I need you 作:花筏
4月が終わってキリがいいので、投稿ペースを色々と試してみようと思います。試しに5月分を書き溜めてみようと思うので、週一ペースではなくなります。
慣れなかったらいつの間にか戻ってるので、あまり気にしないでください。
4月某日、学校のない土日はあながち暇なもので、特段予定のなかった竜胆。しかし、そんな暇を持て余していた竜胆にある誘いがあった。
雲一つない晴天の空に涼しげに吹き抜けるそよ風は、絶好の洗濯日和。昼間を少し過ぎた午後1時30分、寮から少し離れた海岸沿いのベンチに、約束の人物が本を読んでいるのが見える。
「早いな、椎名」
「こんにちは樋口くん。今日は良い天気だったので、少し早めに外に出ようかと思いまして」
「一応、約束より30分も前に来たんだけど。もっと早く来た方がよかった?」
「私が勝手に早めに来ただけですから、お気になさらず」
近づいて話し掛けた竜胆に気づいた椎名が、本から顔を上げて挨拶をする。約束の2時よりも早めに行こうとしていた竜胆よりも、椎名は30分も前からいたらしい。
「前に言ってた場所って何処だっけ?」
「ケヤキモールから少し外れた場所にあるみたいです。少し歩きますが、どうせならケヤキモールからではなく、海沿いからゆっくり行きませんか?」
「?⋯⋯まぁいいけど」
特に断る理由もないので、提案を受け入れる。竜胆としても、ケヤキモールから行くのは人通りが多いので避けられるならそのほうがいい。
わざわざ隠す意味もないが、網倉が言っていた噂とやらで変に目立つようなことをする必要もなかった。
「ここの土地は、埋め立て地なんだそうですね」
「みたいだな、よくこんな場所に学校を建てるよ」
「それだけ国が力を入れているのかもしれませんね。仮に他に埋め立てる理由もあるなら、並行して学校を建設する予定だったのかもしれません」
この学校のシステムを成立させるには、小さな街が入るような広大な土地が必要になる。いくら東京が狭いと言っても、学校一つにそこまでするとなると莫大なコストがかかる。
寮周辺などもそうだが、景観のためかそこら中に木が植えられていて、土地そのものにはまだ余裕があるようにも見える。椎名の言う通り、他に建設予定のモノがあるのかもしれない。
軽い話をしながら歩くこと十数分、二人はちょうど赤信号になった横断歩道で止まった。竜胆はその当たり前のことに、ふと違和感を持った。
「今まで気にしてなかったけど、この学校でも普通に車通るよな」
「思っていたよりずっと大人の人が多いですね。敷地内で何らかの職に就いている方達だと思いますが、入学前のイメージよりかなり違いました」
「結構自由だよな。ほとんど外と変わらない感じだ」
当たり前と言えば当たり前なのだが、学校の敷地を出られない生徒はもう少し不便な思いをすると思っていた。とびきり悪く言ってしまえば、刑務所のような不自由からの圧迫感に近いかもしれない。
「樋口くんは寮での一人暮らしに不安を覚えませんでしたか?」
「不安?」
「今まで親の庇護の下で生きてきた子供が、知らない土地や新しい環境に適応できるかという不安です。私は今でも慣れていません。本だけが何も変わっていない存在で、何より安心できます」
新生活に対する不安は誰にだってある。お金の代わりになるポイントの管理やあらゆる娯楽の誘惑がある中での生活は、立派な社会勉強になる。
「食べるものに困らなければ、大体なんとかなるだろ」
「そうでしょうか?」
「俺はそれで大体なんとかしてきた」
椎名は不思議そうに尋ねてくるが、竜胆にはそれくらいしか言えない。ずっと先の未来なんて分からないのだから、必要なこと以外は深く考えない。余計な思考は、考えれば考えるだけ良くないことばかり考えてしまう気がする。
「椎名も本を読んでたら、細かいことなんて気にならなくなるだろ?」
「そう⋯⋯ですね。本を読んでいる間は、他のことがまったく頭に思い浮かばなくなります」
「それに、どこだろうと椎名はいつも本を読んでそうだし、今の環境に適応する必要はないだろ。食べたいときに食べる、読みたいときに読む。それが一番」
「⋯⋯それくらいシンプルのほうがいいのかもしれません。少し引っ掛かていた気持ちがスッキリしました。ありがとうございます樋口くん」
「どういたしまして」
まだ入学してから1ヶ月も経っていない状況で、学校がない休日。変に時間に余裕が出来てしまったからこそ、そんな不安がぶり返してしまったのかもしれない。
(こういうのをホームシックって言うんだっけ?いや違ったか?)
「樋口くん、青になりましたよ」
「ん⋯⋯おう」
いつの間にか青になっていた信号の交差点を渡り、不思議と会話もないまま歩き続けると、一際大きな建物が見えてきた。
「アレです。ちょうど今月開店したばかりの図書館が併設されたカフェです」
椎名が正面を指差しているのは、高い天井が目立つ一際大きな建物。カフェ部分はガラス張りになっているが、奥側にある本棚は日が当たらないような造りになっている。
「入り口で飲み物を注文すると、本を無料で読めるみたいです。学校の図書館と違って借りることはできませんが、飲食可能なのが一番の違いですね」
「⋯⋯詳しいな」
「図書館の司書の人から教えてもらったんです。『生徒はあまり来ないから、気分転換としてどうか』と」
「まぁ、雰囲気は学校のと違ってオシャレな感じだけど」
外見は図書館がメインというより、カフェがメインになっているデザインに見える。ケヤキモールから少し距離があるからか、休日でも意外と空いている。毎日生徒で埋まっているケヤキモールのカフェとは大違いだ。
ただ、人混みを避けたい人がここに来る可能性もあるので、空いているのも今だけかもしれない。
「というか、司書さんに勧められたんだな」
「はい。毎日会うので、すっかり顔を覚えられてしまいました」
「もしかしたら、椎名が不安になっているのに気づいて、気を遣って勧めたのかもな」
「では⋯⋯今度お礼をしないとですね」
話の流れで、竜胆が勝手に結びつけてしまっただけの可能性もあるが、そっちのほうが椎名にとっては良いかのかもしれない。少なくとも、本人は嬉しそうにしている。
「とりあえず入るか」
「ちなみにこの学校のカフェに入るのがこれで初めてなのですが、樋口くんはどうでしょうか?」
「ここは初めてだけど、別のところには行ったことあるな。混んでて落ち着ける雰囲気じゃないから、一回しか行ったことないけど」
以前、渡辺と一緒に入ったが、人が多すぎてとにかく落ち着かなかった。しかもほとんどが女子だったから余計に気不味くなり、すぐに店を出た苦い記憶が蘇る。
竜胆がそんな思い出を話すと、椎名な神妙な様子で一言呟いた。
「初めてのお店に入るときは、やっぱり緊張しますよね」
「それ言ったら余計に緊張するやつだろ」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「入りましょうか」
「そうだな」
さっきの沈黙で今の話をなかったことにした二人は、店に入り注文を済ませる。呪文のような名前の商品もあったが、竜胆と椎名は息を合わせたようにスルーして、竜胆はドーナツ5つとカプチーノを椎名はカフェラテを注文した。
「落ち着いた雰囲気のほうがやっぱり良いよな」
「図書館も兼ねていますから、自然と落ち着いた店内で安心します」
古民家風のカフェを広くしたような内装に、竜胆はカフェが落ち着いている方がイメージに合うと考え、椎名は図書館のように本棚が広がる光景にウキウキしていた。
「ここはどうでしょう。本棚とも近いですし、入り口からも遠いので人通りも少なそうです」
椎名は、図書館の奥側にある小さめのスペースにある横並びのテーブルに手に持っていたカフェラテを置く。携帯の充電用のコンセントや近くにランタンの形をした証明が置かれている。
「穴場っぽい場所だな」
「入り口近くにも席はありましたが、日によく当たってしまって本にもよくありませんから。ここは完璧です」
(分かる⋯⋯こういう端っこにあるスペースって落ち着くよな)
秘密基地を見つけたような反応を見せる椎名に内心で同意しながら、竜胆はドーナツとカプチーノが乗ったトレイを椎名の隣置いて着席する。
「では早速、店内を見て回りましょう」
「こういうのって、どっから回ったほうがいいとかあるのか?」
「本屋さんであればジャンル順・出版社順・作者別に並べるところが別れます。
出版社ごとに背表紙の色や装丁・題名や著者名の文字の位置がバラバラで、結局どこまでが同じ作家なのか分かりにくい場合もあるので、本屋ごとに探し方が異なったりします。欲しい本が決まっているのであれば、店員さんに聞くのが一番ですね」
「最終的にはそうなんのね」
元も子もない結論だが、手っ取り早いのはやはり聞くことなのかもしれない。まぁ、今回はこれと言って目的の本があるのではないのでプラプラしながら探せばいいのかもしれない。
「今のは本屋さんの場合なので、図書館は少し違います」
「え、違うの?」
図書館と本屋で違いがあるとは思ってなかった竜胆は、驚きながら椎名を見る。そんな竜胆に椎名は微笑みながら説明を再会した。
「日本の多くの図書館では日本十進分類法で整理されていて、大体が決まったテーマに沿った分け方がされているはずです。本ごとに細かく数字で管理されているので、慣れれば探す時に楽ですよ。やっぱり司書さんに聞くのが一番ですが」
「⋯⋯覚えるのは後にするわ。頭がこんがらがる」
「私もすべてを覚えている訳ではないので、それでいいと思います」
10分ほど見て回った二人は、最終的にミステリーのジャンルを読むことにした。竜胆はそれしかまだ読む気が起きなかったのだが、椎名も竜胆に合わせてミステリーにしていた。
それから、読みながら内容について話したりとしていたら、あっという間に数時間の時間が経過していた。ちょうど読み終わった竜胆が壁にある時計に気づき、同じく読み終わった椎名に話し掛ける。
「そろそろ日が沈むし、帰るか?」
「そうですね⋯⋯今日はここまでにしましょう。読んだ本の感想は帰ってから電話でするのはどうでしょう?」
「電話?いいけど、感想ならここでもできるだろ?」
「先程から、樋口くんのお腹が鳴っていましたから」
本に集中して一切の反応を示さなかった椎名だったが、腹の音はしっかり記憶していたらしい。若干恥ずかしくなった竜胆は、無言で頷いて店を出た。
外は今にも太陽が沈みかけていて、辺りが暗くなり始めていた。行きと同じ道を歩いていると、ふと椎名は立ち止まった。
「どうした?」
竜胆が問いかけると、椎名は身体を左に向けて海の向こう側に沈んでいる太陽を見ながら、ゆっくり話し始める。
「海沿いを歩いていると、なんだか自分がちっぽけな存在に見えてくるんです。普段は気にしていない風景も、ゆっくりと歩きながら見るとずっと大きくて、視界いっぱいに広がる景色は何とも壮大なようにも見えてきます」
まるで小説に出てくるような台詞だが、竜胆は不思議と椎名の言いたいことが理解出来るような気がした。
「海ほどデカいのはないからだろ」
「樋口くんは、そう思いますか?」
訂正、全然理解など出来ていなかった。
はっきりと断言してしまった自分が恥ずかしくなる竜胆に、椎名は不思議そうな表情で確認してくる。
「前に、似たようなことを感じたことはある」
「詳しく聞いてもいいですか?」
椎名は竜胆が思っていたよりも今の話に興味が惹かれたらしく、若干二人の距離が詰まった。
「その前に、最初のちっぽけ云々って何が言いたかったんだ?」
「大した意味はありません。海をじっくり眺める機会は入学してからあったはずなんですが、実行したことは一度もなかったので。ふと見てみたら、なんとなくそう思ったんです。実は言うと、海に行ったことがなくて⋯⋯」
「そういうものなのか?」
「どうなのでしょう?初めて海をじっくり眺めたときに、人はどう思うのかなんて考えたこともありませんでした」
これが山の頂上などであれば、達成感や綺麗な景色などを一番に考えるのかもしれない。しかし、海の景色を見てどう思うかは山よりも想像しづらいのかもしれない。
やっぱり“綺麗”が一番だろうか。それとも、磯臭いとかかもしれない。
「小説で海の猫写は多々存在します。しかし今思い返すと、海をどう表現して、海を見た時の感情などの猫写をイマイチ思い出せないんです」
「⋯⋯⋯⋯?」
「以前、読むタイミングなどでその時の感想が変わるという話をしたのを覚えていますか?」
確か、その時によって解釈や登場人物に対する感情が変わるとかいう話だった。読書に対するハードルが高いとその時の竜胆は思ったし、今でもそこまで理解出来ていないと思っている。
無言で頷いた竜胆を見て、椎名はもう一度海の方向を見て語りだした。
「あの時、あまり簡単に説明することを出来なくてちょっと悔しかったんです。樋口くんにもっと読書の面白さを語りたくても、説明が下手では伝わりません」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「話を戻しますね。以前の話を纏めるなら“人生経験こそ、読書を面白くする”と、私は思っています」
人生経験と言われても、関連性が竜胆には見いだせなかった。『読書一つでそこまでスケールの大きい話になるのか?』そう言いかけたところで、口を挟むのをやめて話を最後まで聞くことにした。
「例えば、恋を知っている人と知らない人では、恋愛猫写に対する捉え方や理解度に違いが生まれるかもしれません。残念ながら、私にそういったことを共有する相手がいないので証明することも出来ません」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「先程の海の猫写一つに注目してもそれが言えます。私は海をなんとなくのイメージでしか知らなかったので、小説内の海の猫写を勝手に“そういうもの”という固定概念で覚えていた為、具体的な文面を思い出せずにいたんだと思います」
「だから⋯⋯人生経験がいるってことか?」
椎名が言いたいのは、知識として知っているものと経験として体感している情報とでは差が生まれ、それが読んだ時のタイミングによって解釈や感想が変わる⋯⋯という意味なのだろう。
「はい、私は今海を眺めて、潮風を感じています。帰ったとき、潮風で髪がガサガサになったときの不快感や今日初めての読書友達と遊びに出かけたときのワクワク感も、知識として知っていたものよりもはっきりと体感できているんです」
「じゃあ、アレだな。また読み返せるな」
「はい、だから凄く楽しみです。初めてを知る度に、楽しくなってくると思うと、ワクワクが止まりません」
そう言って、海を眺めながら話していた椎名が竜胆の方に振り返り、微笑んだ。
以前は何を言っているのか分からずに困惑していた竜胆も、今は椎名の言うことが共感出来た気がする。その場の雰囲気に流されているだけかもしれないが、この雰囲気は嫌いじゃない。
微笑んでいた椎名は、竜胆の目を見つめて声のトーンを少しだけ落とした。
「誰かと本を読んで会話を交わすのは楽しいです。昔はお父さんと一緒に図書館に行ったりしていましたが、私が大きくなるにつれて、いつしか一人で本を読むようになりました」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「特にそこに疑問なんてありませんでしたし、嫌だった訳ではありません。それが当たり前だと考え、一人で読むことに慣れきっていましたから」
竜胆に、今の話はきっと理解できないものだった。本を読むことを思いついたのは、中学生になる時とは違い、高校生になってやりたいことを思いついてなかったし、考えてなかった。
だから、何と返せばいいのか分からない。この話をする椎名の意図が読めなかった。
「樋口くん、また誘っていいでしょうか?今日みたいになんてことない雑談を交わすだけでも、とても楽しかったんです」
「それ⋯⋯だけ?」
「⋯⋯駄目でしたか?」
何か重い雰囲気の椎名に身構えてしまった竜胆は、大きく息を吐いて近くのベンチに座り込む。
「こっちが頼みたいくらいだわ。新しい趣味を楽しむには、その道の先輩に聞くのが一番って聞いたし」
「誰に聞いたんですか?」
「ん、何でもない関係の腐れ縁に」
すぐにベンチから立ち上がった竜胆は、椎名の疑問にたった今沈んだ夕日を見ながら答え、身体を真っ直ぐ伸ばす。
「ちょっと言うの恥ずかしいけど⋯⋯⋯⋯また遊ぼうな」
「はい、約束です」
友達が少ない二人が、少しだけ勇気をだして関係を深めた1日。いずれは思い出として細かい記憶は忘れてしまうだろう。
だが、過程を忘れたところで結果は消えない。
ぎこちない会話を交わした二人は、友人であると堂々と言える仲に⋯⋯⋯⋯今日なったのだ。
椎名「この時は学生らしい不安を抱えていましたね」
竜胆「懐かしいな⋯⋯」
椎名「これから、少しずつ賑やかになっていったんでしたね」
竜胆「そういえば、最初は俺たちだけだったんだな」
椎名「忘れてたんですか?」
竜胆「色々あったから、細かい順序が分からなくなるんだよ」
椎名「二人ともこれからすぐに仲良くなりますから、少しずつ思い出しますよ」
竜胆「アイツは5月に会ったんだっけ?」
椎名「竜胆くんが初めに出会って、それから私とも知り合いになったはずです」
竜胆「あ~思い出してきた。最初は、お互いそれどころじゃなかったんだ」
椎名「では次回『ようこそ実力至上主義の教室へ』今度こそ、本当ですよ?」
綾小路「そろそろ出番か?」
竜胆「もう少し待ってような」
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