冗談はともかく、高評価本当にありがとうございます。
この奇妙な世界に転がり落ちてから、はや数時間。
夜の帳が下り始めた人里のとある人気団子店に、岸辺露伴はいた。
───随分と陽気な、
「どうよ!ここの団子、ケッコーいけんだろ!?」
「……あぁ。もしここに『1人で来てた』なら、そう思ってたかもな」
そう言いながら、本日何度目かのうんざりとしたため息をつく露伴。その顔は誰がどう見ても不機嫌そうな物だった。
「つれないこと言うなよなぁ。言っとくけど、私は人里の事情に疎いんだろうお前のことを気遣ってやってんだからな」
「ハッ、『気遣う』だってェ?君はただ『外来人』だかなんだかである僕に興味があるだけだろ」
「あ、バレた?まあそりゃ誰でも分かるか!アハハ!」
からからと笑う彼女を先ほどよりも強く睨みつける露伴。並の人間ならその視線だけで萎縮してしまうだろうが、特に彼女は気にしていないようだ。
「でも、気遣ってるってのはあながち間違いじゃないんだぞ?『外来人』なんて滅多に見ないから、なおさらな」
「それでやることが『真昼間からストーキング』か?」
「なっ、『ストーキング』だなんてとんでもない!私は『案内』してやってるだけだ!」
「だからそれがしつこいって言ってんのが分からないかッ!?いいから君、帰れ!」
「いーや帰らないね!こんな面白そ……困ってそうな奴を置いて帰れるか!」
「おい待て、今君『面白そう』って言いかけたよな?……オイ、目を逸らすなッ!」
だというのに、露伴はすでに全身が鉛みたいに重くなっているように感じていた。
時計の針を少しばかり戻し、露伴が人里に着いた頃の話をしよう。
適当な宿と食事の場を探して里を彷徨っていた彼は、ある時声をかけられた。
「おい、お前」
「…………」
「そこのお前だよ、おーまーえー!」
「…………」
「あ、今こっち見たろ!無視すんなよー!」
「……悪いが今急いでいるんだ、道なら他の奴に聞いてくれ」
「んなわけ!お前の顔、どっからどう見ても『急いでる』ようには見えないぞ。つーか道聞きたい訳でもないし」
「そこまで分かるなら、僕が心底君に時間を割きたくないと思ってることも分かって欲しかったんだがな」
「まあまあ、そんなツンケンせずにさ」
「……チッ」
ここまでの時点で、露伴はかなりイラついていた。
次ナメた態度を取られたら
……だが。
「それでな!?そいつが何やらかしたかってさ───」
「…………」
「しかも悪いことに───」
「…………」
「あ、そういえばそれで思い出したんだが───」
「…………」
そこで繰り出されたのは、もはや絨毯爆撃とすら形容できるほどのマシンガントーク。
口を挟むことすら許されない圧倒的な物量により、露伴の精神がものすごい速度で疲弊していったのである。
故に現在、露伴は「
「……にしてもお前……さては疲れてるな?」
「当たり前だ、こっちは昼間から変な女に付き纏われてるんだからな!」
「変な女だとぉ!?ふざけんな、私にはちゃんと『霧雨魔理沙』って言う名前がだな……」
「『霧雨』だか『春雨』だが知らないけどさぁ、僕が疲れてるように見えるならとっととどっか行ってくれないか?……マジで言ってるんだぜ、僕は」
「むぅ……」
その言葉に困ったように唸り声を漏らす魔理沙。彼女としても、流石に目の前の疲労困憊の男にこれ以上『ダル絡み』するのはどうなのか……という良心があった。
「……まあそうだな、今日はここまでにしとくか。……来な、宿代は出してやるよ」
そしてそんな男を里の中心に放置するのもどうなのか、とも思ったので彼女は露伴を近くの宿まで連れて行くことにした。
……もっとも、同時にここで何か『借り』を露伴に作っておけばより何か面白いことが出来るかもしれないというのが本音なのだが。
「……君、最後まで恩着せがましいな。言っとくが、感謝はしないぞ」
「かっ〜、可愛くねーヤツ」
そう言いながらも魔理沙は自然に道案内を始め、露伴もそれに大人しく従って歩き始めた。
こちらに気を遣っているのか、道中で魔理沙がちょっかいをかけて来ることは無くなった。それにより少ない余裕が生まれた露伴の頭は、あることを思い出す。
「……なあ」
「んー?」
「ここから近いところで、『吸血鬼』とか『神』とかに会えるような場所……ないか?」
それはつい先ほどの、アリスを本にした時のこと。彼女の記憶には確かに『吸血鬼』や『神』、それ以外にも『河童』や『鬼』と言った有名な存在達の名が刻まれていたのだ。
『漫画家』として、こんな極上の『ネタ』を無視することなどあり得ない。例え疲労困憊だったとしても、集められる情報は集めなければ。
「あー……うーん、まあ、パッと思いつくのは『紅魔館』と『守矢神社』だな……まあまあ近いし、道も単純だから
「……今、サラッと興味深いことを言われたような気がするが……まあいい。それなら、明日はそのどちらかに行ってみたいんだが……」
「だったら最初は『紅魔館』の方がいいと思うぞ。あそこの奴らも最近はおとなしいし……多分、下手なことしなけりゃどうにかなんだろ」
「……そうか、それはいいな……」
全くもって信ぴょう性のない言葉だが、もはやそれを指摘する気力すら露伴にはなく。出来たのは、ただ適当に相槌を漏らすことだけだった。
「っと、着いたぞー。ほら来な、受付くらいはしないとだろ」
「分かってる、僕を老人みたいに扱うんじゃあない」
魔理沙に急かされるがまま、露伴は宿屋に入った。
そこからの流れはかなりスムーズだった。受付をしてから部屋に入るまで、10分もなかったように思う。もしくは、疲れすぎて時間の感覚が薄れていただけかもしれないが。
「よし、じゃあ私はここまでだな。いい夜を……っと、言い忘れてた」
「……?」
「『紅魔館』に行ったら最初に『門番』と会うと思うんだが……別に起こさなくていいからな。寝てる間にとっとと通り抜けろ」
寝てる間に?門番が?
そんなわけないだろうと、露伴は彼女の提言を鼻で笑う。
「オイオイ、いくら疲れててもそれが冗談ってのは分かるぞ。眠りこけてる『門番』なんて奴、いるわけが無いだろう」
✒︎
「…………ぐぅ」
「………………………………」
門に寄りかかったまま寝息を漏らす、赤髪の美女。
それを露伴は冷めた目で見つめていた。
「オイオイオイオイオイ……「職務怠慢」ってやつなんじゃあないの、コレ?」
思ったことをそのまま口に出してみる露伴だったが、その女性は目覚めない。まあまあな声量の独り言を聞いてなお、夢の世界を揺蕩っていた。
「……正直な話、何かの冗談だと思ってたよ……」
露伴は最初、魔理沙の話を疲れている自分への冗談、もしくは皮肉だと捉えていた。『寝ている門番』など存在するはずもないし、むしろ存在していたら『門番』として意味不明の振る舞いである……そう考えていたからだ。
……だが。
(現にこの『門番』は眠り呆けている……それも僕がいながら、だ。なんだ?吸血鬼の選ぶ門番ってのはこんなに適当なのか?)
そんなことを考えながら、露伴は彼女の隣の門に目を向ける。
積み重なった赤い煉瓦に挟まれた黒い鉄格子状の門扉が、外と中を遮断するように立ちそびえていた。
門扉は鋼鉄で出来ているらしく、その重みからして高い耐久力を備えているのだろうことが分かった。
「……とはいえ、これ自体は悪くないんじゃないか。『館の門』としては及第点と言ったところだ。少なくとも、これを見て無理矢理入ろうって思うやつはいないだろうさ…………だがまぁ……」
彼はため息をつきながらそのまま歩き出し、その門扉に触れる……
「
心底呆れた口ぶりで彼女の横を通り過ぎた……瞬間。
ピクリと、門番の指が動いた
「……?」
流石に人の気配には気付けるのだろうか、
そう思い、露伴は門番の方に向き直ってその様子を伺う。
(……起きたか?まあ何をどう言おうと悪いのはあっちだ、今更引き下がるつもりもないが……)
「……待ちなさい……」
「……!」
「今度こそ、捕まえてやるんですからぁ……まりささぁん……」
「……………………………」
……どうやら、夢の中では元気に門番の仕事をまっとうしているらしい。
「……ハァァァ〜〜〜〜〜〜〜……」
この世界に来てからダントツで長いため息をついた後、露伴は身を翻し館の方へと歩を進める。その顔は『あくび』が出てしまいそうなほど退屈そうなものだった。
館の入り口までの道中にあった庭園の整えられた庭や真紅に染まった館は確かに美しかったが、それでもやはり頭をよぎるのは門の前後でのこと。
「いくらなんでもあれはひどいんじゃあないか……?『小学5年生の留守番』の方がまだしっかりしてるぞ」
考えれば考えるほど、先の状況への文句が飛び出してくる。だが、これから『吸血鬼』に会おうという時にこんな調子では、納得いく『取材』は出来ない。
故にその思考をシャットアウトして、これからのことに集中することにした。
(最も、門番があんな調子じゃあ『吸血鬼』の方にも期待できないがな……)
ここに来る前に湧き上がっていた『吸血鬼への興味』が霧散していくのを感じながら、露伴は館のドアを3回叩いた。
「………………」
しかし、誰も出てこない。念のためもう一度叩いてみるが、結果は同じだった。何だか嫌な予感がした露伴は少し考えた後、軽くドアノブに手をかけて捻ってみた。すると……
そのドアは、いとも簡単に開かれた。
「……『戸締り』もしていないのか……」
「ええ、不要ですので」
「ッ!?」
唐突な声に驚き、思わず露伴はその声の出どころを追う。しかし案外というべきか、その声の主はすぐに見つかった。
「申し訳ありません。出迎えが遅れてしまいました」
「……ああ。あんまり来ないもんだから、てっきり自分で入るやつなのかと思っちまったよ」
「重ねてお詫びを。なにぶん、この館は『広い』ので」
そう言いながら、声の主は巨大な階段を降ってくる。
白と青のメイド服に身を包み、白髪を携えた女性。その鋭い声と視線から、露伴を警戒していることが見てとれた。そして、アリスとは違う『真の人間』であろうことも。
「それで、何用でしょうか?確か本日『来客の予定』はなかったと記憶していますが」
「だろうね。僕は本当は何かしらで連絡したかったんだが、ここの『メアド』も『電話番号』も分からなかったもんでさ」
「まあ、そんなものはございませんので……ですが、それならますます気になりますね。『連絡もしてきていない』あなたが、何故ここにいるのか……もしあなたが『侵入者』でしたら、こちらも
大腿部から鋭いナイフを引き抜きながら、メイドは露伴を威圧する。
だが露伴は全く怯まず、むしろその言葉を鼻で笑って見せた。
「オイオイオイオイ、僕が『侵入者』だって?人聞きが悪いね。少なくとも『あの門』を通った時は、
「……なんですって?」
メイドはナイフをしまい、代わりに馬鹿にしたような態度の露伴の背後の開いた扉から門の様子を伺った。そして開いている門、そして奥の肩だけを覗かせる門番を見つけると、先ほどの露伴と同じように非常に長いため息をついた。
「……あんの門番は……少々お待ちください」
「……ああ、別に構わ───」
露伴がそう言いかけた、瞬間。
いや、正確には倒れ込んだ、のだろうか。門番が壁の方に倒れ込んでいくのが僅かに視認できた。
「ない……ッ!?」
「失礼しました。今回に関してはこちら側の失態故、先ほどの発言を撤回させていただきます。重ねて、申し訳ありませんでした」
「あ、ああ……いや、そんなことは元から気にしていないから至極どーでもいいんだが……君、今あの門番に
「……と、申されましても……ただ叩き起こしてきただけですが」
「馬鹿なッ!?そんなのあり得ないだろ、だって僕は君から『一瞬』も目を離してなど……ハッ!」
そこまで言って、露伴は思い出した。
(僕は知っている……そうだ、知っているじゃあないか!『こんな風に動ける人間』を、彼女の他にも
そう、彼は知っている。
今の彼女のように、一瞬の間に人を文字通り『ブッ飛ばしてしまう』ような凄みのある人間……そして、その人間が持つ
「……あの?」
「……いや、何でもない。ただ、ちょっと驚いちまってね……そんなことはいいんだ、アンタ、名前はなんて言うんだ?」
「……これは失礼を。申し遅れました、私、『十六夜咲夜』と申します」
「咲夜さん、ね……。僕は岸辺露伴だ、よろしく」
(十六夜咲夜……まさか、承太郎さん以外にも
いともたやすく行われたえげつない行為。
結構のんきしてた露伴も、久方ぶりに見る『時を止める能力』にはビビった。
「それで、あなた様への対応についてなのですが……門とその番があのような様子では、誰も入ってはいけないなどとは思わないでしょう。ですので、今回はあなた様を正式な『来客』として扱わせていただきます……改めまして、本日はどのようなご用件で?」
「ああ……そう言えばまだ伝えていなかったか」
『時を止められるメイド』……などというそれだけで一本漫画が描けてしまいそうな存在を前にした上、ついさっきまで『元の目的』への興味を失いかけていた露伴はそのことがすっかり頭から抜け落ちていた。
───とはいえ、ここまで来た以上『取材』をしていかないなんて『勿体無い』選択肢を選ぶ理由など、あるはずもなかった。
「なあ……『吸血鬼』ってのは、もう寝ちまってるかい?」
✒︎
───それにしたって、どこもかしこも紅ばかりだな。
咲夜の後を歩きながら、露伴はそんなことをふと思う。
別に悪いって訳じゃあない。こういう風に『一貫性』のあるデザインってのはどうあれ魅力的に見えるし、何より見ていて気持ちが良い。
『
当然、良い……のだが。
「……流石に、目に悪いな……」
こうも紅すぎては、どうしたって目は疲れる。
「どうかされましたか?」
「……その、ちょっと目が痛くなってきてな……むしろアンタは何とも思わないのか?」
「ふむ……」
足を止め、顎に手を当てること数秒間。
「……目が痛くなる要素、どこかにありましたか?」
心底不思議そうに、彼女は首を傾げた。
「……そうかい」
「ふむ?……まあ、いいでしょう。進みますよ」
「ああ、分かってるよ」
『慣れ』というのはやはり凄まじい力なのだと、この紅に囲まれてなお平然としている彼女を見ながら露伴は再認識した。
「さて、もうそろそろお嬢様の部屋に着きます……ですがその前に。お嬢様は現在寝起きですので……少し、機嫌が悪いです。そのため、どうかあまり刺激なさらないように、上品な態度でお願いします。場合によっては、私も助けに
「……ということは、「敬語の方が良い」……ということか?」
「……まあ、そこら辺はあまり気になさらないと思います。ただ、下手なことを言えば首が飛ぶ、ということを忘れずに」
「なるほど……
「……変わっておられますね」
呆れたような、もしくは感心したような調子で咲夜が息を吐いた。
そこからの会話に、特に気に留めるような物も無く。
取り止めのない話をしている内に、その時は来た。
「着きました」
咲夜が足を止めたと同時に、露伴もそこで止まる。
彼の目の前には、どこかに「ここが主の部屋です」とでも書いてありそうな立派な扉が静かに立ちそびえ、露伴を見下ろしていた。
「へえ……いかにもって感じじゃあないか」
「……露伴様。繰り返しにはなりますが……」
「「刺激するな」だろ?繰り返さなくていい、僕をその辺の物分かりの悪い奴らと一緒にするな」
「そうですか。では……」
咲夜は一度咳払いを整えると、扉を3度軽く叩いた。小気味のいい音が廊下に響き渡る。
「お嬢様。客人を連れて参りました」
「そうか。入って来い」
中から響いたのは、少女のような可憐さと王のような
「失礼します」
そのまま、咲夜の手によって部屋の扉が開かれる。
彼女が部屋に入っていくのに続いて露伴もその中に足を踏み入れ、驚愕した。
「これは……!」
上品、高貴、荘厳。
そんな単語を並べ立てたような、整えられた美しい部屋。そしてその中心には、磨き上げられた美麗な椅子に腰を下ろし、優雅に紅茶を嗜む1人の少女がいた。
「どうだ?さぞ驚いただろう」
少女はカップをソーサーの上に置き、値踏みをするように露伴と目を合わせる。
その目はまさに『真紅』と表すに相応しい物で、『外の世界』にあるどんな赤い鉱石だろうと彼女の目には及ばないように思えた。
「貴様が「岸辺露伴」か。我が名はレミリア・スカーレット、貴様の来訪を歓迎しよう」
その体格に見合った小さく華奢な手を差し出しながら、レミリアは微笑む。露伴はその手を一瞥した後、ゆっくりと握手を結んだ。
見た目通りの柔らかい感触と人肌よりもいくらか冷たい体温が、どこか心地よくさえあった。
「岸辺露伴だ。レミリアさん、あなたに会えて光栄だ」
これまでに相手を問わず、幾度となく結んできた握手。いつもなんとも思わないそれが、『生きた吸血鬼』相手のこの時ばかりはひどく心に響いた。
「立ち話もなんだ、座るといい」
「ああ」
その言葉に従い、露伴は空いていた方の椅子に腰を下ろす。高級な生地で作られたのであろうそれは、露伴が漫画を描く際に使う椅子となんら変わらない座り心地を実現していた。
「それにしても、門の件はすまなかったな」
「門の……ああ、あの居眠り門番の」
「そうだ。奴は優秀には違いないのだが、いかんせん天然でな。気を抜くとすぐ眠ってしまう」
「それも良いところの一つではあるんだろうが……少なくとも、門番に向いてるとはこれっぽっちも思わないね」
「まあそんな言わないでやってくれ。ああ見えて、真に危険な者が来たらしっかり目を覚ますのだからな。逆に言えば、貴様が素通り出来たのは対処するほどの脅威たりえなかったからとも言える」
「そりゃ嬉しいね……つまりあの門をこうして素通り出来たことで、僕は一定の信頼を得られたというわけだ。ま、僕も別に吸血鬼に危害を加えられると思うほど自惚れちゃいないがね」
露伴の軽口を聞いてか、小さく笑いを漏らすレミリア。
それが単純に『愉快』と思った故か、こちらを侮っている故なのかは露伴には分からなかった。
「さて、本題に入るとしようか……
「そう言ってもらえて何より。これでこちらも心置きなく『取材』ができる」
そう言って、ポケットから小さなメモ帳を取り出す露伴。
その瞳は『虫取りに行く少年』のように、活気と興奮に満ち溢れていた。
「そうだな……じゃあ、まずは───」
今回の『取材』は、きっとものすごい結果を得られる。
その確信を胸に、露伴は質問を始めた。
✒︎
「ふざけてんじゃあないぞッ!この岸辺露伴がそんな舐めた態度で漫画を描くと思っているのかァッーーー!」
「何よ!別にいいじゃない、減るもんじゃないし!」
それからおよそ、20分と4分ほど経った頃。
レミリアと露伴の崇高な『対談』は、いつのまにかただの『喧嘩』に移り変わっていた。
「その思考がまず気に食わないッ!「減るもんじゃない」だと!?まさかお前は漫画が『呼べば無から出て来る』とでも思っているのか!?」
「あなたそうやってすぐ話を飛躍させるわよね!別にそんなこと一言も言ってないでしょう!?ただ「何か適当に漫画を描いて」って頼んだだけじゃない!」
「それを『舐めている』と言っているのが分からないのかァッーーー!!」
「はぁーーーーー!!??」
下手すれば館の外まで響いていそうな勢いの露伴の怒号とレミリアの不満たっぷりの叫びが、咲夜の耳を一度に突き刺した。
これで耳でも悪くなったらどうしてくれるのか……なんて事を彼女は思ったが、2人を刺激しないように口をつぐむ。
最初はもっと建設的な会話が交わされていたのに、と咲夜は回想する。それこそ、側から聞いていて少しばかり感心してしまうほどに。
しかし、レミリアが口を滑らせた───即ち、「適当に漫画を書いてみろ」と言ったことで、その均衡は崩れた。
初めは露伴も遠回しに、極めて紳士的に断っていた。しかしレミリアはそこで引き下がらず、長い間食い下がっていた。多分、単純に露伴の漫画が気になっていたのだろう。
2人の押し問答はズルズルと続き、いつの間にか───
「いいか!?そもそも漫画を描くには『ネタ』がいるんだ!でなければ漫画に『リアリティ』が出ないし、何よりも『リアリティ』のない『嘘っぽい』漫画を描くなんてのは誰よりも僕自身が許せないッ!」
「じゃあその『ネタ』とかいうの使えばいいじゃない!」
「ふざけんじゃあないこんなくだらない所で大事なネタを使えるかァ!!」
「何よそれ!あなたこだわり強すぎ!これだからたかだか20とちょっとの年しか生きてないような『お子ちゃま』は!」
「ハッ、最初に作ってた『キャラ』も保てないような奴に『お子ちゃま』なんて言われるとは心外だねッ!それに傍から見れば君の方がよっぽどガキっぽいぞ!」
「何ですって!?私は500年以上生きてるのよ、そんな訳ないでしょ!」
「いやぁ?500年以上生きててそんなしみったれた思考が出来るとは思えないけどねェ〜〜〜」
「〜〜〜〜ッ!」
こうなった。
売り言葉に買い言葉、ということわざがある。
要は相手の暴言に対し暴言で返す事を言うのだが、今の2人はまさにその言葉の通り。
加えて、どちらもかなり頭に来ている様子。特にレミリアなんかは先ほどまでの威厳あふれた口調が吹っ飛んでおり、このままではそのうち双方プッツンしてマジの殴り合いが始まるだろうという、確信めいた直感が咲夜にはあった。
(うーん……どうしましょ。どっちかと言えば先に変なこと言ったのはお嬢様の方だし……でもだからと言ってこの男の味方になるわけもなし……静観してようかしらね)
しかし、十六夜咲夜は動かない。
何故なら、その喧嘩が大事になるわけがないと思っていたからだ。アリと象では勝負にならないように、人が吸血鬼とマジの殴り合いをしたとて特に大したことにはならないと思っていたからだ。
「……先ほどから優しくしてやっていれば侮辱ばかりしやがって……おまえ生きて
(……えっ、そこまで?)
だが、象がアリに対して激怒しているとなれば話は別。
小さなアリを踏み潰そうと所構わず暴れられてしまえば、この館はさながらハリケーンが通った後のように、凄惨な姿になってしまうだろう。
アリがどうなろうと知ったこっちゃないが、館に被害が及ぶのは困る。何せ、館を管理しているのは咲夜本人なのだから。
「フン……どうやら随分頭に来てるらしいな。吸血鬼ってのはこんなに気が短いのか?よくそれで500年も生きてこられたな、感心するよ」
「どこまでいっても生意気な……だが、もはやそれは関係ない。私を『侮辱』したのだ。その『報い』を受けてもらわなくてなァッ!」
「ったく、ここにいる奴はどいつもこいつも血の気が多いな……しかし良いだろう。実はさっきから気になってたんだ、『吸血鬼を本にしたらどんな内容が読めるのかな』ってねッ!」
「その言葉、後悔するなよッ!岸辺露伴ッ!」
真っ赤な部屋の中に、巨大な漆黒の翼が広がった。
「フゥ────………」
レミリアは幅跳び選手が踏み切る時よりもさらに低く、低く姿勢を下げる。
それは、目の前の標的のことしか考えていない獣の如き構え。
───それすなわち、『直線』!
(この男は何が何であろうと仕留める!小賢しい技術や浅ましい計略など必要ないッ!『一直線』に、『最高速』で心臓をブチ抜いてくれるッ!)
筋肉が震え、思考が研ぎ澄まされる。
本能が目の前の獲物を狩りたいと叫び、全細胞が躍動する。
「───行くぞォ!」
部屋の床を踏み砕き、翼が空気を切り裂く───その直前に。
咲夜のナイフが、2人の間の床に突き刺さった。
「そこまでにしていただけますでしょうか、お嬢様?」
「……どういうつもりだ」
「どういうつもりも何も、今お嬢様本気で突っ込もうとしてましたよね?それで部屋が吹っ飛んだらどうするおつもりだったのですか?」
「……」
「ほら、答えられないでしょう?それでしたら、その行いを許すわけにはいきませんね。いくら時を止めれるといえど、粉微塵になった部屋の掃除とか普通にめんどくさいんです」
「……まあ、それは……そう、ね」
親に叱られた子供のように、レミリアはしおらしく頷いた。
「……フッ」
「露伴、おまえ今笑ったな?よし殺す、すぐ殺す」
「お嬢様、落ち着いてください。それに露伴様もいちいち刺激しないでください。あまりおふざけがすぎると私が『処理』しますよ……全く」
育児に疲れた母親のような、どこか悟った風のため息を吐きながら咲夜は2人の間に挟まる。
「とは言え、このままだと両者スッキリしないと思います。ですので───」
そして、見せつけるように人差し指をピンと立てた。
「ここは一つ、『鬼ごっこ』……いえ。私が考えた『吸血鬼ごっこ』で白黒つけるというのはどうでしょうか」
どこか誇ったように、フフンと鼻息を漏らしながら提案した咲夜に対し。
「……何だって?」
「……咲夜?」
2人はただ、困惑の声を漏らす他なかった。
あ……ありのまま今起こったことを話すぜ!「おれは話の続きを書いていると思ったら、いつの間にか一ヶ月以上経っていた」
な……何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をされたのか分からなかった……頭がどうにかなりそうだった……催眠術だとか思い込みだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……