神秘が絶えた(?)殺伐硬派な戦記ファンタジー世界で悪役貴族に転生したけど僕だけ人外が視える 作:所羅門ヒトリモン
シンリースは言う。
「閣下。閣下がお話なさろうとしていたのは、きっとドレイブモント家の騎士様ではないでしょうか」
「うん。合ってるよ」
「……やはり。では、お願いいたします。どうかお手伝いをさせてください」
「シンリース……でも、手伝いって……何をする気なの?」
突然の提案。
侍女の発言に、レオニアは当惑している。
僕も気になった。
ので、「どういうコトかな?」と訊ねる。
「グローヴィスを出た後、閣下の砦に辿り着く前までに噂を聞いておりました」
「噂?」
「奪われた町を奪還するために、ドレイブモント家の方がご出陣なされたと」
「ええ。その噂なら、私も聞いたわ」
「はい。そしてそのドレイブモント家の騎士様は、
グローヴィスの代官は、貴族であり元々は主君の家系である騎士を、他の人間とは違う方法で殺した。
それはせめてもの慈悲だったのか。
あるいは身勝手な罪滅ぼしだったのか。
苦痛なき死を与えるために、断頭台を用いて首を落としたそうだ。
噂は
「僕も知ってるよ? 彼の骸はその後、土に埋められた」
だから他の亡者と違って、彼だけ様子が違うんだろう。
恐らくは生前最後の姿で。
鎧を纏い、外套を翻しながら今も歩いている。
ひょっとしたら、埋められた地面から無念のあまりに這い出て来て。
「はい。閣下のおっしゃる通りです」
「待って? でもたしか、噂じゃ首は……」
「……はい。首だけは──首だけは、焼かれてしまいました」
「おっと。それは初耳だね」
どうやら詳しい情報を知っていそうなシンリースに、耳を傾ける。
「グローヴィスを落としたベリック・ハーグレイブは、代官に命令したのです。如何に元主君の家系だろうとも、すでに裏切ったのだから例外は無い、と……」
「ええ、そうね。如何にも、あの男の言いそうなコトだわ……」
「騎士様の首は、その時まさにべつの方の刑を執行中だった火刑台に、無惨にも放られてしまったと聞いております」
「なるほど? じゃあ、彼の首をその火刑台から探し出そうってコトかな?」
言いながら、僕は「それはちょっと望み薄だろう」と言外に滲ませてしまう。
首が焼かれたのは何日も前だろうし、残っていたとしても骨の燃え滓と灰だけだ。
(それだって、他の死体と混ざってしまって個人を特定するのは不可能だよね)
化学特捜部でもいれば話はべつだけど、そんなものこの世界で抗生物質を探すくらい無理な話。
シンリースも、それは分かっているみたいだった。
「もちろん、ただ探すのではありません」
「うん。何か考えがあるんだね」
「……これは、本来なら無闇に口外してはならない掟なのですが、私はある薬を持っております」
「薬?」
「これです」
月明かりを避け、建物の陰にさらに隠れて。
シンリースは懐から、小さなガラス瓶を取り出す。
ガラス瓶には薄桃色の液体が入っていて、一見はフルーツジュースのように思えた。
コルク栓がされているが、ほのかに甘い香りも漂った気がする。
「私の一族は、代々レストロヴァン王家にお仕えして参りました」
その使命と務めは、古き神々との交信によって当世の統治に必要になる魔法の呪文を、
「託宣……要するに、神様からのお告げを受け取るってコトよね?」
「はい、レオニア様」
「なるほど。じゃあ、察するにその薬は、儀式に必要になる
「……まさしく、その通りです。強力な薬ですが、これを服用すれば一時的に霊感を高められます」
知っている。
FAIでも、たしかにそんな設定があった。
物語上はあくまで、神秘的なシーンを演出するための小道具に過ぎなかったけれども、本当に神の声を聞けるのだとしたら大したマジカルポーションだ。
信頼している侍女の発言だからか、レオニアもさっきまでとは違い真剣な表情で頷いている。
「つまり、その薬をシンリースが飲んで、サー・ドレイブモントの失われた首を霊的に判別しようってワケね?」
「違います」
「え」
「薬を飲むのは、レオニア様です」
「ええっ!?」
シンリースは、小瓶をレオニアに差し出す。
「え、えっ? ちょっと待って? ……どうして?」
「……恐れながら、レオニア様には火に焼かれた者たちとの親和性がございます」
「──」
レオニアが口を閉ざした。
いまのは王女のトラウマをストレートに刺激する発言だ。
気まずい沈黙が続く前に、会話に割って入る。
「親和性があると、どういう効果があるのかな?」
「……一概にこうだとは言い切れません。霊感が強まるというのは耳の穴を大きく広げ、普段よりも多くの音を聞こえやすくするような話だとお考えください。ただし」
「ただし?」
「私どもは普段から、聞きたい音と聞かなくてもいい音を無意識下で判別しております」
「ふむ」
「それはたとえば、木々の葉が落ちる音であったり、窓辺を叩く雨風の音であったり、見ず知らずの他人が発した取るに足らない呻き声であったりです」
「なんとなく、言わんとしていることが分かるよ」
人間の脳には記憶に値しない情報を、ゴミ箱に放り込む機能が備わっている。
すなわち、忘却だ。
「この薬は、そういった聞かなくていい音よりも、普段から聞くべきだと扱っている音と、それに近しい音を集めやすいのです」
「レオニア殿下の場合、それが〝火に焼かれた者〟なんだね?」
「……はい」
気まずげに、シンリースは俯く。
が、勇気を奮ったのか。
「ですので、私よりもレオニア様が服用されたほうが、この場ではお役に立てるかと思う次第でございますっ」
顔を上げて、真摯にレオニアに訴えた。
侍女の話に、王女は固く下唇を噛みながらも……
「──分かったわ。あなたがそこまで言うなら、飲んであげる」
「! ありがとうございます、レオニア様……!」
「いいんですか?」
「ええ。私、この子のこと大好きだし信じてるから」
「っ、レオニア様……!」
感極まったように、シンリースは涙ぐむ。
その眼差しから顔を逸らし、レオニアは照れた様子で小瓶を受け取った。
思わず苦笑する。
「僕とはまた、ずいぶんと違うんですね」
「当然でしょう」
反論は無いので、静かに頷くに留める。
僕はレオニアが薬を飲むのを待った。
「……え、えっと」
「どうしました?」
「一応、聞くのだけど……これって飲んだらどんな感じになるの?」
「あっ、そうですね……レオニア様は初めてなので、おそらくカラダが熱くなられるかと」
「カラダが、熱く……」
「はい。あとは気持ちがフワフワして──」
「なんだか、飲酒でもした時みたいな副作用ですね」
「あっ、お酒ね? それなら少し安心っ」
キュポン!
レオニアはコルクを引き抜き、一気に薬を呷った。
シンリースが「あっ」と声をあげる。
ゴクゴクと飲み終わったレオニアは、湿った唇を袖でぬぐいながら、「? どうしたの?」と侍女に首を傾げる。
「あ、えっと……その……なんでもありません」
「そう? にしても、意外と飲みやすかったわね」
「……」
絶対になんでもなくない。
だが、レオニアに忠実なはずのシンリースが口を噤んでしまったので、僕もいったんは推移を見守る。
次第に、
「あ──なんだか、ほんとうに、気持ちよくなって……きた……かも……」
レオニアは、トロンとした目つきになってフラつき始めた。
どうやら相当に強力な薬みたいだ。
シンリースが慌てて王女のカラダを支える。
そして赤髪の少女の耳元に、なにか祝詞のようなものを囁き始めた。
声は小さく、言語も古代語らしく何を言っているのか分からない。
ただ、効果は劇的だった。
「────アツイ」
レオニアの瞳孔は焦点が定まっていない。
なのに、それまでフラフラしていたカラダが、急に芯の通った動きを開始する。
彼女はまっすぐに、物陰から広場へ進み出た。
「っと!」
「アツイ──アツイ──!」
咄嗟に少女の腕を掴んで、陰に引き戻す。
周囲を注意しながら進むのであれば構わないが、レオニアは完全に兵士の存在を失念している。
「いくら少ないからって、そう不用心に出られたら危ないですよッ」
「アツイ──!」
「っ、ダメですっ! いまのレオニア様は、トランス状態に入っています! 薬の効果が切れるまで、こちらの声は聞こえません!」
「なんてありがちな……」
幸い、レオニア王女の膂力は見かけ通りのものだ。
これでも戦闘訓練を積んで鍛えている僕であれば、充分に押さえつけられる。
が、
「ぐ、イテッ……仕方がない王女様ですね」
「あっ、あっ、えっと……」
「ご安心を。僕が抱えて移動します」
「アツイ、アツイ……!」
うわごとを繰り返すレオニアを抱き上げて、その腕が伸ばされる方向に進んでいく。
夜の闇に紛れて、僕たちはそうして失われた貴公子の首を探すのだった。