けれど、彼女の胸の奥には、ずっと誰にも見せない痛みがあった。
これは、えむが「本当の笑顔」に出会うまでの物語。
少し静かで、少し切ないお話です。
ステージのライトが、ぱわぁわぁっとまぶしく光る。
その瞬間、舞台全体が赤や青や緑など綺麗に色づき、鮮やかな色合いが心を落ち着かせてくれる。
とってもきらっきらで美しい。
観客席の子どもたちが、満面の笑みを浮かべて元気よく手を振っている。
光の粒が弾けるたびに、私の頬が自然とゆるんだ。
「ありがと〜っ! 私たちのショー、楽しかったかな〜っ!?」
声を張り上げると、客席から「たのしかったー!!」の大合唱。
その声に包まれながら、私は胸の奥が少しだけチクリとした。
——“みんなを笑顔にしたい”。
その言葉を初めて言ったのは、ずっと昔のこと。
あの日のフェニラン。
風船を両手に抱えて、お父さんと手をつないで歩いていた。
お父さんは、いつもより少しだけ疲れた顔をしていた。
経営とか私にはよくわからない。だけどお父さんが少しでも笑顔に...元気になってほしいな。
そう思って私は言った。
「じゃあ、えむが笑わせてあげる!」
転んでも泣かずに立ち上がり、ピエロの真似をして、めちゃくちゃなダンスを踊った。
父は驚いたように笑って、
そのあと、ぽろっと涙をこぼした。
その笑顔。
あの瞬間が——私の“夢の始まり”だった。
「みんなを笑顔にしたい」
それが、私のすべてになった。
でも、大きくなるにつれて気づいた。
笑うって、こんなに難しいんだって。
誰かを笑わせることはできても、
自分が本当に笑えているかどうかは、わからない。
笑顔の奥で、胸の中が少しだけ冷たいときがある。
それを見せたら“鳳えむらしくない”気がして、ずっと隠してきた。
だからね。宮女で朝比奈センパイに初めて会ったとき、あれが偽りの笑顔であったということはすぐにわかったし笑顔になってほしいなって思ったの!
だけど...。私がいつも朝比奈センパイに少しでも元気になってほしいなって思って笑顔のおまじない「わんだほーい!!」を唱えても中々笑顔になってくれないんだ...。
朝比奈センパイを完全に救うにはまだちょっと早いのかも知れない...。
公演が終わったあと、
ステージの照明がゆっくりと落ちていく。私はその場に立ち尽くしていた。
客席の光が消えるたびに、
心の中にひとつ、影が落ちていく気がした。
「ねぇ……お父さん」
小さく呟く。
「私、ちゃんと笑えてるかな……?」
返事はない。
ステージは、ただ静かに闇に沈んでいく。
寂しさと達成感と、
どうしようもない空虚が入り混じって、
胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
控室に戻る途中、
廊下の向こうから賑やかな声が聞こえた。
「最高だったぞ、えむ!」
胸を張って笑う司くん。
「ほんと、最後までテンション高かったね」
寧々ちゃんが呆れたように笑いながらも、
どこか優しい声をしている。
類くんがふわっと微笑んで言った。
「えむちゃんの笑顔は、ほんとに“魔法”だね」
その言葉に、私は一瞬だけ立ち止まった。
魔法。
そんな言葉、いつぶりに聞いただろう。
胸の奥があたたかくなって、
視界が滲んだ。
「えへへ……ありがと、みんな」
声が震えた。
笑ってるのに、涙が出そうだった。
でも、そのとき気づいた。
“今の笑顔”は、もうひとりで作ったものじゃない。
司くんが、寧々ちゃんが、類くんがいて。
みんなの想いがあって、
初めて笑えるようになった自分がいる。
子どもの頃は、お父さんを笑わせたくて笑っていた。
でも今は——
「みんなと一緒に笑いたい」って、心から思ってる。
「え、えむ?どうしたの?」
寧々ちゃんが私に問う。
「え?どうしたのって...。」
その時、私は異変に気づいて俯いた。
ぽろぽろと不規則に涙がステージに落ちる。
「えむ...。泣いているではないか...。」
司くんのなんとも言えないような表情とその声で涙があふれ出す。
「えむくん!?」
類くんも驚いたようだった。
そりゃ当然だよね...。だっていきなり泣き出したんだもん。
「私.......。」
私がか細い声でそう言いかけると三人はこちらに耳を傾けているようだった。
いつも見ないような真剣な表情。
だけど...。
「やっぱりなんでもないよ。」
この続きは言わないようにしておいた方がいいのかもしれない。
なぜかそう思って直前まででかけた言葉を必死に飲み込んだ。
「??」
三人は不思議そうだったが顔を見合わせてうなずいてからいつもの表情に戻った。
私はステージに戻った。
照明の残光が、まだほんのりと残っている。
誰もいない客席に向かって、
小さく手を振った。
「ねぇ、お父さん」
光に照らされた髪が、金色に輝く。
その瞳は、まっすぐ前を見ていた。
「えむ、今も“みんなを笑顔にできてる”よ」
微笑んだその顔は、
どこまでも優しくて、少し泣きそうだった。
照明がゆっくりと落ちていく。
だけど、私の笑顔だけが最後までそこに残った。
まるで“約束の続きを見ている”かのように、
光が彼女を包み込んだ。
翌朝。
劇場のスタッフが入ると、
ステージ中央に小さな風船がひとつ、落ちていた。
それは私が小さいころ、
お父さんと遊園地で飛ばした色と同じ——
赤い風船だった。
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