風が鳴いていた
イヴァリースの高原はいつも風が強い。だがこの日の風は違った。肌を切るように冷たく、どこか焦げた匂いを含んでいた。
俺たちは前線にいた。ロマンダ王国第二遠征軍、歩兵第二中隊。任務は単純だった――高地の制圧。イヴァリースの残存騎士団を潰し、戦線を押し上げる。たったそれだけのはずだった
夜明け前、指揮官の号令とともに進軍が始まった
朝靄の向こうに見える丘は静かで敵影はない
このまま占拠できる、そう誰もが思った矢先だった
「……おい、あれを見ろ。」
前衛の斥候が声を上げた
俺も足を止め、霧の向こうを凝視する
最初は、何か赤い布が翻っているのかと思った。朝焼けに照らされ、血のように濃い赤が揺れている
だが、違った。
それは生きていた。呼吸をし、地を踏みしめ、霧の中からゆっくりと姿を現した
――チョコボだ。
羽は真紅。陽光を浴びたそれはまるで燃え上がるようで、巨大な焔の塊が歩いてくるかのように見えた
俺たちは息を呑んだ。チョコボなど戦場では珍しくない。だが、この個体は異様だった。体高は高く、くちばしは艶めき、瞳には冷たい光が宿っている
何より、その存在が発する圧は……
距離にしてまだ二百メートル以上あったが、心臓を掴まれたような息苦しさを覚えた
「近くに乗り手は?」
「確認できません」
「……野生か?なぜこんな前線に……紛れ込んだか?」
指揮官が斥候と会話していた次の瞬間、空気が鳴った
雷鳴に似た、だがもっと生々しい音
赤チョコボが一歩踏み出した瞬間、地面が沈み、そこから赤黒い力が噴き出した
「なっ――!」
閃光。
視界が真っ白に染まる。耳を裂く轟音。
気づけば仲間の半分が地面に倒れていた。鎧が熔け、槍が灰になり、空には黒い煙が立ちのぼっている
魔法――いや、“魔法のようなもの”だった
俺は目をこすり、必死に状況を見極めようとしたが、もはや何が起きているのか理解できなかった
ただひとつだけ分かった
あれは、敵でも味方でもない
この世の理から外れたものだということだけ
赤チョコボは鳴いた
その声は風を切り裂き、空を震わせ、骨の髄まで響いた
――クェアアアアアアアアッ!!
絶叫と同時に、再び光が落ちた。今度は空から
それは炎の雨、いつか見た魔道士のファイガなど比にもならない
地が燃え、鉄が溶け、人の悲鳴が途切れ、そんな中俺はとっさに土嚢の影へ転がり込んだ
身体中が焼けるように熱い。耳鳴りも止まらない
さっきまで隣にいた友軍の兵士――それは顔の半分が吹き飛び痙攣していた
「ハアッ……嘘だろ……なんで……チョコボが、こんな……」
声にならなかった
チョコボは戦場の相棒だ荷物を運び、傷を負えば慰めてくれる
その優しい生き物が、今、神のような力で人間を焼き尽くしている
俺は這うようにして後退したが、それも無駄だった
赤チョコボの周囲に、淡い光が集まり始めそして、その身体からはさらに強い魔力の波動が立ち上がっていった
周囲で退却の号令が響く。
だが誰も動けない。足が竦む。逃げれば背中を焼かれると、本能が理解していた。
仲間の一人が弓を構え、震える手で放った矢は赤チョコボの首筋に命中――したはずだった
だが次の瞬間、その矢は羽毛に弾かれた
「なんだ、魔法障壁の類は無い筈だぞ……!?」
誰かが叫んだ
だが意味はなかった。赤チョコボは再び嘴を開き、地面を踏み鳴らす
大地が裂けそこから火柱が噴き上がり、丘が崩れた
俺たちは吹き飛ばされ、空を舞い、地面に叩きつけられた
気づけば部隊は壊滅していた。五十名いた兵士のうち、生き残っているのは既に十にも満たない
いつの間にか空は黒煙で覆われていた、炎に照らされた赤チョコボの輪郭その姿を俺は一生忘れないだろう
歩くたびに大地が震え、羽ばたくたびに風が唸る
あの羽が一枚舞い落ちるたび、空気が燃えるようだった
後退戦が始まった
俺たちは命からがら山を下り、夜になってようやく敵影を見失った
だが夜空の彼方、遠くの山の上には、赤い光がぼんやりと浮かんでいた
まるで“あれ”がまだ見下ろしているようで、俺は震えが止まらなかった
後に「紅天事件」と呼ばれたその一件はイヴァリース側もロマンダ側も、双方が甚大な損害を出していたが原因の正確な記録はどこにも残っていないようだった
単純に生存者が少なすぎたことが理由だったのだろう
俺は奇跡的に助かった数少ない者の一人だった
軍本部に戻ったあと、調書を取る際こう言われた
「落ち着け、君は敵の兵器や魔法を頭の中で誇張しているのではないか?」
だが俺は、震える声でそれだけは否定した
「見たんだ……あの目を。俺を見たんだ」
言葉が通じる相手ではなかった。
だが、確かにあの瞬間、あの獣と目が合った
その瞳に映ったのは、俺自身の“死”だった
数日後、負傷兵の収容に向かった別部隊が現場を調査した。
報告によれば地形が変わっていたという
丘は、まるごと消えていた
地中からは溶けた鉄と断片的に散らばった焦げた遺体、そして……赤い羽根が一枚、発見された。
真紅の、光を反射する羽
鑑定に出されたが、ただ非常な硬さとしなやかさを併せ持つ以外はただのチョコボの羽根だった
やがて、その噂は戦線に広がった
現れるたびに一帯が焼け野原になり、誰であろうと等しく滅びたことから兵たちはそれを「紅の天災」と呼んだ
戦争の神が遣わした罰だと信じる者もいれば、古代の禁呪が暴走したのだと唱える者もいた。ある者はあれこそ不死身の悪魔ルカヴィであるとも
だが誰も真実を知らない
知ろうとした者は、皆死んだ
その翌年、黒死病が大流行し正式に軍はイヴァリースから撤退して、それから二十年
戦争は終わり、片腕を失ったことで退役し、故郷に戻って畑の手伝いをしている
時折、夢に見る。あの赤い羽根を
空を焦がすほどの光
そして、あの鳴き声
――クェアアアアアアアァァッ!!
目が覚めるたび、胸が焼けるように痛む。
だが、不思議なことに、恐怖よりも哀しみを感じるようになった
あの獣は、本当に“災厄”だったのだろうか
もしかすると、戦争という愚を終わらせるために、この世界が生み出した“守護者”だったのではないか――そう思うことがある
俺はもう軍を辞めた身だ
この記録を残す理由はない。ただ、後の世の誰かが信じてくれれば、それでいい
この戦乱の裏で、一羽の紅いチョコボが確かに存在したことを
そして、それが人の歴史に刻まれぬまま、ただ“天災”として葬られたことを
最後に、あの時俺が見た光景をもう一度記しておく
炎の中、赤チョコボは静かに立っていた
焼け落ちた戦場の中心で、まるで何かを悼むように
風が吹くたび、羽が揺れた