文字通り、異世界転生したTS冒険者が鎧を装備しているせいで、周りから男だと思われている話です。

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鎧を装備しているせいで、周りから男だと思われているTS冒険者の小話

 ギルドは、いつもと変わらぬ喧騒に包まれていた。

獣人パーティの笑い声と酒瓶の音、冒険者同士の喧嘩、受付嬢たちのため息。

 その混沌の中、ひとりの板金鎧(プレートアーマー)をまとった冒険者が扉を押し開ける。

 

 その板金鎧(プレートアーマー)の背丈は周囲の屈強な男たちと比べても、頭ひとつやふたつ分は高い。

 鎧の造りは重厚そのもので、特に胸当てが厚く成形されている。

 背中には長大な両手剣(ツヴァイヘンダー)。柄の部分には手入れの跡があり、使い込まれた鋼の鈍い光を放つ。

 

 歩くたびに鎧の合わせ目がわずかに鳴り、金属と革の擦れる音辺りに響き、首元にある金色の認識票(ドッグタグ)が輝く。

 その一歩ごとに、周囲の冒険者たちが道をあける。

 

 受付のカウンターに立つ若い受付嬢、ミーナが顔を上げる。

 彼女は笑顔を浮かべ、彼に声をかける。

 

 「あ、アッシュさん! お、お疲れさまですっ!」

 「……」

 

 アッシュと呼ばれた板金鎧(プレートアーマー)の戦士は、無言で書類を差し出した。

 金属の籠手がカウンターに当たり、乾いた音が鳴る。

 そして、鎧の奥からくぐもった低い声が返る。

 

 「これ、昨日の討伐分。オーガが16体、リッチが3体と……」

 「確認いたしますねっ!」

 

 ミーナは慌てて帳簿を開き、アッシュが報告を読み上げていくのを聞きながら視線を一瞬上げ、ちらりと胸部の装甲に目をやった。

 厚い──というか、異様に分厚い。

 

 「駆け出しが受注したクエストを肩代わりしておいたから、その分の報酬は空いた時間にでも照会しておいてくれ。」

 「りょ、了解しました!」

 

 ミーナが板金鎧(プレートアーマー)のなかの偉丈夫を想像していると、そんな勘違いを受けているとも知らないアッシュから声がかかったので、彼女は慌てて報酬の確認を再開した。

 

 

□■□■

 

 

 「お疲れさまです、アッシュさん。今回の依頼、見事な成果でしたね」

 

 ミーナがアッシュへ報酬を手渡すと、

 

 「……仕事だからな」

 

 アッシュは自身の戦果を誇ることなく語るが、その声の奥で、板金鎧(プレートアーマー)のなかの人影はきりきりと感じる喉の痛みを堪えていた。

 

 その様子を眺めていた、新人冒険者がぼそりと呟く。

 「やっぱアッシュの()()、渋すぎるよな……」

 「いやー、かっけぇ……」

 

 報酬を受け取ったアッシュが足早にギルドを去ろうとすると、

 

 「おーい()()、今夜くらいは飲もうぜ!」 

 「多くは語らない()はモテるってな!」

 「アッシュ()()、今回こそは鎧の中を暴いてやるぞ!」

 

 と、打ち上げをしていたパーティから声がかかる。

 

 「酒は苦手なんだ、すまない」

 

 しかし、ここでいつもの常套句が飛び出し、彼はそのままギルドを後にする。

 

 「ったくよぉ、今日も断られちまったなぁ」

 「そもそもアイツが飯を食ってるところすら見たことないんだよなぁ」

 「アッシュ()()といえば、首が繋がったデュラハンだから、鎧を脱がないっていう説もあるらしいからな」

 「首が繋がってたらデュラハンじゃなくて動く鎧(リビングアーマー)だろうが!」

 

 ギルドでの宴が続く一方で、話題の中心となっていた人物は、宿<銀冠亭(ぎんかんてい)>の一室に辿り着いていた。

 

 

 

□■□■

 

 

 

 宿屋の部屋は、湿った木の匂いがした。

 窓を閉めて、蝋燭の灯をともす。

 そして、私はようやく息を吐いた。

 

 「はぁぁぁ……重っっ……」

 

 この鎧、魔法の効果によってそれなりに負荷がかからないようになっているが、やはり脱がずに過ごし続けると重い。

 でも、鎧を脱いだら脱いだで面倒なことになるので、冒険者として活動するときは着続けなければいけない。

 私は、愛剣の両手剣(ツヴァイヘンダー)を壁にかけ、

 バックルを外し、肩当てを外す。

 胸当て、腕甲、籠手、脚甲。

 最後に兜を取ると、ふわりと銀髪がこぼれ落ちた。

 

 備え付けられた鏡の前に立つ。

 そこに映るのは、筋肉隆々の偉丈夫ではなく、どう見ても女。

 ちょっと、いやむしろかなり見惚れるレベルの美人。

 目元はくっきりとした赤い瞳に、肌は冒険者とは思えないほどに透き通るように白く、髪は月光を反射して淡く光っていて、胸元はというと、分厚い胸当てが施されていることに納得のいく身体つきであった。

 板金鎧(プレートアーマー)抜きでもあまりに際立つ高身長とそのスタイルや美貌は、貴族が(政略結婚)のためにと育てる娘たちの努力を笑い飛ばすほどの魅力を持っていた。

  

 

 「……あー、これで()()って呼ばれてんの、ほんと愉快だよな」

 

 鏡に映る女に対して、他人事のようにつぶやく。

 誰もいないからここでは地声。

 ギルドにいたときに比べて喉が楽だ。

 

 私は、アッシュことアシュリー・エインズワース─────いや、前世の名前で言えば、大木信幸。

 元はただの日本の会社員だった。

 残業と筋トレとプロテインが友達のナイスガイだった。

 例によってトラックに轢かれたので、そのまま天国行きかと思っていた。

 

 最初は、見るからに日本人ではない男女と他数人に囲まれて困惑したのも束の間、感情が抑えきれずに人生で1番泣いた。

 それからしばらくして、なかなか動かない身体や、尽きることのない睡眠欲、ちょっとした感情の揺さぶりや、便意を催すだけで大泣きしてしまう自分に異常を感じていたが、おむつを替えられ、そういえば今まで眼中になかった“自分”を見たときのショックといったらない。

 そしてこの時、ようやく自分が生まれ変わったことを悟った。

 

 生まれた家は、この世界の片田舎。

 父は農夫で、大人というには未だ強い少年の心を持っており、母は優しくて女性となった私でも見惚れるくらいの美人だけど、私や父に対して引くほどべったりな人。まあ、特に不満のない家庭だったけど、両親ともに比較的最近村にやってきたようだった。

 この世に生を受けてからは、特に神からの啓示であったり、固有スキルを得ることもなく過ごしていたが、十歳のとき、同い年くらいの子たちと遊んでいると、痩せ細った見知らぬ男が作物を盗もうとしている姿を目撃してしまった。今思えば、彼は貧乏な旅人か脱走した犯罪者や奴隷か何かだったのかもしれない。

 仲間たちは震えていたけど、私は妙に冷静だった。

 ───誰かが、戦わなきゃ。

 手近な木の棒を拾って立ちはだかったが、相手は大人、案の定吹き飛ばされた。

 その瞬間、痛みと同時に前世でそれなりに鍛え上げた筋肉を持っていた自分とのギャップに大きく絶望した。

 その男は、子どもたちが呼び出した私の両親をはじめとした大人たちに確保されて、()()したようだが、この体験は私の人生を変えた。

 

 それからだ。

 私は箒を剣に見立てて剣を振り、肉体を鍛え、力の限りを尽くした。

 

 そして、成長するにつれて私は気づいた。

 この体は、悪くない。

 動きはしなやかで、反応が速い。

 それに、前世で鍛えた筋肉の感覚が、身体のなかに確かに残っている感覚がした。

 

 だが、特に両親の反応は冷たかった。

 「君が傷つくような道を選ぶ必要は無い」とか、「魔術師の方がいい」とか。

 言われるたびに腹が立った。

 だからこそ、私が本気であることを示したかった。

 

 ある日、村にしばらく滞在するという騎士が数人訪れて、魔物退治の仕事をしていた。

 そこで私は彼らの持つ剣と鎧に、魅了された。

 特に、ある1人の騎士が背負っていた巨大な両手剣(ツヴァイヘンダー)───。

 その刃は、私の身の丈ほどあった。

 しかし、あれを見た瞬間、「あれだ」と思った。

 この剣は男でも扱うことに苦労するような代物だけど、

 "これを振り回せるようになれば、誰も私の道に対して文句は言わない"

 そう決心して、彼らに弟子入りを懇願したとき、両親もさすがに折れた。

 

 努力は裏切らなかった。

 鍬を振るう代わりに剣を振り、畑を耕す代わりに鎧を磨いた。

 気づけば、村一番の怪力娘として話題になっていた。

 

 そして、私は村を飛び出して故郷に最も近いギルドに籍を置いた。

 

 そこではパーティに所属し、今みたいに鎧なんて着ていなかった。

 念願の両手剣(ツヴァイヘンダー)を手に入れて愛用していたが、装備は薄手の革鎧に布のマント。

 「重い鎧なんか着てたら動けなくなる」と信じていた。

 自分の力を過信していたし、機動力さえあれば避けられると思っていた。

 

 ……けど、あのクエストでそれが命取りになった。

 

 依頼は単純な獣退治だったはずだ。

 ところが、森の奥で遭遇したのは、依頼書にあったCランクの魔狼の群れではなく、体長5メートルを超える熊のような魔獣、しかもこの辺りでは最強クラスといってもいいA−ランク級の灰熊(グレイベア)だった。

 咆哮を上げる巨体に、仲間たちは即座に散開し、体勢を整えようとした。

 私もいつものように回り込みを狙ったが――次の瞬間、前足の一撃が飛んできた。

 

 革鎧なんて紙みたいなもんだった。

 鈍い衝撃とともに、世界が裏返る。

 気づけば地面に転がっていて、左脇腹に熱い痛みが走っていた。

 手を当てると、血があふれていた。

 

 パーティメンバーが念話を用いて、ギルドやちょうど周辺で活動中だったパーティに呼びかけて、なんとか討伐に成功した。

 私自身は仲間が必死に回復魔法をかけてくれたおかげで助かったが、あのときの感覚は今でも忘れられない。

 「死ぬって、こういう感じなんだ」と思った。

 世界が狭くなって、音が遠くなって、呼吸ができなくなる。

 

 あの出来事が起きてから、私はずっと考えていた。

 “力でねじ伏せる”ことばかり考えていたが、結局、守りのことも考えなければ意味がない。

 戦う以上、どれだけ鍛えても、致命的な攻撃を受けてしまったら、終わりだ。

 

 それからだ。

 私は板金鎧(プレートアーマー)を扱う訓練を始めた。

 動きは鈍くなるし、元々感じていた肩こりも、鎧の重みで悪化したうえに、汗は滝のように流れ、膝の皮が剥けた。

 けれど、ひと月、ふた月と経つうちに、体のほうが鎧を覚えた。

 それからしばらくして、板金鎧(プレートアーマー)両手剣(ツヴァイヘンダー)がだいぶ身体に馴染んできたので、さらなる高難度クエストを求めて世界最大の都市────帝都のギルドへと籍を移すことを決心した。

 帝都に到着後、私は今後の活動に備えて貯めてきた資金を帝都の鍛冶屋に注ぎ込んで、自分の体に合わせた鎧を作ってもらった。

 さらにこの鎧には、重さの負荷軽減の術などが込められており、以前よりも更に機動力が上がったうえに、疲労感も軽減されるようになったので、冒険者ランクも順調に上がっていった。

 

 

 ……だがしかし、

 性別が特定できるような要素はすべて板金鎧(プレートアーマー)に覆われてしまっているうえに、長身、両手剣(ツヴァイヘンダー)という特徴、そして帝都で舐められないように何となく取り入れた低めの声の影響で、誰も私を“女”だとは思わなかった。

 はじめは、前世が男だったこともあってか、()()と声をかけられたときに、大きな違和感を覚えることもなく過ごしていたが、いつの間にか愛称として定着してしまっていた。

 

 こうして『兄貴』として呼ばれるのが当たり前になってしまった以上、実は女の子でしたー!と打ち明けづらくなってしまっていた。

 思わず苦笑いが漏れてしまうが、剣で生きていくと決めた以上、性別を偽ることなんて些細な問題か。

 

 そう言い聞かせながら、私は髪を束ね直し、次の戦いに備えて鎧を磨いた。

 鉄と油の匂いの中で、鏡に自分の姿が写る。そこには鏡を見つめる赤い瞳が爛々と輝いていた。

 

「ま、いっか。次も兄貴ムーブでがんばるか」

 

 




XのTLに流れてきた、ゴツい鎧のなかにかわいいお顔があるイラストにインスピレーションを受けて書きました。
単発なので続きは私も分かりません。

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