「――馬鹿共が。勝負ありだ」
一言。
そのたった一言ののちに、全てが決着する。
すでに満身創痍の金髪の青年は、自らの傷の酷さなど微塵も気にかけてはいなかった。思惑通りに事が運んだ――彼が口許に浮かべた獰猛な笑みが全てを物語っていた。
何の力も持たない無能力者。
そんな淘汰されるだけの役割しか与えられていなかったはずの捨て駒が、今この瞬間、この場において――誰よりも高みに立っていた。
ここまで一方的に蹂躙されてきた借りを、一瞬で巻き返すような逆転劇が展開される。
盤面を根本からひっくり返され、敗北の辛酸を舐めさせられるのは、この戦いにおいて青年達と敵対している伊庭庸二と潮野泰牙だ。
全てを悟った時には、もう手遅れだった。
あらゆる音を搔き消してしまう吹雪のさなかでも、その音ははっきりと聞こえた。
銃声――火薬の炸裂する衝撃が鼓膜を震わせ、脳の芯を無遠慮に殴りつける。
直後に襲ってきた感覚は、極寒の景色とは対極にある生暖かさだった。
伊庭の口の端から、胸から、腹から、大腿部から――鉄錆臭い液体が、とめどなく洩れ出していく。
得物の大鉈を握っていた手から力が抜ける。
摺りガラス越しに景色を望んだかのように、目に映る全てが霞んでいく。
くず折れていく伊庭を尻目に、何の変哲もない日本刀を手にした青年が動き出す。彼は大声で何かを捲し立てていたが、もう伊庭に言葉を正しく認識できるほどの意識は残されていなかった。
「……霞、沢……」血反吐と共に、怨嗟に満たされた声音が溢れる。
伊庭の見据える先――騒乱の中心でただ一人、繰り広げられる血生臭さとは無縁の存在がいた。
青みがかった黒髪、白絹のようにきめ細かく透き通った肌、それらのコントラストを際立たせる、幼くも整った顔立ち――雪景色と一体化したかのような審美さを湛える少女は、セーラー服の上から羽織ったカーディガンをはためかせながら、凛とした声で祝詞を紡ぐ。
金髪の青年の携える日本刀の刀身が薄青く発光し、そこを起点として異能の力が爆発的に膨れ上がっていく。一切の不純物のない水を固めて精製されたような、氷の刃が、刀身を覆っていく。
青年の躯体は、一直線に泰牙へと突き進んでいく。彼の眼光には、もはや一切の逡巡もない。
――何で……。
伊庭は無意識に内心で呟いていた。
――何で、お前なんだ。
――泰牙を止めるのは、お前の役割じゃねえだろ。
――間違った道を進んだ滅恨士を止めるべきなのは、霞沢葉月だろうが。
許せなかった。
許容できなかった。
自分達の物語の外から現れた青年が、定められたはずの脚本を覆そうとするのが。
届かないと分かっていながら、手を伸ばす。
震える五指が掴めたのは、当然のごとく、無価値な虚無だけだった。
ぼやけた輪郭しか捉えられなくなった視覚が最後に収めたのは、金髪の青年が潮野泰牙を斬り伏せた瞬間と、青年の仲間だった大男が、伊庭に向かって拳を突き込む瞬間だった――。