やはり彼女たちのアイドル活動はまちがっている 作:毛虫二等兵
ここは追記しないっぽい!←謎シリアス削ったやつを再度投稿しますので、しばしお待ちを!
???
私達は彼に一通のメッセージを送った。既読はついたものの、当日の朝になっても返信はなかった。
これは単に私たちの我儘で、彼に来てもらえるかどうかの保証もない。それでも、私たちは、彼が来るのを待っていた。
比企谷八幡 ~音ノ木坂学院~
あの口論からストレスで胃が痛くなった土日を挟んだ二日後の月曜日、俺は音ノ木坂学院に訪れていた。
園田海未から再び連絡があったのは、あの口論から二日後の日曜日、もう寝ようと思った夜11時のことだった。
ここに来るために通った改札、学校の屋上に近づくにつれて、心も、足もどんどん重たくなっている。極めつけは、この目の前にある扉だった。これを開ければ、屋上についてしまう。困ったことに、俺の手が開けることを拒んでいた。
女の子、ましてや理想主義的なものの塊であるアイドルにあんなことを言ったのだ。罵られもするだろうし、俺に対して拒否反応も起こすだろう。
つまるところ女子とはそういう生き物だ。そう思えば、これから起こることも、必然と言えば必然、不意打ちを喰らって痛い思いをするわけではない、来ることがわかっているのなら、頭をさげて、黙っていればいい。それでおしまいだ。
比企谷は一息付いたあと、あっさりと扉を開けた。屋上に足を踏み入れると、そこには練習を終えた後であろう9人の少女がいた。姿は確認した。
「この間は申し訳ないことをした。すまない」
しかし、彼は全員の顔は見ることはせず。謝罪の言葉だけを述べ、頭をさげた。
比企谷八幡は、完全に心を閉じていた。耳も聞こえていなわけではない、目だって見えている。ただ単純に心を閉ざしていた。これかから蔑まれているのは「自分」ではない「誰か」が言われていると仮定し、自分に向けられるであろう言葉を完全に遮断する。これが周囲に嘲笑され続けてきた「比企谷八幡」という少年が作り上げた、最後の最後の防衛手段だった。
そんな彼に、一人の少女が話しかける。
「頭をあげてください。私たちから、比企谷君に伝えたい事があります」
少女に言われた通り、比企谷は頭をあげる。話しかけてきたのは 高坂穂乃果 だった。彼女は全員と目を会わせると、少女達は頭をさげ、謝罪の言葉を口にした。
「「「「「「「「「本当にごめんなさい!」」」」」」」」」
「・・・はい?」
何故かはわからない、しかし、俺は彼女達に謝罪の言葉を言われていた。
つまりどういうことだ、いや違う、落ち着け比企谷八幡。これは新手の作戦なんだ、謝った振りをして、罵声を浴びせてくる作戦なのだろう、そうに決まっている。
予想外な事態に動揺している比企谷をよそに、高坂穂乃果は謝罪の言葉を続ける。
「嫌な思いをさせてしまって、本当にごめんなさい!」
正直、そんな答えが帰ってくるとは考えてもいなかった。俺は彼女達のプライドを傷つけた張本人だ。俺があんな発言をしなければ、彼女達は何事もなくA―RISEの提案を受け入れ、一丸となって二週間後のライブに向かって練習していたはずなのに。それなのに、なぜ彼女達が謝っているんだろう。
「私たちはあれからもう一度話し合って、比企谷君の問いかけに対する答えを決めたんです。それでも私たちは、笑顔でいようって。だってこんな形で終わらせたくないから!今置かれている状況が最悪だとしても、それでも前に進んでいくしかないのなら、私たちは残った時間の全てを掛けてファンの人たちを笑顔にしてみせるのが、私たちμ'sだから!だからもう一度だけ・・・」
高坂穂乃果は、他の誰でもない「比企谷八幡」という人物に向かって話しかけている。それはわかる。だが、どうしてもわからない。
お前は二度と来るな そういってしまえば、この問題は終わる。
今までのことはなかったことになり、彼女達も俺も以前の生活に戻る。そしたら、きっとこれから起こるであろう問題も未然に防ぐ事も出来るかもしれない。
「私たちに力を貸してくれませんか?」
それなのに、なぜ彼女達は俺に向かって微笑みかけ、手を差し出してくるのだろう。どうして彼女達は俺の居場所を守り、迎え入れようとするのか。本当にわからない。
でも、俺はまだ彼女たちに必要とされているということだけは理解できた。
でも、奉仕部に所属している部員に、その問いかけは卑怯なものだと自覚してほしい。それを断るのは、奉仕部の方針に背くことになるんだから
「こちらこそ、よろしく頼む」
「これからよろしくね、八幡くん♪!」
高坂穂乃果は屈託のない微笑みを浮かべながら、比企谷八幡の名前を呼んだ。
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あれから2時間。すっかりオレンジ色に染まった空の下、俺は秋葉原の町中を歩いている。無論、この場にいるのは俺一人ではない。彼女たちは燃料補給と称し、は幸せそうにクレープをほおばっている。
あんなことがあったあとなのだ、俺が例え単独行動EXのスキルを持っていたとしても、今日限りは彼女達がそんなことはさせてくれることはないだろう。
結論から言ってしまうと、俺はこのままμ'sの一員として彼女たちのサポートをし、彼女たちはA –RISE誘いを受けることを決めた。何があっても、逃げずに前に進んでいくそうだ。
俺と彼女達の関係も、少しばかりの変化はあった。
最近なにかと謝ってばかりだが、あの後、隙を見つけてもう一度謝ったのだ。
しかし、何故か絢瀬絵里には逆に謝罪された。
東條希に至っては「比企谷君は本当に優しいんやね、うちが撫でてあげよか?」といいつつ頭を撫でられた。
矢澤にこはいつも通り「詰めが甘いのよ!アドバイスがしたいんだったら、もっとはっきり言う!それと、今度はアイドルについてしっかり勉強しておきなさい!いいわね!?」と怒られた。
高坂穂乃果は「おかえり!待ってたよ!」といいながら、熱烈な視線と共に手を握られた。
園田海未からは電話の一件も含めて長い長いお説教を受けた。
南ことりは少し考えた仕草をした後「えいっ」とコツンと軽いげんこつをされた。対して力はなかったが、俺は心が撃ち抜かれのたのかと思った。
小泉花陽は「これからもよろしくお願いします」と微笑み、お米券を渡された。こんど一緒に食べにいきましょうとのことらしい。
西木野真姫からは「気を付けなさい。もっと素直に話せば、こうはならないんだから」と落ち着いた口調で励まされた。俺がひねくれてるのは認めるが、お前も相当だろう。
一番関係が変化したのは、星空凜だった。
あの時彼女は俺に食って掛かろうとしていたし、一番嫌われていると思っていたからだ。
「この間は…失礼なことを言って本当に悪かった」
よくよく考えてみれば俺は、同じ屋上で、二人っきり、屋上を照らす綺麗なオレンジ色の夕陽、シチュエーションだけ見れば告白のようなことをしていなくもない。実際は謝っているだけで、そんなことはないのだが。
「…顔を上げて」
いつもの媚びているような猫撫で声とは違う、落ち着いた、大人びた声。いつもと違うからか、一瞬だけ本当にダメかと思ってしまった。頭を上げて、彼女を見る。
「凜は、今でも怒ってます」
その言葉を言うと、彼女は口を閉ざした。しかし、その場から動く様子はない。表情も、真剣そのものだ。
時間にしたら、3秒とか4秒とかだったのかもしれない。そのたった数秒間で、俺の心臓の鼓動は早くなった。嫌われているのは当然。ビンタの一つでも飛んでくるのかと覚悟決めた時だった。
「手を出してください」
言われたまま、手を前に出した。星空凜は軽く息を吐いた後、俺の手に、その小さな手を重ねた。さっきの手とは異なる、温かくてやわらかな、小さな手のひらの感触だった。
「…っ!?」
「罰として、これからの私たちにしっかりと付いてきてください。そうじゃないと、凛は八幡さんを許しません」
彼女は下の名前を俺の告げ、俺の手を握る。そして、今まで見たことのないほど、やさしい表情で微笑んだ。
思い返すだけで、俺はリア充なのではないかと錯覚してしまう。頬が緩んでキモイと思われたくはないし、思い返すのは家で一人のときにゆっくりやろう、そうしよう。
煩悩を頭の隅の見える所あたりに置いて置いて、最優先頬が緩んでないかを確認していると、手に持っていたチョコバナナいちごパフェ(870円)の上部分がかじられ、なくなっていた。もちろん、一番おいしい皮の端の部分もなくなっている。
「あれ?」
おかしい、さっき貰ったばかりで、俺は一口しか食べていない。ちょっと目を離した隙に、こんなに減るだろうか?
そんなことはない
「~♪」
犯人は、目の前にいた。凜は上機嫌そうに鼻歌を歌っているが、彼女は今パフェを注文していない。そして、いつ気付くかな~まだいけるかな~ と言わんばかりにチラチラと獲物(チョコバナナいちごパフェ)を狙っている。極めつけは、凛の頬にチョコソースが付いていることだ。
「凜、犯人はお前だな」
「にゃ!?」
さながら眼鏡の名探偵のように、俺は人差し指で犯人を指さした。ここから なぜ気づかれたし、証拠はどこだ! という展開にでもなりそうだが、それはそのチョコソースを見てから言ってもらおう。
「さて…どうしてくれようか」
食い物の恨みはおそろしい。彼女には、そのことを身に染みて教えなければいけないようだ。
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長い長い二週間が経ち、ついに発表当日を迎えた。彼女経ちはリハーサルを終え、今は控え室で準備をしている最中だ。当たり前のことだが、控え室に俺は入れないので「良い」と言われるまで控え室の外で待機している。
A-RISEの全面協力というのは伊達ではないらしく、インターネットの広告、UTX学園の大型モニターを用いての大々的な発表など、至れり尽くせり、もうお腹一杯を通り越して気持ち悪いくらいに復活ライブの下準備をしてもらった。
この二週間、俺は学校が終わり次第すぐにUTX学園に出向き、広告、貸し出してもらえる機材、カメラアングルやら光の演出やらの打ち合わせなどなど、プロデューサーばりの仕事をやっていた。
発表である今日の予定も、俺は彼女たちが来るお昼前までにはUTX学園に入り、スタッフとの最終的な打ち合わせをして、控え室などの部屋の確認をやってきた。
忙しいスケジュールを管理するために、最近になって「手帳」なるものを持ち始めた。これは買ったものでなく、実は小町の薦めで、今年始めに買わされてしまって埃が被っていたものを引っ張り出してきたものだ。別に使い道がなかったわけではない。
予定通り、お昼を過ぎた頃にμ'sは会場に入ってきた。今まで土壇場を乗り越えてきただけはあり、彼女たちは終始堂々としていた。最後のリハーサルの時も、いつも通りの完璧なダンスだった。
しかし、不安がないわけではない。
彼女達は前回のラブライブでは優勝しているし、実力も確かなものなのはわかってるつもりだった。しかし、打ち合わせを進めていくにつれ、彼女達の実力が相当なものなのをひしひしと感じている。
じろじろ見たわけではないが、この学校の顔面偏差値は恐ろしく高い。世間一般で「美少女」と呼ばれる部類の女の子が、何人も廊下を普通に歩いているのだ。
人数に関しても、普通科を含めた人数はUTX学園の人数は音ノ木坂学園の人数と総武高校の人数を合わせてようやく届くほどの人数を誇っている。
なによりも、A-RISEというスクールアイドルがライブを行うというだけで、これだけの人員と機材を動かしていることが、なにより恐ろしく思えてならない。彼女達の実力は、俺の想像を遥かに越えているかもしれない。
「ここは、μ'sの控室であっているかしら?」
話しかけてきたのは、三人の少女だった。一人は広いおでことショートヘアーが特徴で、背丈も迫力もほかの二人と比べると見劣りする点はいくつかある。
もう一人はロングヘアで、常に落ち着いているような、凛とした雰囲気を持っている少女だ。
もう一人はパーマのかかったヘアーで、ゆるふわの癒し系といった印象の少女だろう。
一瞬三人の服装が同じように見えたが、一人一人別々のものだった。
胸元にワッペンを付け、黒を基調にしているまでは同じだが。ショートヘアーの少女は帽子を被り、右肩に金色の肩章、コートの袖口には黄縞模様が刺繍してある。スカートの辺りにある花は、肩章に合わせてなのか右脇に配置してある。
ロングヘア―の少女の髪飾りを付けていて、服装は一番特徴的で、袖が無く、腕には長いグローブ、胸元には赤いリボンがある。この三人の中では、身体のラインが強調された服装になっている。さっきのショートヘアーの少女の衣装を基準にして比較すると、袖も肩章がなく、スカートの花もなくなっている。
ゆるふわ系少女はベレー帽っぽい帽子を被っていて、ジャケットの襟は高く、ジャケットも半袖に作られている。袖が短い分は、白色のグローブで補っているように見える。ゆるふわな雰囲気を強調するためか、ほかの二人とは違うのはスカートが布や紙などを規則的に繰返したたんだ「プリーツ」という仕様になっている。金色の肩章、スカートの花はと最初のショートヘアーの少女とは反対の右側になっている。
ざっと見ただけでも、ここまで手の込んだ衣装を用意できるのは、ごく一部の人間だろう。
「この中にいます」
「ありがとう。“比企谷八幡”さん」
「どうも」
名前を知っていることに驚かないわけではない、だが、相手が“彼女達”であれば、驚くことではない。この提案に乗ると決めた時から、既に調べ上げているとは思っている。
間違いない。彼女たちがA-RISEだ。
しばらくして、彼女たちが控室から出てきた。話すことはなかったが、彼女たちは軽く手を振っていたようにも見えた。
~~~~~UTX学園 屋上~~~~~~~~~
ライブ前にもなると、スタッフの間に緊張が走っているのが見える。二週間程度しかお世話になっていないが、彼らの協力がなければ、ここまで大々的な告知も、発表すら危ういだろう。
「八幡く~ん!どうかな!どうかなこの衣装!?」
はしゃいでいる子供のような声と薄い青色のワンピース、白いフリルのついた首飾り、花冠、純白の手袋、ストッキングを纏った、高坂穂乃果が目の前に飛び出してきた。化粧も相まってか、いつも以上、とてもアイドルしている。A-RISE衣装と比較しても、いたってシンプルなデザインになっている。μ'sは9人だから、一人一人に個性を付けていくのが大変なのだと、衣装担当の南ことりが頭を悩ませていた。そこで、今回も基本的に形は変えず、下地の色を変えたりすることで個性をだしているらしい。
「…悪くはないんじゃないか」
「微妙な反応・・・もしかしてかわいくない!?」
アメコミや日常系漫画では、よく表現の落ち込んだりショックを受けた表現のひとつとして 「がーん」という文字と共にその場に崩れ落ちる表現がある。彼女のオーバーリアクションっぷりには外国人も顔負けだろう。つまりなにが言いたいのかといえば。そこまでオーバーな落ち込んだ振りはやめてほしい、素直に反応に困ってしまう。
「いや、そうじゃない」
「ぐぬぬ~・・・いいもんいいもん!」
ふくれた顔で立ち上がり、絢瀬絵里と話している園田海未を引っ張り出してきた。
「いったいなんなのです?」
「じゃあじゃあ!海未ちゃんは似合ってる!?かわいい!?!?」
「ほっ…ほのかっ!?」
「お・・・おう」
園田海未の衣装は、下地に濃い青色を使っていることだ。色合いだけで言えば、これは絢瀬絵里 星空凜 の二人と同様の仕様になっている。ちなみにロングヘア―とワンピースっている純粋補正を強調させる組み合わせはストライクゾーンど直球なので、あまり直視したくはない。
今まで女性に対して変な免疫しかないせいか、こういう色仕掛けとかいった類に近いものの免疫が一切備わっていない。やめてくれ、そいつは俺に効くんだ。ころっと落ちちゃうかもしれないだろ。チョロインになっちゃうかもしれないだろ。
「う~・・・あっ希ちゃん!」
「穂乃果ちゃん、男の子にそういうのを聞くときはな、顔をみるとええよ」
「顔・・・顔・・・表情・・・?」
むむむ… と唸りながら、徐々に顔を近づけてくるのをやめなさい。その むむむ… とかいうのもやめなさい。
「…近いんだが」
「う~ん?わかんないよ?」
ほんの6センチくらい手前だろうか。ようやく高坂穂乃果は離れてくれた。かわいい。かわいいよ。これでいいだろうか?満足だろうか?満足できないとしても、これ以上はやめてくれ。本当に近い、顔目の前だし、近いから寄ってくるなと。
しかし彼女が、そんな心の叫びに気づくことはない。以前として、疑り深そうな顔をしたまま、もう一度近づいてくると思った時だった。東條希が高坂穂乃果を引き留めたのだ。
「穂乃果ちゃんはまだまだやね~・・・ちなみにその顔は、かわいいって素直に言えない。だからその迫ってくるのをやめてくれって書いてあるで」
「ちょ・・・!」
「図星みたいやね。穂乃果ちゃん、そろそろ始まるみたいよ」
してやったり みたいな小悪魔な笑顔をしている。実際してやられたからいい返すことはできないが、東條希を敵に回すのはやばいというのは改めて理解できた。気を付けよう。
「やったー!よかったね海未ちゃん!八幡くんがかわいいって!よし!じゃあ行こう!」
「凛もかわいいってって欲しいにゃ~!」
「まったく揃いも揃ってあんたたちは・・・もうそろそろA-RISEの発表の時間なのよ!」
「にこちゃん、気合い十分みたいね」
「かよちんも一緒にがんばるにゃ~!」
「が・・・がんばろうね!」
これからA-RISEの発表だというのに、彼女たちが緊張している様子はない。いたっていつも通りのように見える。
ただ、このA-RISEの発表次第で覆る可能性は十分にありえる。こればかりはこちらがどんな対策を取ったとしても避けることはできないんだが…
「あ・・・あの!」
「どうした?」
「衣装…かわいいって言ってくれてありがとうございます。ことりに感謝しなければいけませんね」
ある程度は慣れてきたが、いまだに女子と話すのは慣れているわけではない。気の利いた言葉遣いや、葉山のようなリア充前回のイケメンみたいなことは出来ないだろう。それでも一応、話しかけられたら返すくらいは出来る。
「…おう、そうだな。終わったらお礼を言えばいい。ライトが上がってきた、そろそろ発表が始まるみたいだ」
「は…はい!」
辺りが暗くなり、ステージがミラクルバイオレッド ペールライアック マドンネンブラウン等、数多くの色でライトアップされていく。これから始まる、王者の舞台を彩るように。
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そこからは、先の事は、嫌というほど鮮明に覚えている。もしこの状況をたった一言で表すとすれば そこには絶対的な壁が現れた という言葉以外に思いつかない。
響き渡る力強い音楽、煌びやかなステージで踊る三人が描き出す、“完璧”という言葉がふさわしい、完成されたダンス。そこからひしひしと感じる、圧倒的な実力の差。
誰も言葉など発していない。ただ無言に、彼女達のライブを見つめていた。
ただ、それは脚光の眼差しではない。大きな壁を目の当たりにした、呆然とした眼差し。この場にいる全員の瞳の輝きが、霞かかっていた。
圧倒的な実力を見せつけたA-RISEの演技は、いつの間にか終わってしまっていた。たった2分程度の発表が、鮮明に頭に焼き付き、何度も繰り返される。
「おい、そろそろ準備しないと…」
高坂穂乃果に声を掛けるが、彼女は呆然とステージを眺めているだけで、聞こえていない。全員の表情から、次にあの場所で踊るのは私達なのだと、じりじりと迫ってくるような焦燥感が伝わってきた。
「直に見るライブ…」
「全然…違う。やっぱり、アライズのライブには…私達」
「かなわない…」
「…認めざる…負えないです」
実力があるのはわかってはいた。しかし、実際に目の当たりにすると萎縮するのはよくあるとだ。頭に焼き付いてしまったあの光景をかき消すことはできなくとも、考え方次第で幾分か楽にすることくらいはできる。そのためには、まずひとまずこの空気を変えるしかない。
「高坂穂乃果、号令はやらないのか?」
少し強めに名前を呼ぶと、彼女はようやく我に返った。
「…ごっごめん八幡くん!みんな集まって!みんな号令、やるよ!」
「真姫、花陽、凜!ぼさっとしてない!」「わかってるわ!」「ごっごめんなさい!」「頑張るにゃ~!」
「海未、ことり、やるわよ!」「はっはい!」「う…うん!」「二人ともしっかりな~」
高坂穂乃果の声に気付いた三年生が引っ張り、円になって集まることで士気を上げる。いつもは流れを作り始めるのは高坂穂乃果の役割だったが、今回は彼女も相当堪えているのは間違いない。しかしその影響は、μ'sの他のメンバーにも波及する。繋がりが深い組織が故の、弱点ともいえる部分だ。
彼女たちは幾度となく視線を合わせ、目の前にある壁を、頭の中に焼き付いてしまっている印象を少しでも薄くし、安心するために、必死になっている。
ひとまずはこれで彼女たちは折れそうな心を繋ぎ止める。でも、これだけではまだ駄目だ。
もし、この号令のタイミングを外してしまうと、立て直すことすら危うくなる。せっかく繋ぎ止めたものも意味がなくなってしまう。
高坂穂乃果もそれをわかっているのか、号令を出すことをどこか躊躇っているように見える。
しかし、首の皮一枚はつながっている。空気は依然としてA-RISEに断ち切らたままになってしまっているとしても、少しでも戻れば、彼女なら立て直すことが出来る。
だとしたら俺の役割は、もう一度立て直すためのお膳立てをしてやればいい。
「少し聞いてほしい。今この状況で 諦めるな なんて無責任なことは言うつもりはない。あんなものを目の当たりにしたんだ、弱音の一つくらい吐いたっていいだろう。A-RISEが凄いのはわかっていたし、前年の優勝者なら当たり前のことだ。だから、最初からあれを越えるものをやろうなんて思わなくていい。それに悪いことばかりじゃない。再生数はうなぎ上りで、復活ライブをやるには最高の環境もスタッフも揃ってる。せっかくいい流れを作ってくれたんだ。せっかくのチャンスを無駄にしないようにするしかない。俺は踊ったりなんてできない。それでも自分なりにμ'sの復活のための環境は整えておいた。あとは、任せる」
ほんの少しだが、流れは戻した。あとは、彼女達なら立ち上がるはずだ。そうだろう。高坂穂乃果。
「凄いのは当たり前…うん!そうだよね!みんな聞いて!こんな凄い人たちとliveができるなんて…!自分たちも、おもいっきりやろう!」
「「「「「「「「おう!」」」」」」」」
「それにね!私たちは10人なんだよ!3人より10人!人数が多い私たちの方が、見栄えがいいに決まってる!」
「何を言い出すかと思えば…比企谷くんまで足してどうするのですか?」
「穂乃果ちゃん…なんか足し算しちゃってない?」
「掛け算じゃ駄目なのかな…?」
「かよちん落ち着いて!1×1は1だにゃ~!」
「それじゃあ数でも負けちゃてるじゃない!」
「あんたたち適当なことに釣られてるんじゃないわよ!まったく…ほんっとにうちのリーダーはしょうもないんだから!」
「単純だけど、明快な答えやね」
「そうね、3人より10人!」
メンバーの表情に、次第に笑顔がも戻っていく。今この瞬間、全員の瞳に炎が灯った。あの最悪な流れを切り、自分たちの勢いを取り戻した。今度は躊躇うことなく、高坂穂乃果は手を前にかざそうとした時だった。
「ほのかー!」
流れを作るためのダメ押しの一発が、ようやく到着した。高坂穂乃果のクラスメートであり、彼女たちのファンであるヒデコ、フミコ、ミカの三人を中心に集まった、音ノ木坂学園のμ'sのファン達だ。
「みんな…どうしてここに!?」
「そこの男の子…ひきたに君?に呼ばれたんだ、μ'sを支えてほしいって」
「ひきたに…?」「だれだにゃ~?」
全員 「ひきたに君」 を探すが、残念ながらそんなやつはいない。葉山グループで鳴れてしまっているせいか、俺も一瞬違和感を感じなくなってしまっている。正直焦った。ごめんなさい、父さん、お母さん。すまない小町、カマクラ。
「ひきたに・・・もしかして!比企谷君が呼んでくれたのですか!?」
「海未ちゃん凄い!でも・・・どうしてひきたに?もしかして偽名?」
「感じにすると確かに ひきたに って読めるやん。ね、比企谷くん?」
「・・・俺は偽名使ったことないぞ。読み方は ひきがや なんだが、だいたいのリア充は間違えているから問題ない。一応スタッフさんにに了承は得ているんだが・・・呼んだのはまずかったか?観客がいた方が、モチベーションが上がると思ったんだが」
「何言ってんのよ。見て、応援してくれるファンがいる。それだけでも、私たちの力になるに決まってるじゃない。あんた、案外わかってるじゃない。穂乃果ビシッと決めるわよ!」
「もちろん!それじゃあ行くよ!」
「1!」―高坂穂乃果
「2!」―南ことり
「3!」―園田海未
「4!」―西木野真姫
「5!」―星空凜
「6!」―小泉花陽
「7!」―矢澤にこ
「8!」―東條希
「9!」―絢瀬絵里
「10!」―比企谷八幡
『μ's!ミュージック!!スタート!!!』
夜の闇の中に光る都会の夜景、彼女たちは青く煌めくステージに踏み込んでいった。