「皆さん!絶対に病院の外に出ないでください!窓から離れて、孤立しないようにしてくださァーい!」
「おーおー、面白くなってきたな」
「ヒサゴさん!危ないから窓から離れてッ!」
人里の中心近くで病院を経営している英は、出来る限りの避難民を受け入れた上で扉や窓を補強し、なるべく被害が出ないように努めていた。
数十分前、幻想郷を覆った規格外のゲリラ豪雨。勿論人里も範囲に含まれており、全体にわたって雨の被害が直撃していたのである。
「さいっあく!びしょ濡れなんだけど!」
「小鈴、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?早くこっちに来て体拭いて!天内、屋敷内の従者の人数確認!全員いる事が確認出来次第、窓を補強して!私たちもやるから!」
「しょ、承知しました!」
また、先ほどまで外出していた小鈴と阿求もなんとか阿求邸に退避し、安全の確保を急いでいた。
……しかし、彼女達にとって致命的なのは、人里の建物はどれも木製なこと。その上、現代とは違い天災対策がなされている建物は極めて少ない。どれだけ個人で備えていたとしても、この嵐に耐え切れなくなるのは時間の問題であった。
「他の所は大丈夫かしら……少なくとも命蓮寺は大丈夫そうだけど……にしてもこんな嵐、今までの幻想郷で起きた事なんか──きゃあ!?」
さらに悪い事に、大地がいきなり激しく揺れた。地響きが鳴り渡り、立っていられなくなるほどの大きな振動に、阿求は思わず舌を打つ。
「こんなタイミングで地震……!?一体どうなってるのよ……!」
しかし、彼女らはすぐに知る事となる。その地震は決して自然現象などではなく、とある一柱の神の奮戦の証である事を。
✒︎
「こんのォォォ!!」
諏訪子が拳を振り上げると同時に、大地が唸りをあげた。
まるで火山が噴火するかの如く、土が、岩が、そして森が勢いよく立ち上り、集合。やがてそれらは大地そのものを素材とした弩級の泥人形として形をなし、山々を凌駕する威容を以って厄災の竜巻と相対する。
「どっせーーーい!!」
泥人形の、その隕石にすら見紛う両腕による打撃が、巨大な竜巻に突き刺さった。それは天を揺るがし、轟音を幻想郷中に響かせる豪快な一撃ではあったが……渦巻く神秘に耐えきれず、むしろ泥人形の拳が砕け散った。
「これでもダメェ!?もー、本当に強くなったね!」
渾身の一撃があっさり凌がれた事に諏訪子が仰天したのも束の間。空を覆う黒雲から爆発音が響き渡る。鼓膜を突き刺すような、あまりにも煩い音。もしその音が外の世界で観測されていたなら、誰しもがパニックに陥っていただろう。
「今度は何さ───」
顔を顰めながらも、諏訪子がなんとか天を見上げた瞬間……幾千幾万もの豪雷が泥人形目掛け、雨粒を蒸発させながら降り注いだ。たたでさえ一撃一撃が魑魅魍魎を容易く消し飛ばす火力。大地の寄せ集めでは耐え切れず、泥人形は数秒も持たずに容易く溶断された。
「はぁ!?瞬殺ってマジで言ってる!?やばすぎでしょ───」
「諏訪子!!」
御自慢の泥人形の崩壊にすっかりショックを受けていた諏訪子だったが、その呼び声を聞いた瞬間、少し安堵した様に息を吐いた。
「諏訪子!大丈夫か、何があった!?」
雨の中を掻っ切って現れた神奈子が、臨戦体制を整えながら諏訪子の前で止まった。そして無論、彼女の下には露伴がぶら下がっている。
「遅ーい!どんだけ待ったと思ってんの!?」
「仕方ないだろう!こっちはこの雨の中で露伴君を運んでいるんだ!そんな事よりもアレはなんだ!何故こんな嵐が起きている!というか、早苗はどこだ!?」
矢継ぎ早に飛んでくる神奈子の質問に対し、諏訪子は一瞬逡巡しながらも口を開いた。
「良い?よく聞いて。今こんな事になってる原因は……多分、早苗」
「……何?」
「早苗君、だって───?」
「そう、私達のよく知る早苗!あの竜巻が見えるでしょ、あの中にいる早苗が全ての元凶!」
「……は?」
神奈子は目を丸くして、そう呟いた。多分、あまりのショックにそれしか言葉が出なかったのだろう。彼女の僅かに震える唇が、その何よりの証左だった。
「早苗が、元凶?……ハッ、そんな馬鹿なことがあってたまるものか。あの子は、こんな事をするような子では───」
「でも事実は事実!この目で見たんだから!」
「いや待ってくれ、早苗がいくら『奇跡』を起こせるからって、これほどの事象を一人で起こせる訳がないだろ!何かの間違いじゃないのか!?」
実際、神奈子の指摘は正しくはあった。
早苗の持つ『奇跡を起こす程度の能力』は、発動に呪文の詠唱を必要とする。小さな奇跡であれば短い詠唱で済むが、大きな奇跡───例えば、今この瞬間幻想郷を襲っている嵐などの天変地異───を起こすためには、数日間ぶっ通しでの詠唱が必要となる。そして……彼女はそのような詠唱はここ数日の間一切行なっていない。
だから、早苗が元凶ではない。確かに辻褄は合っている。ただし……
「神奈子さん、横から口を挟むようでアレなんだが……早苗君がそれらを『起こせるようになった』とは考えられないか?」
「───はっ?」
合わせるべき辻褄は、他にもあった。
「『能力の暴走』……はっきり言って、少し舐めていた。だが、もっと早くに考えておくべきだった。ただの人間である魔理沙に『能力の暴走』が起きただけで、あわや大惨事になりかけたんだ。もし『能力の暴走』が、それ以上の力を持つ『現人神』に起きたなら───ってな」
「………………」
『能力の暴走』による強化倍率は、個人差があるとはいえど異常である。本の文字を解読できるだけだったはずが、表紙を見れば全て分かるようになったり、千里先まで見えた目がもっと良くなって、逆に目を封じなければならなくなったり……。
もしそれが、奇跡を起こす力に起きたなら……その力は、一体どれほどの力を得るのだろう?
「そういうこと!分かったら神奈子、貴方も力を貸して!このままだと、早苗が後戻り出来なくなる!」
神奈子は拳を握りしめて数秒間情報を咀嚼した後……ゆっくりと顔を上げた。
「……クソッタレめ……分かった、あの子を……早苗を止めよう」
「それでいい!あと露伴君!君の力も貸してもらうよ!本当は嫌なんだけどね!たしか、君なら『能力の暴走』を止められる筈でしょ?」
「ああ、原理はサッパリだが、『書き込み』さえ出来たのならなんとでもなる筈だ」
「よーし!!神奈子、露伴君用のオンバシラ出したげて!」
「ああ、分かった!」
覚悟を決めた神奈子が指を鳴らすと、露伴の足元に突如として黒い柱が現れた。豪雨ですぐさま濡れてしまったが、不思議と足を滑らせるような気はしない。露伴はそれに両足を乗せ、代わりに神奈子の手を離した。
「……結局、これに乗る事になるとはな」
「さっきは冗談で言ったつもりだったんだが……これが言霊というやつかな。とりあえず感覚で動かせる様にはしたが……実際どうだろう、動かせるか?」
「ああ、これの講習なんぞ受けた事はないが、難なく動かせそうだ」
「オッケー!じゃあ皆さん注目!これから作戦を言いまーす!」
諏訪子が一際大きな声を出すと、右手の人差し指を立てて思い切り竜巻に突きつけた。
「今から私と神奈子であの竜巻にどうにかして穴を開けます!私一人だったら弾幕掃射しようがスペルカード全ブッパしようが巨人作って殴ろうがダメだったけど、多分一緒にやればどうにかなる!」
「で、そこからは?」
「私達が穴を開けたら、露伴君はそれですぐ突っ込んで!で、あの子を見つけ次第能力を使って!」
「……つまりこうか?このバカみたいな雨の中、いつ開くかも分からない穴を待って、穴が空いた瞬間僕の傷だらけの体を気遣わずに全速力で突っ込んで、早苗君に能力を使えと?」
「そう!」
「なるほど良い作戦だな!バカらしくて感動するよ!」
「ありがとう!!」
「褒めてないからなッ!」
「って訳で作戦会議終了!行くよ!」
約三分間の作戦会議が終わると同時に、三人は竜巻の前に向き直る。
発生時よりも、既に半分以上規模が大きくなった厄災を相手に……彼女らは行動を開始した。
「神奈子、行くよ!」
「ああ!」
二人は同時に飛び立つと、諏訪子は地に、神奈子は天に向かった。
「早苗!さっきのリベンジ、させてもらうよ!」
諏訪子がそう叫ぶと共に、再び大地が雄叫びを上げて湧き上がる。しかし先ほどとは違うのは、その湧き上がった大地の中に諏訪子自ら飛び込んだ事。彼女自身が泥人形の『核』となる事で、先ほどよりも遥かに高度で堅牢な外殻を纏って再誕させたのだ。
「フンッ!」
一方、神奈子。唸り続ける黒雲に手を伸ばし、こちらも黒雲の中に飛び込んだ。
「早苗……この雲、借りるぞ!」
彼女目掛けて迸った一対の稲妻を軽く弾き飛ばすと、神奈子は思い切り両手を握りしめ、自身の前でぶつけ合わせた。いくら暴走した早苗の能力が相手だとしても、天は元より神奈子の物。どちらの支配権が強いかは言うまでもない。
早苗が作り出し、幻想郷を包んでいた黒雲が神奈子を中心に渦巻き始めた。これにより豪雨が止まり、露伴の視界が開ける。
「行っくぞぉぉぉー!!!」
「少し痛いかもしれないが、我慢しろよ!」
超弩級の泥人形の両腕が、鉄槍のように変形し。
渦巻く雲の中心に集まった稲妻が日の如く光り。
『オラァァァッ!!』
同時に、竜巻を穿った。
ただでさえ神を貫く一撃。それが天と地から同時に放たれた事により……竜巻に、大きな穴が開いた。
天地の視線が、露伴に注がれる。
「今だよ!露伴君!」
「頼んだぞ!」
泥人形の槍は粉々に砕け散り、先ほどまであんなに轟いていた雷はもはや在庫切れ。だが、これで……露伴のためのお膳立ては完了した。
「まるで<怪獣大戦争>みたいだ。正直、さっきから圧倒されてばかりだよ。ま、そんなこと言ってる暇でもないんだがな……」
到底現実とは思えない光景を前に何度目を擦ったかは、もはや露伴自身も覚えていない。しかしそれでも、自分が何をすべきかは覚えていた。
『
「……ン?あれは……」
だから、誰も予想がつかなかった。
「な───」
偶然、彼の近くの木が折れて。
さらに偶然、ちょうどよく吹いた強風でそれが宙に吹き飛ばされて。
本当に偶然、
「何ィィィィィィッ─────!!??」
真っ二つになったオンバシラは機能を失い、露伴もろとも地面に落ちていく。
(なんだ今のは、あまりにも運が悪すぎるだろッ!一体どんな確率で……いや待て、まさか、これも早苗君の能力なのか?まさか……『
重力に沈められ続ける中で、露伴は理解した。
今のは『奇跡』なのだと。『奇跡』が起きて、早苗への接触が防がれたのだと。
(クソッ、『油断』していたッ!まさかここまで露骨に干渉してくるとはッ!これでは僕が辿り着くより先に穴が塞がる!あの神々はもう一度穴を開けられるのか……!?いや、それよりもとにかく今は着地しなければッ!)
この先の立ち回りについて露伴が思索を巡らせている間にも、地面は露伴に近づいて来る。このままでは、地面さんに熱烈なキスをするのが人生最後の記憶になりかねない。それを防ぐべく……露伴は
「……ろはあああああん!!掴まれぇぇぇぇ!!」
「……ッ!」
その声が聞こえた瞬間、彼は自身に『書き込む』のを辞め……思い切り、その手を掴んだ。
「よっしゃ!獲ったどー!」
「僕を魚みたいに言うんじゃないッ!……だがまあ、とにかく、良いタイミングだったとは言っておいてやるよ……
そう。
先ほどの木が『神秘による奇跡』とするなら、これは『人による奇跡』。露伴の縁が手繰り寄せた援軍である。
「いやー、なんか諏訪子と神奈子が面白そうな事してるから飛び出してきたんだけどよ!グッドタイミングだったみたいだな!」
「ああ、そうだな……っと」
器用に体を捻り、箒の後ろのスペースに跨る露伴。魔理沙は彼の姿勢が安定したことを確認すると、さらにギアを上げて竜巻の穴へと向かった。その速度からして、おそらく後三十秒もかからずに穴に辿り着けるが……露伴の顔は芳しくなかった。
「多分、あの穴の中行けば良いんだよな!?」
「そう、なんだが……もう少し速度を上げられないか?このままだと穴が塞がっちまうぞ」
「塞がるだってぇ?」
何を馬鹿なことを、とでも言うように。魔理沙は露伴の心配を鼻で笑った。
「そんなこと心配すんなよ……穴が塞がっちまうならなぁ!」
魔理沙は自身の服のポケットから、手のひらサイズの何かを取り出した。八角形の箱の様な形をしており、底面には足らしき突起、それから正面には陰陽玉が描かれている様だった。
「コイツでまた開けちまえば良いんだよ!」
彼女はその箱───『ミニ八卦路』を竜巻に向け、魔力を込める。すると、たちまち『ミニ八卦路』が変形し、炉心が露出。次いで、三層の魔法陣が射線上に展開された。
「こんなこともあろうかと、ここに来る前に急ピッチで強化してきたんだ!多分すげえ威力になってるけど、腰抜かすなよ?」
「誰が抜かすか」
露伴の軽い返答に魔理沙が笑うと……今度は、ありったけの魔力を注ぎ込んだ。炉心が光り輝き、魔法陣が回転。ドリルの回転音にも似たチャージ音が鳴り始める。
「行くぜ───恋符『マスタースパーク』ッ!!」
彼女がその名を宣言した瞬間……極大の光線が、半分以上塞がりかけていた穴に直撃した。かつて露伴に対し幽香が放った光線と瓜二つ……否、それ以上の火力の光が、竜巻を焼き焦がした。
(こいつ……まさか、これほどの火力を出せるとはな……)
そして、照射が終わった頃には……再び、竜巻の穴は広がっていた。少なくとも、一軒家は丸々入るだろうサイズにまで。
「よっしゃあ!これでいいんだろ!?露伴!!」
「……ハッ、結局ゴリ押しか。だが、
「だろ!!よーし、しっかり掴まれよ、このまま突っ込むからな!」
ここぞと言わんばかりに魔理沙は箒の速度を上げ、フルスピードで穴の中に突入した。何メートルもの厚みのある暴風域を一瞬で突き抜けた、その先に広がっていたのは……
「……おお……」
「……これはまるで、『台風の目』みたいじゃあないか」
この世とは思えない程の、幻想的な風景だった。竜巻に巻き込まれた木々や瓦礫が無秩序に浮かび上がり、上空から僅かに差し込む日光が暴風の外壁を淡く彩っている。温度という概念が感じられない上、あれほど鼓膜を叩いていた雨や雷、風の音が一切聞こえず、自身の心音がうるさい様にすら思える。まるで、この空間だけ時が止まっている様だった。
「すげえな、これ……滅茶苦茶綺麗じゃねえか。これが『雲外蒼天』って奴か?」
「……君、そんな言葉使えたのか」
意外な人物から意外な言葉が飛び出した事に、露伴も一瞬時が止まった。前回記憶を読んだ時も少し思ったが、彼女は妙に教養があるらしい。
「はあ?私は淑女だぞ?こんぐらい常識だ」
「お転婆娘の間違いだろ」
「なんだと、失れ───」
「そんなことよりも、だ。やっと見つけたぞ……早苗君」
頬を膨らませる魔理沙を横目に露伴が見つけたのは、この奇跡の様な空間の中心に浮かぶ東風谷早苗の姿。涙を流しながらも手を合わせて、微笑みを湛えるその姿を見て、露伴は「宗教画として満点に近い光景だな」と胸の内で評した。
「……えっ早苗じゃん。どういうこと?」
「後で説明する。とりあえず僕を彼女の目の前まで運んでくれ」
「あ、ああ……」
はっきり言ってただのノリで飛んできた魔理沙からすれば、今の状況は大変理解に苦しむ物であった。とは言え固まっている訳にもいかないので、彼女はとりあえず考えるのをやめて露伴の言う通りにする事にした。
「……結構遠いな……つーか、近づいたとして何すんの?」
「何か『奇妙』なんだ」
「はい?」
答えになっていない答えに、魔理沙は首を傾げる。しかしそんな彼女に露伴は目をくれることなく、半ば独白の様な形で話し始めた。
「さっきから起こっている『奇跡』。これに『指向性』があるような気がする」
「奇跡に……指向性?」
「僕の乗っていたオンバシラが折れたのは、『木が飛んでくるという奇跡』が起きたからだ。しかし……何故『僕にだけ』奇跡が起きたんだ?」
「……?」
「彼女に『能力の暴走』が起きていること自体はほぼ確定だ、断言してもいい。しかしだ、それならばあの時神奈子さんや諏訪子さん、そして君にも同じように『奇跡』が起きるべきなんだ」
「??」
魔理沙の首はより曲がっていくが、それでもなお露伴は気にせず言葉を紡ぎ続けた。
「本来『能力の暴走』は『無差別』だ。このレベルの影響を及ぼせるのなら、例えば僕に向かって飛んできた君も何らかの『奇跡』で進行を妨げられるべきだし、諏訪子さんの巨人も、神奈子さんの雷撃も失敗するべきだ」
「いやあ、それはどうかな。単純にそこまでの『奇跡』は起こせないってだけの話なんじゃねえの?『嵐が起きる奇跡』みたいなのにリソース割かれてるとか、神奈子と諏訪子の能力が早苗の暴走した能力を上回ってるだけとか、色々理屈付けられるぜ。つーかそれで言うなら、結局露伴ここに来れてるじゃん」
「だから『奇妙』だし、不気味なんだ。『僕は何か、致命的な思い違いをしているんじゃあないか』ってな」
「ふーん……っと、着いたみたいだな」
露伴の独白が終わるとほぼ同時に、彼らは早苗の前に到着した。やはり目を閉じていて、笑いながら涙を流しているし、静かに息をしていた。
「まあどのみち、これで僕の感じている違和感が真実か、それともただの勘違いなのかが分かる───『
これでこの嵐もやっと止むかな、なんて事を露伴をテキトーに眺めながら考えていた魔理沙。しかし、彼女はその目で見た。先ほどまで元気に口を動かしていた露伴が、その言葉を唱えた途端ピタリと止まったのを。ちょうど、学生がテストの時に全く分からない問題を前にして、思わずペンを止めてしまうのと同じように。
「…………?」
「今日の授業は確か、一限が国語で二限が数I、三限が体……じゃない、授業変更で古典になったんだった」
「なんだ、これは……?」
思わず、露伴は言葉を溢した。彼女のページに刻まれた文言が、あまりにも意味不明だったからである。
「もうすぐ授業が始まるのに、あくびが止まらない。今朝寝坊しかけてご飯食べれなかったからかな。今日は珍しくお父さんがおにぎり握ってくれたのに、悪い事をしちゃった。というか、神奈子様や諏訪子様ももっと早く起こしてくれれば良かったのに!」
「過去の記憶……?いや、これは……」
「しかも、そのせいで朝露伴先生に挨拶することも出来なかった!今日は先輩の魔理沙さんと露伴先生の家を見学させてもらえる日だから、ちゃんと挨拶しておきたかったのに!」
「僕の家だと……?それに先輩の魔理沙さん、だって?何なんださっきから、一体彼女は何を言っているんだ?」
「おい、どうしたよ!?」
「そうだ、昨日だ。昨日の記憶を読めば何か───」
訳の分からない記憶を嚥下して、露伴は早苗の過去を遡ろうとする。そうすれば何かが分かると思ったのだ。この記憶に繋がる何かが見つかると思ったのだ。だから彼は迷わずページをめくって……めくってめくって、めくったその先に。
「いっそ、全部やり直せればいいのにな」
「……何だって───?」
露伴がその記憶を読んだ、瞬間。彼らの周りを渦巻いていた竜巻が突如としてその回転速度を上げ……そして、
先ほどまでまさしく『奇跡』と呼ぶに相応しい幻想的な光景であったはずのそれが、露伴達を処刑せんと迫るミキサーと化したのだ。
「ハッ!これは───まずいッ!」
これ以上の余裕はないと判断した露伴は、すぐさまそのページに『書き込み』を行った。
……だが。
「クソッ、やはりそう上手くはいかないらしいな!」
「おいおいおいおい!何だこれ!冗談だろ!?何やったんだよ露伴!」
「よく分からんが、恐らく『彼女の記憶を読んだこと』が
「んなこと考えてる場合かよ!飛ばすぞ、掴まれ!」
「飛ばすったって何処にだ!穴はもう塞がってんだぞ!というかそもそも君が「何やったんだ」と聞いてき───」
「うっせえそこをどうにかすんだよ!彗星『ブレイジング・スター』ァァァーーー!!!」
先ほど魔理沙が放ったマスタースパーク、それと比肩するレベルの巨大な熱線が彼女の箒後部から噴出し、爆発的なエネルギーでぶっ飛んだ。
「グゥッ───!!」
「耐えろ露伴!すぐ終わらせっから!」
加速の代償として彼らに襲いかかったのは、殺人的な
「ハッ、この程度か?これなら足の小指をぶつけた時の方がよほどキツイさ」
だが、彼の山のように高いプライドの前ではそんな物は些事に過ぎない。むしろ余裕とでも言わんばかりに、口角を上げて見せた。
「それでこそって奴だ!で、私考えたんだよ!こっから何処に逃げるか!そしたらな、めっちゃ良いのが思いついた!」
「へえ、それは是非とも聞かせてもらいたいな!」
「竜巻に穴開けるのは多分無理だ!ミニ八卦路をフルチャージする時間が必要だけど、そんな余裕なさそうだからな!じゃあどうするか───答えは簡単!『私達に向かって来てない上、層が薄い所』を狙えばいい!」
「……待て、君まさか───」
「こっからはマジで腹括れよ露伴!霧雨ロケット、記念すべき一度目の打ち上げだぁぁぁーーーー!!」
魔理沙は身体を空中に投げ出すと同時に、箒の角度を思い切り上に傾けた。必然、その爆発的なエネルギーも上と向き……彼女らはまさしくロケットの如く、天……すなわち竜巻の穴を封じる雲へと飛翔した。
「……!……!!」
「ぐぐぐぐ───!!そんでもって、さらに……!こいつで、穴を開ける!」
その最中、さらに魔理沙はミニ八卦路を天に向けて掲げる。先ほどのように炉心が露出し、凄まじい魔力の奔流が迸った。
「恋符『マスタースパーク』!!」
彼女の叫びと共にミニ八卦路に蓄えられた魔力が臨界点に達し、天を穿つ熱線が今───!
「……………?」
出なかった。正確に言えば、出はした。ミニ八卦路の炉心から……黒煙が。
「だぁーーー!!ぶっ壊れたぁぁぁぁ!!!???」
「一体何をやっているんだッ!!霧雨魔理沙ッ!!」
ここに来て、まさかのミニ八卦路の故障。あまりにも洒落にならないタイミングに、二人は腹の底が冷えるような最悪の気分を味わった。
「……私は悪くない!私は悪くない!奇跡!これも奇跡のせいです!私のせいじゃありませーん!!」
「オイ!そういえば君さっき「急ピッチで強化してきた」みたいなこと鼻の下伸ばして言ってたよなッ!!どーせ君のことだ、そこでなんかやらかしたんじゃあないのかッ!!」
「いーやそれはないね!言われてみれば改造してる時めちゃくちゃ異音してたし、なんかガタガタ震えてたけど!!」
「何処からどう考えてもそれが原因だろッ!」
「そんなこと言ってる暇か!?今はそれよりやるべき事があるだろ!?どうやってこの竜巻から抜け出すのかとかさあ!!」
「チッ───!!」
だが実際、魔理沙の言う通りだった。
魔理沙のミニ八卦路が故障したのが『奇跡』のせいなのか、それともただの人災なのかはこの際どうでも良いのだ。そんなことよりも今は、この竜巻の中から逃れられる方法を探し出す方が数千数万倍も重要なのだから。
「だが、確か今上空は神奈子さんが操っている!もしかしたら、何の苦もなく通れるかもしれない!」
「けどさ!私ら外の状況ここに入ってから何も分かってねえんだぜ!?それにまだ神奈子が天空仕切ってたら、多分援護かなんかしてくるはずだと思うんだけど!」
「どのみちこれが一番可能性があるんだッ!いいからとっとと突っ込めェェェ─────!!」
「クッ……クッソォ───!!」
半ばヤケクソで、露伴達が雲に突っ込む覚悟を決めたと同時に。その雲に
「はあ!?」
「やはり神奈子さんか───いや、あれは……!?」
「魔理沙さーん!露伴さーん!早くこちらへー!」
雲の上、日光に照らされながら露伴達に手を振るのは、今まさに彼らを覆っていた天蓋を吹き飛ばした人物。そしてその顔は、二人のよく知る物であった。
「射命丸!!」
「ええそうです!清く正しい射命丸です!すいません、遅れました!」
「何言ってんだ!完璧なタイミングだよ!!」
先ほどまで温存していた魔力を全開にして、魔理沙達は轟音と共に文の開けた大穴から飛び出す。そしてそこで箒からの魔力噴射を停止させ、通常の速度で竜巻から離れていった。
「あっっっぶなかったあ……」
「いやー、すいません。本当はあの竜巻が起きた時点で、動ける者を集めて対処しに行く予定だったんですが……その、恥ずかしながら私以外の天狗が悉く撃ち落とされまして、それらを避難させてたら……」
「……何だそれは。確か天狗ってのはけっこー有名な妖怪だった気がすんだが、幻想郷の天狗はそんなに腑抜けてるのか?」
汗を拭いながらも呆れたように言葉を搾り出す露伴に、文は慌てて首と手を振った。
「いやいや違いますって。ほら、前言いましたよね?
「あ、そうなの?じゃああれか、飯綱丸とか……あと天魔、だっけか。あいつらも今そうなのか?」
「ええ、まあ、はい。皆さん『能力の暴走』やそれによる被害を防ぐため自身に何重もの封印をかけているんですが、そのせいで大体の方が大幅に弱体化してまして……」
「……なるほどな。要は君以外全くの戦力にならないってことか」
「理解が速くて助かります。ただ勘違いしないでくださいね、大天狗以上の方は本来私よりもずっと強いですから」
「嘘つけ」
「嘘じゃありません。と、このくらい離れればいいでしょう。この下に守矢の神様方がいらっしゃいますから、合流しましょうか」
「あ、そうなの。じゃあそうすっか」
「ええ……はっ!」
文が自らの団扇で生みだした爆風で何なく黒雲を吹き飛ばすと、魔理沙達を連れて降下した。再び豪雨が降り始めている中、そこにいたのは……
「露伴君!魔理沙!無事だったか!」
「良かったー、あの中で潰れてたらどうしようかと思ってたよ」
竜巻に入る前よりも少し服が汚れ、所々小さく裂けてしまっている神奈子と諏訪子、それから……
「魔理沙!貴方、いきなり飛び出したと思ったら何を……うげ」
「オイ、オイオイオイオイ。人の顔を見るなり「うげ」とはな。それは流石にどうかと思うぞ」
「うっさいわね!あんたが悪いんでしょうがあんたが!」
露伴とは約一週間ぶりの再会になる、アリス・マーガトロイドだった。まあもっとも、どちらともこの再会は望んでいなさそうだったのだが。
「……大丈夫かなあ、こいつら……」
そんな魔理沙の儚げな声は、雨の音で掻き消された。
✒︎
同時刻、紅魔館。
「……それで、レミィ。皆を私の図書館に集めた理由は何?」
パチュリーは魔導書片手に、机を挟んだ先に立つレミリアに質問した。いつもの彼女とは違う、まさしく『紅魔館の主』と呼ぶに相応しい彼女に。
「すでに分かっているはずだ。私が何を言おうとしているのかなどは」
「それでも聞いてるの。貴方の口から言われないと、いまいち実感が湧かないから」
「……ならばいいだろう。皆の者、耳を傾けろ」
レミリアはゆったりと飛び上がり、大図書館二階の手すりに腰掛けた。
咲夜も美鈴もパチュリーも小悪魔も、そしてフランもじっと彼女を見つめ、次の言葉を待っていた。
「私は最悪の運命を『視た』。これを変えるために、私たちは手を打たねばならない」
「その運命とは、一体?」
咲夜の質問に対し、レミリアは頬杖を付き、足を組んで……極めて不機嫌そうに、その答えを伝えた。
「これより一時間後……
魔理沙のブレイジングスターは箒でも、ミニ八卦路を逆噴射しても普通に出来るという解釈にしました。