転生したハイエルフが奮闘するのは間違っているだろうか 作:野生の鹿
「あらあら?お久しぶりです、フロディ殿下。今日もご機嫌麗しゅう……」
殴りたい。
正確には殴ってはいけない。なぜなら、アルベイム王国の公爵令嬢だからだ。
フロディは、決して表には出さないように拳を握りこみ、相手の
正直なところ、ここ最近の精神状態で、一番に会いたくなかった人物である。
名前は、スカディア・ラナウト。彼女のことを忖度することなく評価すると、デリカシーのない守銭奴だ。
そんな彼女が、今、オラリオ内のアルベイム王国の大使館へと入り、フロディと対面している。
ちなみに、ブランズとギルスは事務作業をしている。ネメシスに関しては、先日遺体で発見されたケツァルコアトルについて、【ガネーシャ・ファミリア】へと足を運んで事情を聴いている。
会議室の中にいるのは、フロディとスカディアの他に、スカディアの召使が数人いる。
「せっかく、私がわざわざ
「そのような顔って、スカディア嬢を前にすると、こちらは警戒せざるを得ないというか………」
「それは、私たちに報復されかねないことを自覚しているが故、ということでしょうか?」
スカディアの言葉に、フロディは顔を強張らせた。
スカディアに報復されるような行い――特に、貴族に対する無理やりな命令を行ったこともある王族は、数々の会議の場で激論を交わしてきた。特に、スカディアが率いる商会が赤字になりかねない程の政策を打ち出したことは、今でも根に持たれている。
「か、過去の話は、ひとまず終わったと、ラナウト公爵からお聞きしたが……」
「えぇ、お父様はそうおっしゃいましたが、私個人はそうは思いません。今でも覚えていますわ。『ニネヴェ貿易中止事件』のことはぁっ!」
当時の怒りを思い出しているのか、語気を強くさせて言い放ったスカディアに、フロディは神妙な顔をして黙るしかない。
「あの時の私たちの帳簿は見ましたか?」
「………………見たよ」
「目を逸らさずに発言してください」
「見てませんでした」
「そうでしょうね!!」
『ニネヴェ貿易中止事件』とは、読んで字のごとく、フロディの判断がきっかけで起きた事件のことだ。
あれは、ネメシスに
アルベイム王国の予算の一部を、フロディは国民に向けた公共事業に回そうとしたのだ。その巻き添えになったのが、希少金属の取れる国ニネヴェである。
ニネヴェからは多くの鉱物を輸入していたが、これにつぎ込む資金を削ろうとしたのだ。希少金属に関しては、アルベイム王国からも取れるからである。
ニネヴェとの貿易に関する予算を削りに削った結果、うまみのない取引と見なしたニネヴェ側は激怒。一時期、貿易を取りやめるようなことをしだした。そのほかにも、フロディの把握していない所でラナウト公爵家との約束事を破棄するかのような行動に映ったのも理由の一つである。
これにはフロディも、今でも心に刻んでいる失敗であると認識している。
このニネヴェとの貿易中止に影響を受けたのが、スカディアだ。スカディアの率いる商会が大赤字になりかねない事態に激怒したのは、当然のことだ。
スカディアが特に指摘したのは、鉱物の品質についてだ。素人であるフロディと比べるまでもなく豊富な知識をもつスカディアの説教は、今でもフロディの記憶に焼き付いている。
結局、スカディアの東奔西走ともいえる働きぶりにより、何とかニネヴェとの貿易を継続させることに成功したが、ラナウト公爵家は王族――特にフロディに対して恨めしい思いを持つ者が誕生した。
「フロディ殿下の提案は確かに間違いではないのですが、百年単位の付き合いのあるニネヴェにあのような仕打ちをするのは間違っていますわ。といっても、後で貿易がほとんど中止されるのは、予想外でしたけど……」
「それは………」
「あぁ、これについては私の落ち度ですわ。謝罪いたしますわ」
おそらく、アルベイム王国の王妃が死んだことを思い出したのだろう。
子息であるフロディにつらいことを思い出させたことを謝ったスカディアは、そのまま本題に入る。
「そんなフロディ殿下に、良い知らせです」
「良い知らせ?」
「えぇ。私がここにいるのは、アルベイム王国の決定ですの」
「えっ?」
「私、スカディア・ラナウトは、本日より、【ネメシス・ファミリア】に入団。そして、特別幹部として、フロディ殿下を支援することが決定されましたの」
スカディアの言葉に、フロディは目を見開いて驚愕する。
「貴方が入団?どうしてそんな………?」
「それは殿下が頼りないからでしょう?」
スカディアは遠慮することなくそう言い切った。
「我がラナウト公爵家は、アルベイム王族に対して打診し続けたのです。『フロディ殿下は戦いにおいて才はあるが、それ以外においてはその限りではない』、と……。それに賛同する貴族は多くいらっしゃいましたわ。殿下の振る舞いは、却って国益を損ないかねないという意見もございましたわ」
「耳が痛いな、それ………」
「それに加えて、殿下の周りでは、次々に【闇派閥】の襲撃、その上拉致されたこともあるというのに、帰国もせずにここに居座る始末!きっと、我々下々の頭では考えられないことをお考えになっているのでしょうが、唯一の王位継承者であるというのに、それはいかがなものか!」
そこで一度一息つくと、スカディアは自身の傍らにいる召使から、とある書類を取り出してフロディに叩きつける。
アルベイム王国の王族のしるしが入った勅書。つまりニヨルドが認可した証のある書類だ。
「フロディ殿下!貴殿の行いを止めることは、私、スカディア・ラナウトの責務であると同時に、混迷している
「運営だと!?というか、ファミリアに入るなんて………」
「ギルドには通達済みですので、安心してください。それに、すでに冒険者登録も済ませておりましたので、私は【ネメシス・ファミリア】の一員ですわ」
「何やってんのぉ、あのギルド長ぉ~」
「えぇ、早速ですが、殿下には無期限の謹慎を申し上げますわ。その間、ファミリアの団員に対する指示は私の方で行います。主神であるネメシス様には、私と面談してもらいます。そういうわけですので、しばらくは大人しくしてください」
「ちょっと!どうして、そんな……!?」
「確かに、最終的な意思決定権は団長である貴殿にもございますが、同じ権限を持つ主神のネメシス様にも判断を仰ぎます」
「ネメシスに?………というか、どうして?」
「これはアルベイム王国の決定事項です!ニヨルド陛下も、賛同はしてくれましたわよ」
「父上が?」
「それに、貴殿の今の状態では、まともな判断がつくことはできないでしょうに」
「うぐっ………」
「謹慎といっても、実態は単なる静養です。というか、こうしなければならない程、隙間なく働いている貴殿がおかしいことに気付いてください」
そう言って目を細めたスカディアは、用は済んだと言わんばかりに、とっとと退出する。
王族とラナウト公爵家の間は微妙な距離感があるのは共通認識だが、それ故なのか、フロディの異変にも察知しているのは、さすが商会を率いているだけある。
フロディの執務室を勝手に自室にするようなことはしないが、どこか広い空き部屋を自室にして魔改造するというのは容易に想像できたフロディは、頭を抱える。
「どうしてこんなことに………」
ネメシスが指摘した、自己犠牲に通ずるのかもしれない行動が要因であるのは、フロディもうすうす勘づいているのだが、いざこうして現実にされると、さすがのフロディもうなだれる。
その光景は、スカディアの召使が呆れたような、どこか同情しているかのような
* * *
スカディアという女狐が【ネメシス・ファミリア】に強制加入した。
一番の被害者は、フロディと言えるだろう。
政治的に見てもメンタル面でも不安定なフロディに対して謹慎処分は、ネメシスもスカディアも利害が一致していた。スカディアの提案の元で、フロディは強制的に休まされた。
そのつつがなく事を運ばせる手際の良さに、ブランズもギルスも舌を巻いて感心していた。
そんなギルスは、オラリオの治安を維持する【ガネーシャ・ファミリア】の本拠地、『アイアム・ガネーシャ』へとやってきて、今後の奴隷たちの身の振り方についてシャクティに報告していた。
スカディアがやってきてから、1週間ほど経過した日のことである。
「以上が俺たち【ネメシス・ファミリア】の提案だ。スカディア嬢にも許可はとってある。あとは本国の大臣たちの承認次第だが、問題はないと彼女のお墨付きだ」
「そうか。重ね重ね感謝する。だが、これではお前たちの負担が増えるだけでは?」
「それは大丈夫。極東でいう『働かざる者、食うべからず』を徹底していこうとブランズが
ギルスが手渡した報告書を読んでいるシャクティは、【ネメシス・ファミリア】――ひいてはスカディアの働きに感心すると同時に、ギルドの相変わらずの守銭奴っぷりにため息を吐きそうになった。
「それで、そちらの団長殿は……」
「あぁ~、それは言わないでおく。何と言ったって、スカディア嬢に色々止められて自由に動けないからさ。政治的にも、フロディが戦うことを快く思っていない人は多くいるらしいし」
【ネメシス・ファミリア】団長のフロディが無期限の謹慎処分を受けたのは一部の人間が知っている。知れ渡るようなことが起きていないのは、オラリオ中のエルフが大挙してスカディアに詰め寄ることが予測できるからだ。
王位継承者が死と隣り合わせの現場にいることに異議を唱える者は前々からいたが、それが一気に表面化したことを理解したシャクティは、次の話題に移っていく。
「それで、そちらの様子はどうだ?」
「最近は【
「俺が
「気にするな。それに、この場合は神ウラノスの命もある。ペイルとの因縁もある【ネメシス・ファミリア】に入ることは、こっちにとっても好都合だ」
かつての上司と部下であった時と同じように談笑するギルスとシャクティの間には、どこか和やかな雰囲気を醸し出すが、そこにある少女がやってくる。
「お姉ちゃん~。…って、ギルスお兄ちゃんだぁ!」
「アーディか?元気にしてたか?」
「うん、私は元気だったよ!」
シャクティ・ヴァルマの妹である、アーディ・ヴァルマだ。
「アーディ!今は訓練をしているはずだが………」
「えっと、それはね………」
「サボりかい?」
「………ほう」
ギルスの指摘に、シャクティは目を細める。
シャクティからしてみれば、アーディは年の離れた妹だ。シスコンと言われても仕方のない振る舞いをしているのはシャクティ自身も自覚しているが、それでも、姉としてダメなものはダメであると甘やかすことなく言うのだ。
「アーディ。しばらくは私といるぞ」
「えっ!?お、お姉ちゃんと!?けど、お姉ちゃんは忙しいんじゃ……」
「大丈夫だ。行くぞ、アーディ」
そう言ってアーディの手を引いて部屋を出るシャクティは、部屋に残っているギルスに労いの言葉をかけると退出する。
アーディは「ギルスお兄ちゃん~」などといって助けを求めているが、ギルスは祈るように手を合わせる。
「無事でいてくれ、アーディ。シャクティさんの説教は、俺も逃げ出したいんだ………」
まだ、【ガネーシャ・ファミリア】にいた頃を思い出したギルスは、そのまま【ネメシス・ファミリア】に戻る。
――いたいけな少女の悲鳴が聞こえたのは、おそらく幻聴だろう。
* * *
「へぇ~。これが、おれの『すていたす』か~」
「Lv.1でスキルが複数発現するとは………」
ネメシスがルビウスに
一連の流れが終わると、羊皮紙に記された自身のステイタスについて、ルビウスは感心する。
ルビウス・タンニス
Lv.1
力 :I 0
耐久:I 0
器用:I 0
敏捷:I 0
魔力:I 0
《魔法》
【】
《スキル》
【
・近接戦闘時、『力』、『耐久』に高補正
・怒りの感情の丈に応じて、『力』がさらに補正される。
【
・任意発動で『獣化』可能。
・『獣化』時、全アビリティに補正。
・『敏捷』に超高補正
・『獣化』時、
ルビウスのスキル構成を見たネメシスの感想は、「純粋なパワーファイター」というものだ。ブランズもギルスも、似たような感想を抱くだろう。
特に、怒れば怒るほど『力』が強化される【
「ルビウス、しばらくの間は私と訓練に励みなさい。まずは、駆け引きや体術を――」
「――そんなの必要ねぇ。おれはおれの
他の元奴隷と同じように【ネメシス・ファミリア】に入団しても、反抗的な部分は残っているルビウスに、ネメシスはため息を吐く。
「そういやぁ、あのチビ助は?」
「フロディのことですか?今は自室にいるかと………」
「それが、なんか元気ねえんだよ。なんか知ってるか?」
ルビウスの言葉に、ネメシスはスカディアがやってきてからの日々を思い返す。
スカディアが【ネメシス・ファミリア】の特別幹部としてやってきた時はブランズもギルスも驚いていた。かくいうネメシスも、いきなり派閥を取り仕切ることに言葉で言い表せない不快感を示したが、ニヨルドを始めとしたアルベイム王国の決定であることを知ると納得した。
スカディアがやってきてからの【ネメシス・ファミリア】は、少しずつであるが経済的に成長していると言っても過言ではない。
スカディアは商会を率いていることもあり、金や人材の扱いには一日の長があった。ブランズも、ファミリアの中では金の扱いが良い方だが、専門家たるスカディアには及ばない。
スカディアの生まれであるラナウト公爵家は、王国の中では商業に精通した名門だ。商務大臣を代々務めた家計でもあるので、幼いころから英才教育を受けてきたスカディアは将来の大臣候補と目されている。
幼馴染ともいえる間柄であるフロディとの仲はぎくしゃくしているが、本気で嫌いあっている訳ではないのは留意するべき点である。
そんなスカディアの指揮のもと、ルビウスを含めた元奴隷たちは【ネメシス・ファミリア】に入団することとなったのだ。冒険者として生きることを決意したルビウスのみが
そんな元奴隷たちは、特別幹部スカディアの部下として雇用される。新たに作られた【ネメシス・ファミリア】商業部門の一員として。
現在の【ネメシス・ファミリア】には、本国アルベイム王国から希少金属を始めとした貿易に関わる物品がやってくるが、そのようなものを商業部門の方で一括して管理・販売していくというのがスカディアの提案だ。そのための労働力として、元奴隷たちが雇用されたのだ。
貿易の物品以外にも、ダンジョン探索で得たドロップアイテムについても同様のことを行おうとしているらしいが、しばらくの間貿易関連の品物でやっていくらしい。
ちなみに、これを知ったギルドは、自分たちを通すように言ってきたらしいが、グレイスという【
「ネメシス様。少し時間を頂戴してもよろしくて?」
「スカディアですか。大丈夫ですよ」
話題の主であるスカディアがネメシスに話しかけてきた。スカディアは風呂上りなのか、所々濡れているかのようなしっとりとした髪質をしていた。
「改めまして、この度は、無茶な要求を了承していただき、誠に感謝いたしますわ」
「いえ、あなたの働きぶりは、ブランズもギルスも感心していました。それにフロディも、渋々ながら認めていた様子でしたよ」
「あの方が認めてくれるかは、この際置いておきましょう」
フロディの名前が出た時、少し眉間に皺を寄せたスカディアは、すぐさま話題を切り出す。
「フロディ殿下についてですが、あの状態は異常です。何かあったのですか?」
「異常、というと………?」
「誤魔化さなくても、あの方の今の様子は、どこか別人と言ってもいいでしょう。私の知っている殿下は、どこか頑固な部分がございましたから。王族という立場を忘れることもありますし」
歯に衣着せぬ物言いをするスカディアに、ネメシスは感心するかのように頬を緩める。
「フロディのことですが、この話は長くなってしまいます。夜遅くなってしまっても大丈夫でしょうか?」
「えぇ、明日の午前中に予定は入っておりませんので」
そう言い切ったスカディアに、ネメシスはフロディの話をしていく。
夜遅くまで行われた事情の説明に、スカディアは面白いリアクションを返してきたと、翌日のネメシスは、フロディに語った。
* * *
夜、オラリオの外にある森の中に、一人の男がやってきていた。
正確には、一人の男と一人の精霊である。
「ここが最適な場所かな~」
右手で眼鏡を直し、そのまま小指で眉毛をかいた男――ペイルは、傍らに引きずっている精霊――トリウィアに目を向けて息を吐くと、そのまま森の奥へと足を運んでいく。
「『エルフを始めとした
ペイルの視線の先には、森の中でいくつもの家が建ち並んでいる集落があった。
「『リュミルアの森』……。気位の高いエルフの中でも排他的な連中がいる里………。
どこか間延びした雰囲気で語らうペイルは、そのままトリウィアを運んで森に入っていく。
ダンジョンの中で全身が傷ついた状態で発見されたトリウィアを、どのように改造すればいいのかと考えていたが、精霊であること思い出したペイルは今後の研究のためにも利用することを決意したのだ。
「まずは、邪魔者の退治からだ」
リュミルアの森に入ると、外敵から里を守ろうとする『守り人』がやってくる。『守り人』は大人が多いが、中には今のフロディと同じ年くらいの少女もいる。
「貴様は何者だ!下賤なヒューマンがっ!!」
「ここをどこだと心得ている!?」
そう言った具合に雑音が蔓延っているが、ペイルは臆することなく応対する。
「実験のために来ただけさ。といっても、君たちが知ってもどうすることはないけどね」
そう言ったペイルは、自分を取り囲んでいるエルフたちに銃型の
「しばらくは利用させてもらうよ、資源ども」
そんな言葉と共に、次々と発砲していくペイルの周りには、ペイルに立ち向かおうとしたエルフの返り血が溢れかえっていた。
そんな残虐な光景を見ていたのは、撃たれても何とか生き残っていた金髪の少女――リュー・リオンだけであった。