岸辺露伴、幻想郷へ行く   作:太平洋クラゲ

3 / 13
本当は1話にまとめるつもりだったけど、思ったより量があったので前後編に分けました。


#02-2「吸血鬼ごっこ」

「ルールは簡単。紅魔館内を露伴様が逃げ、お嬢様が追いかける。制限時間は30分で、その間お嬢様に手のひらで触られなければ露伴様の勝ち、逆に時間内にお嬢様に触れられれば露伴様の負け、ということです」

 

「……なるほど、実に単純ね……で、彼がしちゃいけないことは?」

 

()()()()()。この館内であれば何をされても構いません。というか、そうじゃないと一方的ですし」

 

 咲夜がそこまであったところで露伴は口を開く。何ともまあ、納得いってなさげな険しい表情を浮かべて。

 

「オイオイオイオイナァナァナァナァ……ちょっと待てよ。別に僕は一言たりとも「やる」なんて言ってないんだぜ。それなのになんでそんなやる前提で話を進めてるんだ?」

 

「いや、強制なので」

 

「は?」

 

 露伴の眉間に刻まれていた皺がさらに深くなる。……だが、そんなことはお構いなしとでも言わんばかりに咲夜は話を続け始めた。

 

「先ほども言いましたが、これをするのは2人にスッキリしてもらいつつ白黒つけてもらいたいからです。どーせここでナァナァにしたらまた後でめんどくさいことになるでしょう、あなたたちの性格上。ですが、これなら別に部屋の後片付けをする必要もないですし、まあまあ納得行くでしょう?」

 

「それは……まあ、そうだが……」

 

「それとも何か?『じゃんけん』とかにでもしますか?私は構いませんが」

 

「嘘でしょ、流石にじゃんけんは嫌なんだけど」

 

「……僕も同感だ。『じゃんけんで勝負する』ってのにはあまりいい思い出がないんでね……」

 

「じゃあ決まりですね!」

 

 パァッと明るい表情を浮かべて咲夜が手のひらを合わせる。

 露伴はその顔を見て「こいつまさか僕たちで遊んでるんじゃないだろうな」と思ったが、どうせ言ったところで何か変わる訳もないと分かっていたので、言うのをやめた。

 

「と言うわけで、早速始めちゃいましょう。露伴様、こちらを」

 

「ン?」

 

 そう言う咲夜の手のひらには、いつの間にか───時を止めて持ってきたのだろう───1枚の紙が握られていた。何気なしにとって広げてみると、そこにはいくつもの直線が複雑に絡み合っている様子が記されていた。

 

「こちら、紅魔館の見取り図になります。流石に構造も分からないのは不利すぎますからね。後、他のメイド達にも適当に部屋に引っ込んでもらったので、遠慮しなくていいですよ」

 

「そりゃありがたいんだが……いいのか?けっこう僕に有利なように感じるが」

 

「『有利』ィ?ハッ」

 

 その瞬間、露伴の発言を心底馬鹿にするようにレミリアが鼻で笑う。

 

「そんなわけないでしょ。言っておくけれど、あなた程度なら私は片目片手片足でも簡単に捕まえられるのよ?むしろ、ハンデが少なすぎて不安になるわね」

 

「……随分自信があるようだな。その言葉、後悔するなよ?」

 

「するわけないでしょ、まぬけ」

 

「「………………」」

 

「はいはい、どうどう」

 

 再び咲夜が2人の間に割って入り、手のひらを両方に向ける。

 

「……なんか咲夜、雑になってきてない?」

 

「そんなことないですよ。それよりも、もう始めたいんですがよろしいですか?」

 

「ああ、僕はいつでも」

 

「ええ、私もよ」

 

 2人の言葉に頷くと咲夜は懐中時計を取り出し、天高く掲げて蓋を開いた。

 

「分かりました……ではこれより、『吸血鬼ごっこ』を始めます。まずは10分間、露伴様に逃げる時間を与えます」

 

「で、その時間が終わってからそこのお嬢様が動き出すというわけか」

 

「そこの言うな」

 

「そーです。というわけで、露伴様はもう移動して大丈夫ですよ。こうしている間にも、時計の針は動いておりますので」

 

「咲夜も否定しなさいよ」

 

「分かった……じゃあ、後で会おう」

 

 そう言い残して、露伴は部屋から駆け出して行った。

 ───『不敵』とも言うべき、微笑を浮かべながら。

 

「じゃ、お嬢様はここで少々お待ちを……あ、お菓子とかいります?」

 

 

✒︎

 

 

 レミリア始動まで、残り8分───

 

 館の中を露伴は疾走する。漫画家とは思えない健脚により、すでに露伴はレミリアの部屋から遠く離れた場所にまで移動してきていた。

 

「この辺りは……なるほど、食堂とかがあるのか」

 

 咲夜から渡された地図を頼りに、露伴は道を進んでいく。そして一方で、頭の中ではこれからの立ち回りを考えていた。

 

(鬼ごっこ、と題した割には長い猶予……分かってはいたが、どちらかというとこのゲームは『かくれんぼ』に近いんだろうな。僕よりも遥かに身体能力の高い吸血鬼に見つからないよう、どこかに隠れる……咲夜さんもそれを想定しているのだろう。それなら重要なのは、どこに隠れるかだが……)

 

 角を曲がって周りを見回し、再び走り出す。

 

(この辺りはメイドの寝室……なるほど、この中にメイドたちは待機してるのか……当事者である僕が言うのもアレだが、こんなことのために部屋に詰め込まれるというのは面倒だろうな……っと、階段か)

 

 露伴はすでに隠れる部屋について目星がついていた。そしてそれは、この階段を降りてまっすぐ行ったところにある。

 

(パーティなどに使うのであろう、『ホール』……恐らくはそこなら、彼女を出し抜く方法なんていくらでもあるだろうさ)

 

 半ば博打ではあるが、それを頼りに露伴は階段を駆け降りていくのだった。

 

 

✒︎

 

 

 レミリア始動まで、残り1分───

 

「こうしてみると、案外10分って長いのね」

 

 手のひらをいじりながら、レミリアは退屈そうにあくびをする。そんな彼女の前には、注がれたばかりの熱い紅茶と茶菓子の数々が並んでいた。

 

「お嬢様、そろそろ……」

 

「分かってるわよ」

 

 紅茶を口に運びながら、レミリアは妖しく笑う。

 

「でも、だからと言っていきなり飛び出すのも大人気ないわ。こういうのは優雅に行かないとね……熱ッ!?」

 

「…………」

 

「…………いい腕ね、咲夜。体が温まるわ」

 

「流石に無理ですよ」

 

「やっぱり無理よねぇ」

 

 咲夜がふと手元の懐中時計を見ると、レミリア始動の時間まで後10秒を切っていた。

 

「お嬢様」

 

「ええ」

 

 レミリアはカップを置くとようやくその重い腰を上げ、扉の前へとストレッチしながら歩いていく。小気味のいい音が、彼女の背中から鳴り響いた。

 

「見ていなさい咲夜。あの男をギャフンと言わせてやるんだから」

 

「期待しております」

 

 時計の針がピッタリ『1』……つまり13時を示した。

 

「それじゃ、行こうかしらね」

 

 その瞬間、レミリアは小さく屈んで───

 音もなく、部屋から消えた。

 

 

✒︎

 

 

 レミリア始動、『吸血鬼ごっこ』終了まで残り30分───

 

「とは言ったものの……どこにいるのかしらね」

 

 廊下を高速で飛びながら、レミリアは考える。

 

(どうせどっかに隠れてるとは思うんだけど……まあタンスとかは定番よね……でもあいつ捻くれてるからそんな真似はしないだろうし……あー、どっかの部屋の天井の上とか?いやまずそんなところあるのかしら?)

 

 奴の行き先は分からないが、あてもなく館中を飛び回るのでは効率が悪い……否、()()()()()()()()

 

「さて、楽しませて頂戴?」

 

 突如としてレミリアは廊下の真ん中で止まり、息を吐いた。

 直後、レミリアの体が黒く染まる。そしてその漆黒の体はどんどんと裂け……幾百もの『蝙蝠』となってバラバラに分かれる。

 

 真紅の館の中を、漆黒の蝙蝠が埋め尽くした。その一匹一匹の五感全ては繋がっている……文字通り、それら全てが眼であり、レミリア・スカーレットなのである。

 そして、この包囲網を抜けることが出来る生物は極めて少なく。また、露伴の名がその中に入ることはない。

 

 わずかに残った足跡だけで、彼の位置はいとも容易く特定されてしまった。

 

(……見つけた♡)

 

 黒き翼達はある部屋の扉の前で固まり、急速に人型を形成していく。

 そしてそのまま元の鮮やかな彩りを取り戻し……レミリアは再び舞い降りた。

 形成されたばかりの両腕を使って扉を開け、その部屋……()()()にレミリアは入り込んだ。

 そこに広がっていたのは、クロスのかかった円形のテーブルがこれでもかと並べられた、軽く数百人は入るであろう巨大な部屋。

 奥にあるステージには、自らを覆い尽くすかのように黒い幕が下ろされていた。

 

「多分、ここなら広いしいくらでも隠れられる場所がある……そんな軽い考えで来たんでしょうけど……」

 

 凄惨な笑みを浮かべて、レミリアは叫ぶ。

 

「無駄無駄無駄無駄ァ!床に広がった大きな血痕を見逃す人間がいないように、あんたの足跡なんぞ目をこらさなくてもいくらでも見えるのよ!」

 

 確信を持った足取りで彼女は進む。その先にあるのは言うまでもなく……幕の降りたステージ。

 

「さて、どこにいるのか当てましょうか?そうねえ、幕の裏かしら?それとも舞台袖?小道具の裏に隠れてたりするのかしら?まあ、どれであろうと必ず見つけ出してやるだけのことよ」

 

 ステージの幕はすぐそこ。

 たった10分も経っていないのに鬼ごっこが終わることに多少の惜しさを覚えながら、レミリアは幕を掴み───

 

「これで───チェックメイトよッ!」

 

 そして、思い切り幕を開けた。そこにいたのは───

 

「……読み通りだな。君ならそうやって、馬鹿正直にステージに上がって近づいて来てくれると思ったよ」

 

「露伴───」

 

 勝った。

 この距離なら、間違いなく私の方が速い。走り出す暇すらなく、触れられる。

 

 レミリアはそう考える。

 ───それら全て、露伴の作戦通りだとも知らずに。

 

「───『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』」

 

 レミリアが動くよりも、速く。彼女の顔が、幾重ものページとなって()()()()

 そのまま彼女は、声を上げることすらなくステージに倒れ込む。

 

「フゥ……僕の『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』の弱みの一つは、『射程距離』が短いことにある。多分だが、君が僕の『射程距離』に入ったところで、君の方が僕の能力の発動より遥かに速い。吸血鬼の速度ってのはなかなか侮れないからな……そして、それこそが君を攻略する『弱点』になると思った」

 

 額の汗を拭いながらペンを取り出し、露伴は彼女の隣にしゃがみ込む。

 

「僕がそのことを知っているように……君も僕にスピードで負けるなんて思っちゃいなかっただろう。だからこの距離で僕を目の前にした時、君は無意識に『油断』した。自身の勝ちを確信して、力を緩めたんだ。それなら、僕にはいくらでもやりようがある……侮ったな。漫画家ってのはこう見えて、結構素早いんだぜ」

 

 記憶を読んでやろうかとも思ったが、『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』に対抗できる奴は少なくない。加えて、目の前にいるのは本物の吸血鬼……決して油断できない相手だ。今はとりあえず、命令を書き込むことに専念しよう。適当に『露伴には触れられない』とでも書けばいいか───

 

 そう考え、露伴は彼女の顔に手を伸ばし、そして───

 

「痛っ……」

 

 自分の腕が切られていたことに気がついた。

 ───紛れもない、レミリア・スカーレットの手刀によって。

 

「な、何ィィィーーーーーーーッ!?こいつッ、まさかッ、もう───!?」

 

「……手のひら……は、当たらなかったみたいね……」

 

「くッ───!!」

 

 腕を振って急いで飛び退き、そのままステージの下に飛び降りる露伴。

 受け身を取り、なるべくダメージを抑えて着地。すぐさま立ち上がり、レミリアの方へと視線を向ける。

 

 ステージの上では、未だレミリアは床に伏せていた。しかし、その腕は既にステージの床に突き刺さっており、緩慢ではあるがしかし確実に、彼女は起き上がり始めていた。

 

「何をしてくれたのか知らないけれど……認めるわ。あなたのことを()()()いた……ただの人間だと思って、まだ油断していた……」

 

 腕が食い込み、ステージの床が音を立てて砕ける。その腕の力の入りようが、彼女がいかに激怒しているかを如実に表していた。

 

「だから、ここからは……()()()()()()

 

(や、やばい───やばいぞッ!まさかアリス君の言っていたことが本当だったとはッ!……いや、そんなことはいい。まだ『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』が効いている内に、早くここから逃げなければッ!)

 

 露伴は躊躇うことなく振り返り、全力で走り出す。

 腕からの出血は止まらないが、しかし肉までは裂けていない。大した痛みはなく、彼の逃走には何ら影響を及ぼさない。

 

「逃がさないぞ───岸辺……ロハァァァンッ!」

 

 だが露伴が走り出したことにより、レミリアは『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』の『射程距離』から外れた。つまり───彼女の動きを妨げる物は、もはや何もない。

 

「───ッ!!」

 

 猛烈に嫌な予感がした露伴が咄嗟に横に飛び退いた瞬間、レミリアが視認すらできない速度で突っ込んで来た。

 その衝撃は凄まじく、ホール全体が激しく振動し、同時に全体にヒビが入る。

 

「オイオイオイオイッ!今の当たってたら死んでたぞッ!」

 

「そう?『あなたなら避けられる』と思ったから今の速度を出したんだけど」

 

 舞い上がった塵の奥で、レミリアの真紅の眼だけが鋭く光りこちらを見つめていた。

 

「そしてあなたはその通り避けてみせた……やるじゃない、一介の人間にここまで出来るなんて思わなかった」

 

「こんな状況で褒められたって1ミリたりとも嬉しくないんだがな……ッ!」

 

「……もう一度。次はより速く行くわよ」

 

 紅い眼の位置が、先ほどよりも低くなる。

 それを見た露伴はすぐさま理解する。

 再びこちらに飛び込むために姿勢を低くしたのであろうということに。

 

「クソッ───ヘブンズ・ドアーッーーー!!」

 

 薄く光る瞳がほんの少し揺らいだ瞬間に合わせて、露伴は血の滴る腕を使い自らに全速力で書き込んだ。

 

「『ホールの出口まで最速で吹っ飛べ』ェッ!!」

 

「────ッ!!」

 

 音が響くよりも速く、レミリアの手が露伴の眼前に近づき───

 そしてそれが触れる直前で、露伴自身への命令が発動した。

 

「ウオオオォォォーーーーッ!!」

 

 彼女が触れるより僅かに速く、大砲で打ち出されたかのように露伴の体が吹き飛ぶ。

 

「チィッ!」

 

 手が空を切ったことに気づいたレミリアは舌を打ちながらも、再び突撃するために高く舞い上がる。

 そして───既に、露伴が姿を消していることに気がついた。

 

「逃げたか……けど、依然あなたは不利なのよ。何故なら───」

 

 扉の前に、レミリアがゆっくりと降り立つ。

 彼女の見つめる先にあったのは、血の滴。それらが床に落ち、露伴の行き先を示していた。

 

「私が、吸血鬼だから」

 

 床を踏み砕き、レミリアは再び飛翔する。

 ───先ほどとは違う点は一つ。その余りの速度にホールは疎か彼女が通った全ての道に衝撃波が迸り、悉くが吹き飛んでいることだ。

 

 血の香りを追い、上階に向かう。

 無論階段なんて物は使わない。ただ天井をぶち抜けば、それで終わるのだから。

 

「───フンッ!」

 

 腕を振り、強引に上階に飛び出すレミリア。そんな彼女の視界に飛び出したのは……

 

「な、何!?何がおきてるの!?」

 

「わ、わかんないわよ!」

 

「あ、レミリア様!こんにちは!」

 

「……妖精メイド達?」

 

 廊下全体を埋め尽くさんとするほどの妖精メイド達が、あたふたと廊下を彷徨いている光景だった。

 レミリアはこの状況を見て、すぐに露伴の意図に気がついた。

 

(なるほど、逃げる途中で彼女らを呼んだのか……そう言えば、ホールの近くには彼女らの部屋があったわね)

 

 つまりは、人海によるカモフラージュ。

 これでは血痕は見えない上、あの程度の出血量では血の匂いも薄いため、メイド達の香りでいずれかき消されてしまうだろう。

 

「考えたわね……露伴」

 

 ……だが。

 それで終わるほど、レミリアという吸血鬼は優しくない。

 

 

「貴様らァ!どけェッ!」

 

 

「「「「「は、はいィィィィィィ─────!」」」」」

 

 館の主である彼女にとって、メイドの人海を割ることなど容易い。

 彼女には、それを実現するほどの『カリスマ』が溢れているのだから。

 

「……見えたぞ」

 

 彼女らによって隠されていた血の道が、再び映し出される。その先にあったのは……

 

「食堂か。面白い」

 

 羽を一度羽ばたかせ、レミリアは食堂目掛けて全速力で飛行する。

 それによりメイド達は衝撃波をモロに喰らったが……仕方がないことだ。

 

 迷うことなく食堂の扉を砕き、レミリアは地面に着地した。

 部屋の奥に立つ、その男を見据えながら。

 

「さて……そろそろ終わりにしようじゃない」

 

「ああ。僕もちょうど、そう言おうと思っていたんだ」

 

 巨大な長机を挟んで、2人は相対する。

 

「随分と、手こずらせてくれたじゃない」

 

「そうかい、僕としてはただ必死になっていただけなんだがな」

 

「それでも、あなたは今こうしてまだ私の前に立っている。これは賞賛に値することよ……誇りなさい、岸辺露伴」

 

「ハッ、誇らないさ……僕が賞賛に値する人間だってことくらい、とっくに気づいてる」

 

「……ふふっ」

 

 露伴の軽口を聞いてか、再び小さく笑いを漏らすレミリア。

 そして、露伴は気づいた。今回のそれが、前の笑いよりもひどく優しい声色だったことに。

 

「気に入った……気に入ったわ、露伴。あなた、紅魔館に来ない?歓迎するわよ」

 

「悪いが───」

 

「漫画のことなら、謝るわ。あなたを、そしてあなたの誇りを侮って……()()()()()()

 

「───何?」

 

 全くの予想外の発言に、露伴の思考が一瞬止まった。

 

「何よ、私が謝るのがそんなに変?言っておくけど、別に私にだって謝ることくらいは出来るのよ?何せ、500年も生きてるんだから」

 

「……ああ……まあ、それもそうか……」

 

「え嘘でしょそんな驚く?」

 

「いや、なんというか……よりによって今言われるとは思っていなかった」

 

「なんか普通にショックなんだけど」

 

 露伴からの印象が思っていたより悪かったらしいことに気づいたレミリア。

 その顔は、先ほどの威厳溢れる顔よりもずっと若く見えた。

 

「……まあいいわ。それより、答えを聞かせてくれない?」

 

「……まあ、確かにここは思っていたよりも『ネタ』がありそうだが……」

 

「なら……」

 

「それでも、()()。僕は漫画家だからな、読者をほったからしには出来ない」

 

「……そう。私、振られちゃったわね」

 

 レミリアは少しだけ俯いたあと、再び露伴に視線を向けた。

 

「じゃあ、()()()()()()()()()……決着をつけましょうか」

 

「……そのまま忘れてくれてた方が楽だったんだけどな」

 

「それは嫌よ。あなたのことは認めるけど、それはそれとして負けたくないのよ、私」

 

 そう言ってレミリアは一度無邪気に笑い……そして、先ほどと同じように顔を引き締める。

 

「最後に言っておくわ……今回の『鬼ごっこ』、()()()()()()()

 

「……フッ」

 

 その言葉を受けて、露伴も小さく笑い……そしてペンを握りしめて、彼女にペン先を突き付ける。

 

「なら、僕も最後に言っておこう……君、初めて会った頃よりか何倍も『吸血鬼』っぽいぞ……ってな」

 

「……嬉しいこと言ってくれるじゃない」

 

 レミリアは口元だけを僅かに緩ませ……そして、渾身の力で翼を羽ばたかせる。

 

「行くわよ!露伴!」

 

 彼女は全身に力を滾らせ、身体能力の全てを引き出す。

 有り余るパワーに空間が震え、その余波が露伴の全身を貫く。

 

「……凄まじい力だな」

 

「───ッ!!!」

 

 本日、最大最速。

 全身全霊の力を込めて、レミリアは飛んだ。

 

 それはもはや、生物としての身体能力を超えているようにすら思えた。

 正面で向き合っていたというのに、露伴はレミリアの動きをほんの僅かしか捉えられず。

 そして露伴が『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』を発動しようとした時には既に、レミリアの手のひらは露伴の肩に触れかけていた。

 

「くっ───」

 

「私の───勝ちよッ!」

 

 レミリアの手が、触れる───

 

「そこまで!」

 

 まさにその時、凛々しい声が食堂に響いた。

 

「「───!」」

 

 その声を聞き、レミリアは彼に触れる寸前で止まり地に降りる。

 そして2人はほぼ同時に、声の方へと振り向いた。

 

「咲夜……」

 

「制限時間の30分が経過しました。そして、その状況を見るに……どうやら、露伴様は逃げ切れたようですね」

 

「何言ってるのよ、まだ時間は……」

 

「いや……合ってるよ」

 

「……何ですって……?」

 

 そこで露伴は、またしても不敵に笑って見せた。

 

「君が僕の腕を切り裂いた、あの時……ただ腕を振ったように見せかけて……『書き込んでおいた』。『制限時間までまだ余裕があると思い込む』、とね。本にする能力とは違って、書き込んだ内容に「射程距離」は存在しない」

 

「……なっ……」

 

「もう一度言おう……()()()()()()()()()()()()

 

「ななっ……」

 

「ちなみにお嬢様、こちら私の時計です。そしてこの時計が指しているのは間違いなく13時半。露伴様の言うことは……合っています」

 

「何ですってぇ〜〜〜〜!?」

 

 レミリアの絶叫が、館中にこだました。

 

「真面目にやるの、遅かったみたいですね」

 

「そっ、そんな……この私が……!?こんな……!?」

 

「僕の勝ちだ、レミリア。次からはちゃんと時計を見るんだな」

 

「では、改めて勝者は露伴様ということで……ですが、()()()()()。露伴様、地図を」

 

「ん?ああ……」

 

 露伴が随分とボロボロになった地図を手渡すと、咲夜はどこからか取り出したペンを用い、無言で地図に印をつけていく。

 

「さ、咲夜……?」

 

「…………」

 

「か、顔が怖いわよ……?」

 

「…………終わりました。2人ともこちらを」

 

「……これは……マークがついているな。ホールに、廊下に、食堂……」

 

「はい。これら全て、あなた方が滅茶苦茶にしてくれやがった部屋です」

 

「「あ」」

 

 しまった。

 2人の顔には、まさしくそう書かれていた。

 

「私が何でこのゲーム提案したか覚えてます?あんたらに喧嘩させたら部屋が滅茶苦茶になって後片付け面倒だから、そうならないようにしたんですよ」

 

「え、えっと……」

 

「なのに何で鬼ごっこでこんなんになるのか心底意味わかりませんし、被害も大きすぎます。妖精メイドを総動員しても直すのに丸1日はかかりますよ、これ」

 

「…………」

 

「ねえお嬢様」

 

「……はい」

 

「あなたが次すべきこと、分かりますよね」

 

「………………ごめんなさい?」

 

「それで済むわけないでしょ。これ全部直すまでメイドと一緒にたっぷり働いてもらいますからね。あと露伴様も」

 

「な、何だって!?」

 

 まさかの飛び火に、露伴は思わず自分の耳を疑った。

 

「さ、咲夜さん。僕は何もしていない、部屋を破壊し回ったのはレミリアの方だ!」

 

「まあそうですけど。でも連帯責任なんで」

 

「オイオイオイオイ!おかしいだろいくら何でも!」

 

「さ、咲夜。いくら何でもそれは……」

 

「知りませんよ。そもそもあなたがお嬢様を抑えられなかったのが悪いんですから」

 

「理不尽にも程があるッ!相手は吸血鬼、僕は人間!抑えるなんて出来るわけないだろッ!そもそもこっちは危うく死にかけてたんだぞッ!」

 

「まずそっから意味わかりません。何で鬼ごっこで死にかけるようなことになるんですか」

 

「それはァ───」

 

「咲夜、怒らないで聞いて欲しいんだけど───」

 

 それから、怒りのあまり破壊者(バーサーカー)となった咲夜を説得するため、2人は全力を尽くし。

 何とか露伴『は』片付けから逃れられたのだった。

 

 

✒︎

 

 

「それじゃ、僕はそろそろ行くとするよ」

 

 あれから2日ほど経ち、あらかたの取材を終えた露伴。

 彼は今、紅魔館を立ち去ろうとしていた。レミリアと咲夜には既に話を通し、また2人もそのことを了承していたのだが……しかし逆に、それを認められていない者達もいた。

 

「えー。もっといればいいのにー」

 

「そうですよ、()()の言うとおりです」

 

「私もそう思います!」

 

 紅魔館の主たるレミリアと血の繋がった妹である、フランドール・スカーレット。そしてその紅魔館の門番たる、紅美鈴。加えて大図書館で働く、小悪魔。

 3人揃って露伴の前に立ちはだかり、その出立を阻止しようとしていた。

 

「ロハンと知り合ってまだ全然なのにもう帰るなんてダメだよ。私もお姉様みたいに『鬼ごっこ』したいんだから」

 

「勘弁してくれ、あれで僕は死にかけたんだ。それでなくとも咲夜さんに長い説教をされたんだからな……」

 

「駄目ですよ露伴さぁん!もっと太極拳の稽古しましょうよ!筋良いんですから、絶対もっとやれますって!」

 

「美鈴さん、あれは取材の一環でしただけだ。確かに経験としては良かったが……続けるのは遠慮しておく」

 

「そんなぁ!」

 

「では、一旦図書館に行きませんか?まだ読んでない本たくさんありましたよね?」

 

「それはそうだが、もうパチュリーさんには話を通してある。連絡さえすればいつ図書館に立ち寄ってもいいそうだから、残った本はその時に読むとするよ」

 

「えー、ケチ!」

 

「なんでこんなことでケチと呼ばれなくてはならないのか心底疑問だねッ!」

 

「ほらほらあなた達。露伴の邪魔しないの」

 

 その時、露伴の背後から聞き慣れた声が響く。

 

「あ、咲夜と部屋壊したお姉様だ」

 

「うるさいわよフラン。別に良いじゃない、直したんだから」

 

「それ次言ったら本気で怒りますからね」

 

「……また人の数が増えたな……そんなに集まるもんでもないだろう」

 

 呆れたような露伴の言葉に、レミリアは首を強く横に振る。

 

「そんなことないわよ!この2日間、けっこう楽しかったんだから!」

 

「そりゃ嬉しいね、最高の気分だよ」

 

「じゃあもっと居てくれる!?」

 

「……皮肉だって分かんないかなぁ〜〜……そもそも君はもう納得してたろ」

 

「でも、せっかく部屋も作ったんだし……」

 

「……やっぱガキっぽいぞ、君……大体、今生の別れでもあるまいし。そんな大袈裟に言う物でもないだろ」

 

「だって、取材が終わったら外の世界に帰っちゃうんでしょ?」

 

 不安そうなレミリアの問いに、露伴は本日12回目のため息をついた。

 

「あのねえ。別に帰ってこないなんて一言も言ってないだろう。行き方は分かってるんだから、来ようと思えばいくらでも来れるさ」

 

「ほ、ほんと?」

 

 子供のように、目をうるうるさせて尋ねるレミリア。

 これがわざとでないのだから恐ろしいと、露伴は心底思った。

 

「ほんとだよ、ほんと……フランも美鈴さんも、小悪魔さんも。別にまた今度で良いことだろう?」

 

「むー……まあ、それならそれでいいけど」

 

「仕方ありませんね」

 

「じゃあその時はたくさん太極拳の稽古しましょうね!」

 

「絶対に断るッ!」

 

「なーんーでーでーすーかー!?」

 

「ほら皆さん、そろそろ行かせてあげましょう」

 

 咲夜の呼びかけに応じ、フラン達は渋々扉の前から退く。

 露伴は13回目の深いため息を吐くと扉に手をかけ、勢いよく開いた。

 

 空は雲一つない晴天で、冷えた心地よい風が若葉の香りを乗せて吹き抜けてくる。

 紛れもない、旅日和だった。

 

「それじゃ」

 

 露伴は軽く手を挙げると、外へと歩き出そうとする。

 

「露伴!」

 

 が、そう強く呼びかけられ……仕方なく、本当に仕方なく振り向いた。

 

「紅魔館一同、あなたのお帰りをお待ちしております」

 

「またね!待ってるわよ!」

 

「パチュリー様もよろしくって言ってました!」

 

「私、まだまだあなたのこと知らないから。今度帰ってきたらたくさん遊ぼうね」

 

「稽古が嫌でしたら、次はすぐ寝れる方法を教えますよ!」

 

 紅魔館総出でのお見送り。

 流石にこれをされては、あの露伴といえど無視する気にはならなかった。

 

「……どーも。次会えるのを楽しみにしておくよ」

 

 再び背を向けて、彼は歩き出す。

 今度は、比較的真面目に手を振って。

 

 かくして、露伴は門を通り抜ける。

 次の目的地……『守矢神社』に想いを馳せながら。

 

 

✒︎

 

 

「露伴、行っちゃったわね」

 

「そーだね……そう言えば、あの人どうやって『外の世界』に帰るつもりなの?」

 

「さあ?博麗神社で何かするんじゃない?……あーあ、まだ居てくれてよかったのに」

 

「……前々から思っていたのですが。お嬢様、随分と露伴様に関心がありますよね」

 

「ん?まあ、そうね。やっぱりあの鬼ごっこが楽しかったからかしら」

 

「ですが、そもそも吸血鬼ごっこをする前は随分と険悪に見えました」

 

「あー……それね。その、なんて言えばいいかわかんないのだけれど……あの時の、というか露伴に能力を使われるまでの私、多分……()()()()()、のよね」

 

「……暴走……ですか?」

 

「お姉様何言ってんの?頭おかしくなった?」

 

「あんたはっ倒すわよ。……とにかく、なんかそうとしか表現出来ない感じだったのよ。今考えても、いくら何でも初対面の人間相手にあそこまでキレるのは()()()()()()し、なんか……こう、感情が抑えられなかったというか……そうでしょ?」

 

「そうでしょ、と言われましても……まあ、確かにあの時は私も怒りすぎなのではとは思いましたが」

 

「あ!」

 

「うわびっくりした!何よ美鈴、そんな大きい声出して」

 

「「私らしくない」で思い出したんですよ!私も()()()()()()ことがあったなって!」

 

「はあ?」

 

「ほら、露伴さん言ってたじゃないですか。「門が開いてた」って。けど、それ()()()()んですよ!だって私、()()()()()()()()()()()()()なんですもん!!」

 

「そんなこと言って、どうせまた寝ぼけてたんじゃないの?」

 

「いやいや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って!信じてくださいよ咲夜さぁん!」

 

「はいはい、分かったからさっさと門番に戻りなさい」

 

「冷たーい!咲夜さんの鬼!悪魔!メイド長!」

 

「……ふーん」

 

「妹様、どうかしました?なにか気になることでも?」

 

「いんや、別に?ただ……今の話聞いてさ。小悪魔も思わない?」

 

「……?」

 

 

 

「………なんか、嫌な予感するなって」




飛ばした2日間はなんか余裕できたら幕間がてら書くかもしれません。あんまり期待せんといてくださいよ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。