古聖堂が爆破され、トリニティとゲヘナの要人が軒並み被害に遭った。当然両校は対立を深め、戦争が始まるかと思いきや、実際戦争は始まっていたのだろうが、なんか先生が解決していた。まぁ結構酷いことにはなったんだなぁ、と。私はそんな認識だった。
ドン!!と、体を突き飛ばされた。あー、この人はかなり怒ってるな、めんどくさいですね……
「何びゃく年受け継いできた店だと思ってんだぁッ!エデン条約だかなんだか知らねぇがなぁ、ただ仲良くしようってのにそんな大々的にやる必要なんかねえだろうがぁ!!勝手に推し進めやがって、ここらのもんは全員納得してなかったってのによぉ」
「おい、聞いてんのか?ちゃんと聞いてんのかって!!」
ピッチャーごとですか、氷入ってますけど、あぁ、お構いなしですか。こんなに水を掛けられたの初めてだな、冷たい……
「お高く止まりやがって、風紀委員の方がよっぽど仕事しているんじゃないのか?」
頭痛い、さっきかなり強めに殴られたからですかね……
「ていうか、11歳のガキを入れてる時点でおかしいんだよ!まだ何もわかってねぇガキを排斥しろ!今一度万魔殿に所属する人間を整理したらどうだ!!あ??!!」
やったのは私たちじゃないのに……大体イブキの何を知ってるんですか、悪口ならアリウスに言うべきでしょう?八つ当たりしないでくださいよ……
「誠に申し訳ございませんでした」
それでも私は謝らないといけない。せめて顔を殴られなくて良かったと思うしかない。
私たちゲヘナの万魔殿とトリニティのティーパーティーは古聖堂周辺の方々に謝罪してまわっている。巡航ミサイルによって被害を受けた方は沢山いた。本来ならティーパーティーと共に謝るべきなのだろうが、少々数が多かったため手分けして回っている。
「イロハ先輩……」
「あと6軒です。今日で終わらせるためにさっさと次へ行きましょう」
「まぁ普段のゲヘナ生徒の素行を考えればこうなるでしょうね。自分はわかってましたよ。だから異議申し立てしてたのに」
「万魔殿は何をやっていたのかしら?飛行船が爆破してそれっきりだったじゃない。ほんと、ゲヘナって……」
「避難誘導してくれたのは風紀委員だったんだが!?お前ら万魔殿はそんとき一体なにをやっていらしたんですかぁ〜!!」
「300万ほど請求します」
「そういえばさぁ、あの黄色いガキやめさせたら?普通に仕事の邪魔でしょw」
3週間。程度の差はあれど、婉曲的または直接的にたくさんの嫌味や罵詈雑言、時には乱暴を浴びてきた。その内容もここまで来れば似通ったものばかりになる。こちらを労ってくれる先生みたいな大人も四軒中一軒はいたが、はぁ、疲れたなぁ……
「今日は引き上げましょう。残りは明日にします」
「大丈夫ですか?イロハ先輩、思いっきり水掛けられてましたよね?」
「大丈夫ですよ。着替えはしたので」
「はぁ〜……めんどーなのが一人いましたね〜、途中撃っちゃおっかなぁ〜って思っちゃいましたよ〜」
「思いとどまってくれて良かったです……」
今日のうちに終わらせる予定だったのに、くどくどと同じようなことをさまざまな言葉に言い換えて話してくる人のせいでラスト一軒が残ってしまいました。話半分で聞き流してたら今度は相槌が適当だとかなんとかでまた説教始まるし……
「まったく、あんな大人にはなりたくありませんね。あなたもよく我慢しました」
後輩を労いながらスマホで残った一軒の場所を見ていると、
「あ!そこってイブキちゃんの好きなプリンが売ってるお店じゃありませんか?」
「そういえばそうでしたね」
「良かったら明日イブキちゃんと伺ったらどうです?あそこの店主さんすごく優しかったし!」
「それも良いですね。謝罪とお礼の意を込めて沢山買って帰るのも良いでしょう」
そうだった。古聖堂から比較的遠いから、被害も少ないだろうと思って最後にしておいたのを忘れてた。明日は殴られることはなさそうですね。
翌日、私はイブキとチアキの3人でお店に向かっている。朝から厚い雲に覆われているが、雨は降らないらしいので一安心。
「イロハせんぱ〜い、あとどれくらい〜?」
「前の道を右に曲がって、まっすぐ行ったらつきますよ」
「やったぁ!プリンたのしみ〜♪」
「イロハちゃんと手を繋いではしゃいでるイブキちゃん、次の見出しは決定ですね……」
無断で撮るチアキだが、私も可愛いイブキが見たいので写真に写るのは我慢しましょう。
「見えてきましたよイブキ」
「はやくはやく〜♪」
「あっいきなり走ったら危ないよ〜」
ぴょんぴょんはねながら走るイブキ、かわいい。今こそ写真を撮るべきでは?とチアキを促そうとしたが、イブキが唐突にピタリと停止した。
「イブキ?どうしましたか?」
大声を出して聞くが反応がない。呆然と静まり返ったイブキからは嫌な予感がした。私とチアキは同時に走り出す。
「え……」
「ねぇイロハせんぱい、チアキせんぱい……お店、こわれちゃってる」
店はボロボロの廃墟に迷い込んだかと思うほどに壊れていた。
裾が引っ張られる。
「イロハせんぱい、おじいちゃんはどこいっちゃったの?」
「チアキ、イブキを頼みます」
店に入る。上を見ると灰色の空が見えた。店内は原型を留めていない。見回すと私の身長くらい長さがある鉄板が見える。
「これ……」
私はこの鉄板を見たことがある。そう、あれに乗る時に見た、
飛行船。
「わ、私たちが乗った飛行船の……」
この店を壊したのはこの鉄の板、てことは、これは私たちのせい?
いや、違うはずだ、爆弾はアリウスが仕掛けた、私たちじゃない……でも、確かマコト先輩も計画に参加してたって……
「イロハせんぱい、なんでお店壊れちゃったの?おじいちゃんいなくなっちゃったの?」
イブキの弱々しく震えた声が響く。
「だ、大丈夫ですよイブキ、ほら、入り口に張り紙があったでしょう?」
イブキに悲惨な状況を見せたくない。私はイブキを包み込むよう抱きしめる。
イブキが涙を拭うっている。私の落ち度だ。なんでこうなった?どうして気づかなかった?マコト先輩がアリウスに騙されてるって、普段なら気づいたはずなのに、なんでできることをやらなかった……私がちゃんとしてたら起こらなかったんじゃ……私が普段から確認してたら、私がサボらずにマコト先輩についていたら……イブキが泣かなくて済んだのに……
「マコト様が帰ってきたぞ!楽しかったなぁイブキ!」
ひまわりのような笑顔で頷くイブキ。かわいい。
「ムム、イロハはまだ書類仕事をしているのか……」
「イロハ。先週の店主の件から根を詰めすぎではないか?隈ができているぞ」
「最近寝不足でして、心配はいりませんよ。それより、今日は先生と何をしてきたんですか?」
「きょうはね、おしごとのお手伝いして、お絵かきもしてきたんだよ♪」
イブキを撫でると手を握ってくれる。
「それと、万魔殿を代表して先生に謝ってきたのだ。先生のお腹の件でな」
「あ!それ私とサツキ先輩も同じこと言って謝りましたよ!」
「え……」
そんな機会はなかったはず……
「そういえばイロハは戦車の点検に行っててちょうどいなかったかしら?」
「イロハ?」
まただ、私だけ何もできていない。店主のおじいさんは両足の粉砕骨折で入院していた。普段の業務やマコト先輩からの仕事が一気に舞い込んできたおかげでまだお見舞いにもいけていないというのに。嫌な汗が滲む。首の後ろが冷たくなっていく。私だけ、先生に謝れていない。私だけ何もしていない。私だけ……
「イロハ!大丈夫か?顔が青い気がするが」
あっ、まずい、みんなの前ではいつも通りにしないと。
「そ、そうですか?心配いりませんよ、私だけ休むわけにはいきませんから」
「そんなにはりきるやつだったかイロハ?まあいい。明日の通常業務は休んでシャーレに行ってこい!今度こそ先生を味方に引き入れるのだ!」
「は、はい。わかりましたよ……」
学校を出たのが13じくらいだから、15分経ったくらいだろうか?空は厚い雲で覆われている。最近こういう天気が多いまぁ……はぁ、先生に会うのが怖い。今日も結局全然眠れなかったし。なんて言おうかな。いつ切り出せば良いんだろう……
マコト先輩がわかってたのかな、いや怪しいけど……でも、もしかしたら機会をくれたのかもしれない。だったら、ちゃんとやらないと。最初に言わないと。
シャーレの扉を開ける。先生の隣にはいつも通り書類が積み重なっていて、
「やあイロハ。久しぶり、外くもりだけど、もしかして暑かった?」
私にかけてくれる言葉も心配もいつも通り。今しかない。先生は気にしてないみたいだし、今なんでもないように謝るんだ。今言わないと私のようないい加減なやつは怖くて流しちゃう。今、言わないと……!
「すっs、今日も、サボりに来ましたよ。先生」
あ〜あ
「先生も、私と一緒に、サ、サボりましょう、よ……」
「イロハ!?」
あれ、横向きの本棚?ここは確か休憩室……倒れたんだっけ……あ、先生。
「あ!起きちゃった!?ごめんね、いまちょうど着替え中で」
半開きの目が痛々しい傷にとらわれる。
「それが銃痕ですか」
「あぁ、そうだよ。ちょっと撃たれちゃってね。それよりイロh……」
『アリウスの子に撃たれたんだけど、でも悪いのはイロハだよ』
「え……」
『だって、イロハなら防げたじゃないか。イロハがサボるからマコトが騙されたんだよ。もしその時点で気づけてたらエデン条約は普通に調印されてヒナも普通の学生生活を送れていた。店主のおじいさんだって元気なままだったしイブキだって泣かなかったしなにより、私が撃たれなくて済んだんだよ』
「ご、ごめ……」
『もう遅いよ。過去は消えない。被害を受けた方達がなんて言ってたかもどうせ覚えてないんでしょ。棗イロハ、君みたいな謝ることもできない無能は万魔殿にはいらない』
あぁぁあぁ、やっぱり先生も怒ってたんだ、私がサボったから、ごめんなさい……
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「どうか許してくださいせんせい……」
「イロハ!?大丈夫?」
「私がもっと意欲的だったら、私がもっとマコトせんぱいを気にかけていたら、私がサボらなかったら!みんな傷つかなくて済んだのに、イブキも悲しまなかったのに、先生も撃たれなくて済んだのに……!」
息が苦しい。呼吸音が耳をつきさす。
「イロハ」
目をぎゅっと瞑る。
「少し甘いものでも食べに行こうか」
「ふ、へぇ?」
「どう?ここのパンケーキ美味しいでしょ。ジュリに教えてもらったんだ」
「えっと、なぜ私たちはパンケーキを食べているのでしょうか?」
「疲れてる時は甘いものに限るよ」
「は、はぁ……」
「実は昨日マコトから連絡があってね、《イロハが疲れてるみたいだから頼んだぞ先生》って」
「イロハは優秀だよ。周りのことをよく見ているし、仕事も早い。要領がいいから戦車の運転も雑務も、なんだってできる」
「私もこう見えて大人だから、色々なことができるし、してあげられる。それに中間管理職。私とイロハってかなり似てると思うんだ。イロハはどう思う?」
「ま、まぁ、そう言われれば……」
「エデン条約に関しては、その前にもトリニティで色々トラブルがあったんだ。私はそこでアリウスが関与していることを知った。だけど、トラブルを解決したことで忘れてしまってたんだ。なんの対策も考えてなかった。安心し切っていた。できたはずのことをできなかった。だから、まずイロハだけの責任じゃない」
「ティーパーティーと万魔殿で被害を被った方々に頭を下げて回っていたよね。私だって一緒に回るべきだ。でもできなかった」
「そんなことばかりだよ。自分のせいで取り返しつかなかったことがたくさんある。それでも私は私を許す。私はできることが多いから。私がいなくなったら、あの量の書類が全部連邦生徒会に移動するからね」
「あの、何が言いたいんですか?」
「私は私を許す。だからイロハも許すよ。イロハ、イブキがゲヘナ学園に在籍しながら、あそこまで清廉かつ純粋に成長できているのはきっとイロハのおかげだよ。だからイブキもイロハを許すと思う。マコトもサツキもチアキも、きっと許すだろうね。万魔殿の生徒はおそらく許してくれると思うけど、正義実現委員会はどうだろう?ティーパーティーは?わかんないね。わからないことはわからないとして、イロハはどうする?」
「え、わたしですか?」
「そう。イロハはイロハをどうする?」
「……なんか、やっぱりよくわかりませんね」
私は伸びをする。
「ふぅ、うまいことずらして言いくるめられた気がします」
先生はハハハと太陽みたいに笑った。
「会計しましょう。割り勘で」
「え!だめだよ!ここは先生が奢らせてもらう」
「いやいや、デスクの上にスティックパンの袋乗ってたの見ましたよ。また金欠なんでしょう?」
「うぐっ……」
「またミレニアムの会計さんに怒られちゃいますよ〜」
「で、でも、ここは先生としてかっこよく決めないと!」
「ふふ、そうですか。まぁ許しますよ」
5千円……2つしか注文してないのにそこまでするんですか……
「か、会計は終わったし、帰ろっか」
「先生、冷や汗が伝ってますよ」
え゛!?と両手で顔を隠す先生。
「うそです」
「な、なんだ〜……」
声が震えている。かなり逼迫してるようですね。
「じゃ、今日はこのまま帰ります。先生」
「うん。またね、イロハ」
「はい。またサボりに来ますよ」
pixivにもあります