岸辺露伴、幻想郷へ行く   作:太平洋クラゲ

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ランキングに入ることも多くなってきました!
本当にありがとうございます!


#03「現人神」

「おい兄ちゃん、どうしたよ。こんなところに1人で」

 

「駄目だよなぁ。こんなところを『人間』が1人で歩いてちゃあ、「食ってください」って言ってるようにしか見えねえもんなぁ」

 

「……なんだ、君たち」

 

 露伴は今、深い森の中にいた。

 高く生い茂った木々が日照りを遮り、鳥達が優雅なさえずりを演奏している。

 目の前に立つ異形さえいなければ、ここはスケッチするに値する光景だったろうに……そう、露伴は思っていた。

 

「「なんだ」か……そう問われれば分からねえな。兄弟、俺らって何なんだろうな?」

 

「そうだなぁ……アリにとってのアリジゴク、ネズミにとっての猫、そして……人間にとっての『妖怪』ってのはどうだ?」

 

「……なるほど、妖怪……」

 

「おいおいどうした?今頃になってビビって来たか?」

 

「いや、別にそういうわけじゃあない。ただ、丁度いいタイミングで出てきてくれたなと思ってさ」

 

「ああ?」

 

「君達、僕を『守矢神社』まで案内してくれないか?一応パチュリーさんから地図は貰ってきているんだが……いかんせんここら辺は複雑でね」

 

「……くくっ……ガハハハハハハハハハハッ!」

 

「アヒャヒャヒャヒャヒャ!聞いたかお前!案内だってよ!人間が、妖怪(俺たち)に!アーヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

「そんなに笑うようなことか?」

 

「そりゃお前、傑作よ!ガハハハ!」

 

「アヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 

「アハハハハハ」

 

 薄明るい森に、1人と2匹の笑い声がこだました。

 

「で、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「するわけねェだろうがボケェーーーーーッ!!」

 

 肩を怒らせた妖怪の剛腕がしなり、横に立ちそびえていた巨木に巨大な傷を刻み込んだ。

 落ちてきた葉を踏み潰しながら、妖怪は叫ぶ。

 

「テメェ舐めてんじゃあねえだろうな!俺らに向かって道案内だと!?下等生物如きがそんなことほざいていいと思ってんのか!?」

 

 露伴はその罵倒を聞きながら、守矢神社についての考えを巡らせていた。「神ってのはどんな見た目かな……古事記に載ってるような見た目か、案外現代的になってるかもな」なんてことを呑気にも考えていた。つまりは───

 

 目の前の妖怪2匹に対して、全く興味を抱いていなかった。

 

「そうかい、なら今すぐどいてくれ。こっちは神社直通の『ロープウェイ』が故障中ってんで、わざわざこの獣道を歩く羽目になってるんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 心底呆れたように、疲れたように露伴は言った。

 まるで、やんちゃな子供に言い聞かせるように。

 

「……そうかそうか、つまりテメェは俺たちとの会話が無駄、取るに足らないものだって思ってんだな……」

 

「なるほどなるほど、いい度胸だ……吸血鬼にすら届く速さを持つ俺らに向かってそんなことを言うとはな……」

 

「……あのさあ、言い換えなきゃ伝わらないか?『邪魔』だと言ってるんだぜ、僕は」

 

 ()()

 この言葉が、妖怪達の逆鱗に触れた。

 

「死ねェッ!ドブカス人間がァッ!」

 

「手足ちぎられた後でも同じ言葉吐けるか試してやるよォ!」

 

 大地を踏み抜き、妖怪達が露伴目掛けて飛びかかる。

 さすが妖怪というべきか彼らの速度は凄まじく、並大抵の人間では避けるのさえ叶わなかっただろう。

 

 しかし。

 彼らの前に立つのは、数々の修羅場を越えてきた男。

 『連続殺人鬼』、『神の化身』、『方程式を検閲する何か 』、『最も邪悪な絵』───

 それら全てと相対し、生き残ってきた漫画家。

 

「この岸辺露伴を舐めるなよ───」

 

「「喰らえェーーーッ!」」

 

 そんな彼にとってこの程度の相手を捻ることなどは、もはや児戯に等しかった。

 

「『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』」

 

 一瞬にして刹那の間に、妖怪達は飛びかかりながら物言わぬ『本』となり、彼の前に倒れ込んだ。

 露伴は心底冷めた目を向けながら、彼らの前に立つ。

 

「フン……「吸血鬼にすら届く」とかなんとかほざいてたが、レミリアよりもずっと遅かったよ」

 

 とはいえ、一応は本にした相手。

 読めるものは読んでおこうと、近い方の妖怪のページに指をかけめくり始めた。

 

「……なんとなく察してはいたが、全く面白くないな。『幼稚園児の落書き』の方がまだ見どころがある。いくら名も分からない小さな妖怪とはいえ、ここまでつまらないと本当に妖怪なのかさえ疑わしくなってくるぞ」

 

 一から十、頭のてっぺんから爪先に至るまで何処を見ても目が滑る。そのあまりの摩擦のなさに、ここがスケートリンクなのではとさえ露伴は思った。

 

「だが、そんな君たちにも出来ることはある。例えば……『僕の命令には絶対に従う』とかな」

 

 適当なところで記憶を読むのをやめ、そのままの『書き込み』を妖怪達に書き込む。

 そして『能力』を解除すると、彼らはすぐさま立ち上がった。先ほどの激怒とは180度違う、真顔を浮かべながら。

 

「僕を守矢神社まで案内しろ」

 

「「はい、分かりました」」

 

 またしても先ほどとは全く違う、従順で無機質な返答。

 彼らは振り向くと、露伴が追いつけるペースで歩き始め。そして露伴も、そんな彼らの後を着いて行った。

 

 

✒︎

 

 

「「着きました」」

 

「そうか、もう好きにしていいぞ。ただし二度と僕の前に現れるなよ」

 

「「はい、分かりました」」

 

 彼らはそう言うと、そのまま森の中に静かに消えて行った。

 露伴はそんな妖怪達を目で追うことすらせず、目の前に積み上げられた石畳の階段の方に意識を割いていた。

 

「ふむ……博麗神社の時と比べ落ち葉が少ない。というより、全体的に綺麗だ。これなら、無人ってことはなさそうだな」

 

 頭の片隅で考えていた最悪のパターンを通る可能性が限りなく低くなったことに安堵しながら露伴は階段を登り始め、そして割とすぐに登り切った。

 

「……っと、あれは……」

 

 そして階段の上に広がっていたのは、随分と豪華な様相を呈している神社。

 加えて、その神社の前で箒を持って地面をはたいている()()()()()───というには少し服装が派手な気もするが───がいた。

 

「………………あれ?」

 

 人の気配に気づいたのか、その巫女は露伴の方を向き。

 そして慌てたような顔を浮かべ、こちらへ走ってきた。

 

「えっ、えっと、人間の方ですよね?どうしてここに?」

 

「どうしても何も、ただ参拝に来ただけだ。それともアレか?ここの神様はそんなことも許してくれないほど気が短いのか?」

 

「い、いえ、そんなことは決してないんですが……でも今ロープウェイは故障中ですから、徒歩でお越しくださった訳ですよね?道中で妖怪などに襲われはしなかったのでしょうか?」

 

「いや、何にも襲われなかったよ」

 

 露伴は平然と嘘をついた。

 

「そうです、か……それならいいのですが……」

 

 対する巫女の方は、いささか疑問に思いつつもなんとか納得してくれたようだ。

 

「あ、申し遅れました。私、風祝(かぜはふり)の……まず風祝って分かります?」

 

「……まあ、そんなに詳しくはないが……そういう神職があった、くらいのことは知っている……しかし何故そんなことを?」

 

「実は最近、風祝って言っても参拝客の方に伝わらないことがあったりするんですよ。なので、改めて広めていこうかな……と……」

 

 そこまで言ったところで、彼女は何気なく露伴の顔を見て。 

 そして、笑みを浮かべたまま唐突に固まった。

 

「ふうん。ま、いい心がけなんじゃないか」

 

「…………」

 

「……何だい急に。人の顔を断りもなくジロジロと見るんじゃあない」

 

「……岸辺、露伴……先生?『ピンクダークの少年』の……」

 

「は?」

 

 露伴は思わず、聞き返してしまった。

 まさか自分の代表作の名をこの幻想郷で聞くことになるとは、夢にも思っていなかったのである。

 

「そうです、よね……?」

 

「いや、それはそうだが……何故君が『ピンクダークの少年』を知っている?」

 

「ほ、本物……そうだ、それなのに私……」

 

「おい、何をブツブツと……」

 

「あ、あの!」

 

 唐突に巫女が声を張り上げる。

 何も身構えていなかった露伴はそれに顔を顰め、咄嗟に耳を抑えた。

 

「あ、すみません、つい……」

 

「……君、次やったら本気でキレるからな」

 

「はい、すみません……じゃなくて!露伴先生、覚えてませんか!?私です!()()()()()です!ほら、諏訪でお会いした!」

 

「質問を質問で……待てよ、諏訪?」

 

 その地名を聞いて露伴がふと思い出したのは、数年前だったかの夏のことだった───

 

 

✒︎

 

 確かその日は、来月連載予定の読み切りのネタを探すため、取材をしに来ていたのだったか。

 

「あ、あの!サイン、お願い出来ませんか!」

 

「ん、なんだ君は。僕の漫画のファンか?」

 

 そのために訪れた小さな街の、その一角。

 静かな商店街で、僕は少女に声をかけられた。

 

「は、はい!私、『ピンクダークの少年』の大ファンで……!」

 

「そーかい、そりゃどうも。で、何にサインすれば良いのかな。色紙とか持って来てんのかい?」

 

「あ、それなら『ピンクダークの少年』の一巻を持ってるので!これにお願いします!」

 

「……用意周到だな」

 

 随分と派手な髪色と、それとは対照的に真っ当な制服を着ている彼女から本とペンを受け取りながら、僕は呟いた。

 恐らくは、ここを通る前にどこかで彼女に見られていたのだろう……もっとも、別にそれを深堀りする必要はなかったし、特に興味も無かったからそれ以上は追求しなかったが。

 

「君、名前は」

 

「あ、そうですよね!私の名前は東風谷早苗って言います!これが漢字で……」

 

「へえ、結構珍しいな」

 

「あはは、良く言われま」

 

「書けたよ、ほら」

 

「す……え?」

 

 いつも通りの速度でサインを書いて渡してやると、彼女は随分と驚いていた。多分もっと時間がかかると思っていたのだろうが、そんなのは筆の遅いやつだけだ───そんなことを考えた気もするし、今でも思っている。

 

「じゃ、そういうわけで。新刊、楽しみにしててくれ」

 

「はい!ありがとうございました!」

 

………

……

 

 

✒︎

 

 

「ああ、君か」

 

 そこで露伴は早苗のことを思い出した。

 

「良かった!思い出していただけたんですね!」

 

「変わった髪色をしてた上、あそこで唯一僕にサインを求めてきた奴だったからな。嫌でも頭の片隅には残るさ」

 

「わぁ───!」

 

 目をキラキラとさせながら早苗は手を合わせる。

 本当に嬉しかったのだろう、今すぐにでも飛び跳ね始めそうなほどに顔を綻ばせていた。

 

「それにしても、まさか幻想郷(こっち)で会えるなんて思ってもいませんでした!……って、待ってください。そもそもなんで露伴先生がこちらに?」

 

「それを話すと長くなる。というか、僕も同じことを聞こうと思っていた。なんで君がこんなところにいるんだ?」

 

 早苗がそうであるように、露伴も何故高校生だったはずの彼女が幻想郷にいるのかが気になっていた。それも一応、本当に一応ではあるが関わりのある人間だから、なおのこと。

 それを読み取ったのか、早苗は少し離れると彼に向かって手招きをする。

 

「とりあえず、上がっていきませんか?そちらの方が落ち着いて話が出来ると思うんです」

 

「……ふむ。確かにそれもそうだな」

 

 『神』への『取材』目当てでやってきた上彼女のことがほんのちょっぴり気になっていた露伴にとって、この提案はまさに僥倖。特に断ることもなく、露伴は彼女に続いて歩き始めた。

 

 

✒︎

 

 

「へぇ〜……『ネタ集め』ですか。お茶いります?」

 

「ああ、貰うよ。山を歩いてきたからな、喉が乾いて仕方ない」

 

「そうですよね、今持ってきます」

 

 障子を開けて何処かへと歩いていく早苗。露伴はそれを見届けた後、通された部屋を見回す。

 なんてことはない普通の部屋。強いて言うなら生活感が溢れていて、あまり居心地の悪さを感じない環境ではあった。

 

(ふむ……まあ、特に不思議なものもない……)

 

「持ってきました」

 

「ああ、ありがとう」

 

 帰ってきた早苗が持ってきたお茶に口をつけながら、露伴はそれとなく尋ねた。

 

「それで、僕の事情は話したんだ。次は君の話を聞かせてくれないか」

 

「あー……そうですよね。まあ、そんなに深い話でもないので軽く聞いててください」

 

 早苗はそこで言葉を切ると茶を飲み、それからゆっくり語り出した。

 

「結論を言ってしまうと、外の世界で生きていくのが難しくなったんです。私ではなくて、神奈子様と諏訪子様……つまり、『神様』がです。と言うのも、外の世界は移り変わりが激しいので、安定して信仰を集めるのが難しいんですね。そして信仰がなければ、それを糧とする『神様』の存在も危うくなる……」

 

「だからこちらに来たと。確かに、外の世界よりはここの方が何十倍も信仰を得られそうだな」

 

 露伴の言葉に早苗は強く頷いた。

 しかしそんな彼女とは対照的に、露伴は机に手を置き頬杖をつく。

 

「なるほど、神の事情は分かった。だが僕が聞きたいのは、()()()()

 

「えっ?」

 

「だから、君の話を聞きたいと言っているんだ。家族とか友人とか学業とか、君にはそういう繋がりがあったはずだろう。それはどうしたんだ?」

 

「ああ、そういう……あはは……」

 

 早苗は困ったように頬を掻き苦笑いを浮かべた後、俯いてしまった。

 

「っと、別に話しにくいなら話さなくて良い」

 

 どうせ『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』で読めるしな───

 露伴は心の中で付け加えた。

 

「いえ、露伴先生が相手なら大丈夫です。ただちょっと、時間が欲しくて」

 

 早苗は何度か深呼吸をした後、俯いたままポツポツと言葉を紡ぎ始めた。

 

「……確かに、私には家族がいました。友人も多いとまではいかなくてもそれなりにはいましたし、学業もまあまあで。我ながら、結構充実してたと思います」

 

「だが、君は今ここにいる」

 

「はい……その、言うのが遅れたんですが、私実は現人神の末裔でして」

 

「現人神……人の姿をした神、だったか」

 

「……驚かないんですね」

 

「僕はそういうのには慣れてるからな」

 

「慣れ……?」と首を傾げる早苗だったが、話の本筋がそこではないことを思い出し、咳払いを挟んで話を再開した。

 

「さっきも言った通り、現代において信仰を集めるのは難しい。そしてそれは私も例外ではなくて。私の力もまた、薄れていったんです。それである時、神奈子様に言われたんです。自分と共に幻想郷に来ないか、と」

 

「君はそれに応じたわけか」

 

「……はい。私にとって、神奈子様と諏訪子様は親同然と言うべき方々だったんです。もちろん血の繋がった家族とも仲は良かったのですが……どうしても神であるお二柱(ふたり)にしか相談出来ないことが多くて、時間があればたくさん話していました」

 

「だから、付いてきたと?」

 

「それもありますし……幻想郷の話を聞いた時、単純に思ったんです。なんて面白そうなんだ、って」

 

「……そういうことだったのか。なるほど……」

 

 露伴はその話を聞いて何度か頷いた後、人差し指をピンと立てた。

 

「ただ、ひとつだけ気になることがある。家族や友人、教師なんかにはどう言ったんだ?」

 

「…………それは」

 

 そう問われた途端、早苗の顔色がこれまででもっとも悪いものに変化した。

 

「…………ないんです」

 

「……悪い、聞こえなかった。もう一度言ってくれないか」

 

「……ですから、言って……ないんです。誰にも……」

 

「誰にも……って待て。それじゃそいつらからしたら、君が誘拐とか神隠しに遭ったように見えてるかもしれないってことか?」

 

「……多分」

 

「オイオイオイオイ、「多分」ってのは良くないだろ。別に僕は君の親でも何でもないから君の選択にケチつけてやろうなんてつもりはさらさらないが、せめて話くらいはしておくべきだったんじゃあないか」

 

「……分からなかったんです」

 

 露伴の指摘に対して、早苗は言葉を捻り出す。その姿は苦しんでいるようにも、泣いているようにも見えた。

 

「何と言えばいいのか、言ったとしてそこから先どうすれば良かったのか。その時の私には何も、分からなかった。ですから、逃げたんです。誰にも、何も言わずに」

 

「……んで君は、今の今までそれを続けて来たのか」

 

「……はい。お二柱(ふたり)は薄々勘づいていると思いますが、私を気遣ってくれているのか何も言ってはきません……それに、私自身今もどうすれば良いのか分からなくて……」

 

「……ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 その言葉を聞いて、露伴は心の底からのため息を吐いた。

 可哀想だと思ったからではない。ただただ、呆れたからだ。

 

「すみません、こんなつまらない話……」

 

「……さっきも言ったが、僕は君の親じゃない。だから僕が君にどうこう言える権利も、言ってやる義務もないけどさあ……とりあえず、今からでも神奈子様だか諏訪子様だかに言って来た方がいいんじゃあないの?」

 

「……今から、ですか?」

 

「少なくとも、一人でナヨナヨ悩んでるよりかよっぽどマシだと思うけどね。その神々も別に話が通じない訳ではないんだろ?……というか聞き出した僕が言うのもアレだが、何で僕にそんなこと軽々と言えたんだ?」

 

「……分かりません。でもむしろ、そうやって聞き出そうとしてくれたから私も話せたのかも……あはは、何言ってるんでしょう私?」

 

「そんなこと僕に聞かれても困る」

 

「まあそうですよね……ん〜〜〜〜〜っ。でも何だか少し、気が楽になりました。もしかしたら、こうやってちょっと話せば楽になるくらいの軽い悩みだったのかもしれませんね」

 

 その言葉の通り、随分と軽そうに早苗は身体を伸ばし始める。

 そんな彼女の浮かべる顔は、先ほどよりも幾分か色が戻って来ているように見えた。

 

「確かに、まずは神奈子様達に伝えないと始まりませんよね。次帰って来たら声をかけてみようかな……」

 

「……君、思ったよりメンタルが強いんだな。(……もしくは()()()()()()()()()()かもしれないが……)……そういえばそれで気になったんだが、その神々は今どこで何してるんだ?」

 

「あー……これって言っても良いのかな……まあいいや、言っちゃえ。えっと、お二柱(ふたり)は今()()()()をしてまして」

 

「妖怪探し?神がか?随分と精が出るな」

 

「いやまあ、妖怪と言ってもかなり上位の方なんですけどね。()()()さんと言うんですが、知ってますか?」

 

「……いや、全く知らないね。というか幻想郷に来て間もない僕が知ってると思うのか?」

 

「ですよねぇ」

 

 ダメ元で聞いたのだろう、露伴が知らないと返しても動じないどころか「そりゃそうだ」とでも言いたげな笑顔を早苗は浮かべた。

 

「……でも実際、結構な騒ぎになってるみたいなんですよねぇ。ちょっと連絡がつかなくなったり行方が知れなくなる程度なら良くあるんですけど、今回はそういうのとは違うみたいで……」

 

「ふうん、幻想郷も大変だな……ん?ちょっと待った。ということは、アレか?次いつその神々が戻ってくるのか分からないのか?」

 

「ええ、はい。多分、短くても一週間くらい?」

 

 その言葉に、露伴は思わず天を仰いだ。

 彼女の言うことをそのまま受け取れば、これから一週間以上目当ての神には会えぬと言うこと。

 いくら長めに休暇を取ったとはいえ、これ以上の滞在は問題になる。

 

「……一応聞くが、僕一人で探し出せると思うか?」

 

「多分無理ですね。探しているところも特殊でしょうし、何より単純に人間一人で出歩くにはここは危険すぎますから……まあ、だからここまで徒歩で来てるのがおかしいんですけど」

 

「そうか……」

 

「……もし良ければ、神奈子様達が帰ってくるまでの一週間守矢神社(ここ)で寝泊まりすると言うのはどうですか?布団も用意しますし、一日三食きちんと作りますよ」

 

「……それは良い提案だな。()()()()

 

「えっ」

 

 心底意外そうな、というか考えもしなかったという風な声が早苗の口から漏れ出た。

 そんな彼女を横目に露伴は立ち上がり、背後に置いてあった荷物を手に取った。

 

「言ったろ、僕がここに来たのは『ネタ』集めのためだ。流石に編集部への連絡もなしにこれ以上の滞在は出来ない。一度外に戻ってから、改めてまた来るとするよ」

 

「え、え……い、いつ頃とか……」

 

「どうだろうな。余裕が出来れば来るつもりではあるが……しかし、ここからは何かと忙しいからな……少なくとも一ヶ月は来れないだろう」

 

「い、いい……一ヶ月……です、か……」

 

 かなりショックを受けたのか、顔から表情らしい表情が全て抜け落ちていく早苗。久しぶりに外の人間に会えたというのに、その者が会ったその日に帰ってしまうのだから無理もないが。

 

「……まあ、次はもっと長く休暇を取ってくるさ」

 

「……そうですか……じゃあ、階段まで見送りますよ……」

 

 とぼとぼ、とでも表現できそうな歩き方で、早苗は立ち上がり露伴の先を歩いていく。

 それを見ていた露伴は、「動画で見た雨に濡れた子犬がちょうどこんな感じだったな」とうっすら思っていた。

 

 やがて階段の前に辿り着き、早苗が振り返る。

 今にも泣きそう、という顔で。

 

「やっぱり一日くらいは泊まって行きません……?」

 

「くどい、時間がないと言ってるだろ。全く、どいつもこいつも……別にもう二度と会えないって訳でもないんだから、そんなしみったれた顔をするんじゃない。僕が悪いみたいじゃないか」

 

「うっ、そうですよね……すみません。じゃあ、お気をつけて……」

 

「はいはい、どーも。君も達者でな……」

 

 手慣れたように手を振りながら、露伴は階段を降りていった。

 その姿をずっと見ながら、早苗は。

 

「……本当に、帰っちゃうのかな」

 

 そう、呟いた。

 

 

✒︎

 

 

 昼下がり、露伴は再び鳥のさえずる森の中を歩いていた。

 前回と違うのは、彼を邪魔する者がいないということだ。

 

(やはり、次はもっと長い休暇を取るとしよう……こういう風景をスケッチできないというのは、かなり勿体無い)

 

 そんなことを考えながら、枯葉の上を歩いていく露伴。ガサガサと足元から奏でられる音が、この風景が夢ではなく現実なのだと教えてくれる。

 

「やはり心地がいいな、ここは……」

 

 露伴が木の隙間から輝く太陽を見ながら、この世界の美しさを噛み締めていた時。

 

「───は?」

 

 唐突に、足元から奏でられる音とは別の音……()()()()()()()()がポケットから響いた。

 

 一体何が?そんなの決まっている。これは……

 

()()だ。僕の……()()()の」

 

 そんなはずはないと、露伴は自らの口から出た言葉を否定する。

 この幻想郷に電波も衛星通信もあるわけがないし……そもそもあったとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ここ数日間、一切スマホを充電していないのだから。

 

「…………ッ」

 

 思わず、息を飲んだ。

 なぜ今?一体誰が?

 あり得ない、これは何かの間違いだ。

 

 ───いや、違う。これは現実だ。自分のスマホは、実際に振動している。まるで、早く取れと急かすように。

 

 扱い慣れた、見慣れたはずのスマホが、この時ばかりは得体の知れない化け物のように見えた。

 

 細心の注意を払いながら、露伴はスマホを取り出し、通話ボタンを押し───そして、耳に当てた。

 

「……もしもし」

 

『…………………』

 

「……お前は何者だ」

 

『…………………』

 

「答えろッ!お前は何者だッ!」

 

 露伴がそう叫んでもなお、電話先の『何か』は黙りこくる。

 

「………………?」

 

 そして……

 

『備えろ』

 

 『何か』は、唐突に話し始めた。

 

『全ては必然』

 

「おいッ、何を言ってるッ!」

 

『人形は朽ち、運命は乱れ、奇跡は潰える』

 

「さっきから一体……!」

 

『結界は消え、幻想は現実になる』

 

「……………?」

 

『これら全て、必然』

 

「……何が言いたい」

 

『必然を変えたくば、自らを変えろ。必然を変えたくば、皆を変えろ』

 

「お前は……一体……?」

 

『必然を砕きたくば、博麗霊夢を見つけろ』

 

「博麗、霊夢……?」

 

『備えろ。これは『異変』だ』

 

「『異変』……?」

 

『異変の解決なくして、帰還はあり得ない』

 

「───何だと?」

 

『以上である。なお、失敗すれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「おい待て!質問に答えろッ!お前はッ───」

 

 露伴はスマホを耳から外し、勢いのまま叫ぼうとして……

 

「───クソッ!」

 

 すでに自分のスマホが沈黙していることに気がついた。

 怒りを何かにぶつけたくなる衝動や、電話の内容への文句を必死で抑えながら、『何か』の残した言葉を思い返す。

 

(最初は何者かの攻撃だと思った……しかし違う。あれは恐らく『警告』だ。どんな事象に対してなのかまでは分からなかったが……少なくとも、絶対に良いことではない)

 

 「備えろ」。奴はそう言っていた。必然を変えたくば自分と皆を変えろとも、『博麗霊夢』を探せとも。そして……

 

「……奴の最後の言葉。偶然かは分からないが……僕がここに来る理由となったあの噂……[異世界(幻想郷)に行く方法]の最後にも記されていた言葉のはずだ。何より……「異変の解決なくして帰還はあり得ない」だって?」

 

 ───もし、もしこの電話が事実だとすれば。このままでは僕は元の世界に帰れないということじゃあないのか?

 

「……本当なのかどうかすら、疑わしいが」

 

 気づけば、露伴は歩き出していた。

 先ほどまで向かっていた方向ではない。先ほどまで()()()()()道をだ。

 

「とにかく、聞かなくては……この世界について、僕はまだ何も知らないのだからな……」

 

 

✒︎

 

 

 先ほど降りてきた階段を再び上がると、そこには……

 

「あれ、露伴先生!?戻ってきてくれたんですか!?」

 

 出会った時のように箒を持っていた早苗と、それから。

 

「あれ、露伴じゃん。何してんだここで?」

 

「……魔理沙?」

 

 人里にて散々絡んできた女性、霧雨魔理沙が立っていた。

 

「お、覚えててくれたのか!」

 

「あ、あぁ……君は何を……いや、そんなことはどうでもいいんだ」

 

 雑談に興じている暇はない。

 とにかく今は、聞かなくてはならないのだ。

 

「君たち、『博麗霊夢』という名前の人物を知らないか?」

 

 その言葉を聞いて、二人は顔を合わせ。

 数秒経った後、揃ってこう言った。

 

 

 

 

 

()()()()()()

()()()()()()()()

 

 

 

 

 


 

岸辺露伴、幻想郷へ行く

 





プロローグ、決着ゥゥ─────ッ!!
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