ダンジョンに家族を求めるのは間違っているだろうか 作:アロンソ卿
戦争遊戯当日。いよいよ正午が迫り、神の鏡がオラリオ中に配置されるや、人々の熱狂がいよいよピークを迎えようとしていた。戦争遊戯、渦中の本人達をさておいて、オラリオでも上位の興行イベントとして、酒場などでは賭け事まで行われていた。それはバベル30階に集う神達も同じであった。
しかし一方で、ヘスティアはのんびりした雰囲気を纏っていた。余裕があるのだろうか、不安に思っているという様子ではなかった。
「ベル・クラネルとは別れを済ませてきたかい?」
そうアポロンに近寄られても、ふわぁと欠伸をするだけだった。
しかし正午になって戦争遊戯の始まりが告げられる直前になり、様子を一変させて真剣な眼差しを作ると、アポロンに向かい合った。急変にやや狼狽えるアポロンだったが、すぐに元に戻った。
「ボクらは遊戯なんて付けて呼んでいるけど、実際に行う彼らにとってみれば遊びじゃない。だからアポロン、止められるのは君しかいない」
言われたアポロンは、しかし何を言っているのか意味が分からないというふうに顔を作って見せ、そのまま腰を下ろした。
『戦争遊戯──開幕です!』
そうして、ついに戦争遊戯が始まった。
〇〇〇〇〇〇
戦争遊戯の開幕に合わせてオラリオは盛り上がりを見せるが、一方で現地の古城シュリームでの士気は低かった。それもそうだろう、一体どれだけの人数差があるのか、それにこちらは守りであり、3日もある。
しかしそわそわもしていた。どうしようもなく足が浮き立つのだ。それは夜が訪れることへの恐怖だった。まだ団員の記憶には、夜間に発生したホーム襲撃がこびりついている。
だがこちらから攻めることはできない。だから城内の士気は低くても、しかし警戒心だけは異様に強かった。
他方、ベルはと言えば、開幕当初から現地資材で作ったハンモックでのんびり昼寝をしていた。こちらが攻めるだけなのだから、それまではのんびりしていようとの判断だった。
ただ根拠がないわけではなかった。ここで準備をしてから数日、アポロン・ファミリアも準備をしているらしかったが、しかしこちらへの偵察がなかったから、向こうはそれほど本気じゃないと悟った。あるいは知らないだけか。
だからその様子を見ていたオラリオ中の人々は、萎んだ風船のようにシワシワのくちゃくちゃになった。熱狂の反響がきたのだ。
しかし一部の探索系ファミリア、特に彼と交流があったロキ・ファミリアの幹部陣は一時も目を離すまいと、注意深くその行動を観察した。
「……まだ動かないわね」
「ねえまだぁ?」
「うるせえ黙ってろ」
アマゾネスのヒリュテ姉妹はそんな戦争遊戯に退屈を示し、一方で夜を待とうとする姿勢のベルを、ベートは興味深く見ていた。3幹部のうち、フィンとリヴェリアはそれ以外の部分にも着目していた。
「ボクとしては色々と気になるところだね」
「ああそうだな。それに私としては野営の様子を見ておきたかった」
そしてフレイヤ・ファミリアでも1人の武人がベルを見守っていた。ただじっと、女神フレイヤの眷属というよりは、オッタル本人として見ていた。
何も起きないまま太陽が傾き、空が朱色に染まって、山々から夜が忍び寄りつつあった。オラリオの人々も興が醒めつつあるのか、あるいは夕食のためかあまり神の鏡を気にしなくなり始めた。
だが一部の冒険者は、確信を持って鏡に見入った、そろそろ動くと。そしてそれに呼応するかの如く同タイミングで、ベルが動き始めた。
肌に背景と同じ塗料を塗り、やや輪郭がぼやける岩肌の色をした布を頭から被った。その瞬間、先ほどまで鏡を通して見ていた者たちですら、中心に映るはずのベル・クラネルをほぼ見失った。
そのまま野営地を後にしたベルは城よりやや高いくらいの丘に登ると、予め掘っていた穴に入った。そこから古城まで約1000M、ベルは古城の外壁上で警戒しながらも欠伸をする冒険者に狙いを定めた。
『狙え、撃て』
短い詠唱。それは、例えるならボールを叩いて飛ばすかのような原理であるために、本来なら短射程であるはずの短文詠唱魔法を、本人の技量と恩恵、それにヴェルフに頼んでいた照準器によって、長射程魔法級にしていた。
ほんの僅かな出力の余波。しかしを感知するよりも前に、欠伸をしていた冒険者の右肩上部が吹き飛んだ。何が起こったのか、それを察知する前に横に並んでいた冒険者の左脇腹が抉れた。
「……何だ、今のは」
熱狂が醒めつつあったバベルでは、神が驚愕していた。
「まさかあの詠唱文の短さで?」
「ほとんど反則だろ……」
それはどちらかと言えば興醒めであった。剣と剣の鎬を削るぶつかり合い、熾烈な技の駆け引き、熱く燃え沸る闘志の入り混じる戦場は、そこにはあり得なかった。
アポロン・ファミリアも慌てて矢をロングボウにつがえて放つも、方角こそ合っていても距離も分からない闇雲な矢が、穴に入ってもいるベルに当たるわけもない。
治療要員であるカサンドラが蒼白な顔を下げて団員を治療しにくるも、その間に別の丘に掘ってある穴に入ったベルは、同じようにまた射撃を行った。
「始まってしまった」
ヘイズ・ベルベットはそう呟きながら、ある丘を見つめると、そこからベルの射撃が行われる。また別の丘を見つめ、射撃の繰り返し。夜が来れば、治療が追いつかないことは明白だった。
城内が騒然と混乱に包まれるなか、ヘイズは仲間たちに向かい合い、治療の準備を進めた。
〇〇〇〇〇〇
もう何人狙撃されたか分からないが、しかし全てカサンドラが魔法で治療を施せていた。急遽として負傷者を運び入れる場所を開設したものの、しかし夜が訪れていた。
夜間、城の明かりは灯すことになっていたが、しかし執拗に明かりの元にいる団員を狙われては、ついに城壁周囲の明かりを消すしかなくなった。そうして夜の城は外から見ればほとんど暗闇に包まれた。
城壁にいる者は、訪れてしまった闇に明かりを灯すわけにもいかず、震えながら警戒と巡察を繰り返していた。
そして、そんな城に潜入するなど、ベル・クラネルにとっては訳ないことだった。瞬く間に城壁をよじ登り、上から下を監視していた敵にナイフを突き立て、あるいはまだ明かりが灯る中庭に向かって魔法を撃ち下ろし、城内に侵入しては廊下の角から体半分だけ出しての射撃により、城内の混乱は極まることになった。
「明かりを消せ! 今すぐだ!」「負傷者はどこだ! 早く連れてこい!」「待て明かりを消すな! 誰が誰だか分からなくなるだろ! それより早くベル・クラネルを倒すんだ!」「やばいリッソスがやられた!」「違う明かりを消して身を隠すしかねえ!」「誰だ……何だお前か」「また他の奴か……いやお前はっ!」
アポロン・ファミリアの団員は、急に自分たち現場で次から次へと判断を迫られ、行き交う人のなか出入りの多い部屋に不意に現れるベルにも対応できず、極まる混乱の中、明かりを消して身を隠す手段に出た。
城内の明かりが消えたのを見計らい、ヘイズ率いる『満たす煤者達』がこれ以上負傷者を抱えないように動き出した。彼女らが入城すると、すでにそこは酷い有様だった。
団員は戦闘の形跡もなく、ただ真っ暗闇のなか正面からの打撃もしくは刺突によって戦闘不能になっていた。暗闇だから誰にも気づかれず、近寄ればようやく呻き声がする者たちをかき集め、一手に治療と後送を引き受ける。
遂には襲撃者に怯えながら暗闇の中で同士討ちする者までいた。そうして神の鏡は暗闇と、城外に運ばれる負傷者と治療を延々と写し続けた。
「降参してくれアポロン、頼む。ボクはこれ以上ベル君が誰かを傷つけるのを見たくはない」
延々と暗闇を映し、退屈が支配し始めているバベルでは、ヘスティアがアポロンに真剣な眼差しで降参を勧めていた。
「……なっ、何を馬鹿な! それにまだヒュアキントスも残っている、降参などするものか」
「そうか」
ヘスティアは再び鏡を、見たくないと言いつつもそれが責務であるかのように、鏡を見つめていた。
城内にはヒュアキントスを含む何人かが、明かりの灯る玉座の間で待機していたが、それも階段の影からほんの僅かに顔を出しただけの1発の銃撃でヒュアキントスが負傷し、対応の暇もなく他の冒険者も撃たれては、明かりを消すしかなかった。
ベルを追いかければヒュアキントスが1人になり、そのまま暗闇でやられるだけだからだが、しかし闇に乗じて簡単に王座に潜り込んだベルは、そのまま魔法と格闘によりヒュアキントス以外を制圧した。
ヘスティア・ファミリアの参加者がベルだけだったために同士討ちを恐れず、一方で不慣れな戦いにアポロン・ファミリアは何もできなかった。
「何なのだお前はッ!!」
ヒュアキントスは声を張り上げながら、誰を狙ってもいない自動追尾の魔法を放っては無闇に爆発させる。その隙にベルは背後から飛びかかって一瞬で首を締めて落とした。
ベルはそのまま窓から気絶しているヒュアキントスを、ヘイズに向かって放り投げた。そうして、戦争遊戯は興奮などとはほとんど無関係なところで、閉幕した。
「──え、待て、もう終わりか……? 負けたのか?」
「さて、それじゃあ勝者の権利として君に要求させてもらうよ、アポロン。書面でしっかりとね」
バベルにて絶望に崩れるアポロンをよそに、ヘスティアはさっさとバベルを後にしてしまった。