神秘が絶えた(?)殺伐硬派な戦記ファンタジー世界で悪役貴族に転生したけど僕だけ人外が視える 作:所羅門ヒトリモン
西部総督領はとても広い。
大陸全体の地図上だと、内陸と海岸をつなぐ広大な丘陵地と農業地帯を擁している。
特徴は以下の通り。
・葡萄畑と金鉱、交易路の要衝として経済力を誇る。
・文化・教養・多様な知識が残る貴族文化圏。
・平野と緩やかな丘陵に都市と農村が共存。
・南西に広がる港湾都市群とも結びつき、軍需物資の自給も可能。
戦略的価値を一言で表現すると、物資と金を握るまさしく『豊穣の地』
そんな大陸西部を統治するダイアニーシアス家は、昔から非常に富んでいる。
肥沃な自然から恵を享受し、各種産業でも潤い、時代によっては王家の懐よりも金を溜め込んでいると囁かれた。
父の時代。
ダイアニーシアス家の本拠地は、西部総督領のなかで最も景勝地とされたヘイルガーデンにあった。
なだらかな丘と葡萄畑に囲まれた美形地帯で、無類の葡萄酒好きでもあった父はそこに本城を置いていた。
城の名は、
名称の意味は、緑の聖域。
父が愛した、華やかで威厳のある城だ。
金箔の天蓋と美しい葡萄棚の庭園があり、訪れた者たちからは“黄金の季節城”とも呼ばれていた。
西部の肥沃さと豊穣さを象徴するような城だったからだろう。
僕も幼い頃はそこで暮らしていた。
だがそれだけだ。
景勝地、別荘。
美観を愛でる分には優れた城だったが、あそこは戦略的な守りには向いていなかった。
現在は叔父によって半ば捨てられ、ダイアニーシアス家に仕える小貴族に管理が任されている。
だがほとんど放置状態で、庭園は荒れ、壁には蔦が絡む有様だと、いつだったか風の噂で耳にした。
管理と維持に金がかかるばかりで、実益の薄い城には、この時代、誰も好んで手を回したりはしない。
先のクーデター戦争で、どこもまだ戦時の記憶が強く残っているのと、不穏な情勢に不要な支出を避けている。
長年続いた王朝を滅ぼしてしまい、歴史を知る名家の権力者たちはもしかすると、無意識のうちで大陸の不安と動揺を察知しているのかもしれなかった。
──この動乱は、まだ続くと。
それはさておき。
僕の初陣は、どうやらヘイルガーデン南西の端っこにある小さな灌漑農村。
ミアグレンという村でになるらしい。
通称、水喰い村。
「水喰い村?」
「はい。村人から聞き出したところ、ミアグレンは付近の小川や地下水から水を引いて、昔から細々と生計を立てていたようです」
「灌漑農村なら、そうだろうね」
「水喰いというのは、恐らくそれが由縁でしょう」
「村人が、そう言ってた?」
「あ、いえ。今のは私の推測で」
叔父から貸し与えられた騎士のひとりが、「必要なら今から聞き出してきましょうか」と尋ねる。
僕は首を振り、必要ないと答えた。
「もう馬の準備も済むし、ぐだぐだやってると叔父上に臆病風に吹かれているって思われかねない」
「ご安心を。ダン様の安全は、我らがお守りします」
「我ら金マント、ダイアニーシアス家の騎士として、主君の家系に血は流させません」
リーダーらしき老騎士と、その副官らしき経験豊富そうな壮年騎士が、安心させるように微笑む。
すると、他十八名の若い騎士たちもまた、同じように「ええ」「そうです」「我々がお守りします」と声を発した。
べつに本気で臆病風に吹かれていたワケじゃないのだが、どうやら少なからず緊張していると受け取られてしまったようだ。
まぁ、当たり前か。
初陣を迎える貴族の少年。
普通、この手の状況で緊張していないほうが頭がおかしい。
つまり僕が異常だ。
でも、騎士たちには僕が、どうして落ち着いているのか分からないだろうし、仕方がないね。
(意外と、腕利きをつけてくれた)
騎士二十人。
全員、
死者の怨念が、叔父ほどではないにしてもドロドロドロドロ。
しかし、それも当然か。
西部総督ダイアニーシアス家に仕える金マント。
金糸で編まれた外套なんて、目立つばかりでアホらしいが。
戦場で目立つコトこそ、我が家の騎士たちは誉としている。
敵の注意を多く引き、ひとりでも多くの敵を斃した者こそ戦の英雄。
そんな理屈で、金色のマントをはためかせているのだ。
僕には頼もしい笑顔を向けてくれるが、敵には容赦のない人殺しどもである。
これからミアグレン村まで、少なくとも十日は一緒だ。
狂っていて本当に良かった。
僕が狂人じゃなかったら、きっととても耐えられなかっただろう。
ちなみに何人かは一昨日の祝宴で、娼婦たちと楽しくやっていた騎士だ。
素晴らしい。
あの溢れんばかりの男性ホルモンを活かして、是非とも敵をめったうちにして欲しい。
僕はなるべくなら自分の手を汚したくない。
だって手を汚したら、僕もこんなふうにドロドロに付き纏われる。
寝ても覚めてもずっと、ベタベタベタベタ。
ま、いまさら四の五の言ったところで、これから初陣だからどうしようもないんですけどね。
「ダンタリアス!」
「ん?」
金マントの騎士に乗馬後の装備点検を手伝われていると、城から女性の声がした。
首だけで振り返ると、従姉様が駆け寄ってくるところだった。
騎士たちが空気を読んで、あるいは恐れをなして、軽く頭を下げながら離れていく。
「サー・ローデリック。ごめんなさい、少しだけいい?」
「レディ・マリセア。とんでもございません……!」
「ありがとう」
老騎士に感謝を告げて、金髪の美人は馬上の僕を睨む。
エヴァンドルの姉であり、叔父の長女。
マリセア・ダイアニーシアスは、我が家で今も生きながらえている紅一点だ。
普段は王都の宮殿で、他の令嬢とバチバチやり合ってる。
俗に言う、悪役令嬢。
武人気質の強い従兄殿に比べると、叔父の政治能力を受け継いでいるのは、どちらかといえばこちらの従姉様になる。
要するに、冷酷な一面がある。いや、嗜虐的と言ったほうが適切か。
「初陣だと言うのに、挨拶もせずに出発する気?」
「ンンッ!」
太ももの内側をめちゃくちゃ強くつねられた。
周囲からは分からないように、それとなく体の向きを変えて。
ドレスの袖やスカートの膨らみを利用し、ギュゥ、と容赦が無い。
「痛いのですが……マリセア」
「痛くしているのだから当たり前でしょう?」
「では、愚かな僕のために、乙女の加護を望んでも……?」
「いいでしょう。私がまだ乙女だと思っているのなら、加護もあると思うわ」
「……」
顔を傾けると、頬に口付けを受ける。
「剣にはしなくていいかしら?」
「油が塗ってあるので、嫌なのでしょう?」
「そうよ」
マリセアは済ました顔で頷く。
ドライだ。
そしてサドだ。
僕の太ももはまだつねられている。
これでは加護など、あろうはずもない。
だが、呻きたくなるのを必死に堪える。
マリセアもまた、エヴァンドルと同じ。
善人か悪人かで言えば、後者と言わざるを得ない人間だが。
それでも、身内がこれから初陣に赴くと知って、見送りに来てくれるくらいには情も通っている。
「ふん。よく耐えたわね。エヴァンでも泣くのに」
「愛の鞭だと言い聞かせました」
「あっそ。じゃあ、帰ってきたらもう一回やってあげるわ」
「……なぜ?」
「愛情を感じたんでしょう? このドM」
「……乙女の加護、たしかに受け取りましたよ」
貞淑な貴婦人からは、絶対に出てこないフレーズを聞かなかったコトにして。
僕は騎士たちに目配せを送り、合図を出す。
「ちょっと。もう行くつもり?」
「このままだと、僕の太もも肉はマリセアに千切られてしまいそうなので」
「……くだらない盗賊退治なんか、さっさと片付けて来なさい。そのうち、オマエも王都に行くんだから」
「ええ、分かってますよ」
馬の腹を蹴って、城門に進む。
護衛であり部下でもある騎士たちに囲まれ、そのまま縛り首の死体の下を潜り抜けていく。
念のため振り返ると、マリセアはまだ僕を見送っていた。
軽く手を振り、ついでに城も見ておく。
ダイアニーシアス家の現本城。
城の名は、
名称の意味は、角のごとき断崖。
ヘイルガーデン北東の、高地の岩山を切り崩して築かれた堅牢な戦略要塞。
見晴らしと防衛性に優れ、東の峡谷を塞ぐように築かれたこの磐城は。
叔父が父を殺して
西側山中には金鉱地帯もあり、貴族らしい気品には欠けているが、実利と軍事性では優れている。
如何にも叔父らしい選択。
ただ、かつてもいまも、変わらないものがひとつだけある。
それは旗だ。ダイアニーシアス家の印が縫われた垂れ幕だ。
深い紫の下地に、金糸の刺繍。
描かれているのは、翼を大きく広げた威厳溢れる獅子──伝説のセラフィオンの姿。
セラフィオンの足元や周囲には、黄金の葡萄の蔦や房を絡ませ、豊穣と富の繁栄を象徴している。
荘厳かつ力強い紋章で、この旗印が掲げられるとき、ダイアニーシアス家の格式や権威、支配力は端的に示される。
ダイアニーシアス家の格言は、「黄金は豊穣の証」。
豊かな実りこそが、家の力と繁栄の象徴であることを表す。
そしてもうひとつ。
「ダイアニーシアスは、常に備えを怠らぬ」。
その富と豊かな土地を守り抜いて来れたのは、我が家が用意周到で抜かりなく、先を見据えた行動を重視して行動を重ねて来たから。
いまや僕も、そのダイアニーシアスである以上、中途半端なことは許されない。
秋の風を背中に受けて、初陣に臨む。