岸辺露伴、幻想郷へ行く   作:太平洋クラゲ

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#06「目覚め」

「良かった、目が覚めましたか」

 

 心底安心したような、朗らかな男性の声。

 それが、露伴が目を覚まして最初に聞いた声だった。

 

「……ここは」

 

 露伴は何気なしにベッドから体を起こそうとして……全身を迸る痛みに顔を顰めた。

 

「くっ……」

 

「急に動いちゃダメですよ!まだそんな万全じゃないんですから!」

 

「……あなたは?」

 

 ベッド横の椅子に座っていた男に露伴は尋ねた。

 年齢は三十代半ばほどだろうか。白衣と黒い眼鏡を着用し、朗らかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 

「ああ、これは失礼。自己紹介が遅れました……改めまして、私は人里で医者をやらせていただいている、(はなふさ)という者です」

 

「医者……つまり、ここは病院か……僕がここに運ばれてからどれくらい経った?」

 

 誰が運んで来たのかは聞かなかった。

 誰だろうと関係ないし、おおかた鈴仙辺りだろうと分かっていたからだ。

 

「約20時間程です」と英。「正直に言えば、これでもかなり速い方です。最初に見た時は一体どんなことをすればここまでなるのかと驚いたほどです」

 

「まあ、色々とな……というか、そこまで分かる物なのか」

 

「ああ、私人の悪いところが『判る』んですよ。まあ、そこからどうするかは私の腕次第なんですけど」

 

 ははは、と明るく笑いながら英は自分の頭を掻いた。

 恐らくはこの男も『スタンド使い』か、あるいは『能力』持ちなのだろうと露伴は結論づけ、納得した。

 

「それで、稗田阿求さんはどうなった?」

 

「安心してください、すでに安定したそうです。わざわざあちらから伝えに来てくれたんですよ……いや〜、それにしてもほんと良かったとしか!途中から()()()()()()()()()()()()しまって、それからずっと気掛かりでしたから」

 

「そういえば、悪化する前は人里で薬をもらってたらしいな。処方したのはあなただったのか」

 

「そうなんですよ。何か頭に負荷がかかっていたので、それを緩和するようなのを出していたんです……あれ、こういうのって言っていいんでしたっけ」

 

「……少なくとも、外の世界ではプライバシー意識が低いって言われるんじゃあないか」

 

「じゃあいいか、ここ幻想郷ですし……あ、その顔、今「こいつほんとに医者か」みたいなこと思ったんじゃあないでしょうね?」

 

「いいや、まったく」

 

 そう言いながら、露伴は今度はゆっくりと体を起こした。

 だるさと痛みが多少あるが、まあ動けないほどではなかった。

 

「あれ、もしかしてもう動く気ですか」

 

「ああ。まだ用事が残っている」

 

「えェ〜……出来ればまだいて欲しいですかねェ。はっきり言って、今の貴方は死にかけですから」

 

「死にかけだって?とてもそんな風には思えないが」

 

 首を回し、手を組み、腕を伸ばし、と考えうる限りのストレッチを行ってみるが、特に問題はないように思えた……が、英はため息を吐きながら露伴の顔を見つめた。

 

「そりゃこっちで色々処置したからですよ……いいですか露伴さん。今の貴方は各所に外傷がありますし、確認した所上腕部と大腿部に筋断裂や不全骨折などが認められます。本来なら数ヶ月は入院すべき容態なんですよ」

 

「オイオイ待ってくれ、流石に数ヶ月もおちおち寝てられないぞ」

 

 まだ異変だの博麗霊夢だのについて何も分かっていない状況で数ヶ月も入院?許容出来るわけがない。それでは、ただでさえ遠い外の世界への帰還がより遠くなるではないか。

 

「と言われても……こちらとしても怪我の治っていない方を帰す訳には……」

 

「そこをなんとかならないか。ワガママ言ってんのは分かるんだが、こっちも余裕がないんだよ」

 

「……でもなぁ」

 

「ナァ、頼むよ。こんなに僕が頭下げるのは珍しいんだぜ」

 

「貴方全く頭下げてないじゃないですか……はあ、分かりましたよォ〜〜……でも出した薬はひとつ残らず飲み切ってくださいね?包帯とかもめんどくさいからって替えるのサボったりしないように……あと、運動だけはマジで控えてくださいね!それで怪我悪化しても私は何もしないので!」

 

「ああ、分かってるよ。恩に着る」

 

 露伴は自身にかかっていたシーツをどかし、ベッドから立ち上がろうとして……自身が今入院着のような物を纏っていることを思い出した。

 

「あ、その服はちゃんと返してくださいね。こっちも少し余裕ないんですよ」

 

「と、言われても……僕の着替えが見当らないんだが」

 

「え?……ああ、そう言えば阿求さんのことを伝えに来た人がそのまま持って行ってましたね。ボロボロだったし直してくれてるんじゃあないです?」

 

「それはそれでありがたいが……不味いな。予備の服は大体紅魔館に置いてきてしまったし」

 

「呉服屋とかはどうです?」

 

「まあ、アリだが……」

 

「その必要はないわよ!」

 

 その時、唐突に病室の扉が勢いよく開かれ。そしてそれと同時に響いた明朗な声……この幻想郷に来てからもはやその声を聞いていない日の方が少ないだろう声をが響き渡り……露伴は「オイ……」と頭を抱えた。

 

「この運命は既に『視えて』いたわ!」

 

「……随分都合の良い能力だな」

 

「もっと褒めてもいいのよ!というわけで、咲夜!」

 

「露伴様、こちらを」

 

「…………」

 

 日傘を持った咲夜から差し出された服のセットを露伴は無言で受け取った。シャツにズボン、コート……どれも暖かそうな生地を使っていて、なおかつ動きやすそうだ。デザインも現代的だし、これはこれで───

 

「いや待ておかしいだろ、これ僕のじゃないぞ。こんなの見たことがない」

 

「ええ、まあ、こちら特注品となっておりますので。確か外では『オーダーメイド』とも言うのでしたか」

 

「なにィ?」

 

「あなたの服、数少ないじゃない?だからこっちで何着か用意してあげたのよ!あー優しい!」

 

「余計なお世話もここまで来ると逆に感心だな!」

 

「言うと思った!でもまあいいじゃない、私達からの贈り物ってことで」

 

 おちゃらけたような言葉に露伴は眉を顰めた……が、そんなことはお構いなしと言わんばかりにレミリアは椅子を二つ引き寄せ、ベッドの横に並べた。

 

「オイオイオイオイッ!何してんだ、とっとと帰れッ!」

 

「嫌よ、私だって露伴の症状知りたいもの。あ、咲夜も座る?」

 

「では遠慮なく」

 

「遠慮しろッ!僕は君らの家族でも部下でもないんだぞッ!」

 

「ええ、『今』はね!」

 

「これからもだッ!大体ッ……」

 

 目の前のワガママお嬢様に文句を言おうと、露伴が体ごと捻ってレミリアに向かい合った瞬間───

 

「……ろ〜〜は〜〜ん〜〜!」

 

「……オイ……」

 

 またしても聞き覚えのある声を響かせながら、何者かが遠くからドタドタとしか形容できないような音を立てて走ってきているのが分かった。

 ───そして、それが誰なのかも。

 

「露伴!大丈夫かお前!?」

 

 ドアを勢いよく開けながら、足音の主───霧雨魔理沙は叫んだ。

 

「ハァァ────……元気だよ、この通りな」

 

 うざい、うるさい、邪魔、疲れる……列挙すればキリがないような負の感情を、一つに合わせてごちゃ混ぜにしたような顔で露伴が答える。

 魔理沙はその顔を見ると、安心して力が抜けたのかへなへなと座り込んだ。

 

「良かった……いや、人里寄ったとこで小鈴と会ってな、焦ったんだぜマジで。まだ借り返してもらっ………………死んでたらどうしようかなって思ってさぁ!」

 

「誤魔化せないからなッ!さっさと帰れッ!」

 

「おまっ……見舞いに来てやったのにそれはないだろぉ!?」

 

「いきなり口を滑らせるようなマヌケに感謝する訳あるかッ!」

 

「……あのォー、とりあえず一旦落ち着いていただけますかァ……?」

 

 英のか細い声が病室にこだました。

 

 

✒︎

 

 

「え、数ヶ月って長くない?私てっきり一週間くらいだと思ってたのだけど」

 

 それから数分後、露伴の容態と完治までの期間を聞いたレミリアは目をまんまるにして驚き、そしてそれを見ていた露伴は首を捻った。

 

「さっき「運命は既に視えていたわ〜」だとかなんとか言ってなかったか?」

 

「いや違うのよ、別に視ようと思えばそこまで視れるわよ?けどほら、あのー……やっぱり先の事全部分かっちゃうのは面白くないじゃない?」

 

「そうなのですか?確か私の記憶ですと、「もーむり、つかれた」と仰っていたはずですが」

 

「ちちち違うわよ。そ、そんなこと言うわけないじゃない、あなたの記憶違いよきっと」

 

「……フッ」

 

「ねえ笑った?露伴今笑ったわよね?」

 

「まあそれは一旦置いといてだ。露伴が倒れたのは疲労もあるんじゃねえか?」

 

「置いとかないでよ」

 

 魔理沙の鋭い指摘に、英は静かに頷いた。

 

「それもありますね。露伴さん、多分あなたここ数日間ずっと動き回ってたでしょ」

 

「否定はしない」

 

「なーにが「否定はしない」じゃ、カッコつけやがって。えーと、確かお前は私と会った次の日に紅魔館行って、レミリアと鬼ごっこして、そこから二日間フランやらとなんかして、その次の日に妖怪の山登って守矢神社行って、かと思えばまた紅魔館戻って……って、超過重労働だなおい!今気づいたわ!」

 

「そうでもしないと時間が足りないだろう。こっちは一週間ほどしか休暇を取っていないんだからな」

 

「一週間……ってやばくないかしら。もうそろそろ経つわよ?一週間」

 

「だからそう言ってるだろ。ただでさえ取材だけでも余裕がないってのに、異変とかいうのに巻き込まれたせいでさらに余裕が無くなった」

 

「つってもよく分かんねえよな。博麗霊夢とかいう奴の記憶が消えてるって言われても実感あんま湧かねえし、ゆ……」

 

「ゆ?」

 

「いや、何でも」

 

「?」

 

 首を傾げるレミリアに手を振りながら、魔理沙は内心冷や汗をかいていた。

 

(あっぶねー!紫が失踪してるってのはあんま広めちゃいけないって言われてんだった!じゃないとあいつに……あれ、()()()()()()()()()()んだったっけか………………駄目だ思い出せねえ。まあいいや)

 

「とにかく、そういうわけなんだ。僕はとっとと阿求邸に向かいたいんだが……」

 

「じゃあ私も」

 

「私もー」

 

「いや、君は必要ない。帰ってくれ」

 

「は?」

 

 口をあんぐりと開けたレミリアを横目に、露伴は服のセットを掴みながら立ち上がった。

 

「……色々大変そうですね。分かりました、すぐに薬の用意をします。着替えは更衣室を使っていただいて構いませんし、服は受付に渡していただければ大丈夫です……あ、あと一つ言い忘れてました」

 

「ン?」

 

 露伴が扉に手を掛けようというタイミングで、英が妙な事を言い始めた。

 

「最近、()()()()()()()()()一度に最低限の量しか出せないんです。ですから、薬を飲み切ったのに症状が残っているということもあり得ます。その時はすぐにご来院ください」

 

「……あぁ」

 

 露伴は相槌を打つと部屋の外に出て、案内に従って歩き始める。

 彼の頭の中で、英から言われた事が妙に引っかかり続けていた。

 

「……え、私たちは?」

 

「まあ、ドンマイ」

 

✒︎

 

 薬を受け取ってから十数分後、露伴と魔理沙は阿求邸の一角にいた。

 

「とにかく、よかったです」

 

 机に茶を置きながら、小鈴は安堵の息を漏らした。

 

「確か、僕の血で床がけっこう汚れちまったと思うんだが……」

 

「ああ、それなら「床を汚したのは気にしなくていい」って従者の方が」

 

「ま、結局あの花なかったらゲームオーバーだったしね」

 

「あ、そういやそれで気になったんだけどさ、結局阿求は何で倒れたんだ?」

 

 茶を啜りながら魔理沙は向かいに座る鈴仙に尋ねた。

 実際のところ、魔理沙が小鈴から聞いたのは露伴関連の事がほとんどだったため、その辺りの事情はまったく分かっていなかったのである。

 

「んー……その辺りはこれからって感じ。私が来た時にはもう調べられるような体調じゃなかったから、人里で貰ってた薬の効能から症状と原因を推測してそれらしいの片っ端から飲ませて、無菌室作るための帷を急いで引っ張り出してきて……って感じだったの」

 

「そんなヤバかったのかよ!?……でも、今はもう大丈夫なんだよな?」

 

「ええ、露伴さんから貰った花を使って調合した薬を飲ませたから。まあ簡単に言えば、対象の生命力を一時的に跳ね上げる薬。どんなに病弱でも、飲んでさえしまえば持久走だってへっちゃらになるくらいの強いやつをね……まあぶっちゃけ、師匠様に余裕さえあればそんなのいらなかったんだけど」

 

「…………」

 

 またこれか、と露伴は思った。

 お師匠様だの、余裕がないだの……どうやら、『永遠亭』とやらにも並々ならぬ事情が起きているらしい。当然、『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』であればそれを暴くことは容易だが……目下重要なのはそれではないと、気を取り直した。

 

「……それで、露伴さん」

 

「分かってる」

 

 不安そうな小鈴の目線を受けた露伴は、茶を飲み切ると立ち上がりある場所へと歩き出す。そして皆───彼の目的はともかくとして───彼がどこに行こうとしているかは大体見当がついていた。

 

「すぐ終わらせる」

 

 彼の目的地……阿求の眠る部屋に着くと露伴は迷うことなく部屋に入り、そして当然のように襖を閉じた。

 

「ちょ、何を……」

 

「まあ待てって。たぶんどうにかなっから。ほら、あっちの部屋で待ってようぜ」

 

「え、ちょっと……!?」

 

 慌てて中に入ろうとした鈴仙の腕を魔理沙が優しく掴み、微笑んだ。

 鈴仙は咄嗟に文句を言おうとして……魔理沙の自信に満ちた笑顔を見て、観念したとでも言わんばかりにため息をついた。

 

「……さて」

 

 一方、部屋に入った露伴はそのまま阿求の隣へと座り込み様子を伺っていた。容体が安定したためか帷は無くなっており、実に観察しやすかった。

 

(呼吸は安定していて、汗などをかいている様子もない……これなら多分、問題はないだろう)

 

「『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』」

 

 お決まりの動作に、お決まりのセリフ。そして、お決まりの結果が訪れる。

 

「……これは」

 

 ただし、今回はいつもと少し違った。それは───

 

「……多いな。いくら何でも()()()()()()()()。六法全書よりもよっぽどだ」

 

 あまりのページの多さ故か、ページの大部分が噴水のように彼女の体から溢れ出し、部屋に乱雑に散らばり始めていたのだ。だが、奇妙なのはこれだけではない。

 

「霜月十五日の寅の刻に、竹林の中にて二匹の妖に襲はれき。其の種族は不明なれど、鋭き爪と並び悪しき歯を持ち、赤き瞳、額の角を有し、草むらより飛びかかり来たり。幸ひにして、後方に避けしかば――」

 

「2月13日午後3時25分、人里の14個目の通りを歩く。赤い着物、髪は黒、目は茶、手を組み考え事をするように口を歪ませ目を閉じていた三十代ほどの男性とすれ違う。また、同刻青い着物の……」

 

 床に散らばったページから、何となく違和感を感じて手に取った二枚。片方は手触りはざらざらとしていて紙の色が濃く、どこか木の香りを纏わせていた。

 

 もう片方は、それこそ近代の本で見るような淡い肌色の薄いページ。字も現代的だし、言葉遣いも現代か、それに近い物。

 どちらの方が読みやすいかと問われれば、間違いなくこちらだな……露伴はそんなことを考えた。

 

「ページの材質から、口調、文字……全てが変わっている。となれば、恐らくこの2つのページはそれぞれ違う時代の輪廻の記憶。前者はかなり昔……平安あたりか?後者はそれこそ最近の時代らしいな……」

 

 一体どれくらい前から転生を繰り返しているのかは知らないが、よくもまあこれだけの記憶を蓄えた物だと露伴は感心した。

 現代においても、超記憶症候群(ハイパーサイメシア)やサヴァン症候群などにより特異な記憶力を有する人間はいるし、取材した事だってある。しかし彼らとてここまでの密度を持っている訳ではなかった。

 

「にしても、こうなってくるとますますこいつのことが気になる。これだけの記憶があっては、日常生活に支障とか出るもんじゃあないのか?一体どうやって───」

 

 その瞬間、露伴の脳内で火花が散った。

 

「……()()()()()()()()()()()()のか」

 

 考えてみれば当然のことだった。

 人間の脳には容量が存在する。その容量については諸説あるが……いずれにせよ、覚えられる限界があるということだ。無論、たった一度の人生でその限界まで辿り着く可能性は、例え超記憶症候群(ハイパーサイメシア)やサヴァン症候群を有していたとて限りなく低いだろう。しかし、もしその人生が()()()()()()()()()()()()()()

 

「あの医者は確か「脳に負荷がかかっていた」とか言ってたな。多分それは、稗田阿求の覚えている記憶が転生を繰り返す内に彼女自身の記憶容量を超過しちまった事によって起きたことなんだろう。」

 

 さて、原因の見当はついた。ここからは()()()()()()()を考える番だ。

 

「『前世やそれ以前の記憶を忘れる』……違うな。『一度見た物を忘れない能力』に間違いなく干渉するし、そうなったらどうなるか分からない……と、なると……」

 

 ペンを取り出し、ページに埋もれていた阿求本人を抱き起こす。

 

「『覚えていられる記憶に限界はない』」

 

 「これで治れば楽だな」なんてことを考えながら、彼女の顔にそう『書き込む』。当然、その命令は一切の問題なく適用され……

 

「……?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なんだって!?」

 部屋の隅のページも、露伴が手に持っていたページも、稗田阿求を覆い隠していたページも。その全てが等しく、儚くほどけて消えていく。

 

「バカな、僕はこんな事『書き込んで』なんかいないぞ!何だこれは……まさかッ」

 

 何らかの理由で阿求の命の灯火が消えようとしているのではないか……そう思い、露伴は咄嗟に彼女の顔に目線を向けるが。

 

「……いや、()()()()()()()()。彼女の体に刻まれた記憶……今世の記憶には何ら異常はない。ということは……今消えているのは()()()()()()()……?」

 

 しかし、仮にそうだとしても目の前の光景の異常性が薄れる訳ではない。結局のところ露伴はそんな命令を書き込んでいないし、そもそもとして彼女は他でもない彼女自身の能力により記憶を忘れる事が出来ないのではないのか?

 

「………………」

 

 顎と腰に手を当てて、露伴は考え込む。

 

「多分、この事象は僕が『命令を書き込んだ』事で発生した物だろう。だが、一体何故『本にする』ことではなく()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

「……ん、んぅ……」

 

 その声を聞き露伴の意識は急速に浮上する。振り向いてみれば、阿求が僅かに身じろぎ始めていた。どうやら気付かぬ内にページの大部分が消滅していたらしい。

 

 露伴は軽く息を吐くと能力を解除し、静かに襖の外に顔を出した。

 

「あ、露伴さん!」

 

「おー露伴、案外遅かったな。そういえばさ、なんか部屋の中で騒いでたか?」

 

「気のせいだろ。そんなことより彼女、治ったよ」

 

「え?」

 

 こともなげに、そう言い放ってみせる露伴。そのあまりにも軽い通達と態度に、小鈴は些かの疑問を覚えた。

 

「──────あ」

 

 だが襖の隙間からの光景を見た瞬間、その疑問は即座に霧散した。

 彼女は一目散に飛び出し、露伴の横を走って通り過ぎて───起き上がった少女を全力で抱きしめた。

 

「ちょっと、いきなり苦しい……」

 

「……うるさい!バカ!」

 

「ほんとに起きてる。どうやったんですか?」

 

「まあ、ちょっとした『特技』があるんだよ」

 

「…………」

 

 その言葉に、鈴仙の表情が凍った。

 

(特技……?特技で済ませられなくない、これ……?そりゃ、彼女の生命力自体は跳ね上がってるけど……だからって簡単に治せる訳じゃないでしょ、こいつ一体何者……?あーもう、能力使って監視しとくべきだった!)

 

「露伴よ、阿求はもう大丈夫そうなのか?」

 

「……さあな。僕は医者じゃあないんだ、そういうのは期待しないでくれ」

 

 そういう露伴の顔は少しばつが悪そうというか……少なくとも、医者じゃないというのは本当そうだった。

 

(え、じゃあ本当にその『特技』とやらで治したって言いたいの?…………本当によく分からない奴だけど、もし、もし本当にそんな『特技』があるのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!)

 

「あの、すみません」

 

 魔理沙と露伴が言葉を交わし、鈴仙が思考をかき混ぜている中で、未だ小鈴に抱き付かれていた少女……阿求が口を開いた。

 

「私が倒れてからのあらまし、教えていただけませんか?」

 

 

✒︎

 

 露伴たちによる事情説明と鈴仙による診察、従者からの報告が続くこと数時間。阿求邸が静けさを取り戻す頃には、太陽が完全に顔を出していた。

 

「じゃあ、私はこれで」

 

「私もしばらく店を空けていたので、そろそろ戻りますね」

 

「はい、お気をつけて」

 

 すでに歩けるようにまでなった阿求とその背後に立つ露伴と魔理沙に見送られ、変装した鈴仙と小鈴は邸を後にした。

 

「さて……」

 

 阿求は振り返ると、露伴と魔理沙の横を通り抜けて歩き出す。そして露伴たちもまた、何も言わずにその後を追った。

 

「私にお話があるのですよね?」

 

 廊下を歩きながら、阿求は振り返ることなく尋ねた。

 

「ああ。さっき話した異変とか博麗霊夢とか、その辺りについてな」

 

「分かりました。ただ……内容が内容ですから、静かな場所……そうですね、それこそ私の部屋が適しているでしょうから、そこで話しましょう」

 

「ム?さっきの部屋は君の部屋じゃあないのか?」

 

「ああ、あそこは元々客間だったんですよ。まあ大方、帷とやらを下ろすためにスペースが必要だったのでしょうね……っと、着きました。ここが私の部屋です。まあ、書斎も兼ねていますが」

 

 その言葉の通り、彼女の部屋は面積の大半を巨大な本棚が占めていた。遠目から見ただけでも、十冊、百冊……いや、千冊はくだらないだろう本の群れが所狭しとひしめき合っていた。

 

「そちらの椅子か、ソファにでもおかけください」

 

「失礼する……で、話の続きなんだが」

 

「お前、ちょっとくらい遠慮しろよな」

 

「いいんです。薬の影響かは分かりませんが、いまはすこぶる調子がいいので。では、何からお答えすればよろしいでしょうか」

 

 露伴たちの向かいに腰を下ろし、茶をゆったりと啜る阿求。そして露伴はそんな彼女の瞳を見据えながら質問を投げかけた。

 

「君は()()()()()()()()()()()()()()()か?」

 

()()()()()()()()

 

 返ってきたのは、清々しいほどまでの即答だった。

 

「博麗霊夢さんは当代博麗の巫女です。『博麗大結界』の管理をする傍ら、異変の解決や妖怪の討伐などをしていました。戦闘力だけで言えば、幻想郷内でも5本の指に入るかもしれません」

 

「……すげえな、そいつ」

 

「ちなみに言っておきますが、その霊夢さんと貴方はまさに親友と言える存在だったんですよ」

 

「え、マジ!?それマジで言ってんの!?」

 

 突如として放り投げられた衝撃の事実に、思わず魔理沙は飛び上がった。

 

「大マジです。とっても仲良かったんですよ、貴方たち」

 

「君……それは流石にどうかと思うぞ」

 

「いやいやいやいや!これ私が悪いのか!?」

 

 2人の冷たい視線が突き刺さる中、魔理沙は必死にその誤解を解こうともがいていた……実のところ、露伴たちとて別に本気で言っているわけではなかったのだが。

 

「まあ、博麗霊夢さんの経歴はこの辺りにしておきましょう。それとも、来歴まで話した方がよろしいでしょうか?」

 

「いや、そいつは別にいい。僕が聞きたいのは……()()()()()()()()()()()()ってとこだ」

 

「何故、ですか」

 

「ああ。僕も色々調べて分かったんだが、そいつに関する記憶や書物はほぼ全てが『消しゴムでも使ったみたいに』ピンポイントで綺麗さっぱり消えていた。そのことから、僕は『博麗霊夢は悪意ある何者かによって削除された』んじゃあないのか……そう疑っているんだが、君はどう考える?」

 

「ふむ……私の見解とは、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「聞かせてくれ」

 

 阿求はもう一度茶を啜った。一回、二回。喉の音が静かな部屋に響き渡る。やがて、阿求は姿勢を正した。まるでこれから話す事が大事な事なのだと、アピールするように。

 

「『悪意ある何者か』の存在については同意しますが、()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えています」

 

「じゃあ、誰が記憶を消したんだ?なんかそんなこと出来るやついたっけか?」

 

「ええ、1人だけ。私が知り得る中で、()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「勿体ぶらずに教えてくれ、そいつは誰だ」

 

「それは……」

 

 阿求はそこで一度、あえて言葉を切った。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

「……なんだと?」

 

「……はぁ?」

 

 そのあまりにも意外な犯人の名に、2人の思考が一瞬止まった。

 

「正確に言うならば、彼女の能力……『空を飛ぶ程度の能力』による物かと』

 

「……待ってくれ。その、まだ理解が追いついていないんだが……要は君、あれか?今この場で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってのか?」

 

()()()、私はこの場で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「潔白……証明……になんの?こっから」

 

「勿論です……が、その前にまずはこの異変がどんな物なのかをお伝えした方が良さそうですね」

 

「何だと?君はそんなことまで分かってるのか?」

 

「ええ。とはいえ、少ない情報で導き出した物ですから、本当に合っているのかまでは分かりませんが……」

 

 露伴と魔理沙は息を呑み、その言葉の続きを待つ。

 本来数秒もないであろうその間が、今この場に限っては数分にも数時間にも、数年にすら思えた。

 

 そして、永遠の刹那を越えて……その時は来た。

 

「今回の異変は言わば『暴走異変』。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、そう考えています」




レミリアの扱いが雑になってきている気がする?安心してください、多分どっかでカリスマ100%になります。
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