ウイッチャーTRPGの小説風リプレイ二作目です。
 設定などはウィッチャーTRPGのものを踏襲しています。
 今回は戦闘とかない話です。

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血と羊水の約束

 星の光もない夜の闇に包まれた貴族の館の一室は、蝋燭の炎が揺らめく中で、息苦しいほどの静寂に満ちていた。

 部屋は重厚な樫の扉で閉ざされ、外の侍女たちの足音さえ、厚い絨毯に吸い込まれて遠い。

 中央に据えられた天蓋付きのベッドでは、一人の若い女が大きな腹を抱えて横たわっていた。

 妊娠の重みが彼女の体を蝕み、かつての可憐な顔立ちを青白く、疲弊させていた。

 切り揃えられた金色の巻き毛が枕に散らばり、薄い寝間着の下で、腹の皮膚が張りつめ、静脈が青く浮かび上がる。

 息づかいは荒く、手が無意識に腹を撫でる仕草が、彼女の絶え間ない不安を物語っていた。

 部屋の中には二人だけ。

 空気は甘酸っぱい汗の匂いと、薬草の微かな香りで満ちていた。

 

 「エレナ様。お待たせしました。夜風があなたの秘密を運び去らぬよう、扉は固く閉ざしましたよ」

 

 女魔術師であるワレリアの声は穏やかで、低く響く。

 彼女の長い亜麻色の髪は複雑に編み込まれ、銀の留め具で留められている。

 洗練された青藍色のローブは、細やかな刺繍で縁取られ、動きに合わせて優雅に揺れる

 ワレリアはベッドサイドの椅子に腰を下ろし、エレナの額にそっと手を当てる。

 その手に握る宝石のついた護符から、微かな魔力がもたらす心地よいピリピリとした痺れが伝わり、この若い妊婦の呼吸を少しだけ落ち着かせる。

 

 「ワレリア……あなたしか、頼れる人がいないの」

 

 エレナは弱々しく呟き、ワレリアの手を握った。

 その手は冷たく、震えていた。

 ワレリアは静かに耳を傾けて続きを待った。

 

 「夫にも、侍女たちにも……あなた以外、誰にも言えないわ。この子を、守ってほしいの。私の……愚かな過ちから」

 

 外では嵐の予感がする強い風が、館の壁を叩いていた。

 

 「過ち、ですか」

 

 エレナの言葉に、微かな微笑で答えるワレリア。

 妊婦を刺激しないよう、思慮深い瞳が、エレナの顔を優しく探る。

 エレナの弱々しいつぶやきは、長い時間をかけて本題に触れた。

 彼女は商人の娘として生まれ、遠くから見かけた日から、ずっと恋焦がれていた貴族の若者と二年前に結ばれた。

 あり得ない話ではない。

 それでも、かなり困難な道のりだっただろう。

 だが、それを成すために、彼女はしてはならない契約を交わしていた。

 

 「〈長腕〉のリズベダ、そう名乗ったわ……」

 

 辻の占い師から教えられた魔女の噂。

 最初は、全く信じてはいなかった。

 しかし、特別優れたところがない、何処にでもいる商人の娘が、ケイドウェンの貴族の妻になるという道のりの困難さに、何かすがるものが欲しかった。

 エレナは、魔女を探し、自分の願いを打ち明けた。

 リズベダは、たったひとつのものと引き換えに、彼女の願いを叶えるという契約を持ち掛けた。

 

 「それから、色々なことがあったの……」

 

 まず、父の商売が、莫大な富を築いた。

 何か品物を仕入れれば、その品が高騰するということが続く。

 同業者の何人かが、父がなんらかの不正しているのではと疑ったが、そんな証拠は何一つ見つからなかった。

 それどころか、逆に父を疑った者の不正が暴かれたり、事故が起きて大怪我などをする始末。

 やがて金貨の山が積み上がり、大量の持参金が、貴族の門をくぐる鍵になった。

 エレナ自身も、変わった。

 赤みがかった茶色の癖っ髪が、徐々に金の巻き毛になった。

 鏡を見るたびに、地味な見た目にうんざりしていたのが、あの日以来、薄皮を剥ぐようにゆっくりと美しく変化していく自分の姿に驚いた。

 見た目の変化は、心にも変化を与えたのかもしれない。

 エレナは以前より明るくなり、よく笑うようになった。

 そんな姿を見初められ、貴族の妻となった。

 エレナの願いは、叶ったのだ。

 

 「最初は幸せだった……でも、やがて後悔するようになったの」

 「魔女との契約の、その代償のことですね」

 

 言い辛そうなエレナの様子を察したワレリアは、そう促した。

 エレナはひとつ頷くと、ようやくのことで打ち明ける。

 

 「私は……今このおなかにいる我が子を、魔女に、リズベダに渡すと約束してしまったの」

 

 エレナの声が湿り気を帯びる。

 若い妊婦の瞳に涙が浮かぶ。

 

 「今、この子が、動くのを感じるたび、心が引き裂かれるの。出産の日が近づくのが、怖くてたまらない」

 

 嗚咽を漏らしながら、エレナは女魔術師に心のうちを晒した。

 

 「同じ女なら、わかるでしょう? 愛する人との間に生まれる子を、奪われたくない気持ちが。まるで、自分の心臓を切り取られるようなものよ」

 

 ワレリアの胸に、鋭い棘が刺さった。

 女魔術師は、魔術を学ぶ過程で、不妊処置を受ける。

 自分の選択に、後悔しているわけではない。

 母性を刺激された、なんて理由でもない。

 ただ、ワレリアに魔法の才能があると知ったとき、まるで化け物を見るかのようにワレリアを恐れ、アレツザの魔法学校に捨てた、貴族の両親を思い出しただけ。

 そんな両親と、いつか得ていたかもしれない子を捨てる決断を下した自分が、何故か重なった。

 

 「心臓を切り取られる、ですか。エレナ様、あなたの詩才は、恋で磨かれたようですね。申し訳ありませんが、私のような『空っぽの器』には理解りかねます」

 

 ようやくワレリアは口を開いた。

 声は平静を装っていたが、動揺はワレリアの顔にはっきりと表れていた。

 幸いなことに、具合の悪い妊婦に気付かれることはなかったが。

 

 「ですが、あなたの痛みは、私のものとして受け止めます。魔女との契約の詳細を、すべてお聞かせください」

 

 エレナはベッドの上で身を起こし、鍵のついた引き出しから、なんの動物の皮をなめして作られたのかわからない紙を取り出した。

 そこには、魔女の筆致で書かれた契約が記されていた。

 ワレリアはそれを広げ、蝋燭の光の下で読み進める。

 文言は古風で、巧みに曖昧さを孕んでいた。

 

 「……『依頼者は、依頼者自身の血と羊水に濡れた生まれたばかりの子を、魔女リズベタに渡すべし』、ですか」

 

 ワレリアの瞳が細まる。

 女魔術師は契約書を指でなぞり、思慮深い視線を巡らせる

 

 「最初に言っておきますが、力づくで契約を破る手段は、おすすめできません」

 

 ワレリアは、このような契約の話を、アレツザの魔法学校で学んでいる。

 過去に、メティナの女王ズィヴェレナは、ノームのラムプレステルトに自分の長男を与える約束をして協力を得、王位につくことができた。

 しかし、後に長男を渡すことを拒んだために、疫病によって長男も女王本人も亡くなった。

 このように、契約を破ることは、全てを失うことに繋がる。

 

 「力でねじ伏せるより、契約の隙を突くのです。曖昧さが、鍵です。」

 

 エレナの目が輝いた。

 

 「それで……どうするの?」

 「考えます、これから」

 

 ワレリアは静かにエレナの手を握り、青藍色の袖で涙を拭った。

 念のため、癒しの魔術をもう一度、この若い妊婦にかける。

 

 「もう夜も更けました。おやすみなさい、エレナ。これから、私が、道を見つけます。あなたの子は、守ってみせます」

 

 一人きりになったワレリアは、館内の自分に与えられていた部屋に戻る。

 灯りをともすと、エレナから預かった魔女との契約書を、じっくりと眺める。

 同じ文言を、何度も読み返しながら、ワレリアはリズベダという魔女の心を考える。

 大事な契約を、曖昧な言葉で綴るのは、きっと面白がっているから。

 本当に契約を果たしたいなら、はっきりと、逃れられない言葉で縛ればいい。

 そうしないのは、エレナへの援助も、その見返りも、魔女にとって大したものではないから。

 それよりも、契約で心を痛めるエレナの姿を面白がっている。

 追い詰められたエレナが、泣きわめき、全てを失う選択肢を選ぶのを、ほくそ笑みながら待っている、そんな印象を受ける。

 

 「【血と羊水に濡れた生まれたばかりの子』、言葉のままに解釈すれば……」

 

 ふと、ワレリアは、何かを思いついて微笑んだが、それは苦いものだった。

 思いついた手が、成功する保証はない。

 この思いつきが、失敗したときのことを考える。

 彼女は宝石のついた護符を握りしめ、魔力を巡らせた。

 護符から青い光が漏れ、部屋の空気を震わせる。

 失敗したそのときは、自分が魔女と契約する。

 そして生まれてくる子を取り戻す。

 その覚悟を、今、固く決めた。

 

 五日が過ぎた。

 貴族の館は、朝から混乱の渦に包まれていた。

 エレナがついに産気づき、半狂乱に陥っていたからだ。

 

 「嫌っ! 嫌よ! まだ、産みたくない! 取らないで! お願い、来ないで!」

 

 彼女の叫び声が、廊下に木霊する。

 ベッドの上で体をよじり、シーツを爪で引き裂き、汗と涙で顔を濡らす。

 侍女たちがうろたえ、互いに顔を見合わせ、若い妊婦に手を差し伸べるが、その手は強く跳ね除けられる。

 出産時の苦しみで暴れる妊婦を知っている、経験豊富な産婆さえ、額に汗を浮かべ、今のエレナに手を出しあぐねる。

 このままでは、おなかの中の子にも、悪影響が出るかもしれない。

 その場にいる全ての者が、母子両方の身を案じていると、

 

 「なんとか、間に合った……」

 

 そこに、エレナが産気づいた聞いて、姿を消していたワレリアが現れた。

 青藍色の衣服が揺れ、編み込まれた亜麻色の髪が静かに流れている。

 小脇に、布で包まれた、小さな動く何かを抱えていた。

 

 「ごめんなさい、エレナ。あともう少しだけ耐えて」

 

 護符をエレナの額に当てて、魔術で少しだけ鎮静させる。

 ワレリアの声は落ち着いていたが、心の中では計算が巡っていた。

 契約の文言を逆手に取る──依頼者であるエレナの、血と羊水で濡れた、生まれたばかりの子。

 

 「これが、エレナが生んだ子だったなら、破棄は不可能だった。けど、もし生まれたばかりの子が、これで済むなら……」

 

 ついに、エレナの体が震え、羊水が溢れ出した。

 破水したのだ。

 温かな液体がベッドを濡らし、そこに血の赤がわずかに混じる。

 ワレリアは、素早く動いた。

 脇に抱えた布の中から、生まれたばかりの子豚を取り出し、その小さな体をエレナの血と羊水に浸す。

 血と羊水でべっとりと濡れた子豚は、弱々しい鳴き声を上げる。

 まるで本物の新生児のように、無垢で、儚い。

 ワレリアはそれを抱き上げ、おそらくこの場を見守っているであろう魔女に向かって、大声で叫んだ。

 

 「リズベタ! 〈長腕〉の魔女よ! 契約の時が来た! この子を受け取れ! エレナの血と羊水に濡れた生まれたばかりの子を!」

 

 部屋の空気が歪み、突如として炎のような楕円形の〈門〉が現れた。

 〈門〉の中から、痩せた体躯と、それに似つかわしくない、床に引きずらんばかりの太くて長大な腕の持ち主が現れた。

 リズベタ──皺だらけの顔に、牙のような笑みを浮かべた魔女。

 彼女の目は猫のように輝き、ぼろぼろのローブから腐った泥のような臭いが漂う。

 

 「面白い小細工だな、娘っ子」

 

 リズベタの声は、枯れ木のように乾き、ざらついていた。

 魔女は子豚に近づき、長い腕を伸ばしてその背を撫でる。

 

 「血と羊水で濡れた、生まれたばかり『子』か。契約の文言は、確かにそう記されておる。人間のガキじゃなくともな。フン、あの女の血と羊水の匂いがするな、受け取ってやろう。ふふ、賢いぞ、魔術師の小娘」

 

 魔女は、ワレリアの手から子豚をひったくり、懐にしまう。

 その間、子豚は全く鳴き声を上げず、大人しく収まった。

 ワレリアは、思わず安堵の息を吐く。

 すると、息を吐いた一瞬の隙に、リズベタは、ワレリアの顔を覗き込んだ。

 魔女の息が、毒々しい霧のようにワレリアの頰を撫でる。

 

 「魔術師の小娘よ、楽しませてもらった礼だ、お前のような小細工の得意な女に、予言を一つ残してやるよ。『子なき母よ、汝が失わなかったものこそ恐れよ。捨てられた娘よ、汝が失うものを恐れよ』、では、さらばだ」

 

 不吉な予言が、部屋に残響し、魔女は〈門〉の中に消えていった。

 そして訪れた一瞬の静寂の後に、力強い泣き声が、部屋中に響いた。

 エレナがベッドで息を荒げ、ようやく本当の我が子──元気な男の子──を産み落としていた。

 侍女たちが歓喜の声を上げ、産婆が慌てて産後の処置を始める。

 ワレリアの役目は終わった。

 侍女たちの邪魔にならないよう、女魔術師が部屋を出ると、エレナの夫でありケイドウェンの貴族である若者が、廊下で待っていた。

 ワレリアが、この栗色の髪の毛の若者が部屋に立ち入ることを固く禁じていたからだ。

 妻が出産を迎える部屋の中で、なぜ騒ぎが起こっていたのか知りたがっていたため、ワレリアは当たり障りのないように答えた。

 魔女が、生まれてくるあなたの息子を攫おうとしていたと。

 しかしそれは防がれ、今後は二度と魔女に襲われることは起きないだろうと。 

 

 「ありがとう、女魔術師殿。君のおかげだ。この館に、しばらく留まってくれないか?」

 

 妻も、元気になったら改めてお礼が言いたいだろうし、と言い続ける貴族の若者に、ワレリアは首を振った。

 

 「すぐに旅立たねばなりません。調べなければならないことがあるんです」

 

 ワレリアは、逃げるようにその場を後にした。

 依頼を終えた今、彼女にとって、この館はあまり長居したい場所ではなかった。

 

 それから数時間後。

 一人、馬の背に揺られて道をゆくワレリア。

 風のささやきが、彼女の青藍色のローブを揺らす。

 ケイドウェンに入った時からずっと被っていた亜麻色の髪の毛のかつらは脱ぎ捨て、本来の姿である光沢のある栗色の髪を自然に垂らしている。

 じきに日が落ちて暗くなるが、それまでに進めるところまで進もうと考えている。

 ワレリアは、先ほど言葉を交わした、同じ栗色の髪の貴族の若者の顔を思い出す。

 彼が生まれる前に、ケイドウェンの貴族である両親が捨てた年の離れた姉のことなど、彼は誰からも聞かされてないのだろう。

 だが、それで構わない。 

 甥に当たる赤子を救えたこと。

 それで、彼女は十分満足だった。

 

 




 今回は、話の大筋だけ作って、話の中心となる契約の文言と、その穴については、他のナラティブ系TRPGのように、ワレリアのプレイヤーと相談して決めるという遊び方をした時のものです。
 遊んでた時は楽しかったんですが、小説風リプレイにするにあたって、プレイ時間の大半をワレリアの人との相談に使っていたのに、それが殆ど出せないことに苦しむ結果になりました。
 (ワレリア「双子が生まれたことにしよう」 GM「赤子は『二人』あった!」 ワレリア「黙って一人渡してバレないほうに全賭け!」というやり取りは入れたかった…)

※おまけのキャラステータス
■ワレリア
種族:人間
職業:魔術師
■能力値
【知力】:10
【反応】:8
【敏捷】:6
【体格】:6
【移動】:5
【共感】:10
【製作】:1
【意志】:10
【運命】:4
■武器
ダガー
■防具
ノームの鎖帷子(全身)
■所持品
宝石のついた護符(焦点具:3)

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