神秘が絶えた(?)殺伐硬派な戦記ファンタジー世界で悪役貴族に転生したけど僕だけ人外が視える 作:所羅門ヒトリモン
「我こそは葡萄酒と乳房の神なり!」
暗愚な父は娼館で喉を切られた。
やったのは叔父だ。
それ以来、ダイアニーシアス家の家督は叔父が継ぎ、僕は当主の息子から前当主の息子にクラスダウンした。
母がもしあのとき生きていれば、きっと叔父に逆らっただろう。
そして殺されていただろう。
伝え聞く人物像では、とても野心家だったようなので。
まぁ、そうでなければあの暗愚な父を捕まえて、結婚などするはずもない。
まともな女性なら、日がな娼館で食っちゃ寝している酒樽腹のオヤジを捕まえて、ましてや自身の寝所に誘い入れ、種を仕込ませようなどとは画策しないものだ。
酒樽腹のオヤジが、大陸の西部総督を預かる大貴族の当主でもなければ。
若き日の母が、野心の火に魅入られて、聞くだに大胆な行動に出るコトは決して無かったはず。
なので母の悲哀は、彼女が僕を産むと同時に衰弱死してしまった点に尽きる。
でも、どちらが幸せだったのだろうか?
本人は無念だったに違いないけれど、自分の息子が将来の西部総督になるはずだと信じて逝けたのだとしたら、まだ救いがあるかな?
現実はそうではなくなったので、母が今の僕を知らずに逝けたのは、彼女にとってまだしも幸せだったと祈りたいところだ。
「ダンタリアス。よぉ、気分はどうだ?」
「そりゃもう、最高ですよ」
「んだそりゃ。白けたツラで言いやがって。今日はオマエの命名日じゃないか。もっと嬉しそうにしろよ」
と、こちらの肩に手を置きながら、波波注がれた葡萄酒の杯を呷るのは我が
すでに酒がだいぶ回っているようで、シャツの裾もだらしなくズボンから半分飛び出ている。
もちろん、襟元には葡萄酒の染みだらけ。
六つ上のエヴァンドル・ダイアニーシアス。
叔父が僕の父を殺した日、当主の息子になった次期西部総督様である。
暑いのか、胸元も開けっぴろげ。
さっきから、広間の女性陣からチラチラ意味深な視線を送られている。
今日は僕の、十六回目の命名日。
この世界で言うところの誕生日に相当する記念日で、見ての通り、祝宴の最中だ。
参加者数は驚いたことに、百人以上。
いくら大貴族の一員とはいて、普通の命名日だったらここまで派手に祝いの席は設けない。
というコトはつまり?
(おお、今日はなんと僕の成人を祝う命名日でもあるんだね)
もっとも、エヴァンドル曰く白けたツラをしている僕には、そのご推察の通りちっとも嬉しいなんて気持ちは湧いて来ていない。
あ、勘違いしないでもらいたいんだけど、別に父を殺されたからじゃないよ?
西部総督の座を継承できなくなったコトも、どうでもいい。
なにせ知っていたからね。
最初から筋書き通りで、この世で起こる諸事は天上の神の思し召すところ。
僕は淡々と今の立場を受け入れている。
叔父一家との仲も基本的には悪くない。
ただ、ときどき、やっぱり思ってしまう……
(コイツらって、どうしてこう
ってね。
いや、正確には悪役じゃなくて悪人、か。
というのも、現在、僕の目の前で行われているのは宴は宴でも、少々正視するに堪えない類の宴だからだ。
「ああっ! いい! いいわ! 突いて騎士様!」
「果てたいの? いいのよ、好きな時に果てても!」
「ただし、お代は一回につきもらうわ……!」
娼婦の、声。
安っぽい嬌声混じりのそれは、大多数の男たちに寄ってたかって相手を求められている彼女たちのもの。
そのうちの一人は、ちょうど今日、僕が初めて恋をしたコトになっている赤毛の……なんという名前だったっけ?
とにかく、赤毛の娼婦だ。
彼女の姿形が、ダイアニーシアス家に仕える大勢の腕っぷし自慢に囲まれて、僕が座る席からは見えなくなったのも今や懐かしい。
むくつけき男たちの露出された下半身と、飛び出る精液。
下段の床には、たとえ綺麗に拭き掃除された後だとしても、しばらくは足を下ろしたくない。
どうしてこんなものが、命名日の宴に? と疑問に思う者も無論のこと大勢いるだろう。
その答えは、ちょうどエヴァンドルが言ってくれる。
「……まぁ、悪く思わないでくれよ。これも父上なりの愛情表現ってヤツだ」
「ええ、分かってますよ? ですから、最高だと言ったじゃありませんか。見事なサプライズでした」
「あー……そうか? けど一応言っておくと、俺は反対したんだぜ? ダンタリアス・ダイアニーシアスの、初恋から童貞卒業まで一日で達成パーティの開催なんてのはな?」
「それ、叔父上が本当にそう言ったんです?」
「いや、今のは俺が名付けた」
「……」
酒のせいで、胡乱な言葉を吐いているだけだと処理しておこう。
つまり、現西部総督であらせられる叔父は、今日こういうサプライズを思いついた。
成人を迎えた甥を祝うため、その童貞を捨てさせてやろう。
しかし、童貞をただ卒業させるだけではつまらない。
どうせだったら劇的に、純な少年の心にいっそ奇跡だとすら思えるくらいの恋をさせてやるのだ。
そうして朝方から始まったのが、叔父プロデュースの上での『ダンタリアス・ダイアニーシアスの、初恋から童貞卒業まで一日で達成パーティ』開催。
まず、ここにいるエヴァンドルがテキトーな理由をつけて、僕を城下に連れ出す。
連れ出された先で、少し薄暗い路地裏の前を通ると、そこからゴロツキに追われた可憐な女性が現れる。
赤毛の女性は美人で、いかにも困っている様子で、わざとらしく僕の前で転ぶ。
そしてこちらの服の裾を掴んで、叫ぶのだ。「助けてください!」
突然の事態に目を丸くしてまごつく僕。
だがここで、エヴァンドルが勇敢にもゴロツキたちに立ち向かい、「オマエはその子を連れて逃げろ!」と大声を出す。
慌てた僕は言われた通りに女性を支え、一緒に走り、いい加減そろそろ撒いただろうというタイミングで、休める場所を探した。
身を隠して、落ち着ける場所を。
で、そこから始まるのが見事までの叔父上劇場。
僕と二人きりになった途端、女性は「ありがとうございます。怖かった。なんて勇敢なの」とかなんとか言って、すっかり潤んだ瞳で僕に抱きつくワケだ。
純な少年である僕は、初めて魅力的な異性に男として頼られている事実に舞い上がり、ドキドキと初恋の鐘を鳴らす。
しかも、女性はそのまま僕を物陰に押し倒し、「お礼をさせて」などと童貞まで奪おうとする都合の良さ。
尻軽すぎると思うが、純な少年を騙くらかすくらいなら、このくらいのアホな脚本でいい。
それから、コトをし終えた僕は、さらに女性が手放しがたくなっているので、家名を明かして正式な保護を主張し出す。
が、いざ城に一緒に戻ってくると、そこでは得意満面な笑みを浮かべた叔父が待っていて、種明かし。
女性の正体も金で雇われた娼婦だと判明し、その証明として、広間で大人数でのパーティが行われる。
幼気なダンタリアス少年は傷つき、この野蛮で残酷な戦記世界で、晴れて擦れた大人の仲間入りを果たすというワケだ。
(あらかじめ、すべて分かってたけどね)
だから、実際には細部が異なる。
僕は初恋になんか落ちてないし、童貞も卒業していない。
赤毛の彼女には、二人きりになったタイミングで演技を見抜いたことを告げて、金貨を渡すことで口裏合わせをしてもらった。
せっかくの叔父や従兄のサプライズを台無しにしたくはない、とか言って。
あとはほら。
叔父の前で、僕がそれっぽく傷ついた演技をすれば後は問題なし。
西部総督様は忙しいので、早々に執務室に戻っている。
今夜の僕は、こうして宴席の壇上でしばらく時間を潰しながら、お開きになるのを待つだけだ。
僕が黙っていると、エヴァンドルが気まずい顔になって「ま、あれだ」と再び肩へ触れてきた。
「何はともあれ、命名日おめでとう」
「ええ。ありがとうございます、エヴァンドル。そろそろあちらのご婦人方と、話をしてきては?」
「なに?」
「彼女たち、ずっとエヴァンドルを見てますよ」
「そうか……じゃあ、行ってくるかなっ!」
従兄殿は酒を呷り、新たな酒杯を求めて広間の中心付近に戻っていく。
陰湿な嫌がらせに加担した罪悪感。
そこから逃げるように背を向けつつ、チラリと途中で僕へ振り返ってしまう。
彼には少なからず、冷酷な叔父と違って温かな心があるので嫌いではない。
ただ、悩みは多いだろうなと同情はする。
エヴァンドルは僕と違って、あの叔父の実の息子だ。
しかも長男で、きっと僕以上に叔父を恐ろしいと考えている。
悪役一族の一員に生まれ変わって思うのは、そうした真実に改めて気がつける機会が予想以上に多いことだ。
僕はダンタリアス・ダイアニーシアス。
悪役貴族に転生した。