──どうしてこうなった。
天王洲アイルは内心頭を抱えながら、自問する。
場所はアメリカ。ニューヨーク州マンハッタン区ミッドタウン。
「世界の交差点」タイムズスクエアを望む、ESPNゾーンの特設スタジオだ。
床には濃紺のカーペットが敷かれ、世界一の夜景すら飲み込むほどのまばゆい照明が、一面をきらびやかに照らす。
背もたれの高いソファに座らされて。
装いは、ラクダみてえな色のジャケット風ドレスに、胸元にはスカーフ。足元は立ったら絶対転ぶような暗茶色のピンヒール。
そして司会者を挟んだ対面。ソファに座るのは、図らずも同色の装いで一部の隙なく着飾った、金髪ツンツン頭の不遜な青年だ。
クリフォード・D・ルイス。
高校アメフトの頂点、
「無敗の勝負師」の異名を持つ、光速の足を誇るアメリカ代表の
「アメリカの皆さん、こんばんは。当局の特別番組へようこそ! いま世界でもっとも注目を集めている高校ワールドカップ。今夜は史上最強アメリカオールスター軍団の司令塔・クリフォードと、最強に挑むチャレンジャー、日本代表チームから、アイル選手をゲストに迎えたよ!」
司会者が語る。
要するに、そんな状況である。
なぜ代表がアイルかといえば、日本の選手でもっとも知名度があって、英語がしゃべれて、王族の血を引くと噂されるクリフォードと並べて格落ちしない美人だからだ。9割は母親のおかげだ。
「みんな、彼女の顔に見覚えがあるよね? 僕らの世代だと知ってる人も多いんじゃないかな。我がアメリカの誇る女子レスリングの女王──ナディア・ベーロヴァ! アイルはその実の娘で、彼女自身、レスリングでスペシャルな選手だったんだ。当然、アメフトでもね!」
司会者の言葉とともに、モニターにアイルの紹介映像が流される。
峨王の巨体をふっとばした映像を見たテレビクルーたちのアイルを見る目が、化物を見るそれになってるのは、ともかく。
続いて、クリフォードに関しても、「すでに説明不要だと思うけど」と前置きしながら、紹介の映像が映されて……それから、会談が始まった。
「さて、クリフォード。明後日はいよいよ決勝だけど、アメリカ代表はどんな試合を見せてくれるかな?」
「
クリフォードは強気に大風呂敷を広げる。
彼特有のセミブラフ──地力に裏打ちされた半分ハッタリだと知ってはいるが、それにしても強気な発言だ。
これに対し、アイルはニッコリと笑顔を浮かべる。
大舞台の生放送。テレビに慣れたアイルでも緊張するが、事前にヒル魔からアドバイスを貰っている。
『インタビュー? かまわねえ。そのまま思ったこと言っちまえ……ただし、テメーの英語はクセがあるからな。そこだけ気をつけて話してみろ──こうだ』
ヒル魔の言葉を思い返しながら、アイルは笑顔で言葉を返す。
「そうでちゅね。アメリカ代表さんはとっても強いでちゅものね。試合でも頑張りまちょうねー」
赤ちゃん口調のクセがあるアイルだが、これは完全にママ口調である。
聞いた人間の性癖が歪み倒しそうだが、それ以上に、クリフォードに対しての煽りになっている。
クリフォードの額にピキっと青筋が立った。
◆
所変わって、日本代表が宿泊するホテルの大部屋。
暇を持て余した代表メンバーたちは、テレビの前に集まって高校ワールドカップを特番を見ていた。
テレビ画面には、ハイソな格好をしたアメリカ代表、クリフォードと日本代表、アイルの姿が映っている。
「外見詐欺すぎる……」
「見た目が大人のお姉さんすぎんだろ。あいつの中身小学生だぞ」
「この特番全米放送だろ? スゲーずりー」
画面のアイルに、泥門メンバーが口々に不平を漏らす。
泥門勢だけでなく、テレビに出たかった水町なんかも文句を言ってる。ちなみに山伏は別室で番組を録画中だ。
「テメーらは英語わかんねえだろ。あとアメリカじゃ
「でも俺らだってNASA戦で活躍したぜ? ちょっとくらいテレビに出してくれてもいいじゃねえかよ」
ヒル魔が現実を突きつけるが、黒木は食い下がる。が、所詮無駄な抵抗である。
「
「つくづく、なんでアメフトやってんだアイツ……」
後に催される世界大会でも、アジア勢はヨーロッパ勢に勝るとも劣らない。
そこで無傷のトップだったのだから、アイルの実力は推して知るべしである。
そんな話をしている内に、番組でふたりの対話が始まった。
『そうでちゅね。アメリカ代表さんはとっても強いでちゅものね。試合でも頑張りまちょうねー』
アイルの言葉を理解できたのは、英語ペラペラ組だけだ。
その中でまもりが、ヒル魔に呆れ果てたような視線を向けた。
「これ絶対ヒル魔くんでしょ……?」
「ケケケ、元々ヤツの英語は赤ちゃん言葉混じりだ。ちょっと直してやっただけだぜ」
「直したせいですっごく挑発してるみたいになってるじゃない!」
言い合うふたりだが、当然英会話が通じない連中には理解できない。
不思議がるみんなに赤毛のロスが説明して、全員ヒル魔の性質の悪さを再確認する。
『さ、さあ。どちらも国を代表する天才同士、存分に語り合ってもらおうか!』
『天才同士だと? 天与の才にも格の違いがある。同列に扱われる筋合いはねえと思うがな』
『そうでちゅね。Cliffie(クリフちゃん)は世界でも指折りの天才でちゅものね』
『……たったひとつを数えんのに指を折るな。俺がダントツのナンバーワンだ』
『クリフちゃんのそういう自負心、すごいでちゅねー』
『──っ、この俺を
『まさか。クリフちゃんが立派な男の子だって、わたし知ってまちゅよ』
画面では、不遜に威圧するクリフォードと、それを優しく肯定するアイルといった構図が出来上がっている。
クリフォードの強気で不遜な態度はいつも通りだが、アイルが全肯定ママと化すことで「生意気なクリフくんとアイルママ」になってしまっている。
「ほんっっっっとにタチが悪いわね、ヒル魔くん……!」
「ケケケケケ! 思った以上に面白え絵面になったじゃねえか!」
あきれるまもりと笑うヒル魔のかたわらで。
要約というか超訳というか、そんな感じのロスの説明を聞いて、みんなドン引きしている。
「これホント大丈夫なの? 相手はアメリカのスター選手なんでしょ? アイル刺されない?」
「ケケケ、アメリカ人にとっちゃ
不安そうなセナの疑問に、ヒル魔は邪悪な笑いを浮かべる。
「──それに
「こっの、いけしゃあしゃあと……!」
まもりが激しく目を眇めるが、ヒル魔はカエルの面にしょんべんだ。
泥門勢以外の代表メンバーは、あらためてヒル魔の悪魔っぷりに恐怖している。
その後も、いろいろ肝が冷えるようなやりとりを重ねて。
最後に司会者は、クリフくんとアイルママに視聴者に向けての一言を求める。
『……叩きのめす!』
内心全ギレしてそうなクリフォードに続いて。
アイルはカメラに向けて、朗らかな笑顔を向ける。
『テレビの前のみなちゃん。あさってはきっと応援に来てくだちゃいねー』
この日の放送を見て。
少なくない数の青少年の性癖が、取り返しのつかない感じに歪んだという。
◆
生放送が終わって。
靴だけ履き替えたアイルは、スタジオを後にする。
帰り際、クリフォードにものすごい勢いで呼び止められ、「なにも言うんじゃねえ」「仕掛け人はわかってる。テメーんとこの司令塔だ」「一言もしゃべんな。返事もすんじゃねえ。これだけ伝えとけ──コケにしてくれた礼はたっぷりしてやる、とな」などと半ギレでまくしたてられて、アイルが返事する間もなく、ものすごい勢いで去っていった。
アイルも、さて帰ろうかと、テレビ局の手配したタクシーに乗ろうとしたのだが。
なんか後部座席に見慣れた男が乗っていた。運転手に尋ねると、待ってる間に「知り合いだから」と強引に乗り込んできたのだという。
確かに知り合いだ。知り合いというか、チームメイトだ。
高校ワールドカップを見てる人なら、同じ日本代表の選手だとわかるし、運転手が車に乗せちゃったのも仕方ない。
だがアイルは、それでも問いたい。
「いや、なんで阿含さんが迎えに……?」
「気にすんな──いや気にしろ。飯食いに行くぞ。ついてこい」
言いながら、阿含は目的地のメモを運転手に手渡す。
鉄馬似の寡黙そうな運転手は、コクリと頷いて、車を発進させた。
後部座席で偉そうにふんぞりかえる阿含の横で、姿勢よくちょこんと座りながら、アイルは尋ねる。
「ご飯ですか? たしかに撮影で食べれてないけど、阿含さんもまだだったんですね」
「ククク、わざわざ待っててやったんだよ。テメー自身にゃカケラも興味はねえが、テメーを連れて飯食ってりゃ周りの視線でさぞかし気分良かろうってな」
「アクセサリー扱いだこれ……」
アイルは悟りきったような表情になる。
ふたりが話す間もタクシーは静かに進み、繁華街の夜景が流れていく。
「……ちなみに、目当てのお店は何料理なんです?」
「ちょいといい雰囲気のステーキハウスだ」
「肉……いいですね。ご馳走してくれるんですか?」
「自慢じゃねえが、俺はオンナ連れてる時に自分の金使ったことねえ」
「プロのヒモかなにかで……?」
アイルは、あきれを通り越して尊敬してしまう。
何事も、極めれば一種の芸である。
「ククク……まあテメーは女の内に数えないでおいてやるよ。喜べ。春大会での抹殺対象だ」
喜んでいいのか悪いのか。
そんな会話をしながら、車は目的地にたどり着く。
タクシー代はテレビ局持ちだが、阿含はとっととタクシーから降りてしまったので、アイルは運転手に挨拶してから、あわてて追いかけた。
ステーキハウスは、アイルが想像したより客層がいい。
熱気と喧騒というよりは、活気と洗練。堅苦しくはないものの、みな上品な装い。
店内も、広めに取られたテーブルに、趣味の良い調度。伸びやかに流れる音楽に、落ち着いた歓談の声が調和する。心地よい空間だ。
そんな中、アイルはめちゃ目立っている。
どこのセレブなパーティから抜け出して来たんだって隙のない装いの、金髪長身の美女だ。
しかも女王ナディアを知る者が居れば、嫌でも連想してしまう容姿。そりゃ周りの注目が集まるのも当然だ。
「ククク……なかなか気分いいじゃねえか」
「いや、まあいいんですけど……うわ、これ美味しい」
周囲からの羨望の視線を肴に、赤いジュース的ななにかを口にする阿含。
一方アイルは、冗談みてえに分厚い熟成肉のステーキを食べて歓声を上げた。
噛むたびに口の中に溢れ出す、熟成された赤身肉の旨味と香気。分厚い肉の噛み応え込みで、最高のごちそうだ。
阿含もアイルも、しばらく食事を楽しんで。
周りのざわつきがいったん落ち着いたところで、阿含が話を切り出した。
「おうドリル女。暇つぶしに教えろ。テメーなんで男に混じってアメフトやってんだ」
「なんでって……楽しいから?」
阿含の問いに、アイルは素直に答える。
「楽しい……?」
「なんでそこで引っかかってるの……阿含さんだってアメフト好きですよね?」
「……俺の場合、俺がアメフトを選んだんじゃねえ。アメフトが俺を選んだんだ。好きだの嫌いだの、そんな安い領域じゃねえんだよ」
椅子の上で足を組みながら、阿含は不遜に言い放つ。
その主張はどこか取って付けたようで、本音を見せていないように感じる。
まあ掘り下げても機嫌を損なうだけなので、アイルは空気を読んでコクコクとうなずいた。肉が口に入っててとっさに返事できなかったとも言う。
「……アメフトが楽しいってんなら、なんでテメーは女子アメフトに行かねえんだ」
「いやいやいや、女子アメフト行ってたら、進さんや阿含さんや峨王くんと戦えないじゃないですか」
「ドMかよテメー。なんで楽して才能のねえカス共を蹂躙できる道捨てて、わざわざ無理ゲーやってんだよ」
「いや、でも……ゾクゾクするくらい強い敵と戦えるって、楽しくないです?」
阿含のアイルを見る目が、変態を見るそれになってるのは、さておき。
「俺にはそんな敵いねえな。俺以外は凡人か、テメーらみてえな中途半端な才能のカスだけだ」
「なら、アメリカ戦が楽しみですね!
「だから俺はテメーみたいなドMじゃねえんだよ! ……チッ、テメーもあのカスも噛み合わねえ……なんで3億と天秤にかけて
阿含の愚痴の理由を、アイルは知っている。
2回戦の前、阿含、キッド、ヒル魔で行われた車上での取引。
大会MVPを狙いやすい正
この時、ヒル魔はもう一つのMVP特典──
アイルもこの2つなら当然NFLを選ぶところだが、金を重視してる阿含の神経を逆撫でするだけなので、黙ってベイクドポテトを口に運んだ。
「……まあいい。ドリル女。ついでに教えろ。あのカスと仲良しこよししてるクソ赤毛、ありゃなんだ」
「クソ赤毛って……ロスくんだよね? なんだって言われても、
アイルが答えると、阿含がとんでもなくデカい舌打ちをする。
なにかが阿含のカンに触ったらしいが、根っこの部分で図太いアイルは言葉を続ける。
「──泥門は頭いい人少ないですからね。うちの
「あの女はカスとは別方向でぶっ飛んでやがるからな。いい腰してんのにもったいねえ」
ぶっ飛んでるのは主に母性であり、それはアメリカでもいかんなく発揮されている。
その結果、まもりは阿含から残念な女認定を受けるという、残当な扱いになってるのは、さておき。
「だからロスくんとは、いっしょに悪乗りできる、アメフト大好き同士で楽しいんだと思います」
「……アメフトが好きかどうかとか、あのカスに関係あるのかよ」
「まあ普通に考えて、好きなアメフトの話ができるってだけで楽しいですし……ヒル魔さん、基本アメフト好きな人が好きですから」
好き、とまで言えば言いすぎかも知れないが、アイルはそう認識している。
雪光然り三兄弟然り、アメフトに真面目な人間には目をかけてるし、たとえ敵チームの選手でも、真剣な選手には敬意をもって接してるように思う。
「チィッ!!」
「このタイミングでの舌打ち意味わからないんですけど……」
たぶん阿含自身も理由がわかってない。という事実はともかく。
それからもアイルと阿含は、微妙に噛み合わない雑談をしながら、それなりに楽しい夕食を過ごした。まわりからめちゃ注目されてたけど。
その後、タクシーでホテルに帰って。
心配そうにやってくるセナや鈴音に手を振りながら、アイルは阿含に声をかける。
「泣いても笑ってもあと一戦。絶対に勝ちましょうね!」
「あ"──、騒がしいんだよ。俺の3億のために死ぬ気で働きやがれ」
アイルは熱意を口にし、阿含は口をへの字に曲げる。
決してわかり合える間柄じゃないけど、同じ目標に向かって、共に戦える。
そんな関係に、どこか心地よさを感じながら……アイルはセナと鈴音と花梨とまもりにものすごい勢いで事情を聞かれた。
アイシールド2/1におつき合いいただき、ありがとうございます。
時系列が本編を追い越したところで、閑話もいったん一区切りとさせていただきます。
また面白い閑話が書けましたら投稿いたしますので、よろしくおつき合いください。