やさぐれ女と時々奉仕部   作:レゾリューション

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奉仕部の空気が余計に気まずくなるのは、正直言って面倒

霜月は、紙をまとめながらふと手を止めた。視線は比企谷に向けられていない。それでも、問いは正確に彼を射抜いていた。

 

「あと、比企谷」

 

静かな声だった。

 

「アンタ、なんでここまでこだわるわけ?」

 

唐突だが、核心を外さない問いだった。比企谷は一瞬、言葉に詰まる。脳裏に浮かんだ答えを、反射的に否定する癖が先に立つ。

 

「は?いや……だって依頼だろ」

 

吐き出すような返答。自分でも便利な言葉だと分かっている。依頼。役割。頼まれごと。責任の所在を自分の外に置くための、いつもの言い訳。

 

霜月は紙を机に置き、ようやく彼のほうを見た。

 

「……言い方が悪かったわね」

 

一拍置く。その間が、無駄に長く感じられた。

 

「アンタの本音は何?」

 

比企谷の喉が、わずかに鳴る。本音。そんなもの、最初から口に出す気はない。出したところで、誰も得をしない。そう信じてきた。

 

「別に、どうだっていいだろ……」

 

比企谷は口を尖らせた。子どもじみた反応だと自覚しながらも、引っ込めることはできなかった。それが霜月の皮肉に対する精一杯の抵抗なのか、本当にどうでもいいと思っているのかは、彼自身にも曖昧だった。

 

霜月は、その態度を特に咎めなかった。

 

(そこじゃない)

 

そう言外に示すように、彼女は話を切り替える。

 

「あの二人にも、詳しく聞いたわけじゃないけど」

 

淡々とした口調。

 

「事前に“やり方”は示したの。ただし――」

 

そこで一度、言葉を切る。

 

「アンタだけ、全く聞いてなかった」

 

比企谷は眉をひそめる。

 

「それこそ、俺の自由だろ……」

 

反射的に出た言葉だった。聞くか聞かないか。踏み込むか距離を取るか。それは自分で決めていいはずだ。そうでなければ、何のための自由だ。

 

霜月は、あっさりと頷いた。

 

「ええ。否定はしないわ」

 

拍子抜けするほど素直な同意だった。だが、次の一言が続く。

 

「ただし」

 

霜月は椅子から立ち上がり、比企谷と一定の距離を保ったまま言った。

 

「何も話さないで、何も共有しないまま、結果だけを動かして」

 

視線が鋭くなる。

 

「そのせいで奉仕部の空気が余計に気まずくなるのは、正直言って面倒なのよ」

 

責めているわけではない。怒ってもいない。

ただ、“不都合”として切り分けているだけだった。比企谷は、その言い方にわずかな違和感を覚えた。

 

善悪でも正誤でもない。ましてや感情論でもない。効率と負荷の話をされている。

 

それが、妙に刺さった。

 

霜月はそれ以上、踏み込まなかった。比企谷の沈黙を、理解でも許容でもなく、単なる事実として受け取ったようだった。

 

「じゃ、私は戻るわ」

 

そう言って、踵を返す。引き止める理由も、言葉も、比企谷には見つからなかった。霜月の足音が、図書室の静けさの中に溶けていく。残された比企谷は、机の上の紙を見下ろす。

 

自由だと思っていた選択。

関わらないという選択。

踏み込まないという選択。

 

それらが、誰かの自由を奪わないと、どうして言い切れるのか?その問いだけが、霜月の皮肉の代わりに、彼の胸に残っていた。

 

 

 

 

放課後になり、霜月は奉仕部のある廊下を歩いていた。校舎に残る生徒の数はまばらで、昼間のざわめきが嘘のように静かだ。

 

(歩くだけで、気が重い場所ってあるのよね)

 

別に嫌いな場所というわけではない。むしろ、ここに集まる人間たちの思考は興味深い部類だ。

 

ただ、今日は面倒だ。

 

霜月は小さく息を吐き、奉仕部の扉の前で足を止めた。ノックもせず、そのまま開ける。

 

「……あ、しもっち」

 

由比ヶ浜が先に気づき、軽く手を振る。

 

「こんにちは、霜月さん」

 

雪ノ下はいつも通り、背筋を伸ばしたまま視線を向けた。

 

「待たせて悪いわね」

 

霜月はそう言いながら、視線を二人に向ける。どちらも“察している”顔だった。ここに来た理由が、薄々分かっている。雪ノ下が先に口を開く。

 

「それで……話というのは、何かしら?」

 

霜月は一拍置いた。無駄に演出する気はないが、軽く済ませる話でもない。

 

「一色の件。彼女は、自分の意思で、生徒会長になることを選んだわ」

 

その瞬間、部屋の空気がわずかに揺れた。言葉としては短い。ただ、それが意味するところは大きい。由比ヶ浜は口を半開きにし、雪ノ下は目を細める。

 

「……そう」

 

雪ノ下の声は落ち着いていたが、その目には明確な驚きがあった。

 

「あなたのやり方が、採用されたのね」

 

「ええ。だから、その報告に来ただけ」

 

それだけ言って、霜月は空いている椅子に腰を下ろした。足を組むでもなく、机に肘をつくでもない。あくまで“待つ姿勢”。

 

雪ノ下はその様子を見て、首をかしげる。

 

「報告が終わったのなら……なぜ、ここに?」

 

霜月は即答した。

 

「もう一人の部員が来るのを待ってるのよ」

 

由比ヶ浜が目を瞬かせる。

 

「ヒッキーのこと?」

 

「そうそう」

 

あまりにも軽い返事だった。だが、その軽さが逆に、本気であることを示していた。雪ノ下は少し考え、静かに問いかける。

 

「なぜ、比企谷君を?」

 

霜月は天井を一瞬だけ見上げる。考えているようで、答えは最初から決まっていた。

 

「とりあえず——気持ちの整理をしに来ると思うから」

 

それだけ言うと、霜月はそれ以上説明しなかった。雪ノ下も由比ヶ浜も、それ以上は踏み込まない。

 

沈黙が流れる。時計の針が進む音が、やけに大きく感じられた。

 

五分ほど経った頃だろうか。廊下から、靴音が近づいてきたのだ、躊躇いが混じった、特徴的な足取り。霜月は、扉の方を見ずに言った。

 

「来たわね」

 

次の瞬間、扉が開く。

 

比企谷八幡が、いつもより少し遅れた反応で中に入ってきた。目線は低く、表情は冴えない。だが、逃げるつもりもない。

 

彼は一瞬だけ室内を見渡し、霜月の姿を確認すると、わずかに眉をひそめた。その仕草を、霜月は見逃さなかった。

 

(やっぱりね)

 

彼はここに来ると分かっていた。霜月は椅子に座ったまま、視線だけを比企谷に向ける。

 

 

「話すことがある」

 

比企谷の第一声は、それだけだった。奉仕部の空気が、わずかに張りつめる。

 

雪ノ下雪乃は本から視線を上げ、由比ヶ浜結衣は彼の顔色を窺うように首を傾げた。二人とも、理由は分からないが、ただならぬものを感じ取っていた。

 

比企谷は扉の前に立ったまま、一歩も踏み出さない。まるで、この部屋に入ってしまえば、後戻りできなくなるとでも言うように。

 

「今回の依頼で……」

 

一度、言葉を切る。喉がひくりと鳴った。

 

「俺は、自分の決意を話してなかった」

 

雪ノ下の眉が、わずかに動く。霜月は何も言わず、ただ椅子の背にもたれ、腕を組んで比企谷を見ていた。その視線は、促しでもあり、逃げ場を塞ぐものでもあった。

 

比企谷は、ようやく一歩踏み出す。

 

「一色をその気にさせるために、SNSで工作した」

 

由比ヶ浜が小さく息を呑む。

 

「応援アカウントを用意して、フォロワーも揃えた。最初から一色の意思とは関係ない、ただの演出だ」

 

言葉は淡々としていた。言い訳も、自己弁護も、最初から削ぎ落とされている。

 

「それを……霜月に見抜かれた」

 

霜月は視線を逸らさない。それは“責めない”態度ではない。“もうそこは通過した”という、冷酷なほど合理的な無関心だった。

 

比企谷は唇を噛み、続ける。

 

「でも、それだけじゃない」

 

視線が、雪ノ下に向く。そして、由比ヶ浜へ。

 

「俺が、俺が一番嫌だったのは……お前らが、生徒会長になることだった」

 

由比ヶ浜の表情が、固まる。雪ノ下は何も言わない。ただ、比企谷を真っ直ぐに見返している。

 

「お前らが生徒会長になったら、奉仕部は終わると思った」

 

比企谷の声は、わずかに震えていた。

 

「役割が変わる。立場が変わる。周りの期待も、責任も、全部変わる。そうなったら……今みたいな関係は、きっと続かない」

 

言葉を選んでいるようで、実際は選べていなかった。胸の奥に溜め込んでいたものが、そのまま溢れ出ている。

 

「だから、怖かった」

 

その一言が、すべてだった。図書室の時と同じ沈黙が、奉仕部にも落ちる。だが、ここではその沈黙が、より重く、より痛かった。

 

由比ヶ浜が、困ったように笑う。

 

「……そんな理由、聞いたらさ」

 

言葉を探すように、指先を絡める。

 

「怒っていいのか、悲しんでいいのか、分かんなくなるよ」

 

雪ノ下は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「卑怯ね」

 

短く、しかしはっきりと言う。比企谷は目を伏せる。否定する気はなかった。卑怯だと、自分でも分かっている。その時、霜月が口を開いた。

 

「正直ね」

 

皮肉でも、慰めでもない声だった。

 




原作と結末が変わります
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