 言葉を重ねても、

 意味がないと分かっているみたいに。

 

 灰かぶりは歩き出す。

 

 一歩。

 

 足の感触がある。

 

 だが。

 

 二歩目の感覚が、少し遅れる。

 

 動きと感覚が、ずれる。

 

「……なあ」

 

「……なに」

 

「……今、歩いたよな」

 

「……うん」

 

「……ちゃんと」

 

 ソラは少しだけ迷う。

 

「……歩いてた」

 

 そう言う。

 

 だが。

 

 少しだけ間があった。

 

 灰かぶりは、それに気づく。

 

「……今の間、なんだ」

 

「……え」

 

「……見えてなかっただろ」

 

 ソラは視線を逸らす。

 

「……ちょっとだけ」

 

 小さく言う。

 

 それだけで、十分だった。

 

 灰かぶりは、何も言わない。

 

 言えない。

 

 理解してしまう。

 

 自分の動きが、“見えない瞬間”がある。

 

 存在が、抜けている。

 

 途切れている。

 

「ねえ」

 

 声がする。

 

 すぐ近くで。

 

 軽い声。

 

「いいね」

 

 楽しそうに。

 

「ちゃんと抜けてる」

 

 その言葉が、耳に残る。

 

「……何がだ」

 

「連なり」

 

 短く答える。

 

「つながってないでしょ」

 

 当たり前みたいに。

 

 灰かぶりは黙る。

 

 否定できない。

 

 実際に、繋がっていない。

 

「ねえ」

 

 声が続ける。

 

「さっき、どこ歩いてた?」

 

 答えようとする。

 

 だが。

 

 出てこない。

 

「ほら」

 

 声が笑う。

 

「ないでしょ」

 

 軽く。

 

「そこ、もう消えてるから」

 

 その言葉が、静かに刺さる。

 

 灰かぶりは、何も言えない。

 

 何かを思い出そうとする。

 

 だが、空白しかない。

 

「……ねえ」

 

 ソラが言う。

 

 少しだけ近くにいる。

 

「……大丈夫」

 

 その言葉は、確認だった。

 

 願いに近い。

 

 灰かぶりは、少しだけ間を置く。

 

 答えを探す。

 

 だが。

 

 分からない。

 

「……分かんねえ」

 

 それしか言えない。

 

 それが、一番正しかった。

 

 ソラは何も言わない。

 

 ただ、隣にいる。

 

 少しだけ、距離が近い。

 

 それだけで。

 

 まだ、繋がっている気がした。

 

 だが。

 

 その感覚も。

 

 いつまで続くのかは、分からなかった。

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