こっちを選べばぶち殺される!あっちを選べば一生ツラたん! 作:ラクらる
集落の人間を焼いた俺は、彼女を背に抱えながら柔らかい草が生い茂る、道なき道を走り続けていた。
もちろん集落付近には街道など存在する。
まあたまにハズレの街道があるので、間違わないように主流の街道を目指して移動しているのが現状ってわけだ。
いくらあの集落が閉鎖的とはいえ、あの集落で物資の全てが賄えるわけではない。
時たまやってくる行商人には、かなり助けられている印象がある。
例えば衣服や酒などだ。あとは情報であったりも買ったりしているのを見たことがある。
衣服や酒などはわかるが、情報を買ってどうするのかと思うかもしれない。
しかし意外とこの情報というものが馬鹿にならない時もある。
いくら閉鎖的な集落とは言え国に属するのだ。
であるが故に、最低限外界のことを知っていないと、もしもの時に取り残されてしまう。
例えば、疫病が流行ったなどの情報があればすぐに対策を施さなければならないし、戦争が始まりそうならば徴兵対策を行わなければならない。
この時代、閉鎖的な集落では外とのやり取りは、自身達が取り残されぬための生きる術だ。
とはいえ俺が全て殺してしまったので、生きる術もクソもないがな。
話を戻そう。
そんな行商人は荷馬車を伴ってやってくるため、当然最低限の街道というものを集落の人間が整備しているのだ。
別に毎日整備する必要はない。
行商人は本当にたまにしかやってこないため、半年に一回、数日程度かけて道を整備するだけだ。
それでは少なすぎるのではと思うかもしれないが、これは街道の使用頻度を聞いてくれればすぐに理解できるだろう。
行商人がやってくるペースは大体一年に二回から三回ほど。
つまり大体四ヶ月から五ヶ月ペースでやってくる。
つまりほとん街道が使われることはない。
なので半年に一回程度でいいのだ。
そこまで思考を巡らせていた俺は、ふと思い出す。
そういえば前回の行商人は一体いつやってきたのかを。
(あーそういえば前回の行商人、半年前くらいに来たな。……おい待てよ。ちょっと待てよ)
思わず俺は足を止めてしまう。
ひんやりとした汗が頬を伝い、アナスタシアを背負ってる体が異様に重く感じられる。
(ピッタじゃねぇかッ! ちょうど半年前じゃねぇかッ! やべぇ! まじやべぇ!)
間違いなく集落の人間の焼死体は早期にバレることだろう。
何せ数十人が丸々焼かれているのだ。
しかも家屋は特に手をつけられておらず、野盗ではないとすぐにわかる。
明らかに異常事態。
そう思った人間がすることは、悪魔を疑うことだ。
悪魔の召喚儀式が行われたのではないか。そう考えるのが一般的である。
とは言え、元々そう思わせるようにしたのは俺だから、別にそこは問題ないんだが、想定よりも早期にバレてしまうのはちょっとどころじゃなくかなりまずい。
簡単に言えば、最悪一週間もしないうちに俺は豚箱にぶち込まれてしまう。
(やべぇ、俺がアホすぎる。バカすぎるだろ! )
今から集落に戻って行商人を殺そうかとも考えたが、それは無理だろう。
行商人には護衛がついている。あの集団焼死体を見れば警戒も強まるはずだ。そんな中で殺せるだろうか。
護衛はきっと傭兵だろう。
まあ行商人のレベルによるが、俺の集落は比較的安全な地域なはず。
辺境じゃないから護衛のレベルも比較的低レベルだろう。
とはいえ、だ。
俺はまだまだ子供、しかも性別は女というひ弱なデバフもくらってやがる。
例え物語に出てくるテンプレの雑魚傭兵とて、今の俺よりは多分強い。
そんな連中を殺すために集落に戻る?
無理に決まっている。
(とりあえず、俺のするべきことは一つ。早めにここら一帯から離れる。それだけだ)
……とは言え離れたとしても無理だろうが。
行商人はきっと通報を行うだろう。
通報を受けた法的機関は早馬を出して付近の関所を封鎖する。
国の内側で集落の人間が皆殺しにあったのだ。
真相を知らない法的機関は最悪を想定して、過剰なほどの戦力を当たり一体に配置するだろう。
(無理ゲー。クソ、俺になんかしらの力があれば良かったんだがなッ!)
とは言え全ては後の祭りである。
今はできることをしよう。
まず集落に戻るのは絶対にダメだ。
そうなると残された選択肢はただ一つ。
集落からできるだけ離れて、捜査の手が及ばない場所で潜伏し続ける。
幸い事が露見するまでわずかだが猶予がある。
勝負は、そのわずかな時間の間にどれほど俺が離れることができるかだ。
そうと決まれば今すぐ急いで移動をしよう。
……そう思ってペースを上げたのが、
「はぁッ、はぁッ!」
足元もまともに見えないくらい森の中を、俺は全速力で走っている。
今全速力で走っても大して意味がないと思っているだろう?
逃走とは、長距離走と同じだ。
一定のペースを保ちながら、いざという時のために体力を温存する。これが大切なのだ。
ああ、そのくらい俺もわかってる。わかっているのだ。
わかっていてなぜ走ってるのか。
それはつまり、今がその
(確かに獣のテリトリーに入ったけどさッ! けどなんで熊が真夜中に起きてんだよぉぉぉぉ!)
そう。俺は今、熊に追われている。なぜかは知らぬ。
熊が夜行性だなんて聞いたことないのだが。
聞いたことあるとすれば、自転車くらいの速さで走ることができるってことくらいだ。
……そう考えると、走っててもすぐに追いつかれていないということは、熊ではないのかもしれない。
思い切ってチラリと視線を後ろに向ける。
ちょっと長い鼻、耳は丸く、つぶらな瞳は毛に埋まってる。
そして暗闇でもわかるほど、鼻と口から信じられないほどの蒸気を吐き出しながら、涎をばら撒いてる。
(あれ絶対熊だわッ! つかなにその蒸気! 常軌を逸してるだろ! 蒸気だけに!)
意外と俺は余裕があるのかもしれない。
こんな洒落たジョークを思いつくなんて。
悲しいのはこのジョークを披露する相手がいないということくらいか。
瞬間、嫌な予感が脳内で警笛をガンガンに鳴らす。
この感覚には身に覚えがある。あれだ、背中に背負ってる彼女と初めて会った時のような、いやな予感だ。
とにかく避けるために体全体を右へ放り投げるように動かすと、横を巨大な腕が空気を切り裂きながら通過する。
(なんでいきなり距離詰められてんだよクソッ!)
大きく右に飛んだ俺はそのままバランスを崩してしまい、ズシャリと地面を抉りながら体勢を崩してしまう。
まずい、まずい、まずい。
熊に追われている状況で地面に斃れてしまっているのは、まずいどころじゃない。
しかし、幸いなことに熊は俺が避けたことが理解できないからか、渾身の一撃で吹き飛んだクレーターと俺を不思議そうに眺めていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
今のうちに急いで息を整える。
走ったせいでぶっちゃけ現在地を見失いかけている。
辺りは真っ暗、森の中ではあるが木の数が少ないおかげで木の根に足を盗られることはなかったが、遮蔽物がないせいですぐに距離を詰められるだろう。
武器は……一応のために持ってきていたナイフ。それだけ。槍は逃亡生活で使わないだろうと思って火にくべてしまった。
俺は少しでも身を軽くするために、背中にかついでいた彼女……アナスタシアを地面に置く。
熊という生き物は一度狙った獲物に執着を見せる。
つまり彼女の安全を考えるなら、ターゲットになっている俺から離しておいた方がいいというわけだ。
決して装備重量を減らして逃げやすくするためだとか、そんなことは考えてない。ないったらない。
(んで、どうする、これ。ナイフ一本で少女が熊と戦えるのかよ)
しかもただの熊ではない。
一撃で地面にクレーターを作ってしまう、ちょっと覚醒したてのどこかのミュータントみたいな熊だ。
しかも今の時間帯は夜。視界が限りなく悪い状況ではさらに俺に不利だ。
まあ、本当に熊なら今すぐ巣穴で大人しく眠っているだろうし、この目の前の熊は本当にミュータント系の熊なのかもしれない。
……熊は鼻が弱点であることは知ってるが、これどうなんだろうか。
(まあ、考えても仕方がないか)