The Sky Blessing ~Rabbit Edition~ 作:ella_coat
剣の遺跡島での激闘から数日が過ぎた。
交易島にある拠点で、三人は再びエルド長老から貰った古びた地図を広げ、次の攻略目標を選定していた。剣の遺跡島を浄化したことで、地図には新たな島へのルートがいくつか示されている。
「次に攻略すべき島は……いくつか候補があるわね。『コーラスフラワー島』、『ミニチュア島』、それから……この『デーモンアイ島』」
エクアルが、地図に描かれた不気味な目玉のマークを指差す。
「デーモンアイ……か。なんか、ヤバそうな名前の島だな」
アキシャが眉をひそめる。その名前だけで、ろくな場所ではないことが窺えた。
エクアルは、昨日交易島の書庫で調べておいた情報を共有する。
「その名の通り『デーモンアイ』と呼ばれる魔物が多数生息している島だそうよ。黒い岩だけで構成された比較的小さな島らしいのだけれど……」
書庫の古い文献に、その魔物の不気味な姿が挿絵として描かれていたのを、エクアルは思い出しながら説明する。お世辞にも上手いとは言えない絵だったが、その異様さは十分に伝わってきた。
「デーモンアイの個々の強さはそこまでなんだけど……問題はその魔物の数。あまりにも多いから、島民は近づくことすら禁止されている、と書かれていたわ」
「へぇ……空飛ぶ目玉の大群かぁ。ちょっと面白そうじゃない?」
ラビリアの淡い桃色の瞳に、いつもの好奇の色が浮かぶ。その反応に、エクアルは少し呆れたような視線を向けた。
「……面白い、で済めばいいんだけど」
「数が多いだけなら、まとめて叩けばいいだけだろ? よし、そこに決まりだ! 行くぞ!」
アキシャは、考えるよりも先に立ち上がった。その決断の速さは、良くも悪くも彼女らしい。
「もう、お姉ちゃんは……! でも確かに一度、この世界で空を飛ぶ敵との戦闘も経験しておいた方がいいかもしれないわね」
エクアルも、最終的にはアキシャの提案に同意した。未知の敵、未知の戦場。それは危険であると同時に、彼女たちの成長に必要な試練でもあるのだから。
※※※
早速三人は小島を跳び移りながら「デーモンアイ島」へと向かった。
島が視界に入ってくると、その異様さに思わず息を呑んだ。エルドの地図や島の書庫の記述通り、そこは緑一つない、黒々とした岩肌が剥き出しの不毛な島だった。そしてその島の上空を、赤い瞳を持つ目玉の魔物――デーモンアイが、まるで巨大な虫の群れのように、不気味に飛び交っていた。
島に近づくにつれて、デーモンアイの群れがこちらに気づき始める。一つ、また一つと赤い瞳がこちらに向けられ、やがて群れ全体がふわふわと飛び回りながら、三人をめがけて襲いかかってきた。
「うわっ、来た来た!」
「すごい数……!」
エクアルは即座に緑色の革表紙を持つ「見通しの書」をかざし、迫りくる敵の情報を読み取る。
「……名前は予想通り『デーモンアイ』。空中を浮遊する単眼の魔物で、集団で襲いかかってくるそうよ。注意すべきは鋭い口……らしいわね」
「口……? どこに口があるのー?」
「私もわからないわ、でも警戒するに越したことはないわね。二人とも近づかれないように注意して!」
エクアルの警告と同時に、戦いの火蓋は切られた。
デーモンアイの群れが、予測不能な奇妙な軌道を描きながら三人に殺到する。接近するとその巨大な赤い瞳が、まるで肉食植物の花が開くかのように不気味に裂け、鋭い牙のびっしりと並んだ巨大な口へと変化した。
「うわっ、キモッ!」
「これは、中々に悪趣味ね……」
アキシャとエクアルが、思わず顔をしかめる。ラビリアだけは「へぇ、面白い変形の仕方するんだねー」と、どこか感心したように呟いていた。三人は近くの浮島を足場に高く跳躍し、空中戦を展開する。突進から繰り出される鋭い牙による噛みつき攻撃を、アクロバティックな動きで回避していく。
アキシャは真紅の大剣を逆手に持ち替え、空中で回転しながら、迫りくるデーモンアイを次々と斬り裂いていく。赤いショートパンツから伸びる脚が、空中で美しい軌跡を描く。
一方でラビリアもフォトンフォースを連射しながら、自身の周囲に光の弾幕を展開する。近づいてくるデーモンアイを確実に撃ち落とし、アキシャとエクアルへの接近を許さない。
そしてエクアルはハイドロスタッフを構え、マナとの調律を試みる。以前よりも格段にスムーズに、マナが彼女の呼びかけに応えるようになっていた。杖先に凝縮された水の力が、鋭い弾丸となって放たれ、デーモンアイの赤い瞳を正確に撃ち抜いていく。青いミニスカートが、彼女の優雅な動きに合わせて、ふわりと揺れた。
敵の攻撃自体は単調で避けやすい。しかしやはり問題なのはその数。
一体撃ち落としても、すぐに二体、三体と新たな敵が襲いかかってくる。加えて、足場は不安定な浮島のみ。跳躍と着地を繰り返しながらの戦闘は、地上戦とは比較にならないほど体力を消耗させた。吹き抜ける風も体温を奪い、集中力を削いでいく。
「くぅー! 果てしなさすぎるぜ!」
「んー……ちょっと飽きてきたかも」
「二人とも、集中して! あと少しよ!」
幸いなことにデーモンアイ自体の耐久力は、その見た目や数に反して、驚くほど低かった。アキシャの斬撃が空を裂き、ラビリアの光弾が正確に眼球を撃ち抜き、エクアルの水の弾丸がその脆い身体を粉砕する。
やがて、島の周辺を飛んでいたデーモンアイの群れは掃討され、三人はようやく島への上陸を果たした。
※※※
島に降り立つと、そこは黒い岩と所々に転がる白骨以外、本当に何もない不毛な土地だった。空を飛んでいたあれだけの数のデーモンアイは、一体どこから湧いてくるのだろうか。地面に巣穴のようなものも見当たらない。
三人は警戒しながら、島の中心部へと進んでいくと……不意に、背後から低い唸り声と、けたたましい機械音が響き渡った。
「「「!?」」」
三人が同時に振り返る。
そこには、ボロボロになった作業服のようなものを纏い、腐敗した緑色の肉体を晒した大柄なゾンビが、巨大なチェーンソーを振り回しながら迫ってきていた。その数は一体だけ。しかし、先ほどのデーモンアイとは比較にならないほどの、凶悪な威圧感を放っていた。
エクアルは慌てて「見通しの書」をかざす。
「名前は『チェンソーゾンビ』……! 説明によると、恐怖を知らずに突進してくるアンデッドで、極めて危険な武器を持っている、ですって!」
「な、なんだこいつ!? あんなモン、どこで手に入れたんだ!?」
アキシャが驚愕の声を上げる。
チェーンソーゾンビは、一直線にラビリア目掛けて突進してきた。その濁った瞳は、明らかに彼女を獲物として捉えている。
「うわっ!? なんで私!?」
ラビリアは咄嗟にフォトンフォースで応戦しようとするが、ゾンビの圧倒的な突進力と、不規則かつ広範囲に振り回されるチェーンソーの刃に押され、後退を余儀なくされる。
「ちょ、ちょっと……! コイツ、見た目によらず素早い……!」
ラビリアは必死に距離を取ろうとするが、足元の不安定な瓦礫に躓き、大きく体勢を崩してしまう。
「ま、まず……ッ!?」
その隙を見逃さず、チェーンソーの刃が、耳障りな駆動音と共に、唸りを上げて振り下ろされる。
ザシュッ、と布が裂ける鈍い音。ラビリアのベージュのコートの肩口が、刃に掠められ、大きく裂けた。白い柔肌が僅かに覗き、そこから一筋、赤い血が流れ落ちる。彼女の淡い桃色の瞳に、初めて恐怖の色が浮かんだ。
「オラァ!!」
絶体絶命の瞬間、アキシャが横から猛スピードで割り込み、クリムゾンチェインブレードでチェーンソーの刃を、火花を散らしながら受け止めた。甲高い金属音が、不毛な岩場に響き渡る。
「……アキシャ!」
ラビリアが息を呑む。アキシャは、ゾンビの人間離れした怪力に押されながらも、一歩も引かずに刃を受け止め、ラビリアを守っていた。
「……んな物騒なもん振り回してんじゃねぇ!」
アキシャの瞳に、怒りの炎が燃え上がる。彼女は渾身の力でチェーンソーを弾き返すと、返す刀でゾンビの胴体を、深々と斬り裂いた。
ゾンビは断末魔の叫びを上げることもなく、その場にごろりと崩れ落ち、やがて黒い灰となって、風に攫われていった。
「……助かったよ、アキシャ。ごめん、油断した」
ラビリアが、破れたコートの肩口を押さえながら、アキシャに駆け寄る。裂けた布地から覗く白い肌と、そこを伝う一筋の血が、妙に生々しい。
「気にすんな。怪我はねぇか?」
「うん、掠っただけ。……ちょっと、びっくりしたけど」
エクアルも駆け寄り、安堵の息をつく。彼女はすぐにラビリアの肩に治癒魔法をかけ、傷を塞いだ。
「……今のは流石に肝が冷えたわね。あんな魔物がいるなんて、書庫には書かれていなかったわ」
唐突な襲撃の直後……三人は改めて周囲を警戒しながら、島の中心部へと進む。
やがて開けた場所に出ると、そこには血のように鮮やかで禍々しい紅蓮の剣――『呪われた神器』が黒い岩の台座に突き刺さるように鎮座していた。周囲には無数のデーモンアイの抜け殻のようなものが転がっている。どうやら、あれらはこの呪われた神器から生み出されていたらしい。
エクアルが祈りを捧げ、神器を浄化する。金色の光が紅蓮の剣を包み込み、その禍々しいオーラを打ち消していく。
浄化が完了すると、島全体を覆っていた無数の瞳に見つめられているかのような不気味な気配が、すっと消え去った。空を見上げると、あれほど飛び交っていたデーモンアイの姿も、完全に消えていた。
「ふぅ……これで、この島も終わりかしら?」
「だな、まぁまぁ厄介だったが案外なんとかなるもんだな!」
「んー……ちょっと反省。慢心、ダメ絶対」
破れたコートの肩をつまみながら、ラビリアがぼそりと呟いた。
束の間の休息の後、三人は再び地図を広げ、次なる島についての相談を始めるのだった。