神秘が絶えた(?)殺伐硬派な戦記ファンタジー世界で悪役貴族に転生したけど僕だけ人外が視える 作:所羅門ヒトリモン
グローヴィスの代官には、理解できなかった。
「何故だッ!? 何故なのだ……ッ!?」
屋敷の兵士たちが、死んでいく。
燃える首のバケモノが剣を振るうと、瞬く間に複数の人間の首が飛んだ。
腕利きの兵士たちのはずだった。
ハーグレイブ家から監視も兼ねて寄越された。
なのに、それが手も足も出ずに殺される。
武器が、通用しないのだ。
まるで亡霊。
いや、まさに亡霊なのか。
こちら側の攻撃はすり抜け、霞ほどの手応えも感じられない。
就寝中に襲撃された代官は、ワケが分からず泡を食って逃げ惑う。
自慢の屋敷は見るも無惨。
王都から取り寄せた高価な絨毯も、壁に飾った見事な芸術画も。
血に塗れ、汚物に浸り、壁も調度品も破壊され台無しになる。
何が起きているのか分からない。
どうしてこんな悪夢のような光景が、現実になっているのか。
足が竦み、転倒して、床に手を着いて。
「ひっ、ひぃ……!」
情けない声が出るのも止められず、ジタバタ足掻いてバケモノから逃げる。
「誰かッ、誰かいないのか……!?」
屋敷はもうダメだった。
首が燃えているバケモノは、丁寧に丁寧に兵士たちを殺していった。
超常的な現象だ。
兵士たちも驚き、逃げようとする者がゼロではなかった。
なのに、バケモノが手をかざすと椅子や机などが勝手に動き、逃げ道を塞いだ。
もしくは、直接兵士たちのカラダを押し潰した。
だがそれは、暴王の時代と共にたしかに抹殺されたはずのくだらない迷信で。
「ッ……何故なのだ……!?」
代官は必死に、何度も繰り返す。
屋敷の窓から飛び降りて、足を挫いて。
「アァッ!? アァぁあああ……!」
痛みに苦鳴し、路地にうずくまりそうになりながらも。
「██████」
「……いやだ、いやだ……!」
窓を見上げれば、冷徹に自分を見下ろすバケモノの眼差し。
貴様を殺す。必ず殺す。絶対に殺す。
決して撤回されることのない殺意を浴びてしまうから、足を引きずってでも逃げる。
代官には見覚えがあった。
バケモノが身に纏っている鎧や、外套に描かれた紋章だけじゃない。
炎に包まれた顔、その紅蓮の揺らめき越しに微かに覗く双眸。
それはずっと前から、たしかに記憶にあった。
「何故だ……何故なのだっ、カシウス卿ッ!?」
カシウス・ドレイブモント。
代官が仕え、裏切りを決断する前まで主君と仰いでいた家系の跡取り。
青年は昔から、〝正しい人間〟だった。
名誉と道徳を重んじ、騎士道を誇りとし。
忠節と勇敢さを貴んで、小心者の父親と比べて遥かに高潔な男だった。
だから代官は嫌いだった。
気が小さく、臆病で、それゆえに卑怯なところがあるドレイブモント公は好きだった。
だって、そうであろうが。
「私を許さないのかっ? 私をそうまでして蔑むかっ!? 何故だ! 何故、貴様はそうなのだ……!?」
誰もが正しく生きられるワケじゃない。
誰もが高潔に、誇りを貫いて生きられるワケじゃない。
人間だ。私たちは人間なんだ。
名誉と道徳が素晴らしいのは分かる。
騎士道が誇るべき道なのも分かる。
忠節と勇敢さも、ああ、貫けられたらどれだけいいか!
「……だがッ、だが……命は惜しいだろう……!?」
たとえ裏切り者と謗られようとも、拾える命があるなら拾いたいだろう。
戦って死ねば良かったのか?
他人のために命を懸けて、自分が犠牲になれば良かったのか。
そんなものは人間ではない。
弱さを抱えるからこそ人間だ……!
「ああ、そうか……だからなのか……? だから貴様は……ッ、バケモノなのかッ! やっぱりそうだ! 私は間違っていない! 正しいのは私だった!」
気がつくと、代官は町の広場に辿り着いていた。
足元には凄惨な光景が広がっている。
火刑台の方角では、グローヴィスの空が赤く燃え上がっていた。
ハーグレイブ家の兵士たちも、混乱に呑まれている。
代官は笑った。
「ハ」
諦めの笑いだった。
挫いた足が、もう痛くて痛くて動かせない。
もしこの場に出撃中の兵士たちが戻って来たとしても、果たしてバケモノ相手にどこまで対抗できるものか。
振り向くと、かつて主君の息子だったはずのバケモノが、すぐ目の前にいた。
「ガッ、グァ……!?」
首を掴まれ、絞めるようにして持ち上げられる。
片腕。やはり、人間の膂力ではない。
そのまま、バケモノは代官を大樹まで運んでいく。
「ッ、どう、した……何をして、いる……!?」
殺すならば殺せ。
さっさと殺せ。
最期に断頭台で目にした時と変わらない。
そこまで他人に正しさを求めるのなら、正しき断罪もまた速やかに実行すればいい。
片手に握られた処刑用大剣は、首を刎ねるためのものだろう。
代官は生存本能から、喘ぐように息をしつつ藻がいた。
そして、不意に気がつく。
「──まさ、か……いや、そんな……やめ、ろォ……!」
「██████」
処刑用の大剣が、首を刎ねない。
代わりに、腹を突き刺そうとしていた。
カシウス・ドレイブモントの亡霊は、代官を
大樹には、ここ数週間で代官が私刑に処した者たちが、
「い、いやだ……やめ、て……くれェ……!」
焼け焦げた怨霊たちが、憎き贄の晩餐に歓喜の笑みをこぼしていた。
近寄って来る。
たかられる。
肌に爪が立てられ、髪を引っ張られ、そのまま毟り取るように引き剥がされる……!
しかも、怨霊たちのカラダはアツかった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア──ッ!!」
代官は焼かれ、燃えるような復讐を受け、磔刑と火刑の報いを味わい──死んだ。
断末魔の絶叫は、裏切りの咎への裁きに彩られていた。
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──
「████████████████──ッッ!!」
然れど、絶叫は代官が死んでもなお続いていた。
広場で行われた断罪。
その光景をグローヴィスで最も高い塔から見下ろして、僕の呼吸は白く照らされる。
夜明けが近い。
日の輝きが、山の稜線に沿って次第に太く濃くなっていく。
けれど、死者の怒りと憎しみは、なおも鎮まるコトを知らない様子だった。
「これが、レストロヴァンの血か」
ただ視て、聞き、語るだけの僕ならこうはならない。
やっぱりレオニア・レストロヴァンのチカラは、今後の大陸、その趨勢を左右し得る。
これでまだ、覚醒前。
なんとしてでも、手に入れなければならない。
「……けど、いまはまだ派手に動く時じゃない」
僕は言った。
日が昇る前までは、彼らの時間。
決着は夜の内に片付けるように。
そして見事、代官は死んだ。
広場の光景に気がついた敵兵も、いまや恐れをなして戦意を保てない。
塔の屋根は、風が強くて寒かった。
風に乗る町の動揺は、俯瞰しているおかげでよく分かる。
ハーグレイブ家の灰色の旗を引きずり下ろして、代わりに我が家の旗を掲げる。
これ以上の動乱は望ましくない。
あるいは、放置すればこのまま、ベリック・ハーグレイブさえも討ち取りに向かってくれるのかもしれないけれども。
「サー・ドレイブモントッ!」
広場の貴公子に、僕は告げる。
燃える首の断罪者に、声を大にして叫ぶ。
「忠勇の騎士よッ、見るがいい!」
「██……?」
「貴公の剣によって、グローヴィスは
「!」
「我らが西部の旗だ! 卑劣なる敵の旗は地に落ちた! そして僕はッ、ダンタリアス・ダイアニーシアスッ!」
「██ァァ……ああぁ……!」
「西部総督家は貴公の働きに感謝する! 褒美も与えよう! しばし休むがいい!」
「……若き、翼獅子……です、が……ま█……ッ!」
「心配するな! 貴公の忠勇は見事だった! さすがは西部人! 我らは負けない! その証明を、貴公は果たしたのだ!」
「──!」
燃え盛っていた首から、炎が小さくなっていく。
それに呼応するように、大樹の怨霊たちや火刑台の火事も静かになっていった。
詳しい理屈は分からない。
けれど、サー・ドレイブモントの首を切っ掛けにして、今夜のグローヴィスには地獄の門が開いていた。
だったら、貴公子の無念と未練を預かってしまえば、後はどうとでもなるだろう。
「ダイアニーシアスの名を以って、約束する! 黄金と豊穣の安堵を以って、西部はこれからも我らの土地だ! ゆえ、忠道大義である! これ以上、冥府魔道に惑う必要はない。キミたちの想いは、僕が預かる」
「…………」
言うと、貴公子はまるで生前のように。
片膝を着いて、剣を地面に突き立て、洗練された所作で跪拝した。
朝日が完全に昇る。
グローヴィスに太陽の光が差し込む。
深い紫に黄金の翼獅子が羽ばたき、その旗の御許。
忠勇の貴公子は瞬きの刹那に掻き消えた。
火事は嘘のように鎮火して、大樹の怨霊たちも気づけばいない。
後にはただ、ガラガラと騎士の鎧だけが、広場に転がるだけだった。
──やがて。
はためく旗を合図にして、味方の軍が完全にグローヴィスを奪還する。
外の敵軍は動揺し、次第に深い山中へと散り散りに逃げて行った。