神秘が絶えた(?)殺伐硬派な戦記ファンタジー世界で悪役貴族に転生したけど僕だけ人外が視える 作:所羅門ヒトリモン
そうそう。僕がもう狂ってるって話はしたっけ?
こうして頭のなかで、誰かに向かって話しかけてるみたいにモノローグを続けてるのは、実は僕の頭がもうとっくにおかしくなってるからなんだ。
その証拠に、今の僕には他人には見えないモノが
前世でも最期に悟ってしまったけど。
僕の脳には得体の知れない高次元領域? とのリンクがあるようで。
その影響なのか、記憶も連続している。
出来れば全部忘れて、まっさらな状態で生まれ変わるほうがありがたかったのに。
おかげで、僕は自分が頭のおかしい人間なのだと自認したまま、普通を装って生きるハメになってしまった。
暴王の圧政のせいで、この時代、おかしなモノを見たとか口に出したら酷い目に遭いかねない。
どうやら僕は、
もしかしたら、大陸で唯一の能力かもしれない。
FAIでは、人外をハッキリと視認できる人間はいないんだ。
扱いとしては、オバケとかホラーチックな扱い。
ふとした拍子に視えてしまうコトはあっても、日常的にずっと視えるなんて人間はレストロヴァンでもありえなかった。
なので、僕の眼には余計にこの世界が地獄めいて映っている。
怨みを買ってる人間ほど、なんか黒っぽいドロドロした怨念? みたいなのに付き纏われてたりするし。
井戸の底を覗いてみたら、手招きする異形の手とか、他人には視えない大量の髪の毛が浮いてたり。
森で狩りなんかしたら、奥のほうで茨を纏った鹿らしきモノを見かけたりする。
怖いよね?
だから僕も、大抵は気づかなかったフリをしてやり過ごすんだけど。
西暦2020年代の高度に発展した文明社会を知ってるから、不便な生活と治安の悪さにストレスが多くて。
ただでさえ落ち着かないもんだから、なかなかグッスリとは寝付けない日々が続いている。
眼の下のクマ。
知ってる?
貴族の仕事って、領内の裁判とかも含まれているんだ。
法や掟を破った者には、裁きを与える。
僕も
アレはすごい光景だった。
凄惨な仕事というのももちろんあるけど、首斬り役人の足元にしがみつくドロドロや、地べたに転がった首にキャッキャッと群がる小鬼がいて。
あの場にはエヴァンドルもいたけど、歳上の従兄殿より僕のほうが、よっぽど酷い光景を目の当たりにしたのは間違いない。
どういうワケだか、周囲には誤解されてたけどね。
「ダン様はご立派ですな……眉ひとつ動かさないとは」
「若殿もしっかりなさってください。そのように顔を青ざめさせて、情けない」
「ウッ、ゔぉぇぇッ!」
「しかも、吐くとは……」
と、護衛役や世話役のオジサンたちに囲まれて、やれ覚悟が出来ているだとか、やれ度胸が素晴らしいだとか。
まだ僕が十歳で、エヴァンドルが十六歳。
どちらかといえば、マトモなのはエヴァンドルのほうだったのに、イカれた世界では僕のほうが褒められてしまった。
思えば、その頃からかな?
叔父が僕を貶め、エヴァンドルの地位を盤石なものにしようと画策し始めたのは。
陰険な嫌がらせもその一環。
──さて、今日は叔父に呼び出されている。
重厚な樫扉をノックし、「ダンタリアスです」と告げると、内側から西部総督の執務室が開かれた。
父がその座にいた頃は、西部総督の執務室と言えばとにかく華美で、豪奢な調度品で溢れていたものだったけど。
叔父は無駄な飾りはすべて取っ払い、機能的で実益に適ったインテリアで統一していた。
すなわち、来るものに威圧感を与えて、無意識下で萎縮させてしまうような厚みのある部屋だ。
「来たか」
「お呼びとうかがいましたので」
目線をこちらに向けるコトもなく、叔父──ヴァルドリック・ダイアニーシアスは執務机の書類に集中している。
書類はたくさん積み上げられていて、封蝋のされた手紙も何枚もあった。
僕は一歩だけ、扉から離れて足を止める。
間違っても、机の上の紙束から情報を読み取らないように。
未来について知っているコトがあっても、その裏側で蠢く陰謀にまで記憶のリソースを割きたくない。
それに、下手に近づいて叔父に疑いの目を向けられる隙を見せれば、明日には城門コースだ。
「相変わらず、賢いな」
「……は? 何がでしょうか?」
「よい。昨夜は楽しめたか?」
「はい。とても有意義でした」
「有意義か。学ぶところは多かったか?」
「ええ。叔父上のお計らいには、感謝しております」
「感謝と来たか。有意義に続き、感謝……フン」
鼻を鳴らし、叔父が手元の書類から目を離した。
眼鏡を外し、ようやく僕の顔を見る。
「オマエを見ていると、ほんとうにあの兄の子なのか疑いたくなる」
「……と、おっしゃいますと?」
「兄は愚かだった。愚かな豚だった」
「……」
「その種から、よもやオマエのような一族が誕生するとは、分からないものだ」
「叔父上のお眼鏡に適っている、と自惚れてよいのでしょうか?」
「それだ。その口振り」
「……」
「昨日の今日で、私に恨み言のひとつでもぶつけたくて、ハラワタはさぞ煮えくり返っているだろうにな」
ダンタリアス・ダイアニーシアスは、殊勝な態度で慇懃に頭を下げさえする。
言外に、大した役者だと称賛しながら、叔父は薄く溜め息を吐いた。
「息子にも、オマエほどの強さがあればな」
「失礼ながら、エヴァンドルは僕よりよっぽど強い男ですよ」
「剣の腕に秀でているからか? たしかに、アレの剣に比べればオマエの剣など比べようもない」
「ええ」
事実なので、肯定する。
自衛のため、僕も多少は剣術稽古などの戦闘訓練を積ませてもらっているが、武人としての才能は並。
もしくは並以下でしかない。
エヴァンドルは優秀な剣士で、成人してから幾つか武功も挙げている。ああ、だからなのか。
今日、呼び出された理由が分かった。
叔父は書類の山から、一枚の羊皮紙を摘み、こちらの足元に放り投げる。
「これは?」
「拾え。そして読め。オマエも晴れて成人したからには、一族の男として責務を全うしろ」
「……」
羊皮氏は嘆願状だった。
西部総督直轄領内で、村々を襲い略奪を働いている盗賊団がいる。
逃げ延びた村人の生き残りが、ダイアニーシアス家に助けを求めて城までやって来た。
叔父の命令は極めて明快だ。
「なるほど。つまり、初陣」
「賊の頭数は二十に満たんそうだ。盗賊団というには少ないが、大袈裟に訴えたほうが素早く対応してもらえると考えたのだろう」
「では、その目論見は成功ですね」
「さて、どうだろうか」
叔父は椅子に深く背中を預けて、座上のまま見下ろすように僕を見つめる。
「オマエが失敗すれば、哀れな村人の訴えは届かなかったのと同じだ」
「ですが、我が家の領内で罪を犯した者を、叔父上は決して許されないはず」
「ああ。だから、手勢は二十つけてやる。失敗は許さん」
重苦しく、厳しい声での申し渡し。
賊と戦い、負けても死。
賊を捕らえ、討伐できなくても敗責の咎で死。
叔父の全身には、へばりつくように蠢く大量のドロドロ。
(これで逆らえって?)
うん。とても楽しい初陣になりそうだよね。