灰の祈りと蒼の名   作:見届人A

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第六話 呼ばれない者

 

 昼だった。

 

 王都は変わらず賑わっている。

 人の声が重なり、足音が石畳に響く。

 露店の呼び込み、笑い声、子どもの走る音。

 

 何も変わらない。そう見えるだけの景色。

 

 二人はその中を並んで歩いていた。

 いつものように。

 ただ一つ違うのは、ソラの歩く速さだった。

 

 ほんの少しだけ遅い。

 気づかないほどではないが、

 意識すると分かる。

 

「……おい」

 

「なんだよ」

 

「遅い」

 

「……そう?」

 

 ソラは首を傾げる。

 

「普通だけど」

 

「……そうか」

 

 灰かぶりはそれ以上言わない。

 少しだけ歩く速度を落とす。

 それで並ぶ。それでいい。

 

 しばらく歩く。人の流れに紛れる。

 何も起きない――はずだった。

 

「――おい」

 

 少し先で、男の声が上がる。

 

 二人はそちらを見る。露店の前だった。

 男が誰かに向かって話している。

 

「おい、金払えって」

 

 怒った声。

 

 だが、その先にいるはずの相手が見えない。

 

「……?」

 

「……誰に言ってるの?」

 

「さあな」

 

 男はさらに一歩前に出る。その手が空を切る。

 何かを掴もうとして、

 触れられなかったみたいに。

 

「……は?」

 

 男の声が止まる。

 

「今……いたよな?」

 

 周囲が少しざわつく。

 

「何言ってんだ?」

 

 別の男が返す。

 

「誰もいねえぞ」

 

「いや、今――」

 

「最初から一人だろ」

 

 あっさりと言われる。

 

 男は黙る。言葉が続かない。

 自分でも分からなくなっている。

 

「……なんだよ」

 

 小さく呟き、露店に戻る。

 周囲もすぐに元の空気に戻る。

 笑い声。呼び込み。日常。

 

 何も変わっていない。

 

「……見た?」

 

「……ああ」

 

「今の」

 

「消えたよね」

 

「……だな」

 

 否定できない。

 確かにいた。だが、いなくなった。

 

 それだけじゃない。

 周りの人間は、

 最初からいなかったことにしている。

 

「……やっぱり」

 

「私たちだけじゃない」

 

「……ああ」

 

 同じことが起きている。

 

「……気づいてるやつ、少ねえな」

 

「……うん」

 

 見えていないわけじゃない。

 でも、認識できていない。気づけない。

 

「……ねえ」

 

「なんだよ」

 

「気づかれなかったら、どうなるのかな」

 

 少しだけ声が弱い。

 

「……消えるんじゃねえの」

 

「……だよね」

 

 ソラは小さく笑う。

 だが、 その笑いは少しだけ引きつっていた。

 

 その時。

 

「――ねえ」

 

 二人は同時に止まる。

 

 振り返る。誰もいない。

 

 でも、確かに聞こえた。

 

「……聞こえたか」

 

「……うん」

 

 昨日と同じ声。

 

「名前、なんていうの」

 

 すぐ近くで、囁くように。

 

 姿は見えない。だが距離は近い。近すぎる。

 

「……ソラ」

 

 灰かぶりはすぐに呼ぶ。

 

「……うん」

 

 ソラが答える。

 さっきよりもはっきりと。呼吸が整う。

 

 周囲を見る。誰もいない。

 だが気配だけが残っている。

 

「……近くなってる」

 

「……ああ」

 

 昨日よりも、さっきよりも、距離が近い。

 

「……逃げた方がいいかな」

 

「……逃げられるならな」

 

 この現象は場所に関係なく起きている。

 そう感じていた。

 

 二人は歩き出す。少しだけ早く。

 人の流れに紛れるように。

 

 それでも。

 

「ねえ」

 

 声はまた聞こえる。

 

 遠くで、近くで、重なるように。

 

「名前、教えてよ」

 

 何度も繰り返す。

 

 見えないまま。

 

 確実に。

 

 近づいてきている。

 

 王都は何も変わらない。

 人は笑い、店は開き、日常は続く。

 

 その中で。

 

 見えない何かだけが、静かに増えていた。

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