ステージに一人残った天馬司。
夢を叶えた“その先”で、彼が見つけたものとは——。
彼の心の中にある「光」と「痛み」を、静かに描いたお話です。
——ステージの照明が、ゆっくりと落ちていく。
最後の拍手が、まるで夢の終わりを告げる波のように遠ざかっていった。
眩しかった光が目の奥に焼き付き、
その余韻が、痛いほど胸に残る。
「……これで、終わりか」
呟いた声は、舞台袖の暗がりに吸い込まれた。
千秋楽。
長かったワンダショの公演が、今、幕を下ろした。
誰もいない舞台を一瞥して、俺は控室へ向かう。
あの喧騒が嘘のように、静かな廊下。
足音だけが、カツン、カツンと響いた。
鏡の前で、マントを外す。
金糸の縁取りが淡く光り、指先を滑るたびに、
今まで積み上げてきた年月が蘇るようだった。
だけど今日は、その重みが苦しかった。
「……ははっ。どうしたんだ、オレ。 千秋楽だってのに、浮かない顔して」
そう言って笑おうとしても、笑えなかった。
胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚。
夢を叶えたというのに、心が置き去りにされたみたいだった。
“世界一のスターになる”
かつてのオレが叫んだ夢。
誰よりもまっすぐだった言葉。
あのころは、何も持っていなかった。
けど、だからこそ強かった。
自分の夢だけを信じて、無様でも突き進めた。
……なのに、今のオレは。
拍手も、歓声も、すべて“終わり”を告げた瞬間に、
何を支えに立てばいいのか分からなくなっていた。
ドアの外から、えむの明るい声が聞こえた。
「司くん!今日のショー、最高だったね!」
寧々の少し呆れた声が続く。
「ほんと、最後まで派手にやったわね……でも、まあ、よかったけど」
類が笑いながら答える。
「フフ、いいショーだったよ。君らしい、最高の幕引きだった」
そのやりとりに、思わず目を閉じた。
この三人の声は、オレにとって“原点”だ。
いつも背中を押してくれて、隣で笑ってくれた仲間。
だけど、今はその声が少しだけ遠く聞こえた。
「……もう、みんなは前を向いているんだな」
彼らは次のステージを見ている。
でもオレだけが、今日という日で足を止めてしまっていた。
夢を叶えた先に、何があるのか——
ずっと考えないようにしてきた問いが、
今、胸に刺さって離れない。
夜。
誰もいない劇場に、もう一度足を踏み入れる。
ドアの軋む音がやけに大きく響いた。
客席は闇に沈み、さっきまで光り輝いていたステージは、静かな影だけを残している。
その中央に、オレは立った。
見慣れた板の感触。
何度も転んで、何度も立った場所。
……思い出す。
初めてワンダショを立ち上げた日。
誰にも届かない夢を信じた日。
仲間と喧嘩して、涙を堪えながらステージに立った夜。
その全部が、この場所に詰まっている。
だけど今、その記憶さえも遠く霞んでいく気がした。
「オレは……まだ、立っていいんだろうか」
闇の中でそう呟いた瞬間、
——ぱち、と一つのライトが灯った。
優しい光が、オレの足元を照らす。
誰もいないはずの劇場。
なのに、その光はまるで“舞台そのものが応えてくれた”ように感じられた。
「……怖いんだ」
声が震えた。
初めて、自分で口にした。
「夢を叶えたら、もう“終わり”しかない気がして……次に何を目指せばいいのか分からない んだ」
どうして?どうして?
自分からこぼれた言葉に疑問を抱く。
オレはいつだってみんなの笑顔...そしてオレはスターになるために戦ってきたじゃないか?夢を叶えられたのは嬉しいことだろう?
オレは自分に言い聞かせるように心の中でつぶやく。
その時、かっと喉の奥が熱くなり、涙が視界を滲ませた。
ステージに立ちながら泣くなんて、オレらしくもない。けれど、止められなかった。
手が震える。
足も震える。
胸の奥で、何かが壊れそうだった。
「……オレは、“誰かの笑顔”のために立ってきた。
それは間違いじゃない。
だけど、オレ自身の夢は……どこへ行ったんだ?」
その瞬間、幼い日の記憶が蘇る。
父に「夢なんて子供の遊びだ」と笑われた夜。
泣きながら鏡の前で叫んだ自分。
『オレは、スターになる! 絶対に!』
——あの時の“オレ”は、きっと今の姿を見たらこう言うだろう。
『よかったね、でも……ちゃんと笑ってる?』
胸が締めつけられた。
涙が止まらなかった。
「……そうか。オレは、もう一度“夢を見たい”んだ」
誰かのためじゃなく、
“オレ自身のため”に。
マントを拾い上げ、肩に掛ける。
その布が、温かく感じた。
まるで、仲間たちの想いがそこに宿っているように。
胸を張り、深く息を吸う。
「——オレは、天馬司。
これが僕の、これからの“始まり”だ。」
その声は、静寂のホールにまっすぐ響いた。
そして——
ひとつ、またひとつとライトが灯り始める。
ステージ全体が淡い光で満たされ、
まるで新しい幕が上がるように、オレを包み込んだ。
涙はもう止まっていた。
けれど胸の奥には、確かに“温かい何か”があった。
「あぁ……オレは、まだ立てる。これからも、何度だって」
その笑みは、あの日のオレと同じだった。
翌朝、スタッフが劇場に戻ったとき、
ステージ中央のライトだけが、一晩中灯っていた。
まるでそこに——
“もう一度夢を見始めた青年”が立っていたかのように。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
天馬司というキャラは“強くて前向き”に見えるけれど、
その裏にはきっと、人知れず涙を流した夜があったと思っています。
夢を叶えたあとも、彼はきっと「もう一度夢を見る」人。
そんな彼の“静かな再出発”を描きました。
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