岸辺露伴、幻想郷へ行く   作:太平洋クラゲ

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神奈子の口調が原作見てもよくわからない。よく分からないが、とりあえずだである口調で統一する事にします。


#08「容疑者」

「異変の容疑者だってェ?この、僕がか?」

 

 そんなことを言われるとは心底思っていなかった露伴は、ただ困惑した。一体、何の根拠があってそんなことを言っているのだろうか。

 

「『ヘブンズ・ドアー』。貴方の能力の名前ですよね」

 

「悪いが、何を言ってるか───」

 

「とぼけても無駄ですよ、既に詳細は早苗さんから聞いていますので。確か『相手を『本』にする』『命令を書き込む』……なんて能力でしたか。いまいちピンと来ませんがね」

 

「…………フン」

 

 そういえば早苗(彼女)は自分の能力を知っているのだったな、と露伴は納得して、次にそんなことを簡単に他人に話すなよと文句を言いたくなった。

 

「しかし分からないな。仮に僕の能力がそうだとして、何故僕が容疑者になる」

 

「何をおっしゃりますか。そんな能力だからこそ容疑者になったんですよ……ああいえ、正確には『後処理が雑だった』からでしょうか」

 

「なに?」

 

使()()()()()()()。早苗さんに、能力を」

 

「………………」

 

「神様ともなれば、()()()()()()()()()そうですよ。特に、そういう『精神干渉』のような能力は。で、色々話を聞いていて、思ったんです……その能力なら、他人の能力もどうこう出来るのではないか、と」

 

(……少々、迂闊だったか)

 

 『山奥の別荘地』や『橋本陽馬』の件で『神』という存在の持つ力は既に知っていた。だというのに、ほんのちょっぴり焦っていたからとはいえある意味で神の子とも言えるような存在に軽々と『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』を使ってしまった上、こんな言いがかりを付けられるような余地を残すとは、全く自分らしくもない───露伴はそう思い、自省した。

 

(中々、僕も幻想郷(ここ)に毒されてきているらしいな……)

 

「さて、実際のところどうでしょう?異変の容疑者、という私の仮説は」

 

 だからと言って、目の前の妄想天狗を許すという訳ではないのだが。

 

「全くもって違う、こじ付けも良いところだな。そんなんで新聞が書けるとは思えないが」

 

「あやや、手厳しい。とはいえ、誰でも否定しますよね」

 

「それが分かってんならとっととどけ」

 

「いやいや、そう言うわけには」

 

「頼んでるんじゃないぞ、これは『警告』だ」

 

「ならば私も『警告』します。もし何かしようとしたなら、『私も相応の対応をする』と」

 

「…………」

 

「…………」

 

 上空から轟音が降り注ぐ中、二人は無言で見つめ合う。

 風が森を通り抜け、彼らの服と髪をたなびかせる。木の葉が舞い上がり、彼らの周りを覆う。

 

「…………」

 

「…………」

 

 そして……木から千切れた一本の小枝が、地面に落ちた。

 

「ヘブンズ・ドアーッ!」

 

 先に動いたのは、露伴の方だった。

 腕がしなるよりも速く、露伴の『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』が発動し……空に現れた少年のイメージが文に向かって飛翔する。

 

 露伴には確信があった。このタイミングで先手を取れたのなら、間違いなく文を『本』に出来る、という確信が。

 

 ───()()

 

「なるほど、これが……まあ、速いですね。ただしそれは、()()()()()()()()()()場合です」

 

 露伴は知らなかった。目の前の射命丸文という天狗が、文字通りの『幻想郷最速』であることを。

 

 少年のイメージが文に触れようとした時には───もう既に、文は消えていた。

 

「何ッ!?」

 

『驚きましたか?』

 

 何処からともなく文の声が響く。左、右、背後、上空……その全てを確認するも、そこに彼女の姿はなかった。

 

『こうでもしないと、貴方に『本』にされてしまいますからね。そうなると身動き出来ないらしいじゃないですか』

 

「なるほど……僕への対策は万全だという訳だ」

 

 木の間で何かが動いたような気がして、露伴は思わずそちらを見る……しかし、そこにも何もいない。今度は視界の隅で何かが動いたように思えたが、もちろんそこにも誰もいない。

 

「随分と隠れる……いや、逃げるのが得意らしいな。『パパラッチ』らしくて似合ってるぞ」

 

『それはどうも。さて、本題に入りましょう。今起きている『異変』はご存知で?』

 

「いいや、知らないね」

 

 当然、嘘。そんな物はすでに阿求から聞いている。

 

『そうですか……まあ、簡単に言えば『能力の暴走』です。うまく能力を使えなくなったりとか、能力のせいで苦しめられたりとか……そのせいで天狗達も困ってるんです』

 

「へえ、大変だな」

 

『ええ、大変も大変ですよ。上司も同僚も部下も皆大騒ぎで、猫の手でも借りたい気分です』

 

「なら、こんなところで油売ってないでとっとと帰ったらどうだ?」

 

『……そういう訳にもいかないんですよ』

 

 先ほどまでの何処か作ったような明るい声から一転して、深みのある黒い声で文は語り出す。

 

『私には、嫌いな奴がいるんですよ』

 

「知るか、勝手に語り出すな」

 

『そいつは超がつくほどの真面目なくせに、私たち鴉天狗を見下している節があるんです』

 

「聞け」

 

『ですから、そいつに『能力の暴走』が起きて……『千里先まで見通す程度の能力』が上手く使えなくなったって話を聞いた時は、少しいい気分になりました。「ザマーミロ」って感じで……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 文の声が、さらに1トーン下がる。

 

『次に会った時、あいつは既に目を『封印』していました。確か、あまりにも見えすぎて体への負担が洒落にならない……とかで。今まで多くの物が見えていたのが仇となって、誰かの助けがないとまともに動けない状態になっていたんです』

 

「なあ、まだ続くのか?」

 

『空を飛ぶこともままならず、剣も振れない。当然そんな状態だから、哨戒の任も休まされて……それでもどうにか役に立とうと、必死に足掻いているあいつを見た時、私がどう思ったか分かりますか?』

 

「だから知るか」

 

『痛々しくて、見ていられないと思ったんです。「ザマーミロ」なんて口が裂けても言えない、とも。私は確かにあいつのことが嫌いですが……少なくとも、今のあいつを見て笑えるほど、性根は腐ってない』

 

 木々の隙間を縫うように飛びながら、文は拳を思い切り握りしめた。

 

「私は、どうにかしてあいつの目を治してやりたい。そうすれば目を封印する必要もなくなって、また光を拝めるようになるはず。そしたらきっと、またうるさくなるでしょうけど……涙を隠そうと下手な嘘をつかれるよりか、何百倍もマシです。そしてそのためにも……このクソみたいな『異変』を起こした元凶を一刻も早く見つけ出して、責任を取らせる」

 

「なるほど、とてもいい話だな、感動したよ。で、僕はそいつと一切関係が無いんだが」

 

「そうですか。でもね───あんたがそのクソ野郎かもしれない可能性が少しでもある以上、逃す訳には行かないんですよ」

 

 彼女がそう言葉を結んだ途端───神速の蹴りが露伴目掛けて飛来した。通常ならば誰にも視認出来ないはずのそれを、露伴はギリギリで体を捻り躱す。

 

「ヘブンズッ───」

 

 そしてカウンターとして『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』を叩き込もうとした時には、既に彼女の姿はなく───代わりに、今度は頭上から空を切る音がした。

 

「クソッ!」

 

 一瞥する事すらなく前に飛び込み、文の踵落としをすんでで避ける。その勢いのまま一回転して立ち上がり、背後にいる文目掛けて『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』を───

 

「───()()()

 

 目の前に出来た数メートル規模のクレーターに呆気に取られる中、今度は右の方で葉同士の擦れる音がした。また攻撃が来るのかと、露伴は咄嗟に右に目を向けようとして。

 

(いや違う、これは───()()()ッ!)

 

 直感に従って後ろに跳んだ、刹那───()()()()()()()()文の拳が空を切る。そして、瞬きをする暇もなくまた風のように姿を消した。

 

『……不思議ですね。貴方、未来が見えてたりします?』

 

「さあ、どうだろうな……君の攻撃がワンパターンなせいかもしれないぞ」

 

 額の汗を拭って払いながら、露伴は息を整えた。

 実際のところ、露伴が文の攻撃を躱し続けられていたのは、ひとえにこれまでの戦闘経験と、それにより培われた感覚による物だった。

 相手がどこから、どのような攻撃をしてくるか……超常的な存在と戦ってきた露伴にはそれがある程度分かるし、何より───

 

(コイツの速度は今まで見て来たどんなヤツよりも遥かに速いが……()()()()()()()。どうやら、あの『鬼ごっこ』やら『狩り』やらは……無駄じゃあなかったらしい)

 

 レミリアや幽香との戦いを経たことで、露伴の動体視力や反射神経は驚異的な成長を見せていた。元より東方仗助の『クレイジーダイヤモンド』よりも速く動けていた彼は、いまや瞬間的な動作であれば大多数の妖怪を遥かに上回る速度を出せるようになったのだ。

 

『はあ……今すぐに降伏してくれれば、私もこんな手荒い真似をしなくて済むんですが』

 

「悪いがそういう訳にはいかない。大人しく捕まったとして、そのあと君やあの神々に何かされるか分かったもんじゃ無いからな」

 

「……まあ良いですよ。どうせ、あと十分と持たないでしょうから」

 

「…………」

 

 とはいえ、このままではジリ貧。いずれ追い込まれ、なすすべなく捕まるだろう。それを避けるためにはどうにかして隙を突き、天国への扉(ヘブンズ・ドアー)を命中させなければならず、そのためには……

 

(……実に癪だが、()()()()()()()()()()()()な)

 

 体は未だ癒えておらず、薬を飲まねば動けない状態ではあるが……仕方がない。露伴は覚悟を決め、()()()()()()()()()()()

 

「…………ぁぁぁぁああああ!!」

 

「……ン?」

 

 のと、ほぼ同時に。

 空から落ちてきた何かが、派手に地面に激突した。

 

「これは……ッ!?」

 

『……………!』

 

 さらに間髪入れず、もう一つの何かが同じ地点に落下。

 

「ぐえっ!!」

 

 先ほどよりも僅かに大きな音と土煙が立ち、同時にカエルが潰れたような小さな悲鳴が聞こえた。

 

「神奈子重ーーい!!つーーぶーーれーーるーーーー!!」

 

「ご、ごめんなさい、すぐどくから……!」

 

 土煙が晴れた先にいたのは、埃まみれになった神奈子、そして彼女に上から押し潰されている諏訪子。二柱の神のなんとも格好のつかない姿に、露伴と文は言葉を失った。

 

「どうした!神の力はこれっぽっちか!?」

 

 そして、威勢のいい事を言いながら下に降りてきたのは……当然、霧雨魔理沙だった。地面に転がっている二柱とは対照的に、彼女の服には一切の傷も汚れも存在していなかった。

 

「ぐぬぬ……あんにゃろ……!」

 

「少し見ぬ間に、これほどまでに力を上げていたとは……」

 

「私にもこれくらい出来るんだぜ……ってあれ、露伴!?まーだ逃げてなかったのかよ!?」

 

「違う、冤罪ふっかけられて足止めされてたんだ」

 

「足止めって……誰にだよ」

 

「私ですよ」

 

 箒の上で仁王立ちする魔理沙と、土を払い立ち上がった二柱の間に、文が割って入った。

 

「よく分かりませんが……貴方、また一段と強くなられた様子ですね」

 

「だろー!?なんか知らねえけどめっちゃ調子が良いんだよな!何だったらお前も弾幕ごっこやるか?多分三対一でちょうど良いだろ」

 

「オイ君、大丈夫なのか?ちょいと調子に乗りすぎている気がするが」

 

「モーマンタイよ!マジでさ、体に翼がついたような気分なんだって!……ああいや、私は箒で飛んでんだから『箒に翼が生えたような』」って比喩の方が正しいのか?まあどっちでも良いか、アッハハハハハ!」

 

「……さっきから、何やらものすごく『ナメられている』ような気がするんですが」

 

「いや、別にナメてる訳じゃねえのよ?ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言ってんだ」

 

 箒の上でケラケラと笑う魔理沙を前に、文は口をヒクつかせた。普段であれば彼女の『ノリ』に付き合ってやるところなのだが……元より苛立っていた文には、そんな余裕は残されていなかった。

 

「ッ───!!」

 

 瞬時に顕現させた団扇を思い切り握りしめ、渾身の力で振り抜く。それにより生まれた爆風にいくつもの弾幕が乗り、魔理沙の元へ殺到する。

 

「おっと」

 

 しかし、その悉くは役目を果たす事なく空の彼方へと消えていく。無論文の狙いが悪かったのでは無い。魔理沙の神がかった飛行技術により、その全てを針で縫うように避けられただけだ。

 

「そらよ!」

 

 お返しと言わんばかりに魔理沙が放ったのは、もはや光線にすら見紛うほどの圧倒的密度の弾幕。しかも、その光弾の輝き一つを取っても露伴が見た物の中で最上級。

 

(……少なくとも、自惚れるだけの実力はあると言う事か)

 

「───こんな物ッ!」

 

 だが、その嵐さえも文は難なくやり過ごす。

 彼女自身、『幻想郷最速』という称号には一定の『誇り』がある。だからこそ、速度では負けない。それこそが、射命丸文の強さの根源にして絶対の自信─── 否、()()()()()である。

 

「そこッ!」

 

「───ッ!?」

 

 魔理沙が放ったたった一発の光弾が、文の頰を掠めた。

 

「直線的に動きすぎだろ、()()()()()()()()

 

(彼女、偏差撃ちなんてこと出来たのか。物量で押す能しかないと思ってたが)

 

「……………」

 

 どれだけ速かろうとも、単純な動きをすれば簡単に見切られる……そんな当たり前のことを、文は事ここに至って漸く思い出した。

 

「……確かに、少し熱がこもっていたやもしれません」

 

 その光弾が氷水の代わりとなったのか、はたまた魔理沙の言葉に正気を取り戻したのかは分からないが……とにかく。文は団扇をしまい、ゆっくりと地面に降り立った。

 

「どうしたよ、もう終わりか?」

 

「ええ、まあ。流石に頭が冷えました」

 

「それなら、僕にふっかけた冤罪もなかったことになるんだろうな」

 

「ああいや、それはどうでしょう。どのみち、守矢の……」

 

「その通りだ!」

 

「こっちの話がまだ終わってないよ!」

 

「……ああ、そう言えばいたな」

 

 クレーターから勢いよく飛び出した諏訪子と神奈子が、服に残っていた僅かな砂を落としながら露伴達に向けて歩を進める。

 

「全く、私たちのこと置いてけぼりにするなんて良くないなあ」

 

「何故生きているのかは知らないが、それならそれで手間が省ける」

 

「ちょちょ、待てよ。せっかく文が落ち着いたってのに、お前らまだやろうとしてんの?」

 

「当然だ。彼が早苗に何をしたのかまだ分かっていない」

 

「あのさぁ、だったらせめて早苗君を連れて来いよ。神のくせに『公平』じゃあないな」

 

「そーだそーだ!早苗連れて来い早苗をー!」

 

「それであの子になんかされたらたまったもんじゃないし」

 

「……どうしますか露伴さん。あの方たち、さっきの私より頑固だと思いますが」

 

「チッ……こんな事してる場合じゃあ無いんだがな」

 

「まーまー、見てろよ二人とも。今から私がこいつらぶっ飛ばしてやっから!」

 

 威勢の良い言葉を吐くと共に、魔理沙は空に弾幕を撃ち出す。先ほどよりも一際強く輝く弾幕が天高く飛び上がり、そして降り注いだ。眼前の諏訪子と神奈子に───

 

 ()()()()

 

「───は?」

 

 彼女の背後に立つ、露伴と文に。

 

「何ィィィィィィッ!?」

 

「ちょっと!?魔理沙さん!?」

 

「……あらら?」

 

 文は持ち前の速度で、露伴は『天国への扉(ヘブンズ・ドアー)』で『書き込み』を行い、どちらもすんでの所で弾幕を避けた。

 

「オイッ!ふざけてんじゃあ無いぞッ!何をしているッ!」

 

 受け身を取りながら、鬼の形相で露伴は魔理沙に叫ぶ。しかし当の魔理沙も、この状況にはピンと来ていないらしかった。

 

「ええと、おかしいな。私確かにあいつら狙ったんだけどな……ん、んん?あれ?何だこれ?」

 

 それどころか、彼女の周りには再び光弾が現れ始めていた。

 

「えっ、ちょっと!?何だこれ!?何で!?」

 

「オイオイオイオイッ!何また光弾出してるんだ!さっきのは『手が滑った』ってことで水に流してやるがなッ、次また攻撃して来たらその時はッ───」

 

「ちげぇって!な、なんか分かんねえけど……()()()()()()()んだよ!」

 

「……何?」

 

「私だって出したくて出してる訳じゃねえのに、なんか、溢れてくるみたいでっ……あっ!?」

 

 魔理沙の素っ頓狂な声と共に放たれたその光弾は、幸い誰もいない方へと発射されたが……代わりに、射線上に合った木々を十数本ほど薙ぎ倒した。

 

「わお、とんでも火力だね」

 

「感心してる場合か」

 

「……これは、まるで……まさか……!」

 

「や、やべぇ……抑え、が……!!」

 

 突如無尽蔵の魔力が湧き上がり、魔理沙を覆うように迸る。風が吹き荒れ、木々が千切れ始め、地面すら砕け始めていた。

 

「マズイ……マズイぞッ!」

 

 この光景の前に、気づけば露伴は能力を発動していた。本能が訴えかけて来たのだ。このままではとんでもないことになると。

 

「ヘブンズ・ドアーーッ!!」

 

 その叫びの直後、魔理沙の顔がバラバラと音を立てて捲れ、箒の上で力無く項垂れた。

 ……しかし、魔力は一層強く立ち上り、露伴は弾き飛ばされた。未だ激しく、秩序なく溢れ続けるそれはまるで、荒れ狂う海のようですらあった。

 

「チッ───!」

 

 だが、岸辺露伴。

 迷うことなく、その渦の中に再び腕を突っ込む!

 

「グウッ!」

 

「露伴さん!?本気ですか!?」

 

 その瞬間、魔力の渦に濃い『紅』が滲み始めた。当然、それは『血』ッ!

 

(手がショベルカーでかき混ぜられてるような気分だ……!チンタラしてたら先に僕の腕が削り取られるッ!)

 

「ぐ、うおおおおォォォッ!!」

 

 全方位からの無尽蔵の圧力に耐えながら、露伴は必死に魔理沙の頰のページに手を伸ばす。指、手、肘……左腕のありとあらゆる部分が血を吐き出し、苦痛を訴えていながら、なおも彼は前進を続ける。

 

 そして、それを背後から二柱の神が見ていた。

 

✒︎

 

 

「……どう思う?」

 

「少なくとも、本気で彼女を助けようとしているように見える」

 

「でも演技かもしれないよ」

 

「それもあり得るが……『神』として、あの『表情』を疑うことはしたくない」

 

「早苗に何かしたかもしれない奴を助けるの?」

 

「元より場合によっては許そうと思っていた」

 

「ふうん……神奈子ってさ。変なところで甘いよね」

 

「褒め言葉ありがとう。さて、少しばかり手を貸すとしよう」

 

 

✒︎

 

 

「クソォッ……!!」

 

 自らの左腕に降りかかる捻じ曲がるような激痛と、目の前の現実に露伴は歯ぎしりをする。

 

 左腕はすでに魔理沙の額に届いている。あとは命令を書き込むだけ……しかしながらそのたった一瞬のプロセスが、今の露伴にはフルマラソンを五回連続で走り切るよりも遥かに難しく困難だった。

 全方位から襲いかかる魔力の圧力により、すでに露伴の左腕はかなりグロテスクな状態になっている。はっきり言って、現代医療を以ってしても完治は不可能なレベルだ。そしてそんな腕では、圧力に耐えながら文字を書き込むなどという芸当は当然出来ない。

 

(やるしかないのか……ッ!?この中に、僕の『利き手』をぶち込まなければならないと言うのかッ!?)

 

 そう。これはあくまで『利き手ではない』故の問題だ。

 露伴が利き手である右腕を使えば、いとも容易くこの問題を突破できる。しかしその代わりに……

 

(だがもし、もし……ほんのちょっぴりでも運が悪くて、より深く右腕が傷ついたなら……もしくは、魔力に引き裂かれて右腕の『腱』が切れてしまったのならッ……僕は、漫画家として再起不能(リタイア)になりかねないッ!)

 

 漫画家にとって、利き腕は何にも代え難い最高の道具。露伴とてその例外ではないからこそ、左腕でどうにかしようとしたのである。

 しかし、それは不可能。左腕ではどうにもならなかった。ではもう、右手を使うしかない。

 魔力の渦は依然規模を増し続けている。例えコンマ1秒以内しか手を突っ込まなかったとしても、重傷の危険が十二分にある。それこそ、右腕が一生使えなくなるかもしれない。だが……このまま放置するのもまずい。この渦がより大きな嵐となって幻想郷にとんでもない被害を与え……最悪の場合、魔理沙自身が魔力に押し潰されてしまうかもしれない。 

 

「あ……が……」

 

 そして現に、魔理沙は苦悶の声を漏らしている。

 

 ……もう、考えている時間はなかった。

 

「……この岸辺露伴を舐めるなよ」

 

 『紅』で染まった左腕を引き抜き、代わりに右手を握りしめて渦の前に添える。そして、その震えのない右腕を中に───

 

「岸辺露伴、だったな。少し待て」

 

 その言葉に露伴は右腕を止め、後ろに振り向いた。

 背後に立っていたのは、先ほどと随分と雰囲気の違う諏訪子と神奈子。

 

「本気でその腕を突っ込むつもりか?」

 

「他に方法があるのか?それとも、今更神様(あんたら)が不思議な力でも使ってくれんのか?それならとても助かるんだが」

 

「よく分かったね。手伝ってあげるよ」

 

「───何?」

 

「いいからほら、右手構えて」

 

「…………」

 

 真面目な顔の諏訪子に促され、露伴は再び右腕を渦の前に出す。すると、目の前の渦にも匹敵するほどの魔力が突如として右腕に流れ込む。

 

「あなたの腕は今、私たちの力により強化されている。この嵐を前にしても、問題なく動かせるはず」

 

「けどそれでも衝撃は来るだろうから、油断はしないでね」

 

「……こんなことが出来るならさっさとやってくれ」

 

「ごめんねー、さっきまで私たちあなたのこと疑ってたから」

 

「なら何故今手を貸す」

 

「単純に、あなたがそれほど悪い者ではないと見込んだからだ」

 

「遅いな」

 

「返す言葉もない」

 

「後で正式に謝るから、今は……」

 

「分かってるよ、急かさなくて良い」

 

 露伴は渦に向き直り、軽く息をついて……右腕を突っ込んだ。

 

「これはッ……いいな」

 

 衝撃こそ来るが、痛みは一切ない。竜巻がジェットコースターになった様なものだ。これなら、何の問題もなく書き込める。

 

(……どうせなら、ついでに試してみるか)

 

 余裕が出来たことに乗じて、露伴が魔理沙にその『一文』を書き込んだその瞬間。先ほどまで荒れ狂っていた魔力の渦が、一瞬にして泡沫となり消え去り。それに合わせ、魔理沙の箒も浮力を失い彼女共々地面に落ちた。

 

「……なんか、あっさりしてる」

 

「まあ、変なことになるよりは何倍もいいでしょう」

 

「ほー、これはすごい。露伴さん、何をしたんです?」

 

「……君、さっきまで何してた」

 

「あはは……まあ、私がいたところで何も出来なさそうだったのでぇ……」

 

「……ったく……まあいい。おい魔理沙、起きろ」

 

「う、ううん……?」

 

 露伴に揺さぶられ、魔理沙は目を覚ます。

 頭を抑えながら気だるそうに起き上がり、そして……

 

「……あの、魔理沙さん?」

 

「どうしたの急に」

 

「……へ?」

 

 綺麗にまっすぐ、天に向けて手を挙げた。

 

「え?あれ?何これ」

 

「気にしなくていい、ただの副作用だよ。すぐ治る」

 

「え?あ、そう」

 

 適当に魔理沙の奇行をいなしながら、露伴はあることを考えていた。それ即ち、『能力の暴走』の解決方法の事である。

 

(まさか、『手を挙げる』なんてので暴走が収まるとはな。だが、これで一つ分かった。内容に関わらず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。理由についてはまだ分からないがな)

 

 露伴が思考を打ち切って顔を上げると、魔理沙は申し訳なさそうな顔を浮かべながら立ち上がっていた。

 

「……いや、悪い。すげえ迷惑をかけちまった」

 

「フン、全くもってその通りだ」

 

「ああ……って、ちょっと待て。露伴、その腕……!?」

 

「ん?ああ」

 

「「ああ」じゃねえよ!血、血が……!」

 

「そうだな……正直かなり痛いんで、早いとこ応急処置くらいはしたいんだが……」

 

「それなら、私たちがなんとかしよう。ただ……これは少しグロテスクだから、早苗には神社で処置をしてから……」

 

「皆さーん!!」

 

「「「「あっ」」」」

 

「……彼女、タイミングが良いのか悪いのか分からないな」

 

 神奈子の気遣いを正面から叩き割る様に、見慣れた緑髪の巫女が露伴たちの前に着地した。

 

「さっきすごい魔力が溢れてて、一体何事かと思ったんですが……諏訪子様達でしたか。それなら、良かっ……た……で…………」

 

 そして、露伴のある一点を見ながら。

 早苗は、幻想郷において常識に囚われてはいけない事を再認識する羽目になった。

 

 




エンドなフィールドで管理人してたら時が加速していました。おのれプッチ神父!
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