夜神月に成り代わってヒロアカ世界に転生したけどデスノート絶対に使いません! 作:佐久間2525
リノリウムの廊下を早足で通り抜ける。革靴がたてる硬質な音が、白い壁によく響いた。
いくつも並んだ病室から目当ての番号を見つけると、気が逸っている妻が私より先に飛び込んでいく。
「ライトっ」
「母さん」
遅れて入ったその部屋の中央では、ベッドで身を起こした息子が目を丸くしている。右足には包帯が巻かれ、顔にもいくつか小さな擦り傷はあるが、それ以外に目立った怪我はない。
無事だ。
それを確認した途端、どっと安堵に襲われた。ため息とともに座り込んだパイプ椅子が、不安定にぐらつく。
「足の怪我はどうなの、お医者様はなんて?」
「神経は傷ついてなかったみたい。リカバリーガールの治療を受けたらすぐに治るって」
「良かった…。連絡を聞いて心臓が止まるかと思ったわ」
「心配かけてごめん」
憔悴した様子の母親を見てライトは眉を下げた。申し訳なさそうな顔に、喉元まで出かけていた言葉が止まる。
ヴィランからの交渉には乗らないのが基本だとか、そういったことには大人が対処するべきだとか。病院に着くまでに考えていた様々な説教が声にならずに萎んでいった。
「…先に誘拐されていた女の子は無事だったのか?」
「怪我はなかったよ。個性が奪われちゃったから無事かというと難しいけど…」
悔しげにしているが、相手はあのオールフォーワンだったというのだから、二人とも五体満足で生きているだけで御の字だろう。立ち向かって生きている者の方が稀な相手だ。
「まったく、…」
「わ」
感慨深い気持ちがこみ上げてきて、衝動的に頭を撫でまわした。
息子は昔から聡明で心優しかったが、気質としてはやや臆病だったはず。今回のことだってどんなに怖かっただろうか。
「──頑張ったな」
「…父さんには怒られると思ってた」
「なんだ、説教されたかったのか?」
「それは違うけどさ。あんまりいい選択をしたとは思ってなかったから」
「やったことは無謀だが、その女の子はお前が来てくれて心強かったと思うぞ。無謀だが」
「二回も言った」
「事実だからな」
ぐしゃぐしゃの髪を手櫛で整えながら不服そうな息子。まだまだ子どもだと思っていたのに、いつの間にこんなに大きくなったのか。一抹の寂しさと同時に、誇らしさが胸を満たす。
「お前は父さんの自慢の息子だ」
平和の象徴の不在で、世の中はきっと荒れる。ヒーローにだってその矛先が向かうだろう。けれど、この子なら大丈夫だ。きっと誰よりも優しいヒーローになってくれる。
親バカかもしれないが、そんなことを思った。
高校生にもなって頭を撫でたものだから、照れたのかもしれない。息子はベッドに視線を落として、ただ静かに俯いていた。
◆◇◆◇
青年が病院で両親と話しているのと同時刻。薄暗い研究室に、機材をガチャガチャと掻き分ける音が響く。
「終わる、終わってしまう、魔王の夢が…!」
老人は焦りを隠せない様子で声を震わせていた。
順調に思えた計画は、果たしてどの段階で破綻していたのか。雄英襲撃の失敗か、あるいは死柄木弔の死か──今更考えても仕方ないことを思考の隅に追いやり、今後について考えを巡らせる。
「サイコメトリのあ奴がおる以上、ワシの居場所がばれるのも時間の問題…。一刻も早く適合者を見つけなければ本当に終わりじゃ…!」
死柄木弔に継承させるはずだったAFOの個性因子。仮説が正しければこれに彼の意思が宿っているはずだ。まだ再起の芽はある。ただ相手は誰でも良いという訳ではない。年齢、執念、元の個性の頑強さ、性別…条件を考えるとそこらの一般人を捕まえるわけにもいかないのが現実。
「時間じゃ、今は時間を稼ぐ必要がある。ワシだけは捕まるわけにいかん…」
刑務所を襲撃していた脳無も随分と数を減らしている。そしてAFOがいない今、増やす事もできない。
脱獄したヴィランの扇動、残った脳無の活用、敵連合残党の指揮。切れる手札は少ないが残ったものでどうにかする他あるまい。
「…AFOをも殺せる個性。発動条件が分からんままでマキアを動かすべきかどうか…」
ぶつぶつと。諦め悪く、老人はAFO復活の道を、たった独り模索する。
喉元にすでに死神の鎌が迫っていることなど、知る由もなく。
◆◇◆◇
タルタロスでも使用されている分厚い防弾ガラスの向こう側。
複数の公安職員、警察関係者に見守られつつ、その青年は目を閉じてじっとしていた。彼がそうし始めて、優に一時間は経過している。
「動きませんね」
「いつもなら数秒程度触れれば大抵の情報は抜いてくるのに…珍しい」
「それだけ奴の持つ情報が膨大ということでしょう」
ヒソヒソと公安職員がそう言葉を交わす様子を、相澤は不機嫌さを隠さずに眺めていた。
個性を消せる抹消と、雄英の教師かつヒーローという立場、そして夜神の担任として彼が公安と関わりがあることを知っているという点。以上の三点を買われて、この場への立ち合いを求められた訳だが、あまり気分は良くない。
視線をガラスの向こう側に戻す。
厳重に閉じられた部屋の中、教え子はただ一人でヴィランの遺体と向き合っていた。少し距離があるここからも、その顔色が良くないことは分かる。
「休憩を入れる訳にはいかないんですか。夜神の体調が心配だ」
「下手に集中を途切れさせる方が良くないので…いつも彼の塩梅に任せてます」
「…そうですか」
いつも、ね。
未成年の個性だよりの捜査に、随分とまあ慣れきった様子で。
口を開けば悪態が飛び出しそうなのを、ため息で押さえ込んだ。
個性を奪えるヴィラン、AFO。それがつい先日、オールマイトと激闘を繰り広げていた者の正体らしい。
遺体からでも得られる情報は多いだろうということで夜神がこうして召集されている訳だが。AFOという男は複数の個性を自在に操ったことから、死後に動き出す可能性も0ではない、と。そんな公安の懸念からこの厳重な環境は用意されている。
んなアホな、と言いたいところだが。まあ何とも規格外のヴィランだったらしいので、わざわざ否定はするまい。
だがそんな危険性があるなら、まだヒーローの卵でしかない子どもを近寄らせるな、と教師としては思うわけで。
「いざという時、あなたの個性が奪われると事態は最悪なので…」とか何とか言って俺をガラスの外側に追いやるくらいなら、夜神も入れるなよ。バカが。
苛立ちをこらえつつ、ひたすら向こう側の教え子を眺める。万が一、億が一にでもあの死体がゾンビのごとく蘇ってきたら、その瞬間に個性を消さなければならない。
そうしてただじっとガラスの向こう側を見つめていた時。ふいに異変に気が付いた。
ボタボタと。赤いシミが床に広がっていく。片手に余りそうなほどの血液が、夜神の鼻腔から滴り落ちていた。
「…っ、入ります!」
「ちょっ、ま、イレイザーヘッド!?」
公安職員の制止も振り切って扉を蹴り開ける。駆け寄った先、顔色を真っ白にしたままの夜神は、まだ目を閉じて個性を使用していた。近寄ってみると、全身の皮膚が粟立っており、おおよそ尋常な様子ではない。
「夜神。聞こえるか」
抹消を発動させつつ手首に触れる。脈が随分と早い。
夜神は個性が使用できない状態になり、ようやく呼びかけに気付いたらしい。そっとその目が開かれて。冷や汗に濡れた前髪から、鋭い視線がこちらを射抜く。
「…先生」
「大丈夫か。気分は」
「最高に最悪です…」
「分かった、無理して喋るな」
遺体から夜神を引きはがしつつ、数歩下がる。その段になってようやく公安職員たちも中に入ってきた。距離をとり恐る恐るといった様子で伺ってくる彼らに、思わず舌打ちが零れる。この期に及んで何をたらたらと。
苛立つ俺とは対照的に、夜神は可笑し気に笑みを浮かべていた。
「そんなに警戒しなくても。もう
その視線が、安置されたままの遺体に向く。
ゴミを見るような目、という表現があるが。まさしくそのような視線だった。
「…夜神?」
「?どうしました」
「あぁ、いや…」
違和感を感じたのは自分だけであるのか。夜神の言葉に彼らは安心した様子で近寄ってくる。
「君が言うなら間違いないか」
「流石の巨悪も死ねばそれまでのようで」
「杞憂が過ぎましたな」
「それで、どうだい。情報はとれたかね」
「ええ。それはもちろん」
乱雑に袖で鼻血をぬぐって、夜神は立ち上がった。そのまま公安職員と会話をする様子に、先ほど覗いた冷酷さは見えない。
「(気のせいか…?)」
「すみません、報告すべきことが山のようにありすぎて…少し整理する時間が欲しいです」
「分かりました。またいつものように書面でまとめて下さい」
「はい。ではこの場では喫緊の課題だけ報告します。AFOの記憶から、先日の誘拐に関わった蛇腔総合病院理事長、殻木球大の所在候補が数ヶ所判明しました」
夜神は未だ青白い顔をしたまま、慣れた様子で報告を始めている。
殻木という医者が誘拐に関わっていたことは、夜神が救出された直後には警察に伝えられていた。壊理ちゃんの記憶から判明したようだ。その情報を得て、警察は即座に病院に向かったものの、逃げられたあとだったという。現在も捜索が続いていたはずだ。
七十年前のAFOと殻木の出会い、脳無の研究過程、そして死柄木弔を育てて何をしようとしていたか。夜神の口から語られる情報が、重く空気を満たしていく。
「…至急、話に出た研究施設を捜査するぞ」
「お願いします。奴はおそらくAFOの個性の譲渡も、脳無の製造も諦めていません。野放しにすれば必ずまた犠牲者が出る」
「ああ。我々が必ず捕まえてみせよう。情報提供、感謝する」
警察関係者が真っ先に席を外し、公安職員も慌ただしく動き始めた。その背中をじっと見送る夜神は何を思っているのか。心ここにあらずといった様子の、遠い目だ。
未だ疲労が垣間見える横顔にそっと声をかける。
「夜神。…大丈夫か?」
「…? はい。何も問題ありませんよ」
それは大丈夫じゃない奴の返事ではないか、と思いつつ。本人のあまりにまっすぐな目を見ていると、そうか、としか返せなかった。
◆◇◆◇
「殻木。惜しかったね、もうあと数年も経てばノートの適用範囲外だったのに」
カリカリ、と。もはや躊躇うこともなく文字が刻まれる。これからその行為で人が死ぬというのに、随分と愉しげな様子だ。
宙に浮かびながらリンゴをかじっていた死神は、その後ろ姿を観察しながら首をコキリ、と直角に捻る。
『なぁライト。お前、オールなんちゃらって奴の記憶見てから変じゃねェか?』
「そう?自分では特に変わったつもりはないけれど」
『ウーン、勘違いならいいけどよ』
リュークの記憶では、このニンゲンはノートの力を使うたびに罪悪感に苛まれて夜中までうだうだと自問自答しているような肝の小さい奴だったはずだが。今はまるで作業のように誰かしらの名前をノートに刻み続けている。
『(…まぁこれはこれで面白いからいっか!)』
まあ楽しければなんでもいいので。小さいことは気にしないことにして、死神はまた一口、リンゴを齧った。
よく熟れた、甘いリンゴだった。
───
殻木にとって、脳無というのは何よりもかわいい我が子のような存在であった。人生をかけた研究の集大成、人類を超える新たな可能性。
青い培養曹の中にふわふわと浮かんでいる姿も可愛くて仕方がない。本当に、何より大事な存在だ。
それであるのに。何故か殻木はそれを一つ一つ、電源を落とし、培養液を抜いて回っている。そんなことをすればまだ未完成の脳無は活動することができなくなるのに。
「(ワシは何をして…?…ああ、そうだ、データも処分するんじゃった)」
医学界の権威という立場、手に入った莫大な資金、人よりも長く生きられる体。
それらすべてを駆使して築き上げた研究結果が、あっけなく、泡のように消えていく。自身の不可解な行動に浮かびかけた疑念も、次の瞬間にはどこかへ消えた。
ガランとしてしまった研究室をぐるりと見渡す。AFOが死んだ時以上に、空虚な感情が胸を満たした。
「あ、あぁぁ…」
無意識のうちに零れた呻き声と同時に。
胸に鋭い痛みが走って、暗転。
……
[ 殻木 球大
2146年8月3日
稼働している脳無すべてに停止命令を出す。AFOの個性因子は復元不可能なように破棄し、研究内容についてもすべて破棄する。作成中の脳無、および脳無の研究内容についても同様に処分する。巻き戻しの個性因子のコピーに関しては、厳重に保管する。以上のすべての手順が終了したタイミングで、心臓麻痺で死亡する ]
◆◇◆◇
平和の象徴、オールマイトの事実上の引退。会見も終了し、神野の悪夢から一週間以上たった現在も世間の混乱は続いていた。
「あ、また強盗事件だって」
「最近多いね、そういうの。やっぱオールマイトいないとヴィラン増えるよねー」
「他のヒーローもっと頑張れよって感じ~」
「や、頑張ってはいるでしょ。オルマイがやばすぎただけで」
犯罪率はじわじわと上昇を始めており、それに引きずられるように国民の不安は膨らんでいった。神野の悪夢の直前の時期では、オールマイトの活動できる時間はかなり少なくなっていたため、直接の事件解決数がそれほど多かったわけではない。しかし、彼が長年のヒーロー活動で築き上げてきた平和の象徴というものは、その存在だけで犯罪を押さえ込んでいた。
その蓋がなくなれば、当然、押さえられていたものは飛び出してくる。
「…あ、こっちもまただ」
人が行きかう首都の中心地。ビルに設置された巨大モニターに流れるニュースを指さして、女子高生が呟く。
『刑務所から脱獄したヴィラン、通称ダツゴクがまた一名死亡した状態で発見されました。関係者によると、外傷はなく──』
「これでもう何人目だっけ?」
「さあ。二十人は超えたんじゃない?」
「こわ~」
「えー、でも死んでるのヴィランだけだし別に怖くなくね?」
「まぁそれもそっか」
相次ぐヴィランの不審死、犯人未だ見つからず。
ニュースの見出しにはそんな文字が躍っていた。
近頃、ニュースに上がるのはオールマイトの不在でこれからの日本はどうなるか、という話題と、もう一つ。
ヴィランを何らかの個性で殺害している何者かについての話題。
その人物を極悪非道なヴィランと呼ぶ声もあれば、悪を裁くダークヒーローと呼ぶ声もあった。あるいは国ぐるみでヒーローがヴィランを殺害し、それを警察が隠蔽しているなどという陰謀論すら上がっている。
いずれにせよ、まだ小さな世論だ。
話題としてはオールマイトについての方が大きい。
世間の風向きを変えたのは、和歌山で起きたある事件だ。
『誰だ、誰が主を殺した──!!』
突如として現れた超大型ヴィラン。
大きい上に頑強で、動きも素早く、会話も不可能。シンリンカムイやエッジショットをはじめとした多くのヒーローが緊急で駆けつけたが、都市部へ向かおうとするその男の足止めすらできなかった。
『大型ヴィランは和歌山県山間部から凄まじい速度で北上を続けています!付近の皆様は直ちに避難してください!繰り返します──』
繰り返される避難勧告と、ヒーローが手も足も出ずに振り解かれる中継映像。付近の人々は恐慌状態に陥り、震えながらその光景を見つめることしかできなかった。
こんな時、オールマイトがいてくれたら。
誰もが同じ思考だった。かつての平和の象徴その本人も、己の無力さに拳を握りしめ、ただ中継を見つめている。
そんな時に、それは起こった。
どんな攻撃を受けようとも歩みを止めなかった、その超大型ヴィランの動きが、ぴたりと止まる。周囲のヒーローたちが怪訝そうに立ち尽くす中、唐突に。大きな音を立ててその巨体が崩れ落ちた。
『な、何が起きたのでしょうか…。超大型ヴィランが突然倒れ、沈黙しています』
激しい戦闘音が嘘のように静寂が満ちた。
困惑に揺れ動く現場とは裏腹に、テレビの向こう側。中継を見ていた一部の市民の間では、熱狂的な動きが広まっていく。
「やっぱり、いるんだ…キラ様は!」
ヴィラン殺し、キラ。
オールマイトに代わる新たな抑止力─―その存在が世間に広く認知されるようになった、きっかけの事件であった。
ドクター、七十年前にAFOと出会ったとしか情報が出てこなくて年齢分からなかったんで、ぎり124歳以下ということにしました。勝手な捏造設定です。
ここ最近寒過ぎて執筆意欲が下がること下がること…。
2025/12/15 追記
過去作を加筆して投稿したので、興味ある方は読んでいただけると嬉しいです。Fateのクーフーリン成り代わりオリ主がヒロアカ世界でなんやかんやする話です。
https://syosetu.org/novel/396058