神秘が絶えた(?)殺伐硬派な戦記ファンタジー世界で悪役貴族に転生したけど僕だけ人外が視える 作:所羅門ヒトリモン
水喰い村、ミアグレンまでの道中。
ヘイルガーデンは広いので、馬で移動する時間は長い。
前方に八、左右に四、後方に八。
騎士たちは僕を真ん中にして、慣れた様子で護衛をこなす。
金マントをたなびかせ、深い紫に黄金の刺繍の旗も掲げ。
どこから見ても、完全にダイアニーシアス家のお通りである。
「……」
カポカポ、カポカポ。
蹄が鳴る行進。
ミアグレン村までは、まだ遠い。
そのため、通りすがりの農民や木こり、猟師などの領民たちに姿を見られても、馬で移動している僕らの情報が。
SNSばりの速度で先に目的地まで辿り着くなんて話は無いけれど。
どうしたものかな、と僕は考える。
我が家の騎士たちは、経験豊富。
黒いドロドロのお墨付きもある。
だから、今回の初陣、基本的には彼らの立てた作戦に従って成功を掴むべきだろう。僕もできればそうしたい。
いくら我が家に忠誠を誓った騎士だからといって、人の心はそう簡単には縛れない。
ここで僕のような小僧が出しゃばって、何か偉そうなコトを吐かしても、内心で少なからず反感を買うだけだ。内心だけで済ましてくれれば、まだいいけれど。
──殺しもまだのガキが、生意気な。
──気に入らねぇから殺すか。
てな感じで。
個人個人で程度の差はあるにしても、この世界じゃ基本的に、誰もが裏切りの刃を振るい得る。
些細な反感であっても、倫理観と道徳が欠如した人間ばかり歩き回っているのだから(特に職業戦士)、言動には注意したい。
人生の選択肢のなかに、殺人が普通に入ってくるのがFAI世界の多数派。
ネームドキャラクターがモブに殺される展開も、たくさんあった。
そんなワケだから、
たかが盗賊退治、何を慎重になる必要があるかと反論されてしまうだろうし。
金マントを身に纏って戦うのは、ダイアニーシアス家の騎士にとって栄誉と誇りだ。
この行軍は僕の初陣を華々しく飾るためのものでもあるし、金マントと旗があるから、領民にもアピールができる。
口づてに広まる噂。
目立つ格好も、敵に接近を察知されるリスク&デメリットばかりがあるワケじゃない。
初陣に成功すれば、僕の噂ははじめは些細なものでも、次第に良い感じに王国中へ広がっていくだろうし。
やがては、叔父のように。
叔父を見ていると、つくづく思い知らされる。
自分にとって望ましい評判を作っていくのは、極めてメリットが大きい。
じきに日暮れだ。
夜になる前に野営の設営作業に入るだろうけど、それまでちょうどいい。
ここで僕の、『行動目的』ってやつを脳内表明しておこうかな。
僕の目的は単純だ。
王女様と結婚する。
冷酷な叔父は自分の後継者を、実子であるエヴァンドルにしたい。
だから先日の命名日パーティ然り、前西部総督の息子である僕のことは何かにつけて貶める。今後も続くだろう。
臣下である騎士たちの衆目の前で、幾度となく笑い物にして小馬鹿にする。
そうしていれば、次第に誰もが僕を西部総督の座に相応しいとは考えなくなるし、命を懸けて守るべき主君だとも思わなくなる。
敬意を払わず、恐れも抱かず、忠誠も誓わない。
実際、叔父のそんな目論見はかなり成功している。
たとえば、いまちょうど僕の右側にいる老騎士──ローデリック・ハルドン。
かつてのクーデター戦争では名将として名を馳せ、叔父とともにダイアニーシアス家に多大な貢献を刻んだ名誉ある騎士とされているが。
「ダン様。そろそろ喉がお渇きにはなりませんかな?」
「ありがとう、サー・ローデリック」
「いえいえ」
この通り、一見はこうして水筒を手渡してくれるほど僕を気遣ってくれているように見えるが、
出発前、女であるマリセアには恐れすら滲ませ、レディと敬称をつけていたのに。
僕に対しては、家族でも友人でも無いのに愛称を使用している。ああ、もちろんだけど許可した覚えは無い。
これ、前世の感覚のままでいたら、今でも見過ごしかねなかった。
「ダン様。水より、ワインはどうです?」
「おい、こら。何を言っているんだオマエは」
「いや、なに。サー・ローデリックはお堅い。ダン様も少しくらい酒を入れておいたほうが、緊張も紛れるかと」
「そうですよ。ミアグレンまではまだ、何日もある」
「申し訳ありません、ダン様……」
「構わないよ」
ローデリック以外の騎士たちも同じだ。
本来、コイツらは僕に対して、こんなふうに軽口を叩くべきじゃない。
叔父やエヴァンドル、マリセアに対するのと同様の態度を以って、接するべきだ。
なぜかって?
身分社会だからだ。
舐められたら殺されるんだよ。
無礼打ちって言葉が、何故あると思う?
僕がこの世界でその事実に気がついたのは、少しばかり遅かった。
だから、現状は仕方がない。
叔父の目論見はこっちが幼すぎる頃から始まっていたし、僕も僕で、最初は他人から恐怖されるよりも親しみやすい人間でいようとして振る舞ってしまった。
それはそれでメリットもあったんだけど、これからの僕にはデメリットのほうが大きいだろう。
子どもの内は、子どもだからで理由が通る。
成人したいま、そんな甘えを看過するほど叔父は優しくない。
自分で貶めておいて勝手な理屈だけど、いまの叔父は僕について、切り捨てるのを保留にする程度には判断を悩んでいる。
エヴァンドルの才能は武に偏っていたからだ。
戦場では優れた将軍となるが、それだけでは
狙ったワケではないけれど、叔父はきっと僕の賢さを息子よりは上だと評価している。
その頭脳を、将来はエヴァンドルを支える右腕として使えないものかと考えているんだろう。
ただ、叔父を悩ませているのは、自分が死んだ後のダイアニーシアス家について。
エヴァンドルを西部総督の座に据えれば、息子は必ず政治的に失策を犯す。
最悪の場合、家名が歴史から消される恐れもあるかもしれない(言っては悪いが、たしかにエヴァンドルの政治的能力は低い設定だった)。
叔父にとって、自分の息子を西部総督にするのと家名を存続させるコトは、どちらも重要。
しかし、僕を生かしておけば不安も残る。
父親を殺された恨みから、僕がエヴァンドルを殺して家督を奪い返しに来る可能性を捨て切れない。
かと言って、僕を殺せば家名の存続に不安が残る。
おもしろいのは、叔父の懊悩には女であるマリセアの存在がストンと抜け落ちている点だ。
僕になんか頼らずとも、自分の子どもであるエヴァンドルとマリセアふたりに後を任せてしまえば、叔父の杞憂は綺麗に解消されるというのに。
女であるっていう一点だけで、叔父にはマリセアの使い道が王家との婚姻くらいしか思いつかない。
(っと……)
いけないいけない。
いつの間にか、思考が少し逸れちゃったね。
僕の目的が、それでどうして王女様との結婚になるのかだけど。
答えはとてもシンプルだ。
人外が視える僕は、人外に遭いやすい。
レストロヴァンの血には魔法が宿る。
そして将来的に、前王朝の血筋こそが神秘蠢く大陸で人々に平和をもたらす重大なピースだと知っているんだから、王女様を手元に置いておきたいと考えるのは当然でしかないよね。
僕が好きだったマンガに、こんなセリフがある。
人間は安心のために生きる。
問題は、王女様の覚醒後。
それまで僕が、果たして無事に生きていられるのか?
冷酷な叔父に絶えず貶められ続け、自分を守る両親もいない。
いとこたちは叔父に従い、後ろ盾になってくれるような臣下も無し。
そんな状況で功を焦れば、原作のような末路を迎えてしまうのも然もありなん。
だいたい若すぎるし、異性との関わり方も家庭環境のせいでトラウマを刻まれて歪んでしまっていたし。
叔父一家のように冷酷に、酷薄に、悪どく振舞えば認めてもらえるだろうと、どんどん闇堕ち街道まっしぐら。
(運命は皮肉なもので)
僕は狂ってしまっているから、叔父の行為にも他のどんな悪意に対しても、「あ、今日も天上の主はお元気そうで」くらいの感想だ。
神ならざる僕に代わり、真の神である高次存在が書きしたためた筋書き。
僕はその隙間を縫う。
行間と余白の陰。
転生してからずっと、絶望から目を逸らしたくて。
未知は無いかと必死に目を凝らし続けたせいで、皮肉なコトに気がついてしまった。
まるで蜘蛛の糸。
悪人のなかに宿る小さな善性。
セリフからは覗き得ない玄妙な心情の揺らぎ。
ただの三点リーダが表していたはずの沈黙に潜む奥深い感情のニュアンス。
愛されていなくても構わない。
悔しいけれど、僕はそれでもこの
そしてもっと知りたいと願っている。
僕が知った気になっていた彼ら彼女らを、もっと芯の部分まで理解して寄り添いたい。
だったらどうする?
(戦功を挙げるしかないでしょ)
ダイアニーシアスは常に備えを怠らない、を実践する。
まだ物語は始まってもないから、一年後までは何としてでも。
「ダン様。ではこちら、ワインです」
「ありがとう。でも、僕は飲まないよ。オマエたちは飲んでもいいけど」
「え?」
「実は酒を飲むと、僕は感覚が鋭くなりすぎてね」
「……は?」
「普通は、感覚が鈍るって言いませんか?」
「うん。だから、僕は普通じゃない」
応答に、騎士たちは顔を見合わせ言葉の意味を考え込む。
が、結局なにを言ってるのか、よく分からなかったのだろう。
緊張ゆえの変な妄言だとでも思ったのか、「酒、やっぱり飲んだほうがいいんじゃねぇですか?」と、若い騎士が呟いた。
肩を竦めて、呟き返す。
「いや、そろそろ日暮れだ」