【完結】男が少ない世界で、弟とお風呂に入りたいお姉ちゃんのお話   作:おにぎり・S

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第3話

 連が生まれた日のことを、今でも覚えている。

「新しい家族だよ」って、お母さんに抱っこされてた小さな連くん。

 

 あの小さな手を握ったとき、私は思ったんだ。

「守ってあげなきゃ」って。

 

 泣き虫で、弱虫で、それでもとっても優しくて、かわいい連くん。

 その笑顔をみていると、嫌なことなんて全部どうでもよくなって、あったかい気持ちで胸がいっぱいになるの。

 

 大好きな弟、大好きな連くん。私の連くん。

 

 でも、いつからだったんだろう。

 その笑顔を見るたびに、胸がぎゅっと苦しくなるようになったのは。

 

 お姉ちゃんじゃなくて、

 ”女”の私が、連を見るようになったのは──。

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

 

 

 俺は自分の部屋で、椅子に座りながら、今日のことを思い出していた。

 

『──私は、あなたのことが好きです』

 

 その声が、まだ耳の奥に残っている。

 

 千春の言葉に、俺はすぐ答えることができなかった。

 きっと戸惑いが顔に出ていたのだろう。千春が不安そうに笑いながら、か細い声で言う。

 

「ご、ごめん。急にこんなこと言って。でも私、どうしても……」

 

 その声はもう消え入りそうなほど儚くて。

 千春の瞳が、まっすぐ俺を射抜く。

 

「あ、私、都合のいい女でもいいよ。私連くんのためだったら何でもする。役に立てるよう頑張るから。嫌な思いをしないように守るから。

 連くんが他の子のところに行っちゃうのが嫌なの。悲しい顔をしてるのが嫌なの。どうしようもないくらい、連くんが好きなの。ずっとそばにいたいの。」

 

 教室の静寂に、彼女の悲痛な言葉だけが響いていた。

 

 

 心が揺れた。

 こんなにも俺のことを想ってくれている。その事実がうれしくて、苦しくて心がぐちゃぐちゃになる。

 

 千春のことは好きだ。一緒にいると落ち着くし、幼馴染でずっと一緒に過ごしてきた。昔は男の子みたいに元気な印象だったのに、最近は女の子らしくなって、どきっとすることもあった。

 でも、分かってるんだ。俺の千春に対する”好き”は、恋愛的な好きじゃないんだって。

 

「今すぐ答えなくてもいいよ。私待ってるから。

 だから、お願いだから、そばにいさせてほしいの」

 

 千春が今にも泣きだしそうな顔で俺を見つめていた。

 

 俺は──

 

「付き合おっか」

 

「え?」

 

 千春の表情が止まる。

 俺は心の奥で蠢く罪悪感を押し潰しながら、もう一度言った。

 

「付き合おっか。俺たち。」

 

 言葉にした瞬間、自分が最低な人間だと思った。

 

 ───

 

 

「……これで、本当によかったのか」

 

 自室で椅子に座りながら、同じ問いを何度も繰り返す。

 

 恋愛対象として見ていないのに千春と付き合うなんて。

 

 千春の気持ちは本当に嬉しかったんだ。

 あれだけの気持ちを持つことも、あの言葉を伝えるのも、きっと簡単なことじゃないってわかったから。

 

 でも、あのとき。千春から告白されたとき。なぜか、

 

 ──姉ちゃんの顔が浮かんだんだ。

 

「ッ……!」

 

 イライラする。

 自分の本当の気持ちに向き合うのが怖い。

 千春と付き合えば、俺の中の姉ちゃんへの想いから離れられるような気がして。

 そう思ったらもう止められなかった。

 

 

 ノックの音が響く

 

「連、入るね」

 

 ドアの隙間から、いつもの柔らかな声が聞こえる。

 俺が返事をする前に、姉ちゃんはもう部屋に入ってきていた。

 

「なに? どうしたの」

「……別に。ちょっと顔が見たくなっただけ」

 

 ふわりと、優しい香りが舞う。

 

「え、なにそれ」

「変かな?」

 

 そう言って姉ちゃんが小さく首をかしげる。

 声はいつも通りなのに、その目の奥に、どこか暗いものを感じた。

 

「連くん。今日、学校から帰ってから、元気なかったから。

 最近、何か思い詰めてるんじゃないかって気になって」

 

「……別に、なんにもないよ」

 

 姉ちゃんの目が見れない。

 見たら、自分の中の見られたくない部分まで、全部知られてしまいそうで。

 

「そっか。もし何か悩んでることがあるなら、お姉ちゃんに教えてほしいな。

 きっと力になれると思うから」

 

 俺が隠し事をしているの、姉ちゃんはきっと気づいてる。

 悲しそうに微笑みながら、それでも優しく声をかけてくれる。

 それがどうしようもなく嬉しい。

 今までもそうだった。ずっと姉ちゃんと一緒に生きてきた。

 守られて、生きてきた。──ずっと、ずっと。

 

 ふいに姉ちゃんが口を開く

 

「ねえ、連くん。もしかして──

 

 

 ……彼女、できた?」

 

「……え?」

 

 その言葉があまりに唐突で、頭が真っ白になる。

 どうしてそのことを知ってるのか、わからない。

 胸の奥がざわつき、混乱と恐怖が入り混じる。

 

 姉ちゃんと目が合った。

 表情は優しいのに、その瞳が、どうしようもなく冷たく感じた。

 

「やっぱり、そうなんだ。言わなくてもわかるよ。

 私、連くんのことずっと見てきたんだから」

 

 その声に、わずかに震えが混じっていた。

 

 姉ちゃんがゆっくりと近づいてくる。

 いつも優しい姉ちゃんが、なぜかとても怖い。

 凍りついたみたいに、身体が動かない。

 背筋を、ぞわりと冷たいものが走る。

 

 椅子に座る俺の前で、姉ちゃんは手を伸ばした。

 

「でもね、連くん。

 ……お姉ちゃん、連くんを渡したくないな」

 

 細くて長い指が、俺の首筋に触れる。

 首筋から顎へ、なぞるように指が走る。

 

「っ……」

 

 くすぐったくて、気持ちよくて、思わず息が漏れた。

 

 気が付けば、姉ちゃんの顔がすぐ目の前にある。

 息がかかるほどの距離。

 興奮なのか、恐怖なのか、自分でもわからない。

 心臓が暴れる。

 

「ねぇ連くん。キス、しよっか」

 

 血色の良い唇が、近づいてくる。

 真っ暗な瞳と目が合う。

 俺の心の中を、奥の奥まで覗かれているようで。

 隠していた感情を、すべて見透かされている気がして。

 息が詰まる。姉ちゃんの瞳が近づく。

 

 ───恐怖。

 

「っやめろ!!」

 

 気が付けば、俺は姉ちゃんを突き飛ばしていた。

 姉ちゃんはバランスを崩して尻落ちをつく。

 

 息が荒い、心臓がうるさい。

 ゆっくりと息を整え、椅子から立ち上がる。

 

「何するんだよ!こんなの冗談じゃ──」

 

 思わず声を荒げる。けれど、その言葉は途中で途切れた。

 姉ちゃんが、床に座り込んだまま、肩を震わせていた。

 

 ……笑ってる。

 

「あはは……あははははは」

 

 

 何がそんなに可笑しいのか、うつむいたまま笑い続ける。

 

 やがて、笑いが止まり、はぁはぁと息を整えながら口を開いた。

 

「そっか……そうだったんだ。

 気づいちゃったら、おかしくて……あはは、

 なんでこんなことで悩んでたんだろう」

 

 ゆっくりと立ち上がり、近づいてくる。

 その声はいつもの姉ちゃんのものなのに──怖い。

 

「ごめんね、突然笑いだしたら、怖かったよね」

 何でもないような口調。

 それなのに、表情は熱に浮かされたように妖艶で。

 

「連が私と距離取ったときね、嫌われちゃったかなって、悲しかったの。

 彼女ができて、私を捨てて、他の女の子とどこかに行っちゃうんじゃないかって。

 こわかったの。でも、違ったんだね」

 

 妖しい光を宿した瞳が、真っすぐ俺を見つめる。

 このままじゃいけない、逃げなきゃ──そう思うのに、足が動かない。

 息をするたびに胸の奥が締めつけられて、喉が塞がる。

 

「彼女とか、そんなのどうでもよかったんだ。

 連の心の奥には、ずっと私がいたんだね」

 

 目が離せない。声が出ない。体が動かない。

 姉ちゃんは、もう目の前。

 

「う……あ……」

 

 姉ちゃんの手が伸び、俺を抱きしめる。

 柔らかくて、暖かくて、安心する匂い。

 優しくて、甘くて、脳が溶けてしまいそうな匂い。

 

 ──だめだ。

 流されるな。離れろ。

 このままじゃ、戻れなくなる。

 

 頭の奥で、自分の声が必死に叫んでいる。

 それでも、腕は動かない。

 姉ちゃんのぬくもりが、ゆっくりと全身を侵していく。

 

「よしよし……大丈夫だよ。」

 

 耳元で囁くその声が、脳の奥まで染みていく。

 恐怖も抵抗も、何もかもが溶けいく。

 力が抜けた身体から、姉ちゃんがゆっくり離れた。

 

 そして俺の目を見て、微笑んだ。

 

「ほんとは、こうしたかったんだよね。

 我慢してたんだよね。

 ……ちゃんと、全部、分かってるから。」

 

 指先が絡む。熱が伝わる。

 蜘蛛の糸みたいに、逃げようとすればするほど絡め取られていく。

 心も身体も、もう全部が、姉ちゃんにからめとられて。

 

 ──もう我慢しなくていいんだよ

 

 唇が近づく。

 抵抗できない、抵抗しようとも思わない。

 だってこれは、俺が本当は望んでいたことだから。

 

 そして、深く、つながる。

 

 柔らかい温もりが、意識の境界を溶かしていく。

 全部、全部、一つになって。

 

 永遠とも一瞬とも思える時間が過ぎ、

 つながった唇のあいだから、透明な橋が架かった。

 

 姉ちゃんが微笑みながら、言った。

 

「――一緒にお風呂、入ろっか」




ここまでご覧いただきありがとうございました。
思ったよりドロドロになってしまった……。
初めての小説執筆で大変さ、難しさを感じながらでしたが、何とか完結できました。
感想や評価などもありがとうございました。とても励みになりました。

次も書きたいアイデアがあるので近日中に投稿したいなと思っています。
もしよければご覧になっていただければ嬉しいです。
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