「無事か? メメント・コル」
「余裕だ」
「ふっ、さすが歴戦の冒険者だな」
剣を鞘に納めながら、ディランハルトは小さく笑った。
「さて、あそこにいるのが大異形ヘルムート……なのか?」
巨大異形を退けた先にいたのは、背を向けた大異形と思われるナニカだった。
蟲の脚のような触手が不気味に蠢いている。
「あいつの周囲を見て回ったけど、王様はいなかったよ。どこに隠しているんだろう」
「大事なものは肌身離さず持っているものさ」
「なるほど。一理あるね」
「確かに、物陰になりそうなものはあの大異形くらいのものだ。近寄って調べるしか……!?」
それまで動かなかった大異形が、ゆっくりと振り向いた。
大異形は体を覆う膜を、まるでマントのようにめくった。
王の姿が明らかになる。
「めっちゃ見せつけてくるやん」
「おのれっ! 王よ、今お助けします!」
「あんな見え透いた誘いに乗らないでほしいな……!?」
大異形ヘルムートが大きく息を吸い込んだ。
身がすくむような咆哮とともに、上空から岩が降り注ぐ。
「まずい! 魔術を使って!」
「団長殿! こっちに!」
「くっ、了解した!」
メメント・コルは右手を掲げ、降り注ぐ岩に向かって魔術を発動した。岩が天へと戻っていく。
「また君に助けられたな」
「お礼は凱旋した時にまとめてうかがいましょう」
「ふっ、そうだな」
ディランハルトが飛び出していく。だがヘルムートのマントの中から現れた騎士団員を目にして足を止めた。
「遺体騎士団のお出ましか。彼らはアンデッドではないね。道中の遺体と同じく、触手で操っているだけだ」
「触手で操っているだけだ! 斬り伏せろ!」
「騎士の遺体をもてあそぶとはっ! くっ、許せ!」
謝罪の言葉を口にしながら、ディランハルトは騎士の遺体を斬り伏せていく。メメント・コルもそれに続いた。
複数の触手が、それぞれ意思を持ったようにうねる。その一本が、あさっての方向に伸びた。
「……驚いた。あいつ、私を狙った……?」
「人気者は辛いな」
「茶化さないで。集中して」
「はい」
触手の薙ぎ払いをかわし、騎士を斬り伏せ、ヘルムートの脚を切り裂く。
「RoooAaaaa!!」
それは痛みによる悲鳴か、それとも怒りの咆哮か。
それでも触手の勢いは衰えない。
「チィ、一撃一撃が重いな」
「
「おうさ!」
威勢よく返事をしたものの、それぞれが意思を持ったように攻撃してくる触手は厄介だった。
さらにヘルムートはどこからか眷属である蟲を呼び出し、盾としている。
「今さらこんな蟲などに!」
ディランハルトの剣技は大したもので、王国最強と謳われるのも頷けた。
蟲を斬り伏せ、その剣は大異形まで届いた。確実にダメージを与えている。
「GooooAaaaaa!!」
咆哮を上げ、ヘルムートが体当たりを仕掛けてきた。
ふたりは間一髪かわしたものの、ヘルムートの腹の中に恐ろしいものを見た。
イヴェール王の首が大きく曲がっていたのだ。
「イヴェール王ーーーッ!!」
ディランハルトが悲痛な声で叫んだ。
「命の灯火が、消えた」
「だろうな」
メメント・コルは小さく舌打ちした。
その時、夜鳴鳥の声が聞こえた。
「また崩落を起こすつもりだ。魔術の用意を」
「了解。団長殿、戻れ! 戻れぇ! 何やってんだよ団長!」
「ぬぅおおおぉぉっ!!」
怒りで我を見失っているのか、ディランハルトには制止の声が届いていなかった。俊敏な動きで距離を詰める。聖剣の一撃はヘルムートに深々と突き刺さった。
しかしその直後に、触手の刺突がディランハルトを襲った。彼は盾を構えてその一撃を防いだが、触手の一撃は盾と鎧を貫通してディランハルトの急所を貫いた。
触手の勢いに押されて、その巨躯が吹き飛ばされる。
「団長殿!」
「私に構うな! とどめを!」
「くっ!」
崩落に呑まれるディランハルトを振り切り、メメント・コルは大きく跳躍する。
「イィーーヤァッ!!」
そよ風の剣は触手を薙ぎ払い、大異形ヘルムートの首を刎ねた。
「倒した……? まさか、本当に大異形を倒してしまうなんてね。大したものだ」
ルルナーデは目を見開いて大異形ヘルムートを凝視している。
「……ぐっ!?」
メメント・コルは強烈な頭痛を感じてこめかみを押さえた。頭の中に、存在しない記憶が流れてきたのだ。あるいはそれは、かつて見た光景であるのかもしれない。
「王を連れて街に戻ろう。死体でも、成果がないよりはマシだ」
その時、大異形ヘルムートが塵となって消滅した。王と一緒に。
「そんな、王が消える……」
ルルナーデは消えゆく王の遺体を覗き込んだ。
「なるほど。死んだことで吸収されてしまったのか。……最悪だ」
ルルナーデは唇をかみしめながら言った。
「王は助けられず、騎士団は全滅」
崩落を戻してみても、その下にディランハルトの遺体はなかった。おそらく、奈落に呑まれてしまったのだろう。
「このまま街に帰ったらどうなる?」
「あなたはがんばったよ。だけど、結果はついてこなかった」
「気遣いが身に染みるね。はっきり言ってくれ」
「こんな結果をギルドに報告しても、ろくなことにはならない。街に戻ったら、すぐに姿をくらまそう。全滅したと思われた方がマシだよ」
「……そうか。東の方に港町があったはずだ。そこに行ってみようか。なに、キミと一緒なら、どこだって楽しめるさ」
「こんな状況でもそんな軽口が利けるなんてね。やっぱりあなたは大物だよ」
「それほどでもない……ぐっ!」
再び頭の中に、ナニカが流れ込んでくる。
――ことだろう
我らは全滅したと
思われていることだろう
しかし
我らは不滅を可能に――
「ちょっと、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「そう。なら急ごう。そこに大ハーケンがある。修復して脱出しよう」
メメント・コルは魔術を行使し、大ハーケンを復活させた。その加護を使い、街へと戻る。
しかし、街を脱出することはかなわなかった。
騎士団長ディランハルトからの連絡が途絶えて、すでに一日が経過していた。不安を抱えた騎士たちは探索を開始しており、街へ戻ったメメント・コルはすぐに捕えられたのだ。
彼は奈落で起きたことをすべてを話したが、信じてはもらえなかった。
◇
「こんなことになるなら、騎士を斬り伏せてでも脱出すべきだったな」
処刑台に続く道を歩きながら、メメント・コルは呟いた。
「それはそれで指名手配されそうだけどね」
「仮面を変えれば何とかならないかな」
「どうかな? 仮面の時点で怪しまれそうだけど……素顔を見られたらもっと怪しまれるだろうね」
「どっちにしろ詰んでたってことか」
メメント・コルは手枷と足枷をはめられている。この状態から街を脱出するのは不可能だろう。
「……ずいぶんとおとなしいね。覚悟は決まったってこと?」
「泣きわめいて命乞いすれば助かるってんなら、そうするけどな」
「まあ、無理じゃないかな」
「だろ?」
「思えば、騎士団の生き残りがディランハルト一人になった時に、もう詰んでいたんだ」
ルルナーデは嘆息して、言葉を続けた。
「彼をそのまま行かせても、見捨てたということで処刑される。かといって無理矢理連れて帰るのも難しい。騎士が死に過ぎたんだ。あなたの魔術を
「尤もな意見だな。だが無意味だ」
「今ごろ言ってもって気持ちはわかるけどね」
民衆のざわめきが大きくなった。ルルナーデはふわりと浮き上がり、周囲を睥睨した。
「先に処刑されるのはランドルフらしいよ」
ランドルフは武器屋を経営しているドワーフである。偏屈ではあるが、腕は良いと評判だ。
「ふむ。理由は?」
「罪状は……ディランハルトに依頼されていた『聖者の盾』を修理できなかったみたいだね。材料の希少金属が手に入らなかったみたいだ」
「簡単に手に入らないから希少金属なんじゃないのか?」
「そうだね。要するに難癖つけてるだけだよ。あなたと同じだ」
「ランドルフとはあの世で美味い酒が飲めそうだ。王家と貴族の愚痴を
小さく悲鳴が上がった。ランドルフの処刑が終わったのだろう。
「歩け!」
後ろの騎士から槍で叩かれ、メメント・コルはゆっくりと処刑台の階段を登り始めた。
「共に風に吹かれし時、共に奈落を歩みし時、ふと思うことがあったんだ。キミと俺は、遠い昔ひとつの魂だったのではないかと」
「それはない」
「はい」
ひとつの魂だったことはないが、遠い昔に、共に冒険していたのではないかという既視感は、ルルナーデにもあった。
そんなことを思い、ルルナーデは相好を崩した。
「あなたの軽妙さ、嫌いではなかったよ。最期まで貫いたのは、大したものだと思う。怖くはないの?」
「死は怖くない。怖いのはキミの美しい声が聞けなくなることと、キミと会話ができなくなることかな」
「……そう。最期だから、素直にお礼を言っておくよ。ありがとう、悪い気分じゃない」
メメント・コルの罪状が読み上げられる。
「この冒険者は、ギルドにて王の救出依頼を受けた。しかし、騎士団長を見捨て、王もまた見殺しにし、自分だけがおめおめと逃げ帰った。その罪は明白である!」
街の人々から悪意に満ちた歓声が上がった。
「よくも……アルバーノを見捨てたな……!」
処刑台の上に立つ貴族の男が、メメント・コルを睨んでいる。
「アルバーノの身内かな。まあ、今さら関係のないことだけど」
「俺が死んだら、キミはどうなるんだ?」
「さあ? 奈落に戻されるか、天に召されるか、もう少ししたらわかるよ」
「すまないな」
「いいよ、私とあなたの仲でしょ。じゃあ、またどこかで」
メメント・コルの視界が、闇に染まった。
………………
……………
…………
………
……
…
ほほから伝わる冷たい感触で、メメント・コルは目覚めた。
水たまりに映るのは、仮面ではなく、屍人の顔だった。
周囲を見回す。冷たい石の床、石の壁。
「奈落……? いや、ここは……」
気づく。ここは、
木製の扉を開けて外に出る。石の回廊。ここも、覚えがあった。
奈落の地下一階。少し進むと、奈落が動いた。
「道を塞ぐ茨の呪い……か」
声が聞こえる。つい先ほど聞いたような、遠い昔に聞いたような。
だが決して忘れはしない。歌うような、透き通るような声。
足は自然と駆けだしていた。メメント・コルの表情が、見る見る明るくなっていく。
角を曲がると、宙に浮く少女の姿が見えた。
彫りの深い凛とした顔立ち。少しくすんだ色合いの金髪。真っ白な肌に、吸い込まれるほどに美しい
決して、見間違うことはない。
「……ルルナーデ」
もう二度と会えないと思った人が、目の前にいる。
「ルルナーデ!」
夢なら覚めないでくれ。そう思いながら、メメント・コルは目の前の少女の名を叫んだ。
というわけで完結です。
感想・評価・誤字報告、ありがとうございました。
ゲーム的にはここまでがチュートリアル、ここからが本番って感じですね。
続きが気になる人はゲームをやってみよう!