往日の夕凪詠草   作:鏡之翡翠

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 地上に続く階段を上がり切ると、ライトアップされた鼓門(つづみもん)が二人を出迎えた。巨大なオブジェと金沢駅を繋ぐ、屋外通路の上空を覆うガラス張りの屋根からは、変わらず雨音が鳴り響いている。

「これから、どうすんだ」と伊庭(いば)が問う。泰牙(たいが)からの頼み事は、これで完遂(かんすい)したはずだった。「俺はもう帰るぞ」と(きびす)を返そうとする。

 すると、霧乃(きりの)は目を丸くして、「あれ? 泰牙から聞いていないでありますか?」と呼び止めてきた。「これから泰牙のところに向かうでありますよ。まだバスも動いていますし」

「……聞いてねえよ」あからさまに表情をしかめる。

「では――こほん」と若干(じゃっかん)わざとらしく咳払(せきばら)いしてから、「僭越(せんえつ)ながら、私から説明させていただきます」と切り出す。別に訊いてもいないのに。「私達が今から向かうのは、霞沢家の総本山(そうほんざん)であります」

「総本山?」

「はい」と霧乃は首肯(しゅこう)する。「御影(みかげ)温泉――ここからバスで四〇分ほどの場所にある山間の温泉街であります。行った事はありませんか?」

 場所の名称はすぐにピンと来た。というより、思い出す過程(かてい)さえ必要としなかった。有名どころとは違って小規模ではあるが、県民として聞き馴染みのある場所だったからだ。幼少の頃、両親に一度連れられて行った事もある。

「あそこが、お前らの本拠地だってのか?」

 とはいえ、およそ信じられる話ではない。伊庭が眉根(まゆね)を寄せて(たず)ねると、霧乃はこくりと小さく(うなず)いた。

「はい。そこは霞沢一族が古来より根を張り、勢力の基盤(きばん)(きず)いてきた地でもあります。御影温泉は本家の霞沢家、そして分家の潮野家、沼井(ぬまい)家、和泉(いずみ)家が治めているであります。経営されている旅館や、飲食店、温泉施設も、そのほとんどが一族の――いわゆる表の家業という奴でありますね」

「旅館経営を隠れ(みの)にして、裏では化け物と戦ってるっつう事か? ――はッ、まるで出来の悪い創作(そうさく)の中の話みてえだな」

 皮肉を込めて言ったつもりだが、やはり昨夜と同じく、霧乃には伝わらない。「そうなんであります。私も最初は信じられなかったでありますよ」

 いちいち指摘するのも面倒なので、そのまま話を進める。「それで」と繋げてから続ける。「俺がお前と一緒に、そこまで行かないといけない意味は?」

会合(かいごう)です」霧乃は間髪(かんはつ)()れずに答えた。「今夜、本家と分家、そして非正規達も含めた大規模な会合が開かれるであります。議題は、今金沢に差し迫っている危機――災厄をもたらす怪恨『禍殃(かおう)(うず)』の対処について、であります」

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