往日の夕凪詠草   作:鏡之翡翠

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序章 『第六章』
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「――馬鹿(ばか)共(ども)が。勝負ありだ」

 一言。

 そのたった一言ののちに、全てが決着する。

 すでに満身創痍(まんしんそうい)の金髪の青年は、自らの傷の酷さなど微塵(みじん)も気にかけてはいなかった。思惑(おもわく)通りに事が運んだ――彼が口許(くちもと)に浮かべた獰猛(どうもう)な笑みが全てを物語っていた。

 何の力も持たない無能力者(むのうりょくしゃ)。

 そんな淘汰(とうた)されるだけの役割しか与えられていなかったはずの捨(す)て駒(ごま)が、今この瞬間、この場において――誰よりも高みに立っていた。

 ここまで一方的に蹂躙(じゅうりん)されてきた借りを、一瞬で巻き返すような逆転劇(ぎゃくてんげき)が展開される。

 盤面(ばんめん)を根本からひっくり返され、敗北(はいぼく)の辛酸(しんさん)を舐(な)めさせられるのは、この戦いにおいて青年達と敵対している伊庭(いば)庸二(ようじ)と潮野(しおの)泰牙(たいが)だ。

 全てを悟(さと)った時には、もう手遅れだった。

 あらゆる音を搔(か)き消してしまう吹雪(ふぶき)のさなかでも、その音ははっきりと聞こえた。

 銃声(じゅうせい)――火薬(かやく)の炸裂(さくれつ)する衝撃(しょうげき)が鼓膜(こまく)を震(ふる)わせ、脳(のう)の芯(しん)を無遠慮(ぶえんりょ)に殴(なぐ)りつける。

 直後に襲(おそ)ってきた感覚は、極寒(ごっかん)の景色(けしき)とは対極(たいきょく)にある生暖かさだった。

 伊庭(いば)の口の端(はし)から、胸から、腹から、大腿部(だいたいぶ)から――鉄錆(てつさび)臭(くさ)い液体が、とめどなく洩(も)れ出していく。

 得物(えもの)の大鉈(おおなた)を握(にぎ)っていた手から力が抜ける。

 摺(す)りガラス越(ご)しに景色を望(のぞ)んだかのように、目に映る全てが霞(かす)んでいく。

 くず折(お)れていく伊庭を尻目(しりめ)に、何の変哲(へんてつ)もない日本刀(にほんとう)を手にした青年が動き出す。彼は大声で何かを捲(まく)し立(た)てていたが、もう伊庭(いば)に言葉を正しく認識(にんしき)できるほどの意識(いしき)は残されていなかった。

「……霞(かすみ)、沢(ざわ)……」血反吐(ちへど)と共(とも)に、怨嗟(えんさ)に満たされた声音(こわね)が溢(こぼ)れる。

 伊庭の見据(みす)える先――騒乱(そうらん)の中心でただ一人、繰(く)り広げられる血生(ちなま)臭(ぐさ)さとは無縁(むえん)の存在がいた。

 青みがかった黒髪、白絹(しろきぬ)のようにきめ細かく透(す)き通った肌(はだ)、それらのコントラストを際立たせる、幼(おさな)くも整った顔立ち――雪景色(ゆきげしき)と一体化したかのような審美(しんび)さを湛(たた)える少女は、セーラー服の上から羽織(はお)ったカーディガンをはためかせながら、凛(りん)とした声で祝詞(のりと)を紡(つむ)ぐ。

 金髪の青年の携(たずさ)える日本刀の刀身(とうしん)が薄青(うすあお)く発光し、そこを起点として異能(いのう)の力が爆発的に膨(ふく)れ上がっていく。一切の不純物(ふじゅんぶつ)のない水を固めて精製(せいせい)されたような、氷の刃(やいば)が、刀身を覆っていく。

 青年の躯体(くたい)は、一直線に泰牙(たいが)へと突き進んでいく。彼の眼光には、もはや一切の逡巡(しゅんじゅん)もない。

 ――何で……。

 伊庭は無意識に内心で呟(つぶや)いていた。

 ――何で、お前なんだ。

 ――泰牙(たいが)を止めるのは、お前の役割じゃねえだろ。

 ――間違った道を進んだ滅恨士(めっこんし)を止めるべきなのは、霞沢葉月(あのガキ)だろうが。

 許せなかった。

 許容(きょよう)できなかった。

 自分達の物語の外から現れた青年が、定(さだ)められたはずの脚本(きゃくほん)を覆そうとするのが。

 届かないと分かっていながら、手を伸ばす。

 震える五指(ごし)が掴(つか)めたのは、当然のごとく、無価値な虚無(きょむ)だけだった。

 ぼやけた輪郭(りんかく)しか捉(とら)えられなくなった視覚が最後に収めたのは、金髪の青年が潮野(しおの)泰牙(たいが)を斬(き)り伏(ふ)せた瞬間と、青年の仲間だった大男(おおおとこ)が、伊庭(いば)に向かって拳(こぶし)を突き込む瞬間だった――。

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