神秘が絶えた(?)殺伐硬派な戦記ファンタジー世界で悪役貴族に転生したけど僕だけ人外が視える 作:所羅門ヒトリモン
──では、その後の顛末をざっと語ろう。
結論から言うと、僕の初陣は成功した。
「それで? 二百人の賊をどうやって始末した?」
「簡単ですよ、叔父上」
二十日後ぶりに足を踏み入れても、内装はいつもと変わり映えしない。
僕は西部総督閣下からの質問に、淡々と答えた。
「幸いにも、第三の補給線はすぐに見つかりましたから」
「想定外の事態に対し、即興で考えついた作戦がうまくいったと? だが、賊も馬鹿ではあるまい」
「ええ。ですので、もうひと捻り加えました」
報告を聞く叔父は、無言のまま「聞かせろ」と視線で続きをうながす。
いや、視線だけというのは語弊があるかな。
ヴァルドリック・ダイアニーシアスの全身からは、親族であろうとも恭順を示したくなるほどの
大物感と言い換えてもいい。
(この大物感が)
叔父を現在の地位にまで押し上げた最大の由縁とすら言える。
叔父は言葉を使わずとも、ふとした身振り手振りだけで、周囲の者に自身の機嫌を窺わせるプロなのだ。
それは凄味であり、品位であり、つまるところは格。
なんて──差なのか。
狂人でなければ、絶対に気圧されていただろうね。
「作戦がうまく行ったのは、最初の五日間だけでした」
「……」
「三番目の補給線は大昔に使われていたらしい古びた用水路だったんですが、そこから引かれていた水の流れに細工をして、まずは順調に賊を誘い出します」
「それは分かっている。ひと捻りとは何だ?」
「殺した死体を、流したんです」
「……なに?」
「ああ、すみません。流したというのは正確ではないかもしれませんね」
「……」
「より正しくは、五日間かけてじわじわと殺した賊の死体を、用水路の溝にぎゅうぎゅう詰め込んだんです」
初日の賊は二人だった。
二日目の賊は五人。
三日目の賊はさらに数を増して十人。
四日目は警戒を強めたのか、十五人にまで数を増やして。
五日目の賊はとうとう十八人が誘い出された。
合計すると、五十人。
こっちの数は僕を入れても二十一人しかいなかったのだから、五日目ですでに倍以上の戦力差を埋めたコトになる。
と言っても、さすがに五十人で限界だ。
五日目の十八人を相手するのは、僕でもちょっとヒヤヒヤした。
けれど、
「叔父上のおっしゃる通り、賊も少しは頭が回るようでしたからね」
「当然だな。どれだけ頭の鈍い愚か者であろうと、四分の一も仲間がいなくなれば、本気になってオマエたちを探したはず」
「はい、まさにその通りで。だからこそ、六日目にさっきの
賊の死体は、あらかじめ細切れに刻んでおいた。
騎士たちには表立って戦ってもらっていたので、死体をバラバラにしたのは僕の仕事だ。
気持ちのいい役割ではなかったけれど、騎士たちに任せるワケにもいかなかった。
「時に叔父上。叔父上はミアグレンが、水喰い村と呼ばれていたのをご存知でしたか?」
「いや、知らんな。灌漑農村ゆえの通り名か」
「ええ。まあ、最近ではそのように考える者が主流だったようなのですが、昔は別の意味もあったそうで」
「別の、意味」
「もしかすると、叔父上にはに面白い話ではないかもしれません」
「構わん。話せ」
「……では、端的に申し上げますと」
ミアグレン村には昔、水の精霊の伝説があった。
古い土地にはありがちな、年寄りが子どもに語って聞かせる昔話の一種。
「その昔、ミアグレンが灌漑農村になる前、あのあたりの川はもっと大きかったそうで」
「フン。くだらない……精霊が棲んでいたとでも?」
「まぁ、地方の農民の迷信だと僕も思いますよ? ですが、あそこでは昔から
川から水を引き、用水路を作るために土を掘り。
自然を荒らして暮らしを便利にしようとした開拓時代。
ミアグレンでは水の精霊の祟りが起こり、川辺に近づいた者が何度も溺れ死ぬ事故が起きたらしい。
以来、ミアグレンでは水の精霊の怒りを買わぬよう、自然に対して敬意と節度を持って細々と暮らして来た。
そうするコトで、事故は起きなくなっていったからだ。
「どこでそのような話を聞いた?」
「出発してから、ミアグレンに着くまでの道中で聴き込みを」
「農民たちから話を聞き出したというのか?」
「皆、いまだに暴王を恐れて、貴族である僕にすんなりとは教えてくれませんでしたがね」
そこは金の力と、無邪気なボンボンを装って、同じ旅籠に泊まっていた客から運よく情報を入手した──と、ここは説明しておくが。
実際には水の精霊ご本人から直接、過去の経緯などをお聞きしている。
(意思疎通がハッキリできるタイプの人外は、初めてだったな)
性別の概念があるのかは分からないが、便宜上、彼と表現しておこう。
盗賊たちの所業。
水に毒を投げ入れ、村人たちを虐殺した罪。
どちらかというと、水を汚されたコトのほうにお怒りは深かったようだけども。
「奇しくも、賊どもは同じようなやり方で、村人の死体を捨てていたみたいだったので」
「……精霊の祟りを、演出したというのか?」
「まぁ、そんなところです」
半分本当で半分嘘。
実際には、五十人のバラバラ盗賊死体は
彼の姿も声も、僕にしか視えないし聞こえない。
だから、騎士たちの前では演技をしたコトにしている。
「六日目の用水路で、常軌を逸した光景を目撃した賊どもは、一様に恐れを抱いた様子でした」
「だが、水の精霊の祟りなど、賊の頭などは特に信じなかったはずだな」
「ご慧眼の通りで」
盗賊団の頭領は、手下の士気を保つためにも人間の仕業だと叫んだ。
「──近くに必ず、オレたちを討伐しに来やがった領主軍でもいるに違いねぇッ! と、まさしく正解を口にして、そいつは僕らを見事に見つけてみせましたよ」
「ほう?」
「と言っても、僕らから姿を現したんですけどね」
手下を大勢連れて、村の近くを索敵し始めた盗賊の頭領。
そいつはすぐに、川向こうの森にいる僕らを発見した。
「七日目の昼。我が家の金マントと旗は遠くからでも目立ちますから、ヤツらはそれ見たコトかと安堵したのと同時に、こっちの数を確認して、すぐさま復讐の欲求に取り憑かれたみたいでしたね」
「残りは百五十人。そこからどうやって殺した?」
叔父は油断なく僕を問い糺す。
たしかにまだ、ここまでの成り行きじゃ勝算は見えて来ない。
しかし、ほんのちょっとの理由を付け足すだけで、話はガラリと変わる。
「天気が悪かったんです」
「……天気、か」
「幸運にも、六日目の夜から七日目まで、ミアグレンでは雨が降っていました。特に、夜のうちに降った雨はとても激しくて、川の水位はだいぶ上がっていましたね。勢いもそこそこ強かった」
荒れた川の流れを挟んで、僕は言った。
「〝おお、これぞ水の精霊の怒りなり! オマエたちにその川を渡って、こちらを追う勇気があるか? 我らはわずかに二十人! しかしここで逃がせば、必ずや軍を引き連れ戻るであろう!〟」
「……芝居がかった挑発だな」
「分かりやすさ重視でいきました。成果はありましたよ?」
盗賊たちは精霊の祟りなど認めなかった。
そんな迷信、信じるものかと鋼を打ち鳴らした。
お高くとまったお貴族様が、たった二十人程度で偉そうに。
「しかも、さっさと逃げればいいのに、僕はわざと待ってあげましたからね」
「賊どもをか?」
「はい。盗賊たちが川を渡り終えるのを、待ってやったんです」
「なるほど。危険な賭けだな」
「そうでしょうか? 盗賊たちには知識がなく、こちらには知識があったんですよ?」
「知識?」
「昔から、川上の方角で黒雲が見えたら、鉄砲水の予兆だと言うじゃありませんか」
「見えたのか?」
「はい、見えました」
僕の言葉を信じるか疑うか。
どちらにしても、結果はたしかに出ている。
証人は、何を隠そう叔父上の騎士たちだ。
彼らは彼ら自身の目と耳で、僕の作戦が成功した瞬間を一緒に確認した。
傍目には、まさに天運と映っただろう。
僕は水の精霊さえ味方につけて、百五十人の盗賊たちを自然の力で退治した。
そのように見えたはずで、けれど誰にもそれが真実その通りだったとは分からない。
雨が降ったのも、川が荒れたのも、盗賊団が全員川に攫われてしまうくらい激しい鉄砲水が流れ込んだのも。
すべては、人ならざるモノの人智を超越したチカラがゆえ。
僕はただ話を聞き、彼のモノの意にそぐうベく矮小な力を行使しただけ。
水の精霊の祟り。
汚された水に怒る古きモノ。
川馬の怪異は村の水源に棲み、毒された川の浄化を求めた。
代価は盗賊たちの血。
盗賊たちの流血だけが、ミアグレンの水を清められた。
少なくとも、彼が満足する形ではそれしか無かったのだ。
水に引きずり込まれた際の、盗賊たちの苦鳴を覚えている。
必死に岸辺に辿り着こうと泳ぎながら、僕を見上げて沈んでいった百五十人の眼。
(だけど、自業自得だ)
この世界は
僕はその怨みを、正当な権利を持つモノの手で晴らす手伝いをしたに過ぎない。
(斯くして、水喰い村の伝説は今日も続いていく……)
今回の初陣で、僕は一度も狼狽えたり驚いたりした姿を騎士たちに見せなかった。
そして、仕込みも終えた。
川の氾濫や鉄砲水でさえも、想定の内だったとでも言わんばかりに平静を装い続けた。
こうやって同じような戦功を挙げ続ければ、いずれ僕には「ひょっとすると」「ほんとうに……」なんて曰くが付き纏うようになるだろう。
その噂話、評判、人伝に広がっていく嘘のように荒唐無稽な話が、やがては叔父のような凄味を僕にもたらす。
「……話はだいたい分かった。荒削りな部分も目立つが、ダイアニーシアスの名を汚さなかった功績は認めてやろう」
「ありがとうございます」
「初陣を見事飾ったな。すでにオマエの戦勝を祝い、三つほど祝辞も届いているぞ」
「おお、早いですね」
「二つはミアグレン付近の荘園代官どもからだが、喜べ」
「?」
叔父は前回と同じように、執務机から羊皮紙を投げる。
今度は言われる前に拾い、中身を
すると、そこには思ってもいなかった名前が記されていた。
「……」
「
「たしか、あそこはいま……」
「ああ。大した管理はされていない。だが、一応の管理者はいる。モールウッド家だ」
「我が家の旗手のひとつですね」
「あの家には、オマエと同じくらいの年頃の娘がいる」
「……はい?」
「大方、かつての復権でも目指して縁談でも考えているのだろう」
「……それは、また」
モールウッド家は前西部総督派。
つまり、僕の父との距離が近かった小貴族だ。
叔父が父を殺して家督を奪ったことに、最後まで批難をしていた家でもあったはず。
そのため、現在では冷遇され暮らしぶりも質素なものに。
(なるほどね)
経緯も動機も違うだろうけど、こうやって功績を切っ掛けにして、縁が生まれていったんだろうね。
あいにく、僕は権力の奪還にはそこまで興味が無いが。
「どうせなら、自力で権力を築き上げるほうが楽だと思いますがね」
「……フン。血気盛んな若者の言葉だな」
「叔父上だって、そうされたじゃないですか」
「私は奪ったのだ。実の兄からな」
やや語調を強めて、叔父は椅子から立ち上がる。
そのまま後ろを向いて、窓の外の景色──東の峡谷のほうを眺め始めた。
東には王領があり、王領の周りには現王朝ベルグラム家に仕える小貴族たちが領地を守っている。
だが昔から、東の貴族たちは事あるごとに肥沃な西部を狙って来た。
僕は知っている。
叔父が父を殺したのは、あのままでは自分たちの土地を奪われかねなかったからだと。
その時の苦悩を、叔父は決して自らの胸裡から永劫手放さないだろう。
……これもまた、以前は気づかなかった一面だ。
実際に間近で触れて、息遣いの感触を知り得る距離でなければ分からなかった事実だ。
「……」
「……」
しばらく、沈黙が続く。
その間、叔父に付き纏うドロドロはいつもより緩慢だった。
僕は一言。
叔父の背中に言い残す。
「では、またご命令があればいつでも」
「クッ」